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現世【うつしよ】の鎮魂歌  作者: 奈良ひさぎ
Chapter7.Ketterasereiburg 編(覚醒)

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#47 死神の銃

「ん......」


 セントラピスラズリの未知の攻撃が自分にもたらしたケガは予想以上にひどかったらしく、前の戦争の時より長く入院が必要だ、と言われた。しばらく白い、何もない壁とにらめっこしなければならない、ということだ。

 そしてあの事件ーーー警察省は「大殿某重大事件」という呼称を決め、冥府革命集団関係であることは伏せているがーーーでエミーは、自分の最大の武器であった左目の能力を失った。使いようによって盾にも、網にも手錠にもなる赤い光線を自由に操る、”仮想拘束光線”(イマジナリー・レイ)である。

 しかしそれで終わりではなかった。左目が本来の目の役割だけを果たすことになった代わりに、右手に銃を生成するデバイスつきの手袋がはめられていた。後で聞くと取り外しは可能ということでそれは安心したのだが、エリザベスさんを参考にして作られたらしい。エリザベスさんの方は本当に銃弾が出るが、代わりに光線が出て、脳内イメージに合わせて形を変えるらしい。


「(......今日は、練習の日、だったわね)」


 退院した後すぐに出動となっても、文句は言えないのが警察省である。こっちが全身ケガしていようが犯人は待ってくれないのだ。だからちょっとでも慣れておこうと、警察省の地下で練習をすると決めていたのだ。


「(そうとなれば、さっさと朝ごはんを......)」


 目を開けた。

 目の前に大きな人の顔が映る。


「ひやわーーっ!?」

「......人の顔見てどんな叫び声上げてんだ」

「あ、あのね、なんであなたはいつもそんな近くでのぞき込んで目覚めを待ってるわけ!?」

「このままだと目を覚まさねえんじゃねえかと思うと、心配だからな」

「朝一番に数センチの距離に人の顔見たってことを想像してみなさい。そっちで心臓止まって死にかけるわよ」

「それにしてもお前、死んだような寝顔だな」

「まだ言うか!?人がどんな寝顔してようが勝手でしょうが!」

「うるさいうるさい。そんなに元気なら心配ねえな」

「ちょっとイラッとしたから声荒げただけよ。まだあんまり、治ってないし」

「それでもケガ人とはとても思えねえな。また時間になったら来るから、大人しくしてろよ」

「あなた、私が退院したら、覚悟しときなさいよ」

「分かった分かった。その前に早くケガ治せ」

「くうっ......!!」


「クルーヴ様、朝食の時間です」


「あ......」

「えっと、いかがされましたか?」

「......特に何もないわ。今日は出かける日だから、さっさと朝ごはん済ませちゃいましょ」



* * *



「エミーちゃん?そろそろいいかしら」

「エリザベスさん?どうしてここに?」

「ジグに抜けられない仕事が入っちゃってね。どのみちエミーちゃんの練習に付き合うのは私だし、ちょうどいいと思って」

「そうだったんですね」


 ジグに仕事が入っていても、入院中の身であるエミーにどうこうすることはできない。今警察省のトップに立つのはエリザベスさんなのだ。


「ところでエミーちゃん、今朝ジグと何かあったの?」

「え!......いや何もないです」

「その顔で何もないって言うのは無理があるわよ?」

「別に、そんな大きなことじゃありません。その......朝目覚めたら、ジグの顔が近すぎて、もしびっくりして起き上がってたら、接吻してたかもしれない、よかったそんなことにならなくて、っていう話です」

「あら、エミーちゃんにしてはずいぶんいい話じゃない?」

「あのですね、あんな男にそんなことしてもらったって、これっぽっちもうれしくないですから。その日1日沈んでるかも」

「というかエミーちゃん、『接吻』って、いつの時代の人よ」

「違うんですか?」

「間違ってはないけど......なんだか、知らないのね、そういうこと」

「今バカにしましたね!?」

「相手がいたことがない、って言うのも、うなずけるわ」

「なっ......!」


 そんなにバカにされるとは思わなかった。


「ほら、しっかりして。エミーちゃんの歳ならまだ全然間に合うわ。それに心の状態が、銃の扱いの上手さとか、弾数に影響することもあるから」

「え......」

「嘘よ」



「人をおもちゃだと思ってませんか!?」



 警察省の上層階は夜勤の人のための仮眠室になっている。なぜ上層階にあるのか、そもそも作ったのかは不思議なのだが、さすがに銃声の響く演習室は地下にある。しかも地下5階相当ぐらいの深さに。


