#44 Ketterasereiburg
”東の国”と”西の国”の総称である国名・Ketterasereiburgが今回のサブタイトルです。ドイツ語でKetteが「鎖」、Rasereiが「暴走」、Burgが「城」という意味です。
葬儀死神の国までは、列車でもしばらくかかるらしい。警察省の真ん前にある駅ーーー侵入者など有事のときにすぐに対応できるようにそこにあるのだがーーーから葬儀死神の国行きの特別列車に乗ったレイナとシェドのところに、車内販売の女の人がやってきたことが、それを物語っている。
「何かいかがでしょうか?」
「コーヒーのブラックください」
「あ、じゃあ俺はオレンジジュースで」
「かしこまりました」
「コーヒーはダメなの?」
「え?......いや別に、ダメってわけじゃ......」
「ふ〜ん?」
「......飲めないよ。現世で何度か飲んだことあるけど、どうも性に合わない。ついでに言うと紅茶も若干苦手だよ」
「今のはちょっと嘘が下手すぎたね」
「嘘をついたわけじゃ......」
「見栄張るのはよくないよ」
「なっ......」
「まあ今までも適当に濁したりしてたもんね。やっぱり苦手だったか」
「そ、そういうレイナはどうなんだよ。今まで一度も、家でブラックコーヒーなんか飲んでるの見たことないぞ」
「うっ......」
「もしかしてかっこいいとか思ってやってるんじゃないだろうな」
「......ごめんなさい」
「当たった!?」
「で、でも!砂糖一袋と、ミルク入れれば飲めるから!」
「がっつりじゃねーか」
「お入れしましょうか?」
ちょうどいいタイミングで車内販売の女性が聞いてきてくれた。
「お願いします」
女の人がいなくなると、やがて少し音がして、列車が動き始めた。
「ごめん、疲れてるから、しばらく寝るね?」
「おう」
昨日あれだけのことがあったのだ。それで一晩寝ただけで回復しているとは、シェドも思っていなかった。レイナより体力のあるだろうシェドでも、レイナの立場では万全の状態でいる自信がない。
窓の外を見ると冥界の景色はすでに遠くなりつつあった。冥界に子どものときあまりいなかったシェドがあまり子どもらしくない子ども時代を過ごしていたとはいえ、シェドももう子どもではない。警察省や機密省の建物がどんどん小さくなってゆくのを見て、はしゃぐ気にはならなかった。
やがてその小さな建物も見えなくなり、殺風景な灰色が窓の外を埋め始めたのを見て、シェドは外を見るのをやめた。代わりに普段は眠り続けている、シェドとともにある彼を呼び出した。
「......アルバ」
「ん?どうした」
「いや、元気か、と思って」
「......なんだ、そんなことか」
そんなことか、と言うが、実はあまり呑気ではいられない。そもそも正確にはアルバは寝ているのではなく、潜在下に意識を置いているのだ。結果として寝ているのとほぼ同じだが、自発的かやむを得ないものかという、大きな違いがそこにある。アルバに冥界に残り続ける意思を確認したあの日以降特に、アルバの意識を表に出しておけば、アルバがどんどん薄れていくのではないか、とシェドは心配していた。だから必要な時以外は、アルバを寝かせてやることにしている。
「いよいよ、行くんだな」
「ああ。もう少し、かかるらしいけどな」
意識が潜在下にあるとはいうものの、シェドの身に何が起こったのかは大まかには分かるようになっていた。だから事情により例の国に行かなければならなくなってしまったことをアルバは知っている。
「なあ。そんなに危険か、その国は」
「......少なくとも王政時代には、そんなことはなかった。王の一族は確かにどの代も横暴気味だった。けど、民衆が困り果てた末に謀反を起こすかもしれないなんて、そんな物騒なことはなかった」
「それが今では、2つに分裂したあげく、もめまくってる、と」
「たぶん直系の一族が全滅したからだよ。もしワガママぶりがひどいあのサミュエル王子だけが死んで、シャルル王が生き残っていれば、少なくとも分裂はなかった。シャルル王は国をまとめ上げるのに長けていたからな」
実際、民衆のほとんどは生活に満足している様子だったという。アルバはじめ王宮に仕える人たちも、王子にしびれを切らしていたとはいえ、毎日の生活が嫌だということはなかったらしい。
「どっちが正しいんだろうな、王政と共和制と」
「分からない。けど、王政を主張する”西の国”が、いろいろまずいことをやっているのは事実だ。屈服させるために民衆をさらって、反抗勢力を削るなんて、不幸しか生まねえ。そうなると未練死神の仕事が増える。......別に仕事が増えるのが嫌じゃないんだろうけどな。そういう無理やりな形で仕事が増えるのは、きっと未練死神も望んでない」
