#41 『セントラピスラズリ』
40話までの「現世【うつしよ】の鎮魂歌」
セントルビーの証言をもとにレイナ、ミュール、エミー、先輩の4人は機密省機密課に乗り込む。そこで調査をした結果、セントサファイアの息子がジグであるということが明らかになる。
レイナとミュールは仕事場に戻り、仕事を片付けて帰宅する。そのレイナを待ち受けていたのは、現世視察の強制命令。急きょ彼女はギミックに会うため、病院へ向かった。
そのころ、エミーは......。
機密省を出たエミーは、休むことなく警察省へと舞い戻った。
「あれ、どうしたんですかエミーさん。こんな遅い時間まで」
「用があって機密省に行ってたのよ。ラインこそどうして?」
「今日は夜勤の日なんですよ」
ふあーあ、とラインは気の抜けたあくびをした。
「そんな状態で夜勤なんて大丈夫?」
「大丈夫ですよ、心配ありません」
「そうかしら」
「ところでこの時間にここに戻るということは、何か用があるんですか?エミーさんは今日夜勤じゃないですよね?」
「そうよ。ジグはいる?話したいことがあって」
「ジグさんなら今日夜勤ですよ。仮眠室にいると思います。……まさかこの時間から、ジグさんと逢瀬ですか?」
「......ライン?」
「はいなんでしょう?」
「私が、あの男に、恋愛感情なんか、持つと思ってるの?」
「あ、あのですね、私はそういう意味で言ったのではなくてですね、その......」
「どうやって気絶するのがいいかしら?」
「どのみちノックアウトーーー!?」
「......ふう」
いくら逆鱗に触れたとはいえ、ラインも女の子なので、鼻血とたんこぶぐらいで我慢しておいた。
「へ、へほ、ほんはひひはははっはは、はへはっへほうへはほほほひはふほ......(で、でも、そんな言い方だったら、誰だって逢瀬だと思いますよ)」
「まだ言う?足りないのかしら?」
「ひいーーっ!?」
「ったく調子に乗って......」
ジグの部屋を確認する。
「1304号室ね......」
その足でエレベーターに乗り込んだ。そのエレベーターは外が見渡せるようになっており、四冥通りには帰宅する者たちがまばらであった。ちょうどその頃病院でひと騒ぎ起きようとしていることなど、エミーは知るよしもない。
警察省の仮眠室は上層階にある。いざというときそこからすぐに出動できるよう、普段からこのエレベーターはかなり高速で運転している。そうするぐらいならはじめからもっと低いところに仮眠室を作ればいい話なのだが、そう至った経緯までは比較的入省して短いエミーは知らない。
突然行くのも、と思ってエミーはジグに連絡を入れた。しばらく繋がらなかったが、やがて出た。
「もしもし?」
「ああ、クルーヴか。すまない、今シャワー浴びてんだ。何か用か?」
「ええ、少し話したいことがあって」
「今日夜勤なのは知ってるか?それでも大事な用か?」
「ええ」
「......分かった。じゃあ受付で合鍵もらって勝手に入っててくれ」
「いいの?本当に入るわよ?」
「別にお前が入ってきたぐらいで何も変わりゃしねえよ」
「......ヘッドロックされたい?」
「はあ!?いきなり何だ!?」
「ったくどいつもこいつも......いいのね?」
「ああ」
エミーは一度目的の階で降りた後再び受付の階へ舞い戻った。
「ちょっと用があって。ジグの部屋の合鍵をくれないかしら」
「はい。......どうぞ、ごゆっくりお楽しみください」
「おいコラ!どういう意味?」
「すみません!」
受付の人までこれだ。一体何を期待しているのやら。
ジグの部屋の鍵を開け、奥に入った。
確かにかすかにシャワーの音が聞こえる。部屋の一番奥の椅子に深く腰かけ、息をついた。
ーーー何も知らないんでしょうね。
幼い頃の記憶が全くなく、冥界のチンピラどものトップに立ったと思ったらベガとの勝負に負けて幹部から居場所を追われ、やっとの思いで警察省に拾われたジグ。当時ただの一警察省員でしかなかったエミーがほぼ独断で、ジグを預かることを決めたのだ。そういう経緯から、恋仲にあると疑われても仕方ない部分はある。だがそんなつもりは全くない。あのとき彼を見捨てることは、どうしてもできなかった。
「......どうした、宙を見つめて」
「......ジグ。上がったなら早く言いなさいよ」
「人がこれから夜勤だってところに押しかけてその態度はなんだよ、全く......まあいい。何の用だ?あと1時間ぐらいしかないが、終わりそうか?」