「この建物建てた人は、ちょうどいい加減、っていうのを知らなかったんですかね」

「そうね、特に上すぎる仮眠室をなんとかしてほしいわ。二人の子どもを持つお母さんに、あれはきついのよ」

「エレベーターで降りれば済む話では?」

「うん、分かってるのよ、あのエレベーター高性能だし、すごく速いってことはね。だけど昔はあんなのなくて、ずっと階段を上り下りしていたから、今でも感覚的に、階段で駆け下りた方が早いっていう気がするのよ。分かってはいるのだけど」


 確かに現世の警察なら、緊急出動の時にエレベーターを使おうものなら、たんまりとお叱りを食らうように思う。特に隅々まで徹底した教育がなされているという日本の警察ならなおさらだ。レイナがよく、「日本が安全なのは警察の方たちのおかげなんだから!」と自分が警官であるかのように自慢げに話している。

 そもそも現世の警察でそんな高いところに仮眠室があるところなどないとは思うが。

 機密省では”監獄のフロア”に行くために限られた人がカギを持つ専用エレベーターに乗る。それと同じように、警察省の演習室へ続くエレベーターのカギは、借りる人がしっかり名前を書き残さなければならない仕組みになっている。


「一応エミーちゃんと連名にしておいたんだけど、問題ないわよね?病院から許可は下りてるのよね?」

「大丈夫です、余計なケガはしてくれるな、って念は押されましたけど。......私を撃つのはやめてくださいよ?」

「撃たないわよ。何を言い出すかと思えば。......あれは悪魔を撃ち殺すのにしか使えないわ。命中すれば周りの敵も一緒に燃えるなんて、死神の犯人にはとても使えないし。まあ今回は、わざわざ持ってくるのも面倒だし私自前の銃を使うけど」


 現世で危険な武器として扱われる銃。危ないからやすやすと使うものではない、という認識は死神も同じである。警察省でも演習など、出動の時以外で銃を持つには少々面倒な手続きがいる。だからこういうことを言っているのだ。


「さて、着いたわね」


 地下5階ということもあって、湿度が高く蒸し暑い。地上の空気を取り入れる装置はもちろんあるが、それでもじっとりと汗が出て、まだいくらか巻いてある包帯が湿る。動物たちが冬に土の中に潜って過ごす理由もよく分かるというものだ。


「じゃあ早速だけど、銃を作れるようになりましょうか」


 まだデバイスのソフトは未完成だ。実戦で使えるようになるまではかなりかかるらしい。”仮想拘束光線”をいかにして銃から発射させるよう開発するか、そこに一番時間を食っているのだという。当たり前だ。そもそも自分がケガしなければ、そんな研究自体する必要はなかったのだ。どうやら現在の研究者の筆頭であるマドルテさんが何とかしてできないものかと知恵を絞っているらしい。

 が、銃の生成自体はすでにできる。それさえ習得すれば、あとはリハビリである。


「さあ、右手を構えて。エミーちゃんが抱く、銃を持つときのイメージでいいわよ」

「はい」



「あとは気合いよ」



「......は?」

「だから、そこまで来れば、気合い」


「ふざけ、んなよ......!何度おもちゃにする気ですかね?ねえ!?」

「あああああっっっっ!?!?ごめんなさいごめんなさい、エミーちゃんがなんだか浮かない顔してたから!ちょっとからかったら変わるかなと思ったから!悪かったわあああっっ!?」

「どーこの小学生の発想ですか?そんなことされなくたって、私は一人で立ち直ることぐらいできますから!!」

「......もし一人で立ち直れるとか、他人を頼らなくても、とでも思ってるなら、それは大きな間違いよ」

「え......?」

「私たち未練死神は元は人間。貶められ、人間扱いさえされない状況に立たされてもなお、他の力、ーーー死神の能力を与えられないと巻き返せなかったあの歴史を、忘れてはならないの。人間はよく、他人の力を借りなきゃ生きていけない、って言うでしょ。死神だって、同じことが言えるのよ」

「......。」

「だから頼りなさい。あなたよりたくさん生きてきた立場として、助けてあげられることを、一生懸命考えるわ」

「......そう、ですね。何度もエリザベスさんにトップ代理をしてもらっている時点で、頼らずに生きるのは無理なのかも」

「かもじゃないわ、そうなのよ。もし私が今回、”仮想拘束光線”の銃への適合化の研究を提案していなければ、そのままこの能力は絶滅していた。......恩着せがましい言い方になったけど、結果的にこのことはエミーちゃんを救うわ。少なくとも、私はそう信じてる」

