#43 遼条という女
「レイナとシェドがこっちに来る!?」
「ええ、事情があって、出発が早まったの」
「早めないといけない事情って何なのよ」
「当面、ギミックさんが亡くなることがなくなったからよ。強制自動延命措置でね」
ウラナが見事”西の国”の連中を撃退してから数日のことだった。急に天蘭から通信が入ったと思ったら、伝えられたのは驚くことばかりだった。
「強制って......何したのよ」
「機密省の処理肆課が関わってるからおいそれとしゃべれないんだけど......死神信仰をさせた疑い、らしいわ」
「いやいやいや、ないでしょ、ギミックさんが」
「......とは私も思うんだけどね、あの人を見る限りでは。機密省から出された命令みたいで、少なくとも十聖士はかかわれないのよ」
「レイナは暴れなかった?」
「暴れた暴れた。封鎖した病院の最上階にシナノちゃんの能力使って無理やり入ったぐらいだし」
「すごいこと考えるわね......」
「一応ギミックさんも大丈夫だ、って言ってらしたみたいだけど、もし気にしてたらそう言ってあげて?」
「分かったわ。......ところでレイナたちは、ここまでの行き方は分かってるの?」
「それが......地図を渡してないのよ。シェド君が行き方を覚えてるだろう、と思って」
「いや、無理でしょ。そもそもギミックさんに連れられて帰ってきてるし、覚えてる可能性は低いと思う」
「どうしました、ウラナさん」
「天蘭から通信が来てるのよ。シェドとレイナがこっちに来るらしいんだけど、行き方が分からないかもしれない、って」
「なるほど。少し代わっていただけますか」
ウラナがヘッドホンを霜晶に渡した。
「もしもし、天蘭ですか?」
「霜晶!久しぶりね!元気にしてるの?」
「ええ、おかげさまで。さすがにこの国にい続けるのは精神を消耗しますが」
「やっぱり。完全に参っちゃう前におかしいと思ったら帰ってきなさいよね?」
「分かっています」
「......それで、本題なんだけどね。どうすればいいと思う?」
「引き返させて、葬儀死神の国経由でこちらに向かわせる方が早くありませんか」
「ええ、......もちろんそれも考えたわ。だけどいろいろ事情があって......」
「事情、ですか」
「まず1つ。クルーヴちゃんが大ケガして、まだ意識も取り戻してない状態なの。そのせいでレイナちゃんが強制命令を無視して冥界にとどまるって言いかねない、ってことで、十聖士にも限られた人にしか伝えない、厳重体制を敷いてる。だからもし今戻ってくれば、それが何らかのルートで漏れるかもしれないって危惧して、あえて列車を使わせなかった、ってこと。......もう一つは、今の段階で葬儀死神と未練死神の衝突は避けたいから」
「でも、通るだけでしょう?そこまで心配することでもないのでは?」
「むしろ通るだけだから問題なのよ。正規に訪問するわけじゃないから、私たち穏健派はいいかもしれないけど、きっと統制派は黙って見過ごさない」
「そうですね......」
「それとも、今からでもかけあってみる?」
「私が一度帰りましょう。ここから帰るのはすぐですから、説得する時間も入れれば今から向かわせてちょうどではないでしょうか」
「それは説得がうまくいった場合でしょ?言っとくけど、私のお母さんに言っても意味ないわよ?そんなに地位は高くないんだから」
「......遥条様は?」
「また、微妙なところ突いてくるわね」
かつて冥界にペルセフォネの教え子1期生として派遣された葬儀死神の子どもーーー霜晶、玖雷、天蘭、氷天、遼条の5人のうち、遼条の母親、遥条は、未練死神に好意的な穏健派でも、毛嫌いしている統制派でもない中立派のトップかつ、葬儀死神のNO.4だ。ちなみに天蘭の祖母でかつてNO.3だった宵蘭はもう亡くなっている。
「まあある意味堅実ではあるけど......」
「ですが一度この名前を出してしまうと、もう他の方の可能性は......」
「......ないわね。分かった。霜晶は故郷に帰って、遥条様を説得して。私は今からレイナちゃんとシェド君を呼び戻すわ」
