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現世【うつしよ】の鎮魂歌  作者: 奈良ひさぎ
Chapter7.Ketterasereiburg 編(覚醒)

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#48 またお前か

 この国ーーーKetterasereiburg(ケッテラゼライブルク)は、国をまたぐ列車が中継地点として、よく通るところらしい。シェドが息を切らし駅に着くと、乗れる列車は少ないが、来る列車は多い、という印象だった。


「どの列車だ......アルバ、分かるか」

”分かると思うか?現世の国ならともかく、行き先は葬儀死神の国なんだろ?ここに着く直前に暗闇から抜けてきた、ってことぐらいなら覚えてるけど、それ以外はさっぱりだ”

「暗闇から?」

”そうだ。......限られてるな。地下鉄か?”

「地下鉄なら、乗り場はあっちだ」


 とても隣の国と衝突している、緊張状態とは思えないほどにぎわった改札までシェドは戻った。


「なあ、こういうの何て言うんだっけ、いろんなところへ行くための、中継地点の役割を果たすやつ」

”ハブ、だっけか。そこを中心にして、車輪みたいに周りに伸びてるんだろ”

「この地図見る限りじゃ、まさにそうだな」

”......確かに”


 この国のこの駅を中心にして、他の国の主要都市につながっていた。走ってくる途中、何人か直立不動の兵士を見かけた。あまりこの国にはいなさそうな顔だったので、護衛を頼まれて他の国から来ているのかもしれない。


”地下鉄も例外じゃないみたいだな”

「うわー......ここに来ても4択か......」


 しかたねーな、とシェドはつぶやき、右手の人差し指で、その地図の上の方にある駅を指した。


「ど、れ、に、し、よ、う、か、な、て、ん、の、......」

”おいこら、真面目にやれ”

「俺はいたって真面目だぞ?どこに行くか決められなくて、ずっとここで立ち往生してるよりはマシだろ」

”そりゃまあそうなんだが......”

「......か、み、さ、ま、の、い、う、と、お、り。ほら来た、4番線からのやつ乗るぞ」

”絶対に大丈夫なわけがない、だいたい4択ならもうちょっと考え......”



『4番線の列車が、間もなく発車いたします。ご乗車の方はもう少しの間、お待ちください』



「やっべ!」


 シェドが慌てて乗り場まで向かった時には、ちょうどけたたましいベルの音が鳴り、辛うじて乗り込むことができた。


「ほら見ろ、大丈夫だったろ?」


 列車は発車後ほどなくして、ゆるやかな下り坂とともに地下に入り、辺りは真っ暗になった。


”......いや、まだ地下に入っただけだ。地下鉄選んだんだから当たり前だろ?まだどうなるか分からない”

「だいたいお前は心配しすぎなんだって。世界はばらばらなんかじゃねーんだ、遠回りでも目的地に着けばいいんだよ」

”それじゃあ『俺が行く!』って飛び出してきた意味がねーぞ”

「......と、とにかくだな、もう乗ったんだしどうしようもねえ。着いてから考える。俺はちょっと寝足りねーから、寝るけどいいよな?」

”......好きにしろ”

「......怒ってるのかよ」

”いや別に。どうせ俺の裁断で自由になんでもどうこうできるわけじゃねえ。お前の言う通り、着いてから考えるしかない”



* * *



 だがその眠りはほどなくして妨げられることになった。


「うぷっ......」


 最近の列車はほとんどが電気で走っていると聞く。だがシェドの乗ったものはディーゼル車だった。しかもいったい誰が窓を開けていたのかその煙が流れ込んできて、シェドだけでなく周りの客も手で払う仕草を見せたり、咳き込んだりし始めたときの目覚めだった。


