#53 学友との再会
ル・シェドノワール・アラルクシェ・アルカロンド。
だいぶ血は薄くなっているものの、一応彼は悪魔の子孫だ。彼の妹、ライムが銃を作れるのにとどまり、”炎”の一族としての特性を活かせないことから考えれば、その兄であるシェドも「血が薄くなっている」と考えた方がいいのかもしれない。
が、実は本人にとって、それはあまり関係ないことだったりする。なぜか。死神も悪魔も何も、彼はこれまでの237年間、そのほとんどを現世で過ごしているからだ。だから敬語が使えないことを除けば、現世の人間、それも大人とそれほど知識量は変わらない。少なくとも知らない土地の列車も人に聞きさえすれば間違えることなく乗れるし、自分の周りにいた者たちが、彼にまだあり得るはずのない「老衰」が原因で死んでしまう理由も、説明できる。
だからこそ、だろうか。行きしの列車に乗っていた少女が見せた不思議な現象---ミュールいわく、”連携強化”(アディショナル・コネクト)という能力のせいなのだそうだが―――は、シェドにとってはより不思議だった。ウラナが『現世に死神の能力が使える人間がいる。これはおかしい』と思ったような、そんな理詰めなものではなく、もっと感覚に訴えて来るもの。そして余計に引っかかる。
”......そんなにうんうん悩んだって、仕方がないだろ。これはお前にも、......もしかしたらどんな死神にも、どうこうできる問題じゃないかもしれない。それに今は、もっと心配しなきゃいけないことがあるはずだ”
「......そうだよな。レイナとウラナが、捕まってるんだもんな」
やけくそで殴り書きでも始めたのか、と思ったら、ミュールはしっかりあのメッセージの解読をしていた。それが終わった後、シェドはその内容を教えてもらった。
「ガーネットを送れ、だっけか......。あれだよな、ガーネットって。ウラナが持ってる、真っ赤っかの刀」
”俺は主にお前の記憶を頼りにしてるから、同意するしかないんだが......”
「そうだよ、正解。それ血まみれって言うんだよ、ってぐらい真っ赤っかの刀。しかも冥界から送ろうと思ったら、ちょっと時間がかかるんだって。だいたい、現世の時間で1日ぐらい」
やっぱりさっき聞いた声がした。
そしてその声はシェドの真後ろの席から聞こえた。
「......ミュール?」
「いやあ、まだ会うの2回目なのに、もう慣れたような呼び方」
「......こっそり現世に出てきたのは言わないで、って、『おとなしく帰りますよ』感出せばそれで終了とか思ってないか?」
「失礼だなあっ」
シェドの背後をとっている利点を存分に活かし、両手でシェドの頭をつかみブンブン振る。普通の人間なら軽く脳震盪を起こしそうな勢い。けっこう容赦ない。がしっとミュールの華奢な手をつかんで引きはがすと、今度は指先を使って髪の毛をピンポイントで引っ張ってブチブチ抜こうとしてくる。本当に容赦ない。
「こうやってアルくんについていけば、言いつける心配がないって思っただけだよー」
「ん?それは俺が信用されてないととっていいのか?」
「ふふーん、そうとるならご自由にー」
「意味が分からん。本当に知らねーぞ?俺についてきた時点で遼条は怪しんでるだろ。......いや、どちみち殴り倒されるから、変わらないか?」
「殴り倒される?いやいやいや、ないない。あの遼条ちゃんに限って」
「ん?どっから来るんだその自信は?」
「......あなたは、あの子の本当の性格を分かっていない」
「......まさか、今までに会ったことあるのか?」
「ないよー。まーた騙されちゃって!」
おバカさん、とでも言いたげな感じで、ミュールがシェドの頭をこつん、とやった。やっぱり容赦がない。思いっきりこぶしを握っていた。後に長引く痛さ。
「いってえ......」
「でも、でも!」
「......なんだよ」
シェドが頭を押さえつつ、ミュールに聞いた。
「そんなくだらない理由で、私がついて来ると思う?」
「ああ。それしかねーだろ」
「......私を見くびってませんか?いくらギリギリで機密省に入ったからって、ちょっとバカにしてませんか!?」
「ちょっとじゃなくて、だいぶな」
「なっ......」
なんだとこのぉ生意気小僧っっ!!
