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現世【うつしよ】の鎮魂歌  作者: 奈良ひさぎ
Chapter7.Ketterasereiburg 編(覚醒)

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Course Out6 その頃、冥界では

番外編、第6弾です!

今回は冥界に残っているライム、ライン、そして新しいキャラの話です。

番外編らしい、ネタ的展開になってると思います!

 冥界には大きく分けて2種類の学校がある。


 1つはごく普通の学校。学校が家から遠い場合は寮住まい。


 もう1つは大殿の部屋が1つ与えられて、主死神たちから直接教えを乞うことのできる、エリートを集めたスカウト制の学校。こちらは今のところ女子限定。


 この「スカウトで英才教育を施す」制度は四冥神時代のペルセフォネが始めたもので、ペルセフォネに最初に教わったのは現主死神、シャンネ。ペルセフォネ死後はシャンネがその役割を引き継いでいる。つまりラインたちがペルセフォネ最後の教え子であると同時に、シャンネ最初の教え子でもあるのだ。


 だが当然、この教育を受けられる子は少ない。ほとんどが普通の学校へ行き、現世の子どもたちと変わらないような青春を送る。


 この学校、寮があると言ったが、男子寮、女子寮と分かれているのはもちろん、いろんな設備がしっかり整っていて、なかなか快適な毎日を送ることが出来るのだ。



 そして、それはある普通の休日の、昼下がりのことだった。


「ん......」


 母親が仕事で忙しい、特に今はトップの座を臨時で任されていて特に家を空けているため、学校からそう遠くに住んでいるわけではないが寮に入っている彼女は、昼ご飯の時間を回ってようやくお目覚めだった。


 ブランケットにくるまり、ぼんやりした目をこすり、全く起きていない頭を働かせ、時刻を読み取る。


「12時、42分......じゅっ!12時!?うわわっ、やばっ!!」


 さすがにまずい。女子”寮”だから、休日だろうが時間に厳しいのだ。遅れてのこのこ食堂に姿を見せたりすると、普通に朝ごはんが出てこないばかりか、寮監の先生に見つかってお叱りにあうこともある。今に至っては朝ごはんどころか、昼ごはんさえ出てくるかどうかも怪しかった。


「あっ......んーーっっ、せ、洗濯は後!!」


 そう言えば、とルームメイトのベッドを見ると、彼女の姿はなかった。


「くっそあいつ、起こさないとは薄情な......!」


 とまで言ってから思い出した。昨日まで定期テストがあって、テストお疲れ様!!ということで、友達の部屋に突撃してお菓子、ジュースを飲み食い、寮監がどやしに来ない程度に騒ぎ、トランプやらゲームやらに興じ、結局夜中の2時頃にふらふらになって自分の部屋に戻ってきたのだ。いつも通りの時間に起きると超寝不足になるので(自分が悪いのだが)、寝る前の自分はご丁寧に「起こさないでください」とカードを立てたのだ。これでは責めることはできない。起こさず放置されるのも当たり前だ。


 ひとまずパジャマ感全開の服を脱ぎ捨て、今起きたばかりとは悟られないぐらいに身だしなみ(8割方寝癖だが)は整えて、階下の食堂へ向かった。




「(......ふう、間に合った)」


 下りて食堂に入ってみるとガヤガヤとごった返していたので、その中に紛れ込み、たまごサンド、ハムサンド、カツサンドを器用に一つずつつまんでそそくさとその場を後にした。


「さあ、洗濯......」


 こんなお昼時なら、洗濯機は誰も使っていないはずだ。たくさんある洗濯機も時間によっては空いていないので、彼女は遅く起きていいこともあるもんだ、と実感した。


 自分の部屋の前まで戻る。各部屋のドアにはその部屋の人が外出とか在室とか、状況が一目で分かるボードがついている。ルームメイトは外出中だった。彼女は「まあ、そんなこともあるか」と特に気にかけず、部屋のドアを開けた。