「そうか......死神も、困ってるんだな。ただの、どこにでもある現世の一国のはずなのに......」
「......『ただの一国』なら、こんなに死神たちは頭を抱えてねーよ」
今自分たちは、わざわざ争いが起きているところに行こうとしている。何かを感じたシェドは、黙ったまま、また窓の外を見た。
見たとはいえ、広がるのはやはりモノクロの景色である。現世の色鮮やかさとは正反対と言ってもいい。
シェドとアルバは小さめの声で会話していたから、レイナが起きる気配はなかった。
そのレイナの寝顔を見つめながら、シェドは、レイナが『死神であること』自体にコンプレックスを持つ理由が、なんとなく分かった気がした。
「あんなに色鮮やかな景色ばっか見てたら、そりゃずっとそこに住んでいたかったって、そう思うよな......」
たとえどれだけ優秀で、現世に行く機会が何度もあっても、そこに『家』がないことに変わりはないのだ。
だが今から行くその国は、果たして『現世の彩り』を、どれだけ楽しめるだろうか。死神も人間と同じようにケガのしようによっては死ぬかもしれない戦場で。
アルバが少し息苦しくなったかもしれない、と訴えた。わざわざ呼び出して悪かった、とシェドは言い、それを合図にアルバは再び眠りについた。
シェドがアルバとの会話を終えると、急にまぶたが重くなった。もう一度、変わるはずのない窓の外を見やってから、シェドも眠りについた。
* * *
「......ずいぶんと、祭りが続くんだな」
「そうね......毎年こうなのかしら」
近くに事情を知っているだろう霜晶がいないのですぐには分からなかったが、本当に全てが一連の祭りなら、数日どころの話ではない。
レイナたちが来るなら、この祭りがまだ終わっていない頃だろうから、と、ウラナとエニセイはおすすめの場所を見つけるため歩き回っていた。霜晶がいないから、本来の仕事も休みとなっている。
ふらふらあてもなく歩いているうち、最初にウラナにオレンジをくれたおじさんの店まで来た。
「おう、前に来た女の子じゃないか。どうした?」
何と覚えてくれていた。
「あ、あの、祭りって、いつまで続くんですか」
「祭り?それはもう終わったぞ?」
「え?」
「......あー、まあ、勘違いするのも仕方ないか。もう祭りは終わったんだがな、この町の中心部であるここは、いつもこんな感じなんだよ。地方からの人とか、地元の買い物客でにぎわってる」
「そうなんですね」
たぶん冥界で大イベントがあっても、こんなににぎわいはしないだろう。改めて現世のすごさを感じた。
「んで?また例のオレンジが欲しくなったか?」
にやにやしておじさんが言った。
「え?えっと、今回はそうじゃなくて、この辺りで、おすすめのお店はないかな、と思って」
「おすすめなぁ......まあ欲を言やあ全部おすすめなんだが」
「それ、この辺りの店はみんなおじさんの友達ってことですか」
「みんなじゃないな。けど確かにほとんどはそうだ。そうだな......ここから少し目の前のでっかい道を行って、最初の角を左に曲がったところにな、俺の同級生がやってる帽子屋がある。昔から服のセンスがバツグンでな、なかなかかっこいいとかかわいい帽子が置いてある。一度行く価値はあると思うな」
「おっ、分かりました、ありがとうございます!」
「ちょっと待ったお嬢ちゃん、うちのオレンジを......」
「後でまた来まーす!」
「あっ、ちょっ......」
「帽子ね、それならレイナも喜びそう。いいアドバイスだったわね」
「いいアドバイスだって言う割には、最後のあのおじさんの扱いが雑だったんじゃないのか」
「いいのよ、どうせオレンジなんていつでも食べにくるわ。結構おいしかったし」
* * *
ついてきてよかった。
全く自分の正体に気づかないばかりか、あんなにもかわいらしい寝顔を惜しげもなくさらしてくれるとは。
そう思い、一人笑いをこらえられない人がいた。臨時列車の、車内販売の女性である。
「そもそも車内販売があることを怪しまないなんて、現世じゃないんだからっ......!」
幸いシェドは独り言をつぶやき、周りを見ていない様子だったので、こっそりつけた隠しカメラを操作して、レイナの寝顔をたっぷり保存することなど朝飯前だった。
事件が起きたのは、葬儀死神の国に到着してからだった。
到着を知らせるアナウンスが何度か流れたのだが、2人ともすっかり寝てしまっており気づいていなかった。だから彼女は、何食わぬ顔をして、起こしに近づいた。
......帽子をかぶり忘れるという、最大の失態に気づかず。
「お客様、到着しましたよ!」
その声で先に目を覚ましたのはレイナだった。
寝起きのレイナの顔も、こんなに近くで拝め......
