#51 ”additional connect”
不意に大きな音がした。
部屋のドアが壊される勢いで殴られていた。銃撃された痕まであった。
「何かしら?そんな物騒な訪問されても、こっちはそうホイホイ出て行くわけにいかないんだけど?」
挑発するようにウラナが言った。
「くそ、”例の女”か......どういたしますか」
「......んん?そんなもの蹴破ればいいじゃないか。何をためらっている?」
「......了解しました」
男のその言葉どおり、何度か壊すような音がしたあと、派手に扉が倒れた。
武装した兵士が何人かと、偉そうにひげを生やした男が一人立っていた。
「......ったく、もうちょっと訪問の仕方ってのがあるでしょうが。ここは仮にも女王の部屋よ?しかもその女王は今病人だし。人と会う時はちゃんとあいさつしましょう、って、幼稚園で習わなかったかしら?」
その兵士たちを見ても動じることなく、ウラナが半笑い交じりに吐き捨てた。
「ほざいておけクソ女。今回の目的はお前などではない。なあ、リンツ君。君にはよおく、分かっているはずだ」
「だーれが『など』ですって?」
「......まさか、サー・グラーツ、あの調剤室に盗聴器を?」
シャルロッテが少し青ざめた顔をしてそう言った。
「盗聴ね、人聞きの悪い。クイーンとその側近にいる君たちがどのような様子でいるか、少し音声だけで聞かせてもらっていただけだ。すると大変、このリンツ君が悲しそうに生い立ちから何から全てしゃべってくれたね。しかもあたかも私が完全悪であるかのような語り草で。それはさすがにちょっと聞き逃してやるわけにはいかない。それでここまで足を運ばせてもらった次第だ」
「それで?自分が良ければそれでいいみたいな態度でバンバン人殺すどうしようもないオヤジは、何をしに来たわけ?わざわざこんなちゃちい兵士ばっかり選んで連れてきて」
「あ、がっ......ぐっ......」
がしっとそこにいた兵士の一人の首根っこをウラナがつかむと、あっさり情けない声を上げた。
「だから黙っておけ、と言ったはずだがね?どうも物分かりが悪くて困る」
「あんたに言われる筋合いはないわ......」
そのサー・グラーツという男が懐を探り、小さな試験管のようなものを取り出した。
「(あれは......!)」
親指で栓を抜き、ウラナの方へ軽く振った。
「”最後の砦”<<アブソリュート・プレシピース>>!」
とっさの反応。
何か細かい液体が、その壁に当たるような音がした。
それだけではなかった。
液体が飛んできそうな場所だけに壁を張り、体力を節約しようとしたのが間違いだった。
「うごっっ!!!???」
お腹に強烈なパンチを食らわされた。見えた腕は黒いスーツを身にまとっていた。サー・グラーツだ。
「甘いぞ、その程度の壁では」
丁寧にもう一本、同じような小さな試験管を取り出し、栓を抜き、壁にかけた。
すると少し煙を上げながら、その壁が溶け始めたではないか。
「ちょっと、どういう小技使ってんのよ」
「君こそその壁はいったいどういう理論かね?重力に逆らって浮かぶコンクリート片など、聞いたためしもない」
サー・グラーツはまた懐に手を突っ込み、取り出した。
その手には無数の試験管が握られていた。
「......はーん、なるほど、”連携強化”(アディショナル・コネクト)ね」
「まあ、さすがにここまでヒントを見せてやれば分かるか」
「”連携強化”、蔓延しすぎでしょ」
さすがのウラナでも驚かざるを得ない。
「どうやら私の得意とする戦法は、君にとっては苦手なもののようだ。相性が良くて助かるよ」
その大量の試験管が、放物線状にウラナに向かって投げられた。壁を溶かす薬だ、身体に直接当たればどうなるか分からない。もう一度ウラナは”最後の砦”で壁を張り、その薬品を防ぐしかなかった。もちろんそれだけではダメだと学んだばかりなので、後ろに回した手の中で同じ能力で密度の高い球状の物体を作り上げ、サー・グラーツに向けて放った。
「やはり甘い」
薬品が多くかかった場所から壁は溶けていき、穴の開いた場所から拳を突っ込まれ、またお腹を殴られた。土壇場で放った球も避けられてしまったようだった。
普段ガーネットがあればお腹を殴られる、などという経験はまずしない。予想以上の痛みによろけると、いつの間にか背後に構えていた兵士がゴンッ!!と背中を殴りつけた。それでウラナの意識は決定的に薄れた。
ガーネットが、あれば―――。