シャカシャカシャカシャカ。




 一番に聞こえたのはその音だった。


「(誰かいる............?)」


 その音は洗面所から聞こえていた。おそるおそるのぞく。


 いた。


 明るい茶色の髪をした女の子だ。


......本来、この女子寮にはいないはずの。


「.........!?!?」


 驚く彼女をよそに、鏡越しに姿を認識したのか、空いている片方の手で立ち尽くす彼女の方に手をひらひら振った。その女の子は思いっきり、歯を磨いていた。


「......ここで、何してるの?」


 そう尋ねると、その女の子は丁寧にうがいを3度して、そして言った。


「え?何って、今日集まる約束だったじゃない。ちょっと早く着いたから、歯磨きを、ってね。ああもちろん、これは私の自前の歯ブラシだよ。それは安心して」


「ああ......えっと、確かに、そんな約束したような......だけどわざわざ僕の部屋に来て歯磨きって!しかも自慢げに自前とか言ってるけど、当たり前だから!」


「いーじゃんいーじゃんそんなカタくなんないでさ。ライムがわざわざ集まってほしいとか言うから、警察省のお仕事お休みしたんだよ?それにめったに約束守らないハノープだって、来てくれるって言ってるんだよ?」



「約束守らない、っていうのは違うんじゃないかな」



 扉の前にもう一人いた。


「いむっちもらいっちも、呼ぶタイミングが悪いんだよ。そういう時に限ってレポートとかテストとかで忙しいんだから」


 片手にプリンの乗ったお盆を抱えていて、全く説得力がない。


 もう片方の手でハノープと呼ばれた彼女はメガネを押し上げた。


「うおっと!」


 とたんにバランスを崩し、お盆ごとひっくり返しそうになるのを、ライムが何とか受け止め、事なきを得た。


「危ないな、もう」


「えへへ、ごめんごめん」



ハノープ・ブレメリア。


口調やら名前やらで分かる通り、ミュールの妹である。普通の学校に通う女の子だ。誰でも「っち」とつけて呼ぶ。「らいっち」はライン、「いむっち」はライムのことだ。



ル・アルビオノワール・アラルクシェ・ライム。


我らがシェドの妹である。アレクサンドロの悪魔戦争後の生まれなので、実はシェドと初めて会ってまだ間もない。彼女も普通の学校に通う。昼過ぎまで寝過ごしてあたふたしていたのは彼女である。



ライン・クローバー。


いわゆる「クローバー4兄妹」の末っ子である。ペルセフォネ死後に史上最年少の十聖士に任命された。彼女はペルセフォネのもとで学んでいた。今はシャンネのもとで学んでいる。



 この3人は学校は違うが同級生で、学校が休みの日もよく会ったりするのだ。そして今回もライムが自分の部屋にラインとハノープを呼ぶ約束をしていて、それをすっかり忘れていただけなのだった。



「ねえ聞いてよハノープ!」

「なあに、いむっち」

「ラインがさ、僕の部屋に勝手に入って来たあげく、我が物顔で歯磨きしてたんだよ!どう思う!?」

「どう思うも何も、知ってるよ?」

「............は?」

「私もらいっちも、あわてていむっちが食堂に行くの見届けてたんだから。全く私たちに気付いてなかったみたいだけど」


 ハノープが丁寧に、2人にプリンを手渡す。『大人なあなたにちょっと一息。ほんのり甘さ引き立つぜいたくプリン』とか書いてある。何だそれ。要はプリンでしょ。別にミュールのようにプリンがないと禁断症状が出るほどプリンに依存していないライムは、その程度にしか思わなかった。


「ハノープ?こんなの、冥界(ここ)には売ってないでしょ?どこで調達したの」


 弾力あるプリンを一口すくい、じっと見つめてラインが尋ねた。


「さて、どこでしょう?」

「ま、まさか自分で作った!?」

「相変わらずラインの発想はぶっ飛んでるなあ。そんなわけないって。ハノープだって僕と同じで、大した料理の腕してないんだから」


「しっ、失礼ね!私だってプリンくらいなら作れるよ!ちゃんと家庭科でデコレーションケーキ作って提出して、S評価もらってるんだから!」

「あー.........あれね、そう言えばあった」


 その提出したみんなの料理をみんなで食べる食事会が開かれたことがあった。あなたはサラダ、あなたはスープ、あなたはメインディッシュ、あなたはデザート、というふうに振り分けられて、あとはレシピも全て自分で考えて作るというものだ。デザートとしてどーん!とハノープのその大きなケーキが運ばれてきたときには、みんな思わず目を疑っていたものである。しかも味もなかなかだった。