「あ、あの、......どういたしましたか、お客様」
レイナの顔が、彼女を見た途端、引きつり、こめかみがピクピクし出した。
「ちょっと......表出よっか、」
さすがに悪い予感がよぎり、彼女は自分の身体を確かめ、続いて頭を触り、帽子がないことに気がついた。みるみる顔が青ざめる。
「ねえ、ミュール?」
「きゃーーーーんっ!?!?」
霜晶と遼条は、列車到着早々の悲鳴に驚くことになった。
「ど、どうされましたか」
「いや、霜晶。そんなに心配することでもないみたいだよ」
列車の中から、大きく伸びをしている黒髪の男と、金髪の女、
ーーーそしてその女に首根っこをつかまれた白い髪の女が出てきた。
「おや?確かやってくるのは2人なのでは?」
「そんなの聞かれても、ボクは分かんないよ?」
「少し厄介になりそうですね......」
「いや、2人から3人になっただけじゃん。受け入れるんだったら一緒だから」
やがて霜晶たちに気づき、近寄ってきた。
「ご乗車お疲れ様です。レイナ・カナリヤ・レインシュタイン様と、ル・シェドノワール・アラルクシェ・アルカロンド様ですね。お待ちしておりました」
「あなたが霜晶さん?ごめんなさい、この子が勝手についてきちゃったみたいで」
「イヤだ!レイナが” I'll be back. ”だけ言って戦場に行っちゃうなんて!これほど極上のフラグが他にどこにあるの!」
「勝手に私を殺さないの!それにそんなこと一言も言ってないから!」
「『勝手に』臨時列車に乗られるとは、我々も予想外でした......」
「しかも車内販売の人に変装するっていう用意周到ぶり。何が目的なの?」
「何がって、......レイナが心配で」
「ミュール、ここは葬儀死神の国なのよ?今ここにいる霜晶さんは私たちに好意的だから大丈夫だけど、中には大反対で大嫌いって人もいるんだからね」
「でも、ここに着くのにもかなりかかったのに、ここからさらに離れたところに行くなんて......」
「ここにいても危ないのよ?」
「ボクが預かってもいいけど?」
少し面倒臭そうに遼条が言った。
「え、いや、遼条、それは......」
「その調子じゃ絶対大人しく帰らないでしょ。ここにいるので満足なら、ボクのところにいるのがたぶん一番安全。どうせ母さんはしばらく帰ってこないし」
「いいの!?」
「別にそっちがここにい続けることがいやじゃないなら、こっちは全然構わないよ。どちみちボク一人が住むには広すぎるし」
「やったあ!」
「子どもじゃないんだから、全く......」
一行は遼条の家まで行って、軽く食事をしてから再び列車に乗ることになった。
「遼条は昔から、料理のセンスと悪知恵だけはよく働きましたからね」
霜晶が茶化す。
「わ、悪知恵とは失礼な!霜晶たちもノリノリだっただろ!?」
「確かに私たちもありとあらゆるイタズラをしてきましたが、発案したのは全て遼条でしょう」
「くっ......ボクだけがあの時の責任を負わなきゃいけないなんて、そんなの不公平だからな!」
「分かっていますよ」
「またソレだ!真剣に考えてるのか!?」
「まあまあ。ですのでみなさん、遼条が作るものは安心して食べられます。確か一番得意なのはサンドイッチですよね?」
「......そうだよ。あの女はてんで、ダメだけどな!」
「そんなに天蘭に負けるのが嫌ですか」
「イヤってもんじゃない!賢くたってあんなに性悪なんじゃ話になりゃしない!」
「すみません、遼条は昔から、天蘭と比べられるのがとにかく嫌いなんです」
「そうなの......大変ね......」
レイナもそう言うしかなかった。