捕らわれの身となってこの”西の国”にやって来た時からもう何度も思っていることがまた頭に思い浮かんだ時には、ダメ押しのようにもう一度背中を拳で殴られ、意識が途絶えた。
「さあリンツ君。君の番だ」
「我々を、どうするおつもりですか」
「当たり前だろう。君も我が国の一員ならば嫌でもわかるはずだ。まあ最も、......いくらか後にはもう、この国にはいないかもしれないがね」
ウラナが執拗と言えるほど殴られ、気絶させられたのに対して、シャルロッテは一切攻撃を受けることがなかった。
「リンツ君、君は不思議に思っているだろう。”例の女”がここまでされたのに対して、自分が一切何もされていないことに」
「............。」
「まあ君のご両親、旦那さんも、同じことを思っていただろうね」
「.........!!貴様っ......」
「おう。人は自分が死ぬと分かった瞬間、いくらか凶暴にもなるようだ。いいサンプルが採れた」
「どこまで他人で遊べばっ......!!」
「遊んでなどいない。私は総統という、この国をまとめあげる補佐をしておきながら、本職である研究者としての仕事を全うしようと励んでいるんだ。褒められこそすれ、侮辱されるいわれはないだろう」
ウラナは首根っこをつかまれ、リンツは手錠をかけられ、サー・グラーツ率いる兵士たちに連行されていた。クイーン・レイナはウラナの作った薬の効果もあってか深い眠りについており、女王の部屋に置いてゆくことになったらしい。
王宮の外に出ると、どれほど民衆の目に触れさせたくないのか、ほぼ入口ギリギリに車が止まっており、すぐに2人はそれに乗せられ、一切配慮などないというようなスピードで走りだした。
「リンツ君にも、”例の女”にも、今から見えてくるのは懐かしい光景だろうね」
恐らく、いや確実に牢獄だ。”西の国”の中でも特に過ごしやすさがひどいものだと言われる、政治犯などを収容しているあの牢獄だ。
シャルロッテもかつては家族とともに、その牢獄に入っていた経験がある。ひどいとはいえ、あまりの衛生の悪さに獄中で亡くなる、ということはなかった。やはりシャルロッテの家族はみな、あの男が不気味な笑顔さえ浮かべるその目の前で、殺されたのだ。
「やはり何かあっては困るから、別々の部屋に案内しよう。......安心したまえ。君たちの死ぬときは同じだ」
はははは、とグラーツは高らかに笑ってみせた。
ウラナとシャルロッテが連れて来られたのは、暗い部屋だった。よく見てみれば窓もない。レイナのいた部屋に比べれば、相当劣悪なものだった。
ウラナとシャルロッテは、向かい合わせの部屋に入れられ、どう考えても自力では開けられないような鍵をかけられた。その鍵を閉めた兵士が去った後は、何の音もすることがなかった。
しばらくその静寂は続いた。何時間経ったのだろうか。窓がなく、明かりもないので、今昼なのか、夜なのかも分からない。
「......なあ」
シャルロッテが、ぽつりとつぶやいた。返事はない。ウラナはまだ、気を失っているのだろうか。構わず、彼女は続けた。
「私たち、どうやって殺されるんだろうな」
ウラナと揉めたときに、彼女の”連携強化”の能力を補助するホルスターは、壊されてしまった。シャルロッテには強い適性が出ず、何かしらの機器で補助することでやっと使えた能力だから、もう今は使えない。使えたとしても副作用のリスクが圧倒的に高く、処刑される前に死ぬ危険すらある。だからと言って壊されずに今もあったとして、使いこなしてこの場を脱出できるかどうかも怪しい。ウラナがホルスターを叩きつけて壊したのは、自分の身体を能力がむしばんでいると、ウラナが判断したからだ。あの行為によって、ケガも不思議と小さくなったりした。
あのウラナという女は、自分を死神である、と言った。”連携強化”のような様々な能力は死神だから使いこなせるのであって、シャルロッテのような現世の人間では使いこなすのはまず不可能だと。ましてこの”連携強化”は死神でも扱いが難しいと。
そうなると、一つ疑問が浮かぶ。
―――サー・グラーツは、どうしてその能力を使いこなせるのか?
先ほどのを見る限り特に補助器具は携帯していなかったし、むしろ扱い慣れたような様子だった。自分が手りゅう弾で辺りを壊し、ウラナを威嚇したいと思い、無数に出したように、サー・グラーツは自らの開発した劇薬の入った試験管を、懐から無数に出していた。
扱いに苦労していないということは、サー・グラーツはその死神、というやつではないのか?