「......と、いうことです。ウラナさんとエニセイさんには、少しこの国のことを頼みたいのです」
「ちゃんと2人、連れてきなさいよ?」
「もちろん、分かっています」
* * *
「ごめん、レイナちゃん、シェド君、戻ってきて!」
天蘭が慌てた様子で走ってきた。もうすぐ森を抜けようか、というところだった。
「実はすぐに例の国に行ける方法があるの。それを忘れてて。ついてきてくれる?」
「それって、どんぐらい短縮できるんだ?」
「かなり、よ。シェド君、こっちに帰って来る時はギミックさんに捕まって、飛んで帰ってきたんですってね」
「ああ、そういえば」
「確かに昔、飛べるって言ってたわ......」
「でもあなたたちは歩いて、あるいは何らかの交通機関で行かなきゃならない。その早く行く方法っていうのも列車なんだけど、葬儀死神の国を経由していけるの」
「......目的地に行く前に、いざこざが起きやしませんか?」
やはり気づくか。天蘭はレイナの洞察力を改めて感じる。だが驚くだけでは意味がない。返しは用意してある。
「それは今調整中よ。霜晶があなたたちを通すよう、交渉のために戻っているの。なるべく早く行ってほしいのは変わらないから、そのまま列車に乗る形がいいんだけど」
「交渉はうまくいくの?行ってはみたけどただ厄介払いされただけ、ってなったらイヤだし」
「大丈夫。成功、させる」
頼んだ、霜晶。天蘭には祈るので精一杯だった。
* * *
列車に乗るのは本当に久々だ。
なんだかんだでこの町にいるだけで、たいていのことは事足りた。王子が亡くなり、混乱に乗じて厄介事がいろいろ起こるのでは、と思われたが、幸いそこまでひどくはならずに済んだ。今は別の憂きべきことがあるが、そんな時でも、全員避難、という事態には至らなかった。そもそも”西の国”との緊張状態にある今、ごく普通に、頻繁に列車が出ていること自体珍しい。
最低限の荷物を持ちすでに待機していた列車に乗ると、まるで霜晶を待っていたかのように、すぐに発車した。しかも特急だ。偶然ではあるものの、思ったより早く到着しそうだった。
「遥条様、ですか......」
霜晶はじめペルセフォネに教わった5人は、子どもの頃からよく遊ぶ仲だった。だから友達のお母さんぐらいなら正直、わざわざ様、をつけなくともよい気はするし、天蘭も自分と話しているから影響されて様をつけているだけで、普段は「遥条おばさん」とか呼んでいるのだろうと思う。だが霜晶の誰にでも敬意を払わずにはいられない性格から、そうはできなかった。
遥条は霜晶たちには厳しく接する人だ、というのが子どもの頃からの印象だ。よく5人でいたずらをした時に、いつも叱り役で出てくるのは遥条だった。だが叱ってばかりでもなく、いくらか自分たちに対する優しさもあった。そんな身近な人が、今では葬儀死神のNO.4である。天蘭の祖母がもともとNO.3だったことを考えても、自分の周りがすごいことを実感するのだが。
そして遥条のことを考えれば、必ず思い出すのが遼条である。霜晶たち5人はペルセフォネのもとを卒業した後、全員どこかへ留学したのだが、特に霜晶は各地を飛び回り、天蘭は悪魔に紛れ込みスパイを始めたため、5人が会うのは卒業以来なかった。子どもの頃しでかした様々ないたずらを考えつくのはいつも遼条だったし、慌てて引き止めようとする天蘭をうやむやにして実行に移すのも遼条だった。
遼条は今、何をしているのだろうか。変わらない姿を見られたらいいな、と子どもの頃を思い出し、霜晶はそう思っていた。
「長旅ご苦労さまです。確認証のご提示を」
列車が現世の人間には分からないように停車してから降り立つと、そこは昼のような明るさを持つ葬儀死神の国である。葬儀死神は能力を持たない者が多いため、未練死神よりガードが固い。いざという時のために、葬儀死神は全員、自分の存在証明になる確認証を持っている。
「......お帰りなさいませ、霜晶様。お荷物の方は......」
入口の警備員にそう尋ねられる。
