#42 エミーとジグ
「......いよいよね」
「ああ」
病院でレイナが一悶着あった翌日、支度をしたレイナとシェドは現世と冥界を隔てる門の前に来ていた。
レイナの機密省の仕事はミュールにゆっくり気が向いたときにやってほしいと頼んでおき、シェドは自分の仕事をラインに任せた。彼らは大殿であった、シャンネとエミーの負傷事件を知らない。知らされていなかったという方が正しいか。特にレイナが、エミーの負傷を聞けば、自らに起こるリスクを顧みず、視察命令を無視し冥界に残ろうとするだろう、という意見のもと決められたことだった。
その門を守る大切な仕事をする十聖士、アルタイル・ボルゴグラードもそのことを小耳には挟んでいる一人だったが、旧友で同い年のシェド、さらにはその奥さんでこれまた(本来は)同い年のレイナのためを思い、顔にも決して出さないと固く決意していた。
「ロンド、聞いたか?例の国は想像以上に危険だ。下手をすれば前の戦争より死ぬリスクは高い。現世の人間ってのは案外刺されただけでも場所によっちゃ簡単に死んでしまう。そいつらと同じ扱いになるんだ、くれぐれも気をつけろ」
「分かってるよ、いざとなればウラナがいる」
「その頼りきりな姿勢がまずい。お前自身が1人になってもやっていけるように覚悟しておけ。お前の銃、むやみやたらな使用は控えろということらしいが、いざというときは迷わず使え。いいな?」
「ああ、そうする」
「レイナも、こいつをよろしく頼む」
「まかせて!」
「アル、お前はどういう立場だ?」
レイナとシェドが現世の領域に入り、アルタイルは門を閉めた。
「......ふう」
「......どう?」
「大丈夫でしたよ、二人とも気づいてなさそうです」
「そう、よかった。よくレイナちゃんをだませたわね」
「だますって言い方がよくない気がしますが......」
「レイナちゃんに一度疑われたらもう隠し通すのは無理。まともにだまし通せるのはギミックさんとアルだけみたいよ」
通話の相手はエリザベスだ。負傷したエミーに代わり、再び臨時長官となった。
「どうですか、クルーヴの調子は」
「運ばれてきたばかりの時は危なかったらしいけど、ひとまず窮地は脱したらしいわ。前回は生死をさまよっていたし高熱だったからあまり手の施しようがなくて目を覚ますまで時間がかかったらしいけど、今回は言えば単なるケガだから、手術をして、うまくいけば数日で目を覚ましそうだって」
「そうですか、よかった。見舞いには行ったんですか?」
「まだね。聞けばずっとジグが横についているらしいわ。エミーちゃんがこんなに傷ついたのは自分の責任かもしれない、って思ってるみたいで」
「相手は組織の最高幹部なのに、死なずに済んだこと自体幸運だ。ジグに責任なんてないのに......」
シャンネはしばらく片足が不自由、エミーは意識不明の状態で済んだが、その場にいた近衛兵たちは結果全滅してしまった。フリードリヒは別件でその場にはいなかった。
「また目が覚めたようなら連絡するわ。ひとまず任務ご苦労様」
* * *
「出動だクルーヴ、警察省前のデパートで複数件、窃盗があったらしい。すぐさま全入口を封鎖したから、犯人たちは逃げていないはず、だそうだ」
「警察省の真ん前で、よくコソ泥働く気になりますね......」
エミーが入省した頃は、アレクサンドロによる戦争が終わったばかりで、冥府革命集団が混乱に乗じて大量殺人をするなど行動を起こすことが危惧され、またあちこちで起きるチンピラどもの窃盗事件に頭を抱えてもいた。
これまでは複数の小さな店で行われていたが、この時が後にも先にも最大規模のものだった。
警察省に入った当初から”仮想拘束光線”という、拘束及び防御に特化された能力を持っていたエミーは、新人ながらよく現場へ向かうなど重宝されていた。
エミーたちが現場に着くと、デパートの屋上の方が何やら騒がしかった。エレベーターは連中によって止められていたため、息も上がりつつ階段で屋上に着いた。
「妙に騒がしいわね......」
「おいビビってんじゃねえもっといけるだろうが!」
「飲め飲め!まだ4本目だろ!」
そんな罵声が飛び交う。