一度その考えが出た途端、シャルロッテの中で急に現実味を帯びた。シャルロッテが捕まり、家族が殺され、自分が殺されない代わりに”西の国”の仲間、特に高官としての待遇を受けたのはそんなに昔のことではない。だからサー・グラーツの若い頃を知らない。
「ん......」
シャルロッテの語りかけに反応したかのように、そんな声がした。
「ウラナ......起きたのか」
ウラナ、という名前であることは既に教えてもらっていた。
「え?......ああ、起きたわよ」
「今の状況を、理解できるか」
「状況、つってもねえ......まあ別々に獄中にいることからして、もうすぐ処刑、ってとこかしら」
「......悲しんだりは、しないのか」
「悲しむ?......悲しんだって、仕方ないでしょ。どちみち処刑なんだから」
「............どうして」
「ん?」
「どうしてそんなにさっぱりしていられる?自分の死を、そこまで肯定できるのか?」
「だーれが肯定なんてした?」
「え.........?」
「正確に言うわ。あたしは一言も、『あたしたちが処刑される』とは言ってないんだけど」
「......それは、どういうことだ」
「あたしを殴った、しかもよりによってお腹殴ったあの男は、許しておけないわね」
幸いよく寝られたみたいだし、とウラナはあくび交じりに思いっきり伸びをした。
「だが......こんな頑丈な檻の中から、どうやって逃れると?」
「......あんた、それでも元”連携強化”の使用者?」
「だが、ウラナは能力を持っていないと......」
「こういうの、自分では言いたくはないんだけど......あたしはただの”死神”じゃないのよ」
「ただの死神じゃない?」
「レイナのやってたこと、あれはきっとあたしにとっても、意味のあることよ。あのタイミングでやることなんて、外部に救難信号を出してるんだろうってことは、あんたも気が付いてたでしょ」
「............。」
「そうなれば......」
「貴様、死神と言ったな」
「......ホントはそれ、現世で言いふらしちゃいけないことなんだけどね。でもまあこの国、ゴロゴロ能力持ってる人いるし、その方がまずい気もするんだけど」
「死神でも、あの殴打で気絶するんだな」
「あたしたちの住んでる場所でそんなへなちょこパンチ受けたって、きっとびくともしないわ。所詮現世の人間だからね。でも現世に来たら別。あたしたちも現世の人間と同じ扱いを受けるから」
コツ、コツ、と靴音がした。
「静粛にしろ。就寝の時間だ、うるさく騒いでいるのはお前たちぐらいだぞ」
「早く寝ろ、うるさい、とか言うんだったら、窓ぐらいつけてほしいものね。これじゃ昼夜どころか、あんたみたいなカモの姿も見えないわ」
「カモ......だと?囚人のくせに生意気な」
「囚人って言ったって、どうせ死刑でしょ?ちょっとぐらい生意気、言わせてもらってもいいんじゃない、ねえカモ?」
「さっさと寝ろこのクズが!!」
看守の男がウラナの部屋の檻を蹴った。檻はへこみこそしなかったものの、その暗いフロア中にコンッ!という大きな音が響いた。
「あー、はいはい。寝りゃいいんでしょ。まあよく寝たって言ったってまだ寝足りたわけじゃないし、そこまで言うなら、うるさいからとっとと帰ってほしいし、寝るわ」
「くそっ、囚人のくせになめやがって!」
そんな意味のことを言って、その男は去っていった。
「.........ウラナ」
「寝なさい」
「え......?」
「あたしがまだ眠たいのは、本当よ。処刑の時に眠気に負けて、さっさと意識飛ばす方が楽だ、とか言うなら止めないけど」
「............。」
その言葉を最後にウラナの方から音がしなくなったので、シャルロッテも目を閉じた。
シャルロッテのまぶたの裏で思い浮かんだのは、自分を育ててくれた父と母の顔。『戦う女性』として、連合国軍の一員として派遣されてきた自分を受け入れて、なるべく自分と、一緒に時間を過ごそうとしてくれた、夫の顔。
―――俺はお前のその笑顔、いつまでこうやって見ていられるんだろうな。
ふと彼は、そう言ったことがあった。改まって言ったのではない。ひょっとしたら食卓を囲みながら出しそうな勢い、そんな話し方だった。
「.........さあ、いつまで、でしょうね」
曖昧な返事しか、シャルロッテはしなかった。笑顔が見られなくなる、そのことがシャルロッテには想像できなかった。若くして大佐まで上り詰めた彼女だ。年上の部下など大勢いたし、そのせいで恨む人が多いこともまた知っていた。