「というか性悪なんだな、全然そんな風に見えなかったけど」
「まあ確かに、人がいいかと言うと、そうでもない気がします。今はないですが、昔は大人にも構わず毒を吐きまくっていましたし」
「うわ、やな子ども......」
「私もよくノロマと言われました」
「それで平気でいるのがすごい」
「もちろん怒りますよ。私もそこまで寛容ではありません」
「そうそう、昔一度だけ、ブチ切れたことがあったね。その時はさすがのあいつも大泣きで、それから大人になるまで霜晶を怖がってたな......」
「......あれはやはり、怖がっていたのですか」
「そりゃそうだよ、『今日の宿題やった?』って聞くだけでどもりにどもって5分かかるなんて、怖がってる以外に何があるんだよ」
「すげー......よほどトラウマになったんだ」
「今はそんな様子はないですけどね」
「うめーな、これ」
シェドは話を聞きながら淡々と大量のサンドイッチを頬張っていた。
「だろ?な、霜晶?あの女より、ボクの方が......」
「はいはい」
「おい!今のは絶対真面目じゃなかっただろ!はっきり分かったぞ!この......」
ミュールは葬儀死神の国に残り、霜晶とレイナ、シェドの3人が列車に乗り込んだ。
「今度こそじゃあね、ミュール。もしまた何か怪しいことしたら、プリン1年禁止です、与えないで下さいって、先輩に言っとくから」
「餌付けか!」
「はい......分かりました、ごめんなさい......」
「言うことを聞いた!?従順!」
「たぶんレイナだったら、そういう一番困るようなこと、真っ先にするから」
「プリン食べられないだけで?」
「実はこの子、しばらくプリンを食べないと、顔面蒼白で失神したことがあるから」
「あれホントにつらかったんだよ!」
「じゃあ大人しくしておいてね。何もしなかったらプリン倍増だから」
「やった!頑張る!」
「単純だな......」
それまでよく寝ていたせいで、”東の国”に行くまでは眠たくならなかった。
「ここからは数時間程度ですので、ご安心ください」
いよいよウラナたちと再会だ。
「ウラナとエニセイさんは元気?」
「ええ、数日前にウラナさんが”西の国”の誘拐犯と対峙しましたが、ボコボコにしての勝利でした。あの方、やはりただ者ではありませんね」
ある者は警棒で頭にお見舞いされ、またある者はウラナが生まれて初めて使った銃に見事なまでに引っかかりと、犯人グループは全員気絶か再起不能の状態で拘束されたらしい。
「銃使ったの?」
「ええ、初めてながら見事な腕だったと、連合国軍の人間が言っておりました」
「武器の扱いは慣れてるのね......」
「ガーネットを持って来ていないとおっしゃっておりましたが」
「まあ、現世に持って来ても、使う時があるかどうか......たぶんその判断は正しいでしょうね」
相変わらず外に広がるのは灰色だったが、今度はほどなくして彩りが見え始めた。
「......どうだ?」
久しぶりに訪れる故郷を前にして、アルバを再び起こしておいた。
「すごい......人でにぎわってる......」
「昔はそうじゃなかったってことか?」
「覚えてる限りでは、ない。王宮のある町とは言え、ここまで人が多かったことはない」
「なんだろ、祭りでもやってんのかな」
「祭りか。でもそうだとしても、前はこんな時期に祭りなんて......」
......と話していると、アナウンスが流れた。どうやら着いたらしい。窓の外から掲示板を見ても、この列車を指すであろう表示がパタパタとめくられ、どこか知らない地名が現れた。
「......たぶん隣の国だ。列車網は機能してるんだな」