「うっ......何とかならねーのか、これ......」


 シェドが思わずそう言ってしまったのを皮切りに、にわかに列車の中が騒がしくなった。


「おい誰だ、窓開けたの!」

「ここは地下鉄だぞ!煙がガンガン入ってくんだろうが!」

「ちょっと誰か!早く窓を閉めてください!うちの息子、喘息持ちなんです!」


 その女性の隣から、ゲホゲホとか、ヒューヒューと音がした。


「それはやべーって!」


 シェドが慌てて立ち上がり、すばやく開いていた窓を閉めた。

 窓を閉めてから少ししても、ヒューヒューと喉の鳴る音が止まらなかったので、続けてその男の子のところへ駆け寄り、背中をさすってやった。


「ありがとうございます、助かりました......」

「いえいえ、それより落ち着きそうでよかったです」


 車内はエアコンが効いていて、黒い煙もほどなくして目には見えなくなった。


「何でエアコンで涼しいのに、わざわざ窓なんか......」

「あの、えっと......」


 少し高い声がしたと思うと、シェドの隣に一人少女が立っていた。目には涙を浮かべた、庶民の身なりをした子だった。


「お前か!窓を開けたのは!ふざけるな!」

「窓開けなくても涼しいだろうが!」



「どうしたんだ?」


 いたいけな少女に対して容赦なく怒号を浴びせる乗客たちの中で、そっとシェドは尋ねた。


「......あのね、このれっしゃはね、ちょっとだけ、明るくなるところがあって......」

「そうなのか!」

”お前の頼りなさが全力で露見してるぞ”

「......うるさいんだよお前はいちいち。えっと、で、続きは?」

「えっと、それで......わたし、引っ越しして、ここを離れることになったから、みんなに忘れてほしくなくて、何かわたそうと思って」


 詰まり詰まりその少女はそう言うと、ポケットから小さな袋を取り出した。日本で言えば小銭を入れるための巾着袋、といったところか。


「この本を、みんなに、あげるの。がんばってみんなひとりひとり、思い出を書いたの」


 少女はその巾着袋から、絵本サイズで、本当にひとりひとりとの思い出が詰まっているらしく分厚い本を取り出した。小銭が少し、やっと入る程度の小さな袋から、である。


「それで?地上までは、あとどれくらいなんだ?」

「たぶんもうすぐだよ。ぽつぽつまどが出てきたら、そろそろだって言ってたけど」

「え?......それって、もう出てないか?」


 とシェドが言い終わるか言い終わらないかぐらいで、急に外が明るくなった。


「......あ!」


 慌ててシェドが少し、窓を開けてやる。

 沿線の道にはたくさんの子どもたちが集まっていた。この少女の言う「みんな」なのだろう。本当にたくさんの子どもたちだ。彼らの親なのだろう、大人たちも含めてみなまんべんなく散らばっていた。


「いくよっ!」


 その少し重そうな本が、ほんの一瞬重力に逆らって、ふわっと外へ浮く。すぐに左へと消えてゆく。少女が窓から顔を出しずっとその方を見ていたのでシェドにはよく分からなかったが、子どもたちの喜び騒ぐ声が聞こえた。


少女の髪をなびかせる風。

少し西に傾きつつある陽射し。

風の音で何を言っているのか細かくは分からないが、喜びと惜しみにあふれているのだろう、子どもたちの声。

その様子をしっかり見届けられた少女が流す涙と、振り返す手と、叫ぶ声。


その全てが、再び暗闇に飲み込まれた。



* * *



「なあ、アルバ」

”何だ”

「例えばさ、目の前に空の、小さな袋があるとする。ヨーヨーがやっとこさ1つ入るような、そんな小ささだ。......そこに、絵本なんて、入るか?」

”無理だな”

「......やっぱりか?」

”現世に長くいたんならなおさら分かるはずだぞ。さっきの女の子が持ってたやつのことだろ?あれは何か仕掛けがなきゃ、絶対に無理だ”

「そうか......」


『まもなく、列車が停車いたします。終点ですので皆様降りられますようお願いいたします。またしばらく左右に揺れますのでお立ちのお客様はご注意ください』


「え?もう着くのか?」

”......待て。葬儀死神の国は、普通の人間が行けないようになってるんだよな?”