「いやあ、困るね、我々の”敵”ということになっている連合国軍の大佐が、この有様では」
普通にやればあんなことにはならなかった。後ろから迫り、背後を狙う存在に、気付けなかった。あのグラーツという男の目、人をゴミか、よくてもモノのようにしか見ない目を前にして、ようやく気付いた。
私は、間違っていた。
「本当ならね、捕虜はこき使え、というだろう?こき使って死んだのであればそれはそれで結構。......だが君はどうやら、あちらでも有能なことで有名らしいね。それでは君をおいそれと殺すわけにはいかない。ただし」
「ただ、し......」
捕まってからの数日間、本当にうるさく鳴く腹を満たすためだけの食事と、あたかも情けをかけてやっている、そんな量の水しかシャルロッテは与えられなかった。部下に厳格、数々の上層部から評価されていた彼女も、生きる上で最も基底にあるものを奪われることは、堪え難かった。それはさながら、ただ惰性で生かされるという、拷問だった。声は出そうとすれば体力を減らすと、最低限、あるいは無口を貫いていた。
「いかんせん連合国軍だ。私は常々、占いほど信じてバカバカしくなるものはないと思っているが、連合国軍はまさにそれに近い。君に間違いなく我々に従ってもらうためだ、仕方ない」
その男―――サー・グラーツはやれやれ、とため息をついた。そして指を鳴らした。
シャルロッテの目の前にある幕が上がる。禍々しい椅子に座らされ、手足を縛られ、口にも縄を回され、もがく、父と母と、夫。
「............?.........なっ、...なぜだ!!なぜ私の家族をっ............!!?」
「だから言ったじゃないか。君は簡単なことも、2度言わないと分からないのかい?君はまごうことなく連合国軍の一員なんだ。我々に確実に従ってもらうためには、これくらいの犠牲は、ねえ」
「やめろ......!!殺すなら私をっっ.........!!!」
「君を殺すのはあまりにも惜しい。もういいかい?戯言にはもう飽きたんだ、いい加減にしてくれたまえ」
「やめろ、殺すならっっっ―――っ!」
シャルロッテの叫びは途中で途切れた。愛する家族がこの男に目の前で殺された。
あの男がいなければ。
あの男だけでも始末していられれば。
あの男を捕まえ、国外追放さえ、できていれば―――。
その思いは、全て無駄になった。
* * *
「......寝た?」
シャルロッテの方からも音がしなくなった。と思うと、本当に自分は寝ていて、気づけば朝だった。明るいことは窓がないので感じ取れないが、小鳥のさえずる声が聞こえる。
”......待たせた、ウラナ”
心に直接語り掛けてくるような、そんな声がした。
「あんた......!」
”すまない。昔と違って、完全に我の意志でここまで来ることはできなかった。転送措置に慣れきってしまっているせいだ”
「話せるってことは、近くまで来たの?」
”ああ。我は今、処刑場を見下ろせる位置にいる。お前の正確な位置は、分かるか”
「いえ、気絶してたから、分からないわ......。来れるの?」
”とにかく広大な施設だ。お前ひとりを探し当てようと思えば、時間がかかるやもしれん”
「あんたがここまで来たんなら、話は別よ。今日の夜にでも、ここを出る。今夜までなら、十分時間はあるわよね?」
”それほどあれば、問題ない。ではまた、今夜会おう”
ガーネットだ。
やっと願いがかなったのだ。レイナはやはり、そこまでを視野に入れてくれていた。
「(......シャルロッテ、もうすぐよ。今夜は派手に暴れることになりそうだから、今のうちに寝られるだけ、......)」
「起床の時間だ」
男の野太い声が響いた。昨日の夜とはまた別の声だった。
「言われなくたってもう起きてるわよ」
「そちらの女は」
「昨日は暑苦しくて、よく眠れてないみたいよ。うなされるような声、聞こえたし」
後半は事実だ。
「.........そうか」
その男は意外にあっさりと、納得した。
「まもなく別の者が、お前たちの朝食を持ってくる。食いたければ食え」
「お言葉に甘えて」
男は硬い表情を何一つ変えることなく去っていった。
ほどなくして入れ替わりのように別の男がやって来た。女のように色白く、ほっそりとしていた。さっきの筋肉質の男と比べれば、オセロのようだった。