「いや、いいです。すぐここを出ますので」
「はあ......」
特に何かなければ、向かう先は昔懐かしい、遼条の家である。5人で出かけてはあちこちでいたずらをしたが、互いの家にもよく遊びに行った。遼条の家には特によく遊びに行ったものだ。
遼条の家までは少し遠く、道も入り組んでいて複雑だったが、さすが昔通っただけあって、ほぼ迷うことなくたどり着いた。
家、というが、これは現世でいうお屋敷である。天蘭の祖母の家がそうであったように。その大きな正面の門から、入ろうとした。
「......!」
とっさに、何かを感じた。見た目には何ら変わらない、ただのお屋敷なのだ。だが、何か違う。何か、触れてはならないものが、そこにある感じがする。
「......氷塊掃討銃」
体力を無駄に消耗しないよう慎重に、1発だけ撃ち込んだ。
スパンッ。
鋭い音がして、その氷塊は真っ二つになり、砕け散った。
「やはり......仕掛けがありましたか」
この仕掛けには非常に見覚えがある。
「ん?なに?物騒だな......」
「お前......」
「あ、霜晶じゃん。なんか用?」
「遼条......」
ひとまず中に入れてもらうことになった。
「なんで突然帰ったの」
「遥条様に少し交渉しなければならないことができたのです」
霜晶たちが未練死神の国にいた時、ダメ元で能力を得られるかどうか試した。本来未練死神しか使うことができないようになっているものだから、葬儀死神には適性は出ないようになっている。悪魔ならばなおさらだ。それが遼条だけ、未練死神並みの水準で適性が出たのだ。そうして手に入れたのが”防御壁的結界線”(インターセプター)だった。その名の通り触れたものは手だろうとダイヤモンドだろうと切ってしまう結界線は、普通の人であれば気づかない。死神も同様だ。だが昔からその能力を使う遼条を見てきた天蘭や霜晶にとっては、なんとなくの気配であればその存在を感じ取ることができた。そして見事に、その直感が活きた。
「あの結界線、この屋敷全体に張っているようですね。どういうことですか」
「どういうことって、そりゃあ決まってんじゃん。防犯のためでしょ」
「防犯......わざわざここまでしなくても」
「霜晶、もしかして今、母さんがいると思ってる?」
「......え?ええ、もちろん。違うのですか?」
「母さんがいるんだったら、わざわざこんな面倒くさいし力使うようなことしないって。今ちょうど現世視察してるんだよね。フランス」
「そうなのですか......」
「んでもってボクも自ら何かするのは面倒くさいじゃん?だから、あれを張ってたってこと」
遼条はつばを後ろにしてかぶっているキャップをかぶり直した。薄暗い屋内でかぶる意味があるのかはよく分からないが、ひとまず言わないでおいた。
「で?何でわざわざ帰ってきたの?しかもこんな時期に。そんなに急ぐこと?」
「そうです。実は......」
レイナとシェドのことを話した。
「へえ。要はこの国を通り抜ける許可が欲しい、ってこと?」
「そうです。統制派はやはりそれなりに正式さを要求するでしょうし、穏健派から許可が出たとしても仲間内の話だと切り捨てられるでしょうし」
「いいんじゃないの、別に」
「......と、言うのは?」
「だから、それくらい気にすることでもないじゃん、ってこと」
「ですが、遼条が許可しても......」
「それは大丈夫。母さんが現世に行って、葬儀死神NO.4としての権限はボクに委託されてる」
「は!?大丈夫なのですか、それは」
「大丈夫......って、霜晶にしては失礼なコト言うじゃん?」
「あ、いえ......遥条様が一任なさるとは、と......」
「全部じゃないよ、そりゃ。そこはさすがに母さんだって分かってる。葬儀死神全体に関わるような大事なコトの決定権は他のお偉いさんに任せといて、それほどでかくないことは決めていい、って言われてる。だから、葬儀死神第四位権限で、両人の当国通行を許可する。......これでいい?」
「ですが、これは重大なことに入るのでは?」
