#40 ギミックとレイナ、レイナとミュール
38話、39話あらすじ
獄中の冥府革命集団下級幹部、セントルビーによって、幹部の一人、セントサファイアの本名が明かされる。ミュール一行は機密省の中でも最高機密の場所、機密課に乗り込み、セントサファイアの素性を調べる。すると彼自身はすでに亡くなっていたが、その息子が警察省にいる男、ジグだということが明らかに......
一方現世の国、Ketterasereiburgの”東の国”では、大規模な人さらい事件が発生。ウラナが現世の銃や刀を駆使し、見事撃退に成功するのだった......
「やはり......あなただったのね、ジグ」
「ジグ......あの、ウラナに向かって怒鳴った?」
「ええ、まあ、そうなんだけど......ずいぶん昔のこと思い出すわね」
「そりゃあだってウラナのことだもん」
「すみませーん、私ついていけてませーん」
ミュールがはいはいはい!と手を挙げて主張した。
「だって。エミー、説明してあげて」
「......もとは冥界の不良どもの頭だった男よ。年齢は私よりちょっと上、本名は不明。でもあっさりベガに勝負で負けて、追い出されて野垂れ死にかけてたところを、警察省が拾ったの。口は悪いしすぐ怒るけど、まあまあ仕事はできるわね」
「それで、やっとその男の人の本名が分かった、と」
「ニコライ・ハイビスカスって......普通ね」
「いやエミー?あなたはいったい何を期待してたの?」
「別に?すごい悪役チックとか、ものすごく正義のヒーロー感ある名前だったら面白かったのに......って思って」
「人の名前で遊んでどうするの」
「あ、でも父親は変わってるわね。ガリレイってつくなんて」
「あの有名な学者さんの名前を冠した人が組織の人なんてね......」
「どうする?私は警察省に帰って、ジグと話、してくるわ。ミュールとレイナは?」
「「仕事場に帰る」」
「俺を忘れんなよ⁉︎」
* * *
結局すぐに機密課から帰ってこれたこともあって、もう少しレイナとミュールは仕事をして、引き上げた。
「じゃーねー」
ミュールが手を振る。
ミュールの無邪気な姿を見ると、ふと、本当なら自分の方が年下だったことを思い出す。
普通なら、自分たちの持つ能力には先例がある。すなわち、最長でも未練死神の起源までさかのぼれば、同じ能力を持つ人が存在する。エミーは一般民衆の女性で、ベガは元四冥神の男性。
だが自分の能力”はたと止まる、世界の時間”には、先例がいない。同じ機密省に勤めている両親がそう言っていた。先例がないということは、どんなことをすれば危険だとか、こんな風に使えば敵と戦うのに有利だとかが全く分からないということ。全てゼロからの暗中模索。
だからこそ時を止めることが年をとることにつながるなど思ってもみなかった。自分からストッパーを設けなければいくらでも時を止められてしまうことなど知らなかった。
おじいちゃんに短期間で成長しすぎではないかと指摘され、かなり早い段階で胸のふくらみを自覚しはじめた頃には、もう遅かった。
気づいたときには、取り返しのつかないことをしてしまったと、楽観的だった自分の行動を悔やんだ。
「あれ以来、なのかな......」
自分のしたことが本当に正しかったのか、と考えるようになったのは、この時からなのかもしれない。
「なーにボケーッとしてるの!いつものレイナらしいよ!」
「あ、そう?......え?」
「そんなに悩んでても損するだけだよ!」
「......。」
悩みの対処のしかたは、ミュールの方が上手いのだろう。
自分だってあれから立ち直れてないはずはない。たとえアルと一緒に死ねなかったとしても、ウラナがいる、と。仲間はいるんだと、そう思えば、いくらか気が楽になった。
「ただいま、アル!」
いつもの習慣―――玄関先でのハグがなかった。
「......レイナか」
「どうしたの、暗い顔して?」
「現世に、行けだって。絶対命令」
「......へ?」
その意味をはかりかねた。というより、一瞬頭が回らなかった。
「どういうこと?」
「さっき母さんが来て、これを」
渡されたのは1枚の紙。
「......死神信仰」
「知ってるのか?」