「ええ、単刀直入にいきましょうか。......ジグ、自分の生い立ちについて調べてみたことはある?」
「ある」
「......!!」
「あたりめーだろ、自分がどこの家に生まれてどう生きてきたか全く分かりません、はいそうですかって受け入れられるわけがねえ。......だけどさすがに本名まで分からねえんじゃ八方ふさがりだな。その話か?ならむしろ助かる」
「......あまりいい話ではないけど、覚悟はある?」
「そんなにか?......まあ、よほど何かある気がしていなかったと言えば嘘になるんだが」
エミーは機密課に行って分かったことを含め、洗いざらい話した。
「......そうか、親父が......」
「私もジグによく似た写真が出てくるとはまさか思っていなかったわ」
「俺が関わっていなかったことを祈るばかりだな。警察省の奴が実は冥府革命集団の一員でした、なんていくら何でもシャレにならねえ」
「でも関わっていなかったとしても、記憶がない意味が分からないわね」
「現状、セントルビーしか逮捕されていないんじゃ、どうしようもねえ。奴は一番最初の事件で逮捕されて、それ以後の事件には関わりようがねえ」
「あの”監獄のフロア”から脱走するのはまず無理でしょうしね」
そこまで話したその時、警察省の建物全体にけたたましく警報音が鳴り響いた。
「なに?」
『現在省内にいる者全員に至急通達。大殿に不審人物出現、主死神様を負傷させた模様。また当省の南東3キロ地点にて何者かにより路面電車が破壊され、乗員乗客全員が負傷した模様。直ちに現在の任務を一時放棄し、現場に急行せよ。最優先は大殿』
「なんか今日は、物騒な日ね」
「行くぞ、クルーヴ。主死神様にこれ以上何かあっちゃまずい」
「ええ。その路面電車破壊の方もただごとじゃなさそうだしね」
* * *
「クルーヴは大殿の方へ行け。路面電車の方はおそらく負傷者の救出が主だ、それなら力仕事ができる奴が行ったほうがいい」
「分かった。ちゃんと全員助けて戻ってきなさいよね」
「お前こそだ、クルーヴ」
ジグのその言葉を合図に、クルーヴは大殿へ一直線に走り始めた。
「シャンネさんが負傷なんて......」
シャンネさんも主死神という立場にありながら、まだまだ現役で戦えるはず。それなのに......
「......冥府革命集団?」
組織の連中が再び動き出したとすれば。
最悪の仮定だ。しかもこれほどの大事なら、関与しているのは、
「最高幹部、あるいはそれに準ずるやつ......」
警察省から大殿までは比較的すぐだ。
「シャンネさん!!」
中に飛び込むと、足を押さえへたり込んでいるシャンネと、全身を漆黒の衣装に包んだ人物がいた。
「誰だ貴様は!」
エミーがそう叫ぶと、それはゆっくり、こちらに向き直った。
ーーー背筋の凍るような、狂気に満ちた笑顔を浮かべながら。
「......名前を言え」
これまで様々な犯罪者を見てきて慣れているはずのエミーでさえ、冷静を装ってそう言うのがやっとだった。
「......我が名はセントラピスラズリ。冥府革命集団・最高幹部」
低い声だった。
「やはり......。私は警察よ。大人しく武器を捨てて、投降しなさい」
その言葉で一瞬、笑顔が消えた。
しかしすぐにまた笑顔を貼り付け、左手を天にかざした。
碧く輝く刀が姿を現わす。
「......<<Gauss>>」
その刀が地面に向かって振り下ろされた。
それは一瞬の挙動だったのだろうがしかし、少なくともエミーにはスローモーションにしか見えなかった。
ようやく恐ろしい予感がよぎった時には、その刀は地面に突き刺さっていた。
「シャンネさん!!」
シャンネが慌てて”最後の砦”の分厚い壁を張り、エミーも光線で目の細かい網を形成して防御態勢に入る。
碧い刀からは、おびただしい数の針のごとく細い光線が発射された。自分の力の限界のため網で囲いきれなかった近衛兵たちに針が刺さって、一瞬で砂になってゆく。
「なんなのこの数......!」
あたりの無防備な近衛兵が全滅しても、一向に攻撃がおさまる気配はなかった。
「無理......!このままじゃ押し切られる......!」
その予想どおり、ほどなくして網は崩壊し、エミーの全身に針が刺さってゆく。
もはやもう一度光線の網を張ることはできない。その体力も残っていないほど攻撃を受けていた。
「これが、最高幹部......?」
薄れゆく意識の中では、その程度のことを考えるので精一杯だった。
* * *
路面電車が人身事故を起こした、ならまだ分かる。
......破壊されたとはどういうことだ?