......とか何とか言いながら、またシェドの頭をつかみブンブン振ろうとした。が、シェドも同じ過ちは繰り返さない。シュパッ!と競技かるたよろしくミュールの手をとり、痛すぎずきっちり懲りるくらいでひねる。さすがに並の男相手に力技では勝てず、
「このぉっ.........ぎゃっ、ふぎゃぁーっっ??!」
と訳の分からない声を上げた。
「さあ懲りたか懲りたな!?」
「痛い痛い痛い!離してぇーっ!」
素直に従って解放してやった。
「......ふう」
「で?他に理由があるのか?」
「でもあるとしたら一つだよ。レイナを助けに来た」
「助けに来た、って......能力があるわけでもないし、レイナから聞いた限りじゃ刀も銃も扱えないらしいじゃねーか。そんなのじゃ無理だ」
「その点で言うなら、アルくんも同じはずだよ。銃は扱えるけど、逆に言えばそれだけ。しかも普通の銃じゃないからやすやすとは使えない。事実だし、そう言われてるはずだよ」
「......。」
「だから、戦いじゃないところで、何かできることを考える。私は誰か身の回りにいる人が死んでいくのは見たくない。でも戦うことって、『正当化された殺し合い』だと思う。だったら、その殺し合いが起こる前にあるはずの抜け道を探すんだよ。難しいのは知ってるよ。その抜け道探しができないから、現世は限りなく戦争を繰り返してるんだから。けど、難しいからやめますって、関係ないところで眺めていられる?いられないから、アルくんはこうやって、私に会ったんだよ」
ミュールは空いていたシェドの隣に座って、そう言った。
「......俺って、そんなたいそうな理由で動いてるのか?」
「でも、自然に今の行動を起こしたんじゃない?レイナを助けたい、だからって」
「それは、......確かに」
「それも、大事な一歩だよ」
そう言うと、ミュールはカバンをごそごそ探り出した。
「はい、これ。食べる?」
『とろーりなめらか!口どけ優しい幸せたっぷりプリン』だ。
「.........いる」
「疑わなくても大丈夫だよ。『世界に最も影響を与えるプリン10選』で、テクニック点がダントツのプリンだから」
「お、おう......」
あと40分ほどで終点、Konigkissenに到着するというアナウンスが、車内に流れた。
* * *
ウラナがレイナを運び、無事”東の国”に入ったのは、すでに子どもたちは寝付いているだろうか、という時間だった。
「ひとまず、王宮まで来てもらおう」
それが連行という形でなく、すんなり”東の国”に入れたことでウラナは少し安心していたが、その一方でまだまだ気が抜けないところがあるのも確かだった。
「......少し、いいかしら」
「何だ」
「きっとあっちの兵のいくらかは、そのままの勢いで攻め込んでくるわ。その対応のために国境に兵を置くのを、勧めたいんだけど」
「その準備はすでにほぼ完了していると言っていい。リンツ大佐から同様の指示を受けた」
「......シャルロッテはもう来たの?」
「ああそうだ......ん?今、リンツ大佐を名前で......?」
「え?......ああ。ええ。まあ特に、昔馴染みってわけでもないけど」
「これは......失礼、致しました。非礼をお詫びいたします。わたくしは、ジョーゼフ・トゥールーズという者です。階級は少佐、リンツ大佐の中隊所属の小隊長を務めております」
「へえ、やっぱり改めて聞くと、シャルロッテってお偉いさんなのね」
「もちろんです。リンツ大佐は過去この国以外でも連合国軍の中隊を率いつつ、数々の戦果を挙げてきた歴戦の猛将であります」
「じゃあ、あの時勝てたのは案外偶然なのかも」
ヘッドホン奪還のためにシャルロッテと戦ったあの時のことである。
「勝った、と?」
「ええ、まだこっち側の人だって知らなかった時よ。そんなにすごいのね......」