「ええ。死神には現世で絶対にやってはいけないことがあるの。知ってる?」
「いや」
「一番に、現世の人を殺すこと。たとえ紛争や戦争に巻き込まれて、相手を殺さなければ自分が死ぬなんて状況でも、何らかの処分は免れないの」
「じゃあ結構危なかったんだな、俺」
「ええ。もし錯乱して彼が自分で喉元を撃ってなければ、アルは今頃、”監獄のフロア”にいたかも」
死神禁忌に抵触する罪は処理肆課の担当だ。
「それで、その次に記されているのが、現世の人たちに、自分を神として崇めさせること。......ただ判断基準があいまいで、国を救った英雄として崇められるのはセーフだったりするんだけど」
「ってことは、ギミックさんがさせたのか?そんな禁忌だって、分かった上で?」
「そんなはずない!」
レイナが叫ぶ。
「おじいちゃんがっ、そんなこと......何かの間違いよ!」
何が悪いことかなんて、孫が冥界の反逆者であるギミックが分かってないはずはない。
「行くか?」
行き先は決まっていた。迷わずレイナはうなずいた。
「こ、こらレイナ君!今最上階は立ち入り禁止だ!」
病院に飛び込んだレイナを見つけた院長が慌てて止めようとする。
「行かせてください」
レイナの声は妙に落ち着いていた。
「アル、行くよ!」
エレベーターに乗り込み、パスワードを入力する。
―――エラーを示す音がした。
「......⁉︎」
「どうした?」
「え?何で?何で......⁉︎」
レイナが何度パスワードを打ち込んでも、虚しくエラー音が鳴り響くだけだった。
「......処理肆課の連中が、事前にこのエレベーターのシステムをクラッキングしてパスワードを変えているんだ」
「そんな!」
「......ギミックさんだろう」
「そうですよ!」
「1つだけ、策がある。だが成功する保証はない。加えて常軌を逸している。それでも、やるか?」
「もちろんです」
「分かった。......シナノ君を呼んで来るんだ」
「シナノちゃん......?」
「おい!何であのおっさん、シナノって子を知ってんだよ!」
「シナノちゃんはクローバー一族初の先天性の能力持ちなの!遺伝子的な何かがあるんじゃないかって、小さい頃から時々病院のお世話になってるの!それより、何でアルこそ知ってるの!」
「俺はラインに教えてもらった!かわいい姪っ子がいるって!」
ラプラタさんは同じ機密省勤務だから、もう帰っているはずだ。
病院からそう遠くないのが幸いだった。
「ラプラタさん!」
「あらレイナちゃん、いらっしゃい」
「シナノちゃんお借りします!」
「は?えっ?」
「事情は後で説明します!」
シェドには半分誘拐にしか見えなかった。
「シナノちゃんの能力......”糊付け工作”」
何かと何かを一定時間くっつけてしまうものだ。
「くっつけるって、......まさか?」
考えていると手遅れになりそうだった。もと来た道を急いで引き返す。
「連れてきました!」
「あ、あの......何か悪いこと、しましたっけ」
「あ、いや、違うの。突然引っ張ってきてごめんね」
「君の能力を借りたいんだ。協力してくれるか」
「ええ、まあ...」
「レイナ君、本題だ。シナノ君の手伝いを頼む。この階の空間と最上階、ギミックさんの部屋の空間をつなげる」
「空間を、つなげるんですか」
「そうだ。人を黙らせるのより、だいぶ体力を使うはずだ。いいかな」
「レイナさんは、ギミックさんにそうまでして会いたいんですか?」
「現世視察の絶対命令が下ったの。このままでは会えずに終わるかもしれない。しかも処理肆課が占拠してる。自分の都合だっていうのは分かってる。分かってるけど......」
「レイナさん。涙を見せるのはズルいんじゃないですか」
「......。」
「いいですよ、別に。私もこの能力の限界がどんなものか、知ってみたいです」
「よし。シナノ君は神経集中に専念してくれ」
「はい」
シナノが目を閉じ、祈るような姿勢になる。
少ししてレイナたちの目の前に閃光、雷撃がほとばしり始め、ぼんやりと、スーツ姿の人たちが見え始めた。男性だけではない。女性の姿もある。
ーーーゴンッ。
地面が揺れるような感じがした。同時に、彼らも異変に気付く。