「もう許可したじゃん。細かいこと気にし過ぎだって。そんなに心配なら、上3人にも話通しとく?必要ないと思うんだけどなあ」
「お願いします。目的地に着く前に揉め事があっては、冗談では済まされません」
「分かった分かった。仕方ないなあ」
「はあ?許可しない?真面目に考えて言ってんの、それ?」
「口を慎め、遼条。お前は第四位の代理人に過ぎぬ。かの遥条とは違う」
「んなこと今関係ないでしょ。そうやってペラペラ御託ばっか並べてるから、頭カチカチとか脳細胞壊滅とか何とか言われるんじゃん?」
「黙れ!私の言っていることが分からんのか!?」
「ああもううっとうしい。だから言ったじゃん、どうせ話したってムダだって。帰るよ、霜晶」
「待たんか、この......」
イタズラする子どもを捕まえるかのごとく、葬儀死神第一位の男が遼条の首ねっこを掴もうとした。
「”防御壁的結界線”(インターセプター)」
「ひっ......」
そんな情けない声を上げ、男が手を引いた。遼条の能力の危険性を知っているらしい。
「お前......それでただで帰れると思うな」
「へえ。大した能力もない、頭もない奴に、ボクが殺せるの?」
「ぐぬ......」
「まあ許可しなくたって、どちみちもうすぐここに着くんだってさ。ね、霜晶?」
「そうです。天蘭からその情報が入っています」
「天蘭......遼条、貴様、そちらともつながりが......」
「いや、つながりとかコネとか以前に、同級生だから」
「第四位権限ということで、受け入れをします。むやみな対立を生まないよう、ここは大人しく引き下がりなさることをおすすめします」
「霜晶までそのような口の利き方をしおって」
「......いいですか。あなた方はもしかすると、未練死神、すなわち元はごく普通の人間の彼らより優位にあると思われているのかもしれません。ですが少しお考えください。彼らは今のところ大人しく我々と友好的な接触を図ろうとしていますが、もし我々相手に戦争を起こされれば、どうです?仮にこの国じゅうから遼条のような強力な能力を持つ方を集められたとして、いったい未練死神のどれほどを減らせますか?我々は確かに人間出身ではない。それが優位に思える理由なのかもしれない。ですがそれだけです。未練死神が少し犠牲になる代わりに、我々はおそらく全滅します。そういうことなのです。よくご留意願いたい」
葬儀死神トップのその男はまくし立てる霜晶の様子に驚いた表情を見せていたが、やがてうなだれ、背を向け、
「......勝手にしたまえ」
そう吐き捨てて去った。
「......もういいじゃん霜晶、対象を安全に向こうに送る準備するよ。あ、ってか、霜晶はまた一緒に戻るんだ」
「ええ、そのつもりです。ある程度混乱は予想していましたが、やはり手間をかけてしまいました。すみません」
「いいよいいよ、母さんがいた方が多分面倒くさくなってた。よかったよ。......あのさ、霜晶」
「なんです?」
「次は、......その、任務を終えて、ちゃんと帰ってきてくれよな。ボクは、ちゃんと待ってる」
遼条が顔を赤くして、そう言った。
「ええ。いつか例の国が平和になれば、堂々と帰ってきます」
「ぼ、ボクは!お前......霜晶があの小賢しい悪女と一緒になるなんて、許さないからな!分かってるな!?」
「小賢しい、悪女?誰のことでしょう?」
「わ、分かるだろ!?あ、あの、『て』から始まって、『ん』で終わる、しりとりに使えない役立たずだよ!あ、あんなのと一緒になるぐらいなら、......ボクと、一緒になった方が、その、マシ、だろ......?」
そういうことか。霜晶はにこりと微笑み、
「分かりました。考えておきます」
冷静に返した。
「おい!もっと真面目に受け止めっ......」
「私はいつでも真面目ですよ」
「ウソつけ!」
未練死神の国から葬儀死神の国まで来るのにかかる時間は、”東の国”から葬儀死神の国までのそれより多い。なんだかんだで早く許可されたことで、レイナとシェドの到着には間に合ったのだった。