「でもデザートだけでしょ?ハノープがまともにメインディッシュ作れたとこ、見たことないんだけど」

「そんなことないよ!ちゃんときれいに野菜の皮むきできるもん!」

「ほら。お菓子作るときは率先してリーダーとかやるくせに、おかず作る、ってなった瞬間に皮むきだよ、皮むき。そんなの男子に任せればいいものを」

「むう......」

「で、このプリンの出所は?」

「.........お姉ちゃんのうち」

「ミュールさんの?っていうか、あの人機密省の先輩の家に住んでるとかいう話じゃなかったっけ?」


「週末はあの家に行って過ごすことも多いから、合鍵もらってるんだよ。先輩は特にプリンが大好きってわけでもないし、お姉ちゃんも『ちょっと現世に行ってくる~』って言い残したきり帰ってこないから、どうせプリンの存在なんて忘れてるだろうしいいかなって思って」


「いや......その分だと忘れてなさそう」


 何せ一週間に1度食べなかったら禁断症状が出るのだ。その症状の詳しいところは分からないが、けっこう甚大な被害をもたらすんだろうなということぐらいは想像がつく。もし外出が1週間以上になるなら、途中でプリンを食べるためだけに戻ってくる可能性さえある。そうなれば最悪あと数日でバレる。『3つプリンがなくなっておる!!これはどういうことじゃい!?』とかいうことになる。


 ただライムがツッコんだときにはラインが二すくい目を口に運ぼうとしていたので、もう諦めるしかなかった。ええいままよ、どうにでもなれ、というやつである。



「わたひたち、べふにおほなひゃないひぇど、ほれははいほーふはのはなあ?」


(訳:「私たち、別に大人じゃないけど、それは大丈夫なのかなあ?」)


「ごめん、何言ってるか全然伝わんない」

「このプリン『大人』とか書いてあるけど、まだ大人じゃない私たちが食べていいのかなあ?だって」

「いや何でこの状況でライン語を意訳した?天才か?天才なのかハノープ?」


 冥界では普通の学校なりスカウトの特別な学校なりを卒業して、さらに現世の大学で勉強して、卒業して帰ってきてやっと『大人』と認められる。だから人によって「あなたは大人になりました」と認められる年齢は違ってくる。そもそも死神の年齢で7つほど違ったところで、同じ学年に振り分けられるのだ。176歳のライム、184歳のライン、179歳のハノープが、同じ学年なのだ。


「大人と言えばライム、あの洗濯はしなくていいの?」

「え!あ、忘れてた!」 

「何で『大人』から『洗濯』まで発想が飛ぶの?」


 ハノープが不思議そうに尋ねる。


「何ってそりゃ、見かけによらずずいぶん大人だなー、って思ったから」

「何が?」

「ダメだよライム、まだ学生なのにそんなの。まあ別に、ないのを嘘ついて強調して、男子を誘いたいって言うんなら止めないけど」

「......見たな」

「......。」

「見たな?見たんだな?見てしまったんだな?」

「何その三段活よ......」


「どおおおおおおおりゃあああああぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!」

「ふむげぶぉぉぉっっっ!!!???」


 ライムが慎重にプリンを置いた後ゆっくりとラインに詰め寄り、渾身の左ストレート。暴れまわることなどもちろん想定されていない寮の部屋で、ラインがゴロゴロ転がり、壁に頭をぶつけた。


「いやホント、あれは良かったです、ハイ......」


 と鼻血を出してラインはそう言った。


「完全に男子の感想......」


 ハノープも無意識のうちに距離をとって、呆れていた。


「さっさと洗濯してくるっ!!」


 さっきまで着ていたのであろう、ベッドに散乱したパジャマもかごに放り込んで、ライムは部屋を出ていった。後に残されたのは何から言ったらいいか分からず黙るハノープと鼻血を出して転がっているライン。よほどだったのか、ラインがまだニヤニヤしている。