「そうなのか、じゃあ全く閉鎖状態ってわけでもないんだな」
レイナ、シェド、霜晶の3人が列車を降りると、2人が迎えに来てくれていた。
「ウラナ!エニセイさん!」
「お疲れ様。列車って言っても、結構かかったでしょ?」
「まあね。でもウラナもエニセイさんも、変わりないみたいで安心した!」
とりまとめるように、最後に霜晶が口を開いた。
「ひとまず私についてきてください。おふたりの部屋も用意できるはずですから」
「おい、誰だあの女」
「見慣れねえな。だけど”例の女”と親しげだ」
「おいおい、ずいぶん厄介だな」
「どうする?」
「やるっきゃねえよ。”例の女”を放っておきゃ、こっちの国は崩壊だ。”例の女”が出てくる限りは、もう素人は使えねえ。となりゃ、俺ら軍人が出るしかねえんだよ」
二人、ごく普通の人と変わらない服装をした男がそう話し、かと思うとまた人ごみに姿をくらましてしまった。
「そうそう、レイナに紹介したい店があるのよ」
「え、ウラナが?どこどこ!?」
「帽子屋さんよ」
「帽子か、ちょうどよかったわ。日差しが強いし」
「確かにそろそろ、暑い季節ですね。特にこの国の女性も、帽子をお召しになられている方が多いです」
「どんなのがあるの?」
「んー、まあいろいろ。さっき行ってみただけだし、あまり見れてない」
「それじゃあどんなのがあるか分からないってことね。楽しみ!」
明るい表情の店長の女性は、いろいろな帽子を勧めてくれた。もちろんシェドやエニセイ、霜晶にも。単にかぶっているとかっこよく見えるだろうものから、完全にうなじまで覆う、日焼け対策のものまで。
せっかくなので男3人も帽子を買ったが、シンプルな帽子を選んだのですぐに終わってしまった。
「帽子ひとつ選ぶのにそんなにかかるんだな......」
「仕方ないな。特に女性なら帽子ひとつでもずいぶん印象が変わるんだろう。それでレイナがより魅力的になるなら、お前も嬉しいだろう」
「確かに。俺はウラナがあんなに嬉々としてるところを初めて見た気がするな」
「ウラナも服やら何やらを買う時といえば、ほとんどレイナと一緒にだからな。嬉しいのも無理はない」
......そのためウラナとレイナは、自分たちに忍び寄る影に気づけなかった。ーーー冥界最強と謳われる”ゼネラル”が、そばにいたのにもかかわらず。
「眠れ」
ウラナは辛うじて、口元に布をあてがわれ気を失うレイナに気づいた。
「レイナ......?」
間もなく同じような質素な布は自分にも。
「これは、......クロロホルム!?」
すぐに気づいたウラナは呼吸を止めた。
幸いクロロホルムを使えば大丈夫だと踏んでくれていたようで、ウラナの息が持つうちに布が離れた。
すぐに身体が宙に浮いた。
ーーーレイナが連れ去られる!
自分が意識を失っていないことが悟られてはいけない。目を閉じ、レイナと同様に気絶しているふりをした。必死に、かつ静かに息を整えながら。
「シェドさん、エニセイさん!」
一番先に気づいたのは霜晶だった。その声ですぐに2人もレイナたちの方を見る。
「レイナ!ウラナ!!」
とっさにシェドが駆け出す。
ーーーパァン!
全身を戦闘服に包んだ男二人は、それぞれレイナとウラナを片腕に抱えながら、もう片手で銃を構えていた。
「ただの銃でも、当たりどころによっては死ぬぞ」
不意にシェドの頭に、その言葉が思い浮かぶ。それがシェドの足を止めた。辺り構わず乱れ撃ちしてくる男たちに対して、エニセイも霜晶も同じことを思ったのか、近づかなかった。いや、近づけなかった。
突然の銃声に混乱する民衆の合間を抜け、男たちの姿は遠のいてしまった。