「ありがとう、ございます」


 エリザベスさんは悪魔の子孫の中で比較すれば、弾数は少ないものの、その正確さは群を抜くらしい。改めてしばらく銃の作り方のレクチャーをした後、エリザベスさんが実演してみせると、全てど真ん中に命中していた。対してエミーは銃を扱ったことがないだけに、苦労した。もともと他の警察省の人が銃を使うところは、全て自分の能力で事足りていたのだ。その穴を埋めるには、かなり銃の腕を上げなくてはならない。


「ああっ」


 目線さえ合わせれば生成できたあの光線とは違う。淡々と目の前に現れる的の端に当てることさえままならなかった。


「大丈夫よ、私もはじめは、全然ダメだったから」

「はじめ、とは?」

「アレクサンドロの邸宅の地下深くに、こんな風に演習室があったのよ。もちろん厳重に管理して、一族以外にその存在が知れないようにね。私が子どもの頃はよく分からないまま銃を持たされて、誤作動で自分を撃った時の対策用にぐるぐる巻きに防護服を着せられて、飽きるほど撃っていた記憶があるわ。全然的をかすめもしなかったけど」

「でも今は、すごく正確ですよね」

「そりゃあ言葉を覚えたかどうか、なんて時期から握ってるもの。嫌でも上手くなるわ」

「それだけしないと、上手くはならないんですね......」

「エミーちゃんの場合は、そこまで正確さを上げなくてもいいかもしれないわ。銃弾は小さくて、下手だったら軌道が逸れて当たらないけど、撃つのは発射後自在に形を変える光線。大きく外さなければ大丈夫だと思って、気楽にやるといいわ」



 練習をするとは言え、そこまで長居するつもりはなかった。ここまで暑苦しいとは思っておらず、予想より早く身体が悲鳴を上げたのもあり、昼を少し過ぎた頃には演習室を出ていた。


「戻ったら、着替えなくちゃいけないわね......」


 地上に出て寒いぐらいに感じたが、気持ち悪いのに変わりはない。

 病室に戻ろうと最上階まで来ると、エミーの病室の前であたふたしている看護師がいた。


「どうしたの」

「えっと、クルーヴ様がいらっしゃらないので、ご昼食をどうしようかと......」

「私がそのクルーヴよ。確か、あまり帰りが遅いようなら昼ごはんはいらないって、言っておいたはずなんだけど」

「そっ、そうなんですか!?」

「まあいいわ。せっかく用意してくれたんだし、着替えてからいただくわ」

「えっ、でも、運んできてからそれなりに経ってますので、冷めて......」

「大丈夫。気にしないわ」


 食事を受け取り、病室のドアを閉めた。


「......ふう。やっとさっぱりする」


 汗ばんだ包帯と、服を脱ぎ、まっさらな服を持って、特別病室ならではの設備(シャワールーム)に向かって、足を踏み出した。


「おいクルーヴ、戻ったか?ちょっと用が......」


 病室のドアが開けられた。


「..................。」


「.........。」


 突然の出来事のあまり目を見開き止まるエミーは、何も身にまとっていなかった。


「..................。」


「..................。」




「その............ドアを閉めて出て行けえええええぇぇぇぇっっっ!!!!」



* * *



「お前......俺がシャワー浴びてる時はズカズカ部屋に殴り込んでくるくせに、その逆はアウトなのかよ」

「裸を見られるのが男と女じゃ、違ってくるでしょうが......!」

「じゃあ俺が悪いのか!?さすがにお前がシャワー浴びようとして、全部服脱いでるとは思わねえだろうが!」

「事前に電話するとか、来訪の意を知らせなさいよ!」

「病院で警察省の奴が使う強烈な電波の電話なんざ使えるか!この最上階じゃどんな精密機械があるか分かんねえだろうが」

「なんでそんなところだけムダに律儀なのよ......!」

「律儀とかそういう問題か?いいか?俺があのグループにいた頃はな、暑いときゃどいつもほぼ裸だったぞ。女もそうだ。胸と腰さえ覆ってりゃあとは好きにしろって具合だったぞ?もちろんあのベガっていうガキもだ」

「そんな格好ずっとできるもんですか!私は恥ずかしくてそんなのできない!ここは冥界よ?あー暑い、脱ぐか、なんて発想になって、しかもそこまで脱ぐなんてありえないわよ!おまけに寒がりだし」