2人―――顔のいかつい男と、まだ成人もしていないだろう少女を囲み、大勢の男、女たちが騒いでいた。その2人は「ボトル・アイリス」―――ペルセフォネが開発に携わったアルコールの相当きつい酒をあおっていた。酒に強いと自負するペルセフォネが1本空けるのに卒倒寸前だったその酒を、双方とも既に3本は空けている様子だった。
「あの酒は......たぶん盗んだやつね」
まだ「警察の奴」と認識されていないエミーはまんまとその野次馬の中に潜り込み、一斉逮捕のタイミングをうかがった。
「あの女の子は誰なのかしら」
男の方は上司に写真で見せられたことがある。髪をジグザグに刈り上げていることからジグと呼ばれる、チンピラグループの頭領だ。だが金髪に金の瞳をしたその少女に見覚えはなかった。
潜り込んで30分ほどした頃、動きがあった。男の方が倒れたのだ。雄叫びを上げる連中もいれば、訳のわからない怒号を上げる奴もいた。どいつも完全に目の前の状況に目を奪われている。今だ。
「......”仮想拘束光線”!」
どいつが実際に窃盗を働いたのかは分からないが、ひとまず拘束しておく。次々光線で手錠をかけていく。さらにいざ気づかれてずらかられないよう、地面ともつなげておく。
......結果誰にも気づかれることなく、ジグとその少女も含めて全員の拘束に成功した。
「......窃盗なんてやってない、ですって?」
「おうそうさ。仮にやってたとして、証拠でもあんのか?あ?」
「じゃあマドルテさん呼んできます」
「まま、ま、ま、待て、待てよ。そんなの呼んだって無駄だ、やっ、やってないんだからな!」
「じゃあちゃんとやってない証拠があった方がいいわよね?ね?......それに、」
エミーは、後に捕まった数々の犯人たちが口をそろえて「地獄絵図」と揶揄した笑顔を見せた。
「......顔が青ざめてるわよ?」
結果、野次馬たちのほとんどは、ボトル・アイリスはじめ何らかの品物を盗んでいた。そしてどれだけマドルテが探っても、ジグとその少女からは窃盗の事実が出なかった。マドルテの能力が失敗することはないから確実とされ、2人は釈放された。一斉摘発という形で、この騒動は幕を閉じた。
「お手柄ね、エミーちゃん」
当時から警察省副長官だったエリザベスがそう褒めた。エミー自身も、当分このチンピラどものいざこざに巻き込まれることはないと高をくくっていた。
だが。
十数日後、エミーはまた別件で出動していた。その現場へ向かう途中のことである。
「ねえお姉さん!こっち、こっちに来て!」
少女が不意に近寄ってきて、エミーを呼んだ。この白い柔らかな髪をした少女が誰か知るのはだいぶ後のことだが、とにかくエミーはこの少女についていった。……すると男が倒れているではないか。しかも髪をジグザグに刈り上げた男が。
ここから先にこの少女を巻き込むと面倒だ。
「ありがとう、知らせてくれて。何か予定をおして教えてくれたんじゃない?」
「ああっ、そうだった!今日はプリンの日だっ!!」
慌てた様子でその少女は走っていった。
「さて、と」
なぜこんな夕暮れ時にこんなところで倒れているのか。
「あ?......前に俺らをしょっぴいた婦警じゃねえか。どうしたんだよ」
「そっちこそ。どうしてこんなところで倒れてるのよ」
「なに、前の賭けがあったろ?あのガキとどっちが先に酔いつぶれるか勝負、ってやつだ。見ての通り俺は負けた。捕まらなかった幹部の連中が俺を頭領から引きずり下ろした挙句、厄介者を追い出したってとこだ」
ちとここ数日、食いモンを口にしてねえだけだ、心配無用、とジグは言った。
「......どこがよ」
「あ?」
「あなたのそんな行き倒れて、今にも死にそうだってあなたを、私が見過ごせるとでも思うの?」
「知らねえ、その辺で生き延びようが適当に野垂れ死のうが俺の勝手だ。好き好んで公僕のババアに介抱されるいわれはねえよ」
「......ざけんな」
「んだと?」
「ざけんのもいい加減にしやがれクズが!!」
気がつけば右足が出て、ジグの顎に思いっ切りかましていた。
「ぶごはっ!!?」
「はあっ、はあっ、はあっ......」
そんなに逆上したのは初めてだった。何が自分の中で引っかかったのか、正確には分からなかった。見つけてしまった以上、放っておくわけにはいかない。そう思ったのは確かだ。
「て、てめえ......並の下っ端より強烈なのかましてくんじゃねえかよ......」