ウラナはサー・グラーツに勝ったとはいえ、全く余裕を持てていたわけではなかった。確かに空を飛んでいたため”狙った弾”に当たることはなかったが、”訳もわからずでたらめに撃った弾”には多少当たっている。撃った本人もどこに飛んでいくか分からずに撃っているのだ、ウラナに即座に判断はできない。
「旧王宮は現在、博物館として活用されています。王国時代の記憶、民衆が考えを持たず上の者に従えばこうなるという訓示としたいと、彼ら国民が希望しました。だが公開されているのは一部で、もちろん使われていない場所もあります。そこに一度滞在していただくつもりです」
「......ここに来る前にある程度報告書は読んだんだけど、その王宮ってそう言えば、王子が側近を撃ちまくった場所じゃなかった?」
「ご安心を。国民が犠牲者の冥福を祈り、除霊式をしっかり行なった後に展示室として公開しております」
ウラナがお姫様抱っこでレイナを運んできた影響か、ジョーゼフも同じ格好でレイナを運んでいた。ウラナと一緒に王宮へ向かい始めた時点で、自然に彼がレイナを運ぶ役割を果たしていた。
「到着です。正面の入り口から入ります。これは博物館の入り口でもありますが、すでに閉館していますので」
ジョーゼフについていき中に入った。とたん、少し違和感を覚えた。レイナも同じだったようで、ぐったりとジョーゼフに身体を預けていたのを、少しもたげさせ、ウラナに視線を送った。ウラナもうなずき返す。
「(全然、除霊できてないわよ......?)」
霜晶に従って未練のある魂の対応をしていた時ほどうじゃうじゃではなかったが、それなりに辺りをふよふよしていた。ただ多少は除霊式の効果があったのか、色でその未練の重さを感じられるウラナから見れば、色の濃い魂はいなかった。
「(とりあえず後回しの魂だけど......ここは霜晶の効果は適用外なのかしら)」
当のジョーゼフは特に気にする様子もなく、そのまま使用人の居室だったのだろう部屋に通された。ベッドは2つあった。
「......どう、調子は?」
「......ダメ。さっき気分が良くなったのは、気のせいだったみたい」
「空を飛んだのが、まずかったかしら」
「それは大丈夫。ウラナのせいじゃないよ」
ベッドに寝転んでからも、レイナはぐったりしていた。やはりお腹の中に赤ちゃんがいる、というシャルロッテの言葉は本当なのかもしれない。......と、
「調子はどうかしらん?」
若い女性が入ってきた。軍服、と言われて想像するようなかっちりした服の上に、白衣を羽織っていた。だがその服装でも、高校生のような雰囲気は変わっていなかった。
「はじめまして。メイリア・ストラスブール、軍医中佐。以後、お見知り置きをん」
ウラナがじっと見つめているのも特に気にする様子なく、机備え付けの椅子にちょこん、と座った。
「さて、とん」
そのメイリアと名乗った人はくるん、とウラナたちの方を向き、
「どういうことか、説明してもらおうかしらん。ねえウラナ?」
「......やっぱ”天下無双の爆弾女”だったか」
「うるさいよん”一撃必殺の魔性女”」
「............知り合い?」
「「そう、大学でね」」
メイリア・ストラスブール。
ウラナの大学での友人であり、ライバルだった。その人が今、目の前にいる。
ウラナはかつて、大学に一度しか籍を置いたことがない。ペルセフォネのもとを卒業した後、そのただ1回だけである。となれば、疑問が生じる。
「何であんた、今も生きてるわけ?もうとっくに死んでるはずでしょうが」
「それが世の中、不思議なこともあるのよん。心配しないで、なりすましじゃないわよん。だってウラナの身体にあるほくろの位置まで、しっかり覚えているもの」
「は?ちょっと待ていつ教えた!?」
「そこのお嬢さんに教えてあげるわ。さあウラナたん、服を脱いでっ......」
「ざけんな!!こらちょっ、あっ......」
「......やっぱりねん。ウラナ、相当我慢してたんでしょう?まったく、弾が残ってたらどうするつもりだったのん?普通の人間なら出血多量で死んでるよん?......まあ普通の人間なら、の話だけどん」