「まあ、そんなに簡単に行けたらわざわざ秘境にする意味がないもんな」

”じゃあ俺たちがこれから降り立つところは、もうハズレ決定だ”

「嘘だろ......」

”だから言っただろ。こんな緊急事態の時に『ど、れ、に、し、よ、う、か、な』なんてするからだ”

「し、しかたねーだろ!じゃあお前は分かったのか?無理だろ?」

”たぶんあのエニセイとかいう人も、助けようとむやみに突っ込むなんてことは考えないはずだ。おそらく状況がもう少し有利になるのを待つ。必然的に、お前を待ってることになるんだよ。たとえ分かんなくても、もうちょっと考えろ”

「分かった。一回戻ろう。今度はちゃんと考えて選ぶ。地下鉄だってのは合ってるはずだから、......」

”2度目は当てないと、急いでる意味がないからな”



 着いた駅は、全体的にレンガ造りの、大きなものだった。スーツ姿の男性やドレスを着込んだ女性、はしゃぐ子どもを連れる家族など様々な人が行き交うホームの真ん中で、駅弁を売り歩く人もいた。


「あ、おい、駅弁だぜ、買おう」

”遊びじゃないぞ”

「いいじゃんかよ駅弁くらい。腹減った」

”......さっさと買ってさっさと食え”

「よっしゃい!!」


 しぶしぶながらアルバの許可も得て、意気揚々とシェドは近づく。

......と、その売り子の奥に、目立つものが見えた。人の髪の毛だ。

 その人はホームにある売店で、何かを買い、満足げな顔をして去るところだった。降り積もる雪かと見間違うほどの白い髪。

 その人が不意にこちらを振り返った。


「......ん?」


 目が合う。その人は大きく目を見開き、口も大きく開けた。

 少しそれが続いた後、また大きな動きで息をはいた。


「......何だ、深呼吸かよ」


 そしてくるりと向きを変え、



とんでもない猛スピードダッシュで逃げ出した。



「おいこらちょっ、待てよ!!」


 何だかよく分からないがシェドも慌てて後を追いかけた。



* * *



 いくら混雑して進みにくいとは言え、並の女の子に負ける足ではない。ホームを抜ける頃にはあっさり追いついた。

 そして予想通りである。


「頼むでござる、ちょっと現世に出てきてたとか、レイナに言いつけるのは一生のお願いでやめてほしいでござるーっ!」

「何でここにいるんだよ」


 つい先ほど会った気しかしないミュールである。


「何でって、そりゃ、ねえ?その、遼条ちゃんはプリンなんて持ってないから、現世に買いにきましたよ、って......」

「いいんだな?遼条に確認とるぞ?ミュールに出てきていいって許したのか、って」

「ごめんなさい嘘ですマジ勘弁してください」

「目線があらぬ方向に飛んでたぞ」

「遼条ちゃんだましてここまで来ました」

「その行動力な」

「でもプリン買いにきたのは本当だよ!」

「それでも、レイナとの約束破んの早すぎだろ」

「だから言っちゃダメだって言ってるんだよ!」


 どうやらミュールも買っていたらしい駅弁をパクパク頬張ってしゃべる。空いている手はぶんぶん振り回していた。ちなみにどちらも「日本風特製ちょっとぜいたく駅弁」。幕の内弁当がベースになった、冷めててもいい匂いのする少しお高いものだ。


「プリン1年分って相当だからね!アルくん埋もれるよ、絶対」


 レイナがシェドのことを「アル」と呼ぶ影響か、ミュールも同じように呼んだ。


「いい?私は口止めのためなら何でもやるよ。今ここにある『とろーりなめらか!口どけ優しい幸せたっぷりプリン』、ちょっと高いけどあと10個買ってアルくんにあげるとか、頑張って11個にしてアルくんにあげるとか、もっと背伸びして12個あげるとか」

「そんなにプリンばっかいるか!」

「ひどい!プリンに対する侮辱!何たる悲しさ!」

「プリンはたまに食べるくらいで十分だよ」

「じゃあ私はこの償いをどうやって......!」

「そんな大げさなことじゃねーだろ、別にわざわざチクりに行くほどのことでもないし。......それよりちょうどよかった。緊急事態だ。レイナとウラナが、”西の国”に連れ去られた」