「......ど、どんなのだったの?」


 何だかそう聞かなければ、この話題が終わらない気がハノープはした。


「そりゃもう、ねえ?およそ学生がつけるとは思えないぐらい、すご......あ、やば、思い出すとまた鼻血が」

「......それが一番上にあったの?」


 おそるおそるハノープが尋ねる。


「ううん。ハンカチと、靴下と、シャツと、......その他もろもろの下に、隠されるように」




「確信犯!?!?」




「......ふう」


 ライムが部屋に戻ってきてもなお、ラインは復帰する様子がなかった。ラインがやったことが衝撃的過ぎて、無意識にハノープもラインに一発お見舞いしていた。そのせいでラインは軽く意識を飛ばしていた。(それでもラインはドスケベ顔を崩さなかったのだが)ライムが部屋に戻ってきて、はじめこそちらっとラインの方を見たのだが、何事もなかったかのように、あるいは何も見なかったとばかりにハノープの向かいに座った。


「ところでいむっち、昨日までのテストはどうだったの?」

「聞くなああああっっっ!!!」

「はよわっ......!?」

「もう少し、オブラートに包もう?」

「えっと、......昨日まで実施されておりました、定期試け......」

「てええい!!全然変わってなああっい!!」

「はあ......」


 ライムがここまで言うのにも、理由があるとハノープは思い当たりがあった。


 数学だ。


 今回の試験は順番的に問題はなかった。最終日以外の教科も(少なくともハノープにとっては)いつも通りで、特に困ったことはなかった。


 もう一度言う。数学だ。


 きっとライムは最終日の数学でどつぼにはまったのだ。


 元々ライムは数学が苦手だ。最近の試験でライムが山を張ってないのを見たことがない。それで今までギリギリ赤点じゃないところを通ってきたのだ。持ち前の強運(あくうん)、というヤツである。しかし今回は違った。それまで「前代未聞の手抜き」と生徒から揶揄(感謝)されるほど教科書通りの問題しか出さなかった数学の先生がいったい何を思ったのか、急に本気を出して全問実力問題になった。もちろんライムは撃沈。そもそも山を張る張らないの問題ではなかった。普段は成績上位常連のハノープでさえ、「いつもと全く違う感」に翻弄され、うまく調子が出なかったほど難しかった。


「じゃ......じゃあ、最終日以外はどうだったの?」

「保健体育は完ぺき!」

「違う意味にとられそうだからやめなさい!」

「うーん、じゃあ......あ、そうそう、世界史はセーフ」

「セーフって、どのくらい?」

「平均はなんとかありそう」

「え?今回の世界史、いつもに比べて簡単めだったけど?」

「うっ......嘘でしょ!?じゃあムリ。平均ない」

「どうするの、そんなので......最終学年で留年しましたなんて、シャレにならないよ?」

「どうせ僕の気持ちなんて、トップ層のハノープには分からないやい!」

「私の問題じゃないって。そんなのじゃさすがにおばさんだって怒るでしょ?それにもし万が一、奇跡で卒業できても、大学がないよ?最近の大学は入るのがすごく難しいんだから。ライムの志望してるの、どこだっけ?」

「.........日本」

「ほら!日本なんて一番厳しいじゃない!知ってる?センター試験なんてのが日本にはあるの。ライムが今の状態で日本にまで受けに行って、二次試験が受けられるかどうかさえ怪しいと私は思う」

「そこまで!?そんなに!?受ける大学がないって!?」

「それぐらいマズいってことだよ。少なくとも今、定期試験であっぷあっぷしてるような状態じゃマズいの」

「留年、するか、いっそ......」

「留年したら私やラインとはつるめなくなるよ?ラインはもう警察省に入ってるから行くかどうかは知らないけど、少なくとも私はアメリカの大学に行くんだから」

「......もう八方塞がりだ」

「私もいむっちの専属家庭教師してあげたいのはやまやまなんだけど......」

「時間がないよね、ハノープも勉強しなくちゃいけないし」

「らいっちはどうなの?卒業してないのに十聖士で警察省所属だし」


「ん~?」


 鼻にティッシュを詰めたラインが起き上がった。とたんにティッシュを替えたのを見る限り、まだ血は止まっていないようだった。そんなに刺激的だったか。


「ごめん、ボーッとしてた。もう1度お願い」

「まだ浸ってんの?早く忘れなさい!さあ早く!!」


 部屋の隅にある工具セットからカナヅチを取り出し、ライムが殴りかかろうとしたので、ハノープが慌てて止めに入る。そんなので殴られれば「その他大事な記憶」も全部吹っ飛びそうだ。いや、ついでに魂も吹っ飛ぶかもしれない。