「貴様何者だ!」
「あなたたちこそ!」
「公務執行妨害だ。捕らえろ」
「”はたと止まる、世界の時間”!!」
その瞬間、レイナ以外の人、物全てが動くことをやめた。
「はあ、はあ、はあ、......」
それからシナノ、シェド、ギミックに順番に手を触れる。
「ん?何だ?俺たち以外何もかも止まってる?」
「ええ。......手短に終わらせる」
ここまでしておじいちゃんと話せたって、自分が一歩死に近づいてしまっては意味がない。
『なんでここにいるんだ』
おじいちゃんの側にある端末にそう表示される。
「おじいちゃんが心配だからに決まってるでしょ!」
『俺なら心配はいらない。レイナは現世での仕事があるだろう』
「何が”心配はいらない”よ!なんで死神禁忌なんかっ......!」
『先に言っておく。俺はそんなことしていない。誓ってな。やってもいないことを認めるつもりはない。否定を貫き通す。なに、どうせ処理肆課の連中の手違いだ。......だからレイナ、俺には構わず、行ってこい。幸いこの措置がとられている間、俺の寿命は進まないらしい。もし俺があと1年生きられるなら、本当に死ぬのはこの変な機械が取り外されてから1年だ。だからお前が現世に行って、死ぬことがないように気をつけろ。俺が一番悲しいのはお前が死ぬことだってことは、お前自身がよく、知ってるはずだ』
「おじいちゃん......」
『早く行け。時間を止めているんだろう?お前にまで迷惑はかけられない。分かるな?』
「......分かった」
そうつぶやいて、レイナは1階と最上階の境界を踏み越えた。
「シナノちゃん、もういいわ。ありがとう」
それを合図にシナノがふっ、と力を抜くと、人形のようにぱたっと倒れた。
「やはり負担が大きすぎたか......レイナ君、本当にいいんだな?」
「ええ」
「シナノ君はしばらく預かる。何かあっては困るからな。ラプラタ君にも私から伝えておく」
「分かりました」
* * *
シェドは違和感を覚えていた。
「なあ、レイナ......」
「知ってる」
「え?」
「処理肆課の連中の中にいた、女の人でしょ」
「ああ」
あの中には女の人もちらほらいた。その中でもひときわ目立つ、金髪の人がいたのだ。
「あれって......」
「たぶんアルの予想通りよ」
話を聞いている限りでは仲はあまりよくなさそうではあった。
「処理課がああやって現場に出て容疑者を拘束したりする仕事、機密省では”汚れ仕事”って呼んでる人もいるけど......あれって、実際に自分の手で捕まえることで名誉が与えられるから、基本的に立候補なの」
レイナのその言葉が何を意味するのか、シェドにも嫌というほど分かった。
「まさか実の親に平気であんなことするなんてね。......母さん、やっぱり私、あんたの娘で後悔してるかも」
* * *
次の日。
「え?現世に行くの?」
「そう。ウラナとエニセイさんを追いかける形ね」
「聞いたよ?今ものすごく危険な国だって」
「ええ、人さらいから洗脳、刺客に使うっていうね。国土は広いけど戦力がなくて、一般市民が犠牲になってる国を助けに行くの」
「ねえ」
「なに」
「現世で巻き込まれて死ぬなんて、そんなみっともないこと、やめてね」
「分かってる。絶対に生きて帰ってくるわ」
「絶対だよ?約束だよ?破ったら......」
「破ったら、どうするの?どうしようもないんじゃない?」
「あ......」
そうなのだ。
約束を破るというのは、つまり死んでしまうということであって、そうなればもはやおしおきさえできない。
「うう......っ」
ミュールがポロポロと、しずくを落とす。
「大丈夫よミュール。私を誰だと思ってるの?」
ミュールはしばらく、レイナに慰められるがままになっていた。
* * *
あれはレイナとミュールが機密省に入って、何年か経った頃だった。
”未練死神の夫婦が、現世で交通事故に遭った”
普通ならこれは珍しいことだ。
いくら死神でも、能力を使うことで自分が人間ではないことがバレるリスクと、自分が死ぬリスクを天秤にかければ、確実に死なない道を選ぶ。乗っている車が消し飛ぼうと関係ない。
ーーーだが、能力を持っていなければ?