「.........どういうこと」


 ミュールも一転、神妙な顔をする。


「......あっと言う間だった。俺らが見てる前で、クスリ嗅がされて、それで......」

「何でアルくんはこっちに来たの」

「とりあえずこのことを伝えるためと、打開策も持って帰るため」

「打開策......あ、ちょっと待って」


 急にミュールが立ち上がり、弁当を片付け、シェドの手を引っ張った。


「おい、ちょっ!どこ行くんだよ......!」


 行き着いたのは駅の改札近く、人が通らないためか電気もついていない、静かな場所。

 そこまで来るとミュールは足を止め、両手でシェドの肩をぽん、と叩いた。


「何だよ突然......」


 シェドが言いかけると、ミュールは人差し指を口に当て、「しーっ」のジェスチャーをとった。


「.........。」


 何のためにわざわざ、こんな暗がりに連れてきたのか。そう思っていると、ミュールがごそごそと、ヘッドホンを取り出した。ふるふると小刻みに震えていた。

 スイッチを押す。


「遼条?」

「違うよー!」

「わざわざ黙らせた意味!?」


 相変わらずミュールには振り回されてばかりだった。


「その声は......えっと?」

「ミュールとアルくんだよ!」

「ミュールちゃんは遼条のところにいるっていうのは聞いたんだけど......」

「レイナとウラナが連れ去られたんだ、何か対策を......」

「連れ去られた......じゃあこれは、何かメッセージなのかしら」

「......何が?」

「今から流すわ。ウラナちゃんのヘッドホンからのものなんだけど」



『・ー・ ・ ・ー ー・ ー・・ ・・ー ・ー・ ・ー・ ー・ー・ ・ー ・ーー・ ー ・・ー ・ー・ ・ ー・・ ーー・ ・ー ・ー・ ー・ ・ ー ーー ・ー ー・ーー ーー・ ・・ ・・・ー ・ ・・ー ・・・ ・・・・ ーーー ・ーー・ ・ ー ・ ・ー・・ ・ ・ーー・ ーーー ・ー・ ー ・・・・ ・・ー ・ー・ ・ー・ ー・ーー ・ー・ー・ー』



「うん、モールス信号だよ」

「え?なぜ?」

「わざわざ暗号化しなきゃいけない、特別な事情があったんだと思う。現世で学校の教育カリキュラムに通信手段としてのモールス信号を組み込んでるところはもうない。私たちも同じ。非常時の秘匿通信手段として、モールス信号を全部覚えてて、かつ日常会話レベルで使いこなせるのはレイナ」


 ミュールの手はもう解読を始めて、読み取ったアルファベットを書いていた。


「......あとは、私ぐらいだよ」




 解読はあっと言う間だった。その旨も伝え、シェドとミュールは駅のホームまで戻ってきた。


「俺は早く戻らねーと。......この列車で合ってるよな?」

「うん、大丈夫だよ。......くれぐれも言わないでね」

「分かってるよ、だけどそんなの、レイナたちが助からないと意味がねえ」

「......そうだね。ちゃんとレイナもウラナちゃんも、守って。できなかったら、......パンチだよ」

「分かってる」


 列車の発車ベルが鳴り響く。シェドを乗せた列車は再び、”東の国”へ向けてゆっくり進み始めた。

 ホームを完全に過ぎ去るのを見届け、ミュールは手のひらに乗る紙切れを見つめた。



『Re and Ur r captured Garnet may give us hope Teleport Hurry.』

(レイナとウラナは捕らえられた、ガーネットがあれば何とかなるかもしれない、送ってくれ、早急に)



 今もしシェドの後を追いかけたとして、自分にできることはあるのか?

 たぶんない。それはよく、分かっているつもりだった。だから彼女はそっとその紙を折りたたんでポケットに入れ、別方面の列車に乗り込んだ。



* * *



「なあ、......」


ホームに向かう途中、シェドはミュールに、例のことを話した。小さな袋から、それからは想像できないほど大きなものが出てきた、あのことだ。


「......それは、”連携強化”(アディショナル・コネクト)だね」

「アディショナル......何だって?」

「私たち死神が使える能力の一つだよ。現世でも冥界でもない、何でも理想が叶う第3の世界に干渉できる能力。中途半端に使うのは自滅を招くし、扱いが桁違いに難しいから、今は死神も使えないようになってるんだよ。......それをさっき見たの?」

「ああ」

「分かった。帰ったら機密省に報告しとく」

「機密省?」

「うん。”連携強化”だけは特別扱いで、機密省が研究してるんだよ」


「やっぱり、おかしいよな。そんなとんでもねー死神の能力が現世に存在してるなんて。何だろう、普通と、違うっていうか......」


 列車に乗ったシェドは、ぼんやりとその話を思い出していた。

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