言い方はおそらく人為的だということを示しているのだろうが、だとしても破壊した意味が分からない。
事故現場に着くと、既に有志によって怪我人が運ばれつつあった。
「全員打撲などの軽いケガ、か。あまり大事にはならなさそうだな」
破壊されていたのは電車の外側だけで、中の座席などがそのまま地面に投げ出されたのだという。
ジグが救助に参加し、半分ほどが外に出たと思われた時だった。
「あの......すまない」
「あ?」
「この事故の原因は、自分なんだ」
そう言ってジグの目の前に現れたのは、紫の髪をした少女然とした女だった。
「は?どういうことだ」
「急ぐ用があり、周りもあまり見ず走ると、右から路面電車が近づくんだ。気づく時にはもう能力を使う」
「本当......か?」
「本当」
「......にわかには信じられないんだがな......まあいい。このあと警察省まで一緒に来てくれ」
「事故の処理は終わった、ジグ?」
「だいたいは、な。俺の出る幕は終わったらしい」
「原因は分かった?」
「一人、自分が能力を使って壊してしまったと言ってる奴がいる」
「発言的には話を聞いた方がよさそうね......え?負傷?エミーちゃんが?」
「お、おい!どういうことだ!?」
「......ええ、分かったわ。ジグ、警察省にその人を預けたら、すぐに大殿へ向かって。エミーちゃんが全身に深い傷を負ったって」
「何やってんだ、あいつ......!分かったすぐ行く!」
* * *
やっと攻撃がおさまった。
音はしなくなったがそれでも恐ろしく、しばらく気配をうかがっていた。
しばらく経ったのち、シャンネは”最後の砦”を解除し、あたりを見渡した。
ーーーエミーが倒れていた。
「エミーちゃん!!」
近づいて見ると、無数の傷を受けていた。途中で”仮想拘束光線”の網が壊れたのか。
「しっかりして!」
「シャンネさん......無事、ですか?」
「エミーちゃんの傷に比べればわたしの傷なんて!」
「足を、痛めた......でしょう?」
「そうだけどわたしは凍らせればひどくはならないの!......病院まで運ぶわ!」
「無理は、......しないでください」
「何言ってるの!......いたっ!」
凍らせてある程度は傷が深刻化するのを防げるとはいえ、そろそろ限界のようだった。
「......シャンネさん」
「......なに?」
「やっぱり、ウラナみたいには、上手くいかないんですね」
自分がウラナだったら、どうなっていただろうか。......少なくとも、こんなに傷ついてはいなかったはずだ。
「ママ......」
まさかこんなに早く、ママの後を追いかけることになるなんて。パパより先になんて思ってもみなかった。
だんだんまぶたが重くなり、シャンネさんの声も遠くなってゆく。
ーーーごめんなさい。
最後にそんな言葉が思い浮かぶなんて、まるでママみたいだ。
再び意識が飛ぶ寸前だった。
「クルーヴ!!」
「ジグ!間に合ったのね!」
「無事か、主死神様?もし自分で歩けるようならそうしてくれ。すぐ外に救急車が止まっている」
「分かったわ。エミーちゃんが......」
「聞いてる!おいクルーヴ、無事か!助けに来た、運んでやる!」
「ジグ......?」
「そうだ、持ち上げるぞ」
ジグがエミーの背中と太ももの下に手を入れ、軽々と持ち上げた。
「......来るのが、遅いのよ......」
「分かってる、すまなかった......お前がこんなに傷ついてから助けることになって。いいか?ここまで来たんだ、これからの警察省のためにもお前に死んでもらっちゃ困る!絶対に死ぬかもとか思うな!」
「......もうさっき、思ってたわよ......」
「なら今から二度と考えるな!ちょっとでも考えていそうだったらビンタしてやる!」
「......ひっどい」
大男がか細い女をお姫様抱っこし必死に叫ぶ姿は、いつもなら滑稽な図なのかもしれない。だが何よりもそこには、安堵感があった。
ーーーもう、安心していいんだ。
太い腕に抱かれたエミーは、静かに眠りに落ちた。