死の一択、だ。
正確には、今ではもう一つ選択肢はある。”最後の砦”を使えばいい。やはり車はただの鉄くずになるかもしれないが、犠牲者が出ないのならそれに越したことはない。だがその能力も、ごく最近になって開発されたものだ。現世とは”最近”の感覚が違うから誤解を生むかもしれないが、少なくともその事故が起きた頃にはなかった。
そして通常なら、現世でもそうであるように、事故の話題は軽く流される、はずだった。
現世視察中で両親のいなかったミュールが、そのニュースを目撃した。
「ふーん」
はじめは彼女も、軽く流すその一人だった。
彼女の両親は非常に慎重にことを運ぼうとする人であった。そんな人たちが横からトラックに突っ込まれ死んでしまうとはとても思えなかった。
が、帰還予定から何ヶ月経っても、両親が帰ってくることはなかった。
さすがにミュールも違和感を覚えた。それでもただ信じていた。ちょっと現世で過ごすのが楽しくなって、長引いてるだけだーーーと。
信じ続けて、祈り続けて、やがて機密省の前で卒倒してレイナに介抱され、再び目を覚ましてやっと、もうそこに希望はないのかもしれないと気づいた。
それまで困ったことがあってレイナに泣きつくことは何度もあったが、本当に声を出して、むせび泣いたことはなかった。
「大丈夫、私がいるわ」
何気ないレイナのその言葉が、後々どれほど救いになったことか。
ミュールがよく涙を流すようになったのは、あれからなのかもしれない。
* * *
「ミュールちゃんを預かる?」
後日レイナはラプラタの家に行って、勝手にシナノを借りて行ったことを謝った。
「はい」
「......ったく、突然やってきたと思ったらシナノを誘拐して、またひょっこり来たと思えば今度は?託児所じゃないのよここは」
「この間のことはすみませんでした。私がおじいちゃんに会うためだけにシナノちゃんをお借りしてしまって......。でもお願いしたいんです。私がいないのにミュールを一人にできません」
「レイナちゃん、あなた、そういうセリフ旦那さんにも言ってる?」
「え?......私はよく言われる方です」
「そんな顔が真っ赤になるようなこと、よく言えるわね......まあいいわ。預かるだけ?」
「ええ。ミュールにも言ってあります」
「アル、荷物はまとまった?」
「おう、あらかたな。そっちは?」
「私もだいたいは。あとは服ぐらい」
「明日出発だろ?終わりそうか?」
「大丈夫、アルに見せる服選びしてるだけだから」
「......結局、お母さんには何も言わないのか」
「何か言う必要ある?」
「......ごめん」
レイナと彼女の母親の間には、何か大きな溝があるように感じていた。
母親の話は禁物だと、触れてくれるなと雰囲気から読み取れた。
シェドからすれば考えられない話だ。特別仲がいいというわけではないが、決して悪くはない。
「......ウラナたち、どうしてるんだろうな」
「そうね......特に何も言ってきてないってことは、無事だと思うんだけど。もしウラナが無事じゃないんだったら、私たちなんて行っても足手まといになりそうだけど」
「そうだな」
その国のいざこざの中に入り、魂を送り届ける仕事の他に、シェドには例の王子についての情報を得る使命もある。そしてどんな様子なのかは、実際行ってみないと分からない。
あまりあれこれ考えても無駄だ。シェドはそう考えて、レイナがイベントの前日ひたすら寝るのと同じように、さっさと寝ることにした。