「......そんなに強烈だったの?」

「うん。あれは......いや本当に......勝負なんちゃら、ってあるでしょ?あれだよ」

「もう!母さんのお下がりなんだから!仕方ないでしょ!?」

「えーっ!?」

「......服のお下がりなら、よく聞くけど......それまでお下がりなんて」

「発育具合が一緒だからいいじゃない、ほぼ新品だから大丈夫って押しつけられたから!新しいのもあんまり買ってくれないし!」


「「使用済み!!??」」


「やめて。一気にダメな感じになる」

「じゃあ......中古?」

「それも変わらないから!!」

「そもそもそれに中古ってあるの?嫌すぎて誰も買わないんじゃない?」

「も、もう!僕の成績の話をっ............あ」

「結局自分で墓穴掘ったねー」

「さすが、ライム」

「ぐうっ......!」





 結局ハノープがラインに同じことをもう一度説明した。


「うーん、家庭教師......」

「一応もう警察省に正式に入ってるんでしょ?卒業して、現世に行くの?」

「たぶん融通はきくと思うよ。卒業を延期する、あるいは早めるとか。警察省に正式に入ったって言っても、まだそんなに重要な仕事は任されてないし。ライムの家庭教師って、ひとまず現世の日本の大学、そこそこ名の知れたところに入れるレベルにするんでしょ?それなら全然問題ないと思う」

「やった!よかった!」

「ただしその代わり、もうちょっとライムのコレクションを.........」

「もうその話に戻すなやゴルァァァ!!!」

「「やばっ!ハノープがキレた!!」」

「そんなことばっか話すんだったらもう帰るよ!?私もう必要ないよね!?あとは二人で好きなだけよろしくやって!?」


 そう言えばレポートあるの忘れてたんだよ、とつぶやきながら、ぷんすか怒ってハノープは部屋を出て行った。ライムとライン、2人はしばらくハノープが出ていった方を眺めていた。「うおっ!!」ドンガラガッシャーン!!......と、どう考えても階段から落ちてすっ転んだ音が聞こえたが、それは姉譲りで仕方ないと適当に片づけておく。


 今日は休日なのでどこかに出かけている、という子が多く、静かだったので、階下にあるハノープの部屋のドアが閉まる音も聞こえた。レポートがあるというのもその場限りのウソじゃなかったらしい。そしてその音が聞こえてしばらくして、沈黙は破られた。


「ねえ、ライム」

「なに」

「コレクション、見せて」

「......反省の色を見せようよ」

「分かった!じゃあ今はいてるのでいいから!その形からして上はしてないと見た!今ここで焦らすように脱いでくれればそれだけで私は悶えちゃうから......!!」

「お前本当に女か!?何でそこまで僕のそれに執着するの!?」

「え?......ちょっと、何か......うん。あ、分かった!私が見せればいいんだね!?そうでしょ!?そういうことでしょ!?」

「ちげーよ!!とっとと帰れえええっっっ!!!」

「ふげぶううっっっ!!!」


 再びラインの頬にストレートが決まり、ようやく止まりかけていた鼻血はしっかり復活した。しかも少々派手にやってしまったようで、床にラインの血が若干散り、事件現場っぽい感じに仕上がってしまった。まるで命からがら、という風にラインが帰った後、少し掃除をして、一息ついた。


「(そういえば、これから家庭教師はあれなんだよなあ......)」


 こんな調子の毎日だと、精神的にも肉体的にもきつそうだ。毎日ストレートかまさなきゃいけないこっちの身にもなってくれ。......と、



ピーンポーンパーンポーン。



「ハノープ・ブレメリアさん、ハノープ・ブレメリアさん、いましたら寮監室まで」



「......何だ、呼び出しか」


てっきりお風呂の時間の放送だと思ったが、それにはまだ早すぎた。


 ……...ハノープ?