「んじゃなんでお前はさっき堂々と脱ぎ捨ててからシャワールームに向かおうとした!寒がりなら脱衣所でやれ!」

「その......誰もいないから、大丈夫だと、思って」

「......ったく、警察省のトップがそんなのでどうすんだ」

「なんか、ごめんなさい......」


 結局被害を受けたエミーが罪悪感を覚えるはめになった。


「で、でも、ちゃんと気をつけて。あなたの上司が、女だってことを覚えてて」

「それは、すまなかった」

「な、何よ、急に素直になって」

「人が正直に反省してんのに、今度は言いがかりか!?」


 シャワーを浴び、出てきてから服を着、待ちくたびれたジグはようやく病室に入ることを許されたのだが、今度は延々と、ごはんを口に入れまくし立てるクルーヴに付き合わされるはめになったのだった。



「それで?要件は?これでただ私の裸を見に来ただけとかだってんなら......」

「んなわけあるか。例の2人の話だ。嵯峨浩明(さが・ひろあき)仁科一(にしな・はじめ)。あいつらは悪魔、特に理路の命令で、ここの能力発現装置を奪って、そのデータを理路に送り、ついでに冥界を荒らした。だけどぶっ壊されたところも復興がほぼ終わってるし、何回か取調べを重ねたが、悪魔の誘惑に負けて、命令を聞いただけのようだ。奴らに能力はもう与えられないし、これ以上暴走するおそれはないということで、転生させるか、成仏させるか、どちらかの措置を取るべきだ、っていう連中が増えてきてる。今トップのエリザベス...も、釈放してもいいと判断してる。最後にお前の意見を聞きたいんだと」


「あ、ごめんねジグ、エミーちゃんに聞くの忘れてたわ。演習室に入るまでは覚えていたんだけどね。あとで伝えておいて。よろしくねー」


 こんな具合だ。


「どうせダメだって言ったところで、今私はトップじゃないんだから、意見は変わらないでしょうよ」

「まあ本来はそうだろうな。だけどあの人は、お前をずいぶん買っているみたいだぞ?お前の方がずっと年下なのにな」

「そりゃあ目からビームで手錠も拘束も、防御もできますよ、なんて能力持つ後輩が来たら、嫌でも買うでしょうよ」

「それだけか?もしその理由しかないなら、お前がトップに躍り出るのを認めなかったと思うがな」

「......。」

「たぶん期待されてんだよ。じゃなきゃ、そんなに何度もケガして、死にかけまでしてんのに、ずっと気にかけてる、なんてことにはならねえと思うぞ」

「気にかける.....」

「もちろんトップとして、役割を果たそうとしてるんだが、見舞いに行かなきゃ、とか言って、けっこうそわそわしてる。そんだけ心配されるのって、いいことじゃねえのか」


 まあ俺はそこまでお前のことで頭の中を埋めてはいられねえけどな、とジグは言った。


「......最後の一言で、全部だいなしよ」

「けど、俺もお前にはいろいろ借りがある。お前がいなけりゃ、変わらなかったことはたくさんある。俺もだし、警察省もだ。だからな、......さっさと退院しろ、クルーヴ」

「......。」


 おもむろにジグは立ち上がり、振り向くことなく少し手を振り、去っていった。


「私がいたから、変わったこと......」


 もしかすると、自分の気づかないところで、何か変わっていっているのかもしれない。



* * *



「さァて、『作業』の時間かァ」


 人の通らない、昼夜問わず暗いその裏路地に、すっ、と降り立った。


「少々、派手にいきますかァ」


 右腰に差さる刀のつかを抜き取り、左手に握ると、夜に見るにはあまりに不気味な碧い光を放ち、長く鋭い刃先が現れる。

 ふと立ち止まり、目を閉じた。やがて目を開けた時、その口元は狂気の笑みに支配されていた。


「......そこかァ、弱ェのはァ」


 そうつぶやいてから、実行に移すまでは短かった。


「<<Eins>>」


 2本の軌道が刀から伸び、その狭い通りを作るビルの中を突き抜ける。


ーーードシャッ。


 ビルの基礎の中で、一番もろくなっている部分が完膚なきまでに破壊されたーーー最も、見えないそれを『狙った』のだがーーーそのビルは、支えを失い一気に崩れてゆく。


「さァ出てこい鰯どもォ。楽しィディナーショーの始まりだァ」

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