「い、今なら、選択肢を与えるわ。その辺で野垂れ死んで、どこか適当なところで処理されるか、...... 今から私たちと一緒に警察省まで来て、仲間になるか」
今から考えればおかしな提案だ。ついこの間逮捕した男を味方に引き入れようとするなんて。
「......何だ、それはお前の下になれってことか?」
「......!」
勢いで言ったからあまり考えていなかった。そうだ、これは部下ができるということだ。
「え、ええ、そうよ」
そんなに直接的に言って誰が承諾するのか。
我ながらむちゃくちゃなことを言ったな、と思っていた。
「いいぜ。能力持ってる上にブチ切れて元不良のドンに渾身の蹴りかませる女だろ?俄然楽しみになってきた。その辺の砂と一緒くたになるよりよほどいい。ついていってやるよ」
だからこそ、快諾するとは予想外だった。この日から、ジグは警察の敵から、味方になった。
そのことは警察省にとってプラスに働いた。追い出した元頭領が警察省の一員になったことで、牽制がかかり、チンピラどもの蛮行は一気に沈静化した。頭領があの少女―――のちにベガであることが分かるのだが―――になったこともあるのだろうが。
それからジグは様々に活躍した。エミーが滅多に怒らない代わりにいざ怒ると手がつけられなくなるのに対し、ジグは何でもかんでもすぐ怒るという欠点があるものの、元チンピラがゆえの知識があるのとないのとでは大違いだった。仲がいいわけでは決してなかったが、仲間であるのに違いはなかったのだ。
そのジグが自分の名前を呼ぶ声が、かすかに聞こえる気がする。
* * *
「ん......?」
急に光が飛び込んできた。
「......クルーヴ?おい、......クルーヴ!」
「......ジグ」
「目を覚ましたな、よかった!ったくてめえは心配かけやがって」
「ジグ、あなた、ずっとここにいたの?」
「ああそうだ、あんな傷受けてよく死ななかったな!」
「声が大きい。ここ病院でしょうが。......いや、特別階だから大丈夫か」
あまり時間をおかずここに逆戻りすることになってしまった。
「今医者を呼んでくる」
ジグが部屋を出ていった。
「......よっ......いっ......!」
起き上がろうとしたが無理だった。やはり全身に傷を負ってしまっているようだ。
「......ん?」
ふと何か、違和感を覚えた。
「いつもと違うからかな」
やがてジグが医者を連れてきた。前と同じだった。
「今さっき目を覚ましたんだ」
「調子はどうかね?」
「さっき起き上がろうとしたけど、無理でした」
「……そうか、まあじっくり回復を待てばいい。警察省もすでに臨時体制で動いている」
そうそう、と医者は言った。
「君に大事な話がある。そこの君にも関係あるだろうから在席してくれ」
ジグも残った。
「クルーヴ君、今回の事件で君は大ケガを負ったにもかかわらず、無事意識を取り戻した。……だが、後遺症が残ったんだ。聞く覚悟はあるかね」
「ええ」
「分かった。......君の負傷箇所の中には、......左目が含まれていた」
「それって......!」
「ああ。もう君は、”仮想拘束光線”を使えない」
「そんな......」
あの能力は攻撃こそ苦手だが、あのセントラピスラズリの光線を除き、防御には長けている。それを失うとはつまり、エミーの警察省の一員としての意義が、失われることになる。
「......おい、何とかならなかったのかよ!」
「落ち着きなさい。使えなくなりました残念です、で終わらせられるはずがないだろう。策は打ってある」
「......策?」
「右手を見てみなさい」
特に何も感じなかったが、右手にはデバイス付きの手袋がはまっていた。
「これは?」
「エリザベス君の話を参考にして、銃から”仮想拘束光線”が撃てるよう開発中だ。内蔵のソフトは未完成だが、ひとまず外見は完成した。あとはエリザベス君のようにすれば、銃が生成できる」
「おいおい、むしろかっこよさがグレードアップしたんじゃねえのか」
「欠点もある。光線の撃てる限度があるところもエリザベス君に似た。無制限にすることはできなかった」
「制限ありの銃型光線......よかったわ、何とか死ななくて。こんなのじゃ、......ジグ、もうあなたをぞんざいに扱えないわね」
「これからもぞんざいに扱うつもりだったのかよ......」
レイナたちの出発から、数日経っていた。