 寮監室に呼び出されるのはたいてい何かやらかした時だ。ハノープに限ってそんなことはないはずなのに。ちなみにライムも寮監室に呼び出されたことが何度かある。全部騒ぎ立てたせいでドスの効いた声で呼び出しがかかり、慌てて飛んで行ったらこっぴどく叱られた、というものだが。......と、



ピーンポーンパーンポーン。



「......ライムさんも、寮監室に来るように」



「何だ、呼び出......僕?」


 ライムはフルネームだと非常に長く、淀みなく2度言う自信がないのか、呼び出しの時はいつもこう呼ばれるのだ。


 『さん』がついていたということは、おそらく怒られる案件じゃないはずだ、と自分を納得させつつ、ライムも寮監室のある階へ下りていった。




 寮監室は1階にある。1階は食堂などが入っていて、生徒の部屋はない。それはどうやら男子寮も一緒らしい、という話を聞いている。そして3階にあるライムの部屋。そこで騒いで響いて怒られるということは、どれだけ騒げばそうなるんだ、という疑問が生じるだろうが、たぶんそういうものなのだ。


 階段を下りきると、ちょうど少し先にある寮監室の扉から、人が出てきた。何やら書類を持ってほくほくしている。こちらの存在に気付いたようで、はっ!という顔になって、こちらへ走ってくる。


「廊下を走らない!」


 寮監の注意もむなしく、


―――派手に転んだ。



「あー......だから言わんこっちゃない」

「いてて......あ、そう、いむっち!うれしいお知らせ!」


 ベタン!という音を立てて転んだとは思えないほどの早さで起き上がった後、ハノープがまくし立てた。


「うん、いいから落ち着いて話そうか」

「.........ふう。あのね、いむっち、繰上げ卒業って、知ってる?」

「えー、何か聞いたことある気がする」

「各学年ごとで協議して、特に優秀な者を早期に卒業させ、間接的に『大人』と認められる年齢を早めるものだな。今回、ハノープがその対象になった」

「うん、だからね、いむっちの家庭教師、できるようになったよ!」

「そうは言うがな、ハノープ。ライムの成績不良は同級生がどうこうできるレベルじゃないかもしれないぞ?学年会議でもたびたび議題に上がるほどなんだ。それでもいいのか?」

「はい、大丈夫です。そのぐらいの覚悟ならあります」

「じゃあ、そこまで言うならひとまずは任せるが......」

「ありがとうございます!!」


 ハノープは寮監が口を閉じ終わるのも見ず、今度は早歩きで自分の部屋の方へ戻っていった。



「......ああ、それでだな、ライム、お前は別件だ」

「はい?」

「心配するな。成績の話とか、素行の話じゃない」

「え?もっと重大な問題ですか?」

「その話を私としたい、と言うのなら止めないが」

「いえいえいえ!?遠慮します遠慮させていただきます!」

「......分かった。ちょっとプライベートな問題になるから、入ってくれ」

「はあ......」


 大したことでもないと言いつつわざわざ部屋の中に入るのが矛盾に思えて仕方なかったライムだが、その寮監があるモノを見せた瞬間、彼女の身体は固まった。



「これなんだが......」

「..................!?」

「名前は聞きそびれたんだが、明るい茶色の髪をした子がここまで来てな、これを預けていったんだ。たぶんライムさんのものだと思います、と言い残してな。見覚えはあるか?」

「.........ありすぎます」


 それはさっきまで話していたアレだった。


「男子寮前に落ちていたそうだが、どういうつもりだ?これは外に干すべきものではないだろう?」

「干してません。僕でもさすがにそれは屋内に干します。しかもそれ、昨日のやつとかじゃないです。洗濯して、乾いてからだいぶ経って、しまってました」

「はあ?では、なぜ......」



 不思議がるのは寮監だけだった。



「......あいつ......ふざけんなよ......今度顔合わせたらどうなるか分かってんだろうな.........!!」


 週が明けて、最初の一日にライムは男子たちに囲まれることになり、より一層復讐の意思を固めることになるのだが、それはまた別のお話。

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