「どの口が言ってんのかしら?あんたももうとっくに、150歳とかなってるはずだけど?」
「......ねえ、ウラナ?この人も、死神なの?」
「いいえ。れっきとした、現世の人間よ。だけど......」
「いろいろ特別な事情があってねん。詳しく話すわ」
ウラナの身体には、あちこち弾丸のかすった跡があった。そこを消毒し、器用に包帯を巻いていきながら、メイリアは語り始めた。
「ウラナが言った通り、私はあくまで現世側の人間。しかも本来今は、生きているはずのない存在よん。だけど別に未練が濃いあまり魂が実体化した、とかじゃない。昔は私も中隊長みたいに、あっち......その時は旧王国時代だったけど、そこにいてねん。それで、半ば強制的に能力開発を受けて、役立たずな能力だったものだから、追い出されて、仕方なく医学科に行き直して、連合国軍の軍医になった、ってところかしらん」
「その能力、というのは?」
レイナが尋ねた。
「確か、”鶴の亀頼み”(オーバーリミット)、みたいな名前。いちいち言わないし、いったん手に入れたら効果がずっと持続するから、うろ覚えだけどねん。簡単に言えば、寿命が延びますよ、って話ねん」
「寿命が延びますよ、って、そんな簡単に......?それに、五紋家の持つ一式以外でどうやって?」
「それはだいたい分かるわ。理路って悪魔がいたでしょう。その道具を後から作って、使ったってやつ。それをうまいことやれば、どう転ぶかわからないわ。たとえそんなぶっ飛んだことでもね」
「だから中隊長の下にはいるけど、本当は中隊長よりずっと年上よん。そもそもリンツ中隊の専属軍医だし、見た目がこれだから」
見てるだけで暑いわよねん、と言いながら、メイリアは白衣と軍服の上衣を脱ぎ、椅子の背にかけた。真っ白なワイシャツに渋いネクタイ、という格好だが、何より胸の大きさが目立つ。ウラナが若干歯ぎしりする音が聞こえる。その音を聞いてか、少し勝ち誇ったような顔をしていた。
「あ、ちなみに死神の存在についてはすでに知ってるから、遠慮はいらないわよん。まあ私は医者という科学者だけど、科学は錬金術の賜物とも言えるし、同じ錬金術がルーツの能力なら、信じる気にはなるかな、って感じだからん。......それでも飛べるのは規格外だと思うけどねん。さて、さて」
ウラナの治療を終えたメイリアはレイナの方を向き、「この子はいったい?」とウラナに聞いた。
「......そっちの方が深刻かもね。赤ちゃんがいるのよ」
「えマジで?どこに!?」
「バーカ。その辺にいたら真っ先に出すわよ。それに泣き声一つも聞こえないのはおかしいでしょうが。お腹の中に、よ」
「......分かってるわよん。でも何でそんなに自信が?」
「シャルロッテがその可能性があるって」
「中隊長が?......ああ、あの人一応医師免許持ってるのよねん。で、心配だから診てくれ、と?」
「そういうこと」
「ちょっと待ってねん~」
ふんふん、と鼻歌まじりにメイリアは部屋を出て行った。
「......逃げるだけでもこの痛手、か......どうするのよ、これから」
「これだけじゃ済まないのは、確かよ。もしかしたらこのまま、泥沼の戦争状態に入るかもしれない」
「もしそうなっても、あんたはここにいるつもり?」
「うん。ウラナがそんなに傷つくようなところで、一人にはできない」
「でもね、あんた、自分の状況分かってる?せっかくおめでたい状態にあって、しかも気分が悪いあまりちゃんと動き回ることもできないのよ?ただでさえあんたの能力は体力使うのに、一番体力がいる時にそれ以外のことに使ってちゃ世話ないでしょうが。それに”連携強化”(アディショナル・コネクト)の前には時間操作だって無意味かもしれないし、第一その”連携強化”がどれくらい蔓延してるのかも分からない。とにかく......」
「お待たせウラナ、お客さんよん」
手に何やら試薬のキットを持ったメイリアが戻って来た。それと同時に、見慣れた顔がそこにあった。
「......!!」