「近衛軍副司令長、ドレーク・ヴェルスです。以後お見知りおきを。......あ、お見知りおきしても、大して意味ありませんでしたね、ケケケ」
「白けたセリフ吐き散らすのはいいからさっさと朝ごはんよこしなさい」
「なっ......自己紹介が白けている、と......っ!なるほど皆さんの言う通り、中々の態度の大きさです、ケケケ」
シャルロッテとウラナのところにそれぞれ、食事を置いていった。冷めて固いパンと味気のなさそうな牛乳だ。せっかくなのでよく噛んで味わわせて頂く事にする。
「(......どうやってここから脱出するのがいいかしらね)」
窓もどこにもなく、どこから入ってきて、この檻の中に入れられたかも分からないウラナには、
「(......とりあえず、一面ぶっ壊してみてから考えるべきかしら)」
それぐらいしかいい方法がなかった。
「(でも壊したところで、どの方角に”東の国”があるか、分かんなくなっちゃったしね......)」
ぼんやり考えたりうたた寝をしたり、と繰り返していると、昼を過ぎた。
「(そう言えばレイナは、大丈夫かしら......?)」
* * *
夢を見ていた。
よくシェドと泥遊びをして、どろんこになって帰ってきては、母さんに怒られ、すぐ近くにあるおじいちゃんの家に泣きつきにいった。
きっと先生のところで勉強していて、ぶっちぎりの一位をとるなんてすごいことのはずなのに、家にその成績を持って帰っても母さんは褒めるどころか流すような雰囲気しか見せず、もっと褒めてほしくておじいちゃんのところに行った。
母さんは機密省に合格した時でさえ、「そんなの当たり前じゃない」とでも言いたげな態度だった。おじいちゃんのところに報告しにいくと、「好きなもの、何でも買ってやる」と、大人になったレイナからすれば恥ずかしいこともやってくれた。
そうやってことあるごとにおじいちゃんに甘える自分を、母さんは冷たい目で見ていた。あの日おじいちゃんを延命装置で縛り上げた機密省処理肆課のメンツに交じっていた母さんも、そんな目をしていた。 顔は見えなかったけど、きっとそんな目だったに違いない。
―――これじゃあ、私に何かおめでたいことがあっても、何も言わないんだろうな。
悲願のシェドとの結婚。おじいちゃんはもちろん、ヘンリーおじさん、ウラナ、エミー、シャンネさん、その他いろんな人が、少なくとも笑顔でおめでとう、と言ってくれた。けれど母さんからは何も言われなかった。
レイナは知っていた。そんな母さんだから、おじいちゃんをレインシュタイン家から追い出したのも、きっと母さんが関わっているんだと、そう幼い自分にも分かった。
なるべく考えないようにする。レイナは人の考えていることは、結構分かる。嘘も見抜ける。おじいちゃんとシェド以外は。母さんも、嘘をついていたら、微妙に態度に出る。けど母さんは嘘をついていたとして、それを見破ってもまだ真意が何なのか、分からなかった。
.........母さん。あなたは一体、何を考え、何を思って、動いているのですか―――。
目が覚めた。
デスクワークをしていた、そんな記憶があるのに、レイナは今ベッドに寝ころんでいた。
「いつの間に......」
起き上がると、床には書類や実弾が散乱していた。強盗にでも襲われたかのようだった。
「......銃弾が、こんなに......」
入口のドアは蹴破られていた。部屋を見渡すと、嫌に静かだった。
「ウラナとシャルロッテがいない!!」
思わずレイナは叫んだ。その瞬間、
「うぐっ.........!」
急に吐き気を催し、トイレに駆け込んだ。目線もうまく定まらず、くらくらする。トイレの窓から外を見ると、もう真っ暗だった。
「(考えるに、私は結構寝ていたはず......なのにどうして、こんなに調子が......)」
驚いたのはそれだけではなかった。
ボンッ!ベキベキベキッッ!!メシメシ、ドドドド.........
とてつもない破壊音を上げ、窓から正面に見える建物が、煙を上げた。
「戦争......?」
あんなに大規模な破壊は、宣戦布告の合図にふさわしいものと言えた。
「いえ、それとも......」
レイナには何となく、別の可能性もあるような気がした。
そうこうしていると、すぐ近くで、
ズドンッ!!バリバリバリバリンンンッッ!!!
地面が揺れる感覚に襲われ、窓ガラスがフレームごと引きはがされるほどの音がした。
そして聞こえたのは、聞きなれた声。
「レイナ!どこ!?あたしよ!!!!」




