#39 ”西の国”の思惑
「......どうですか。場所のあては、思い出せましたか」
『彼はこの国で生まれて、この国で育ってるの。彼の魂があるならこの国の中、しかも”東の国”のはず。......一番先に思い出したのは、あの山なんだけど』
霜晶が見ると、1つの山が見えた。
『私も彼も、二人で力を合わせて何かをやるっていうのが好きでね。はじめて彼とデートしたとき、時間はすごくかかったんだけど、頑張って登り切ったのを覚えてるわ』
「なるほど。思い入れは強そうですね。行ってみましょうか」
『え?あなたが登るの?』
「いえいえ。私一人ならばそれも考えたかもしれませんが、私の仲間がいますので、少しお待ちを」
霜晶は電話をかける。相手はウラナだ。
「何かあったの?」
「すみませんがこちらまで来てほしいのです。今受け持ちの魂はいませんか」
「ちょうど話しかけようとしたところだったわ。今ならまだ間に合う」
「地図を送ります。赤く点滅しているところに我々はいるので、お願いします」
「分かったわ」
『今のが仲間?女の人みたいだったけど』
「ええ。非常に頼りになる女性です。冥界では最も戦闘力があるとか」
『......急に心配になってきた。気合いでなんでもやるタイプじゃないわよね』
「同僚からは、そのようなことは聞いていませんが」
待ち合わせたのは、日本の老舗和菓子店のチェーン店。この国が王政時代だったところからあり、その頃からいる霜晶も注目している店だった。表向きには観光デスクの仕事をやっているので、この店の紹介は欠かさない。
「お待たせ」
「ああ、来てくださいましたか......って、え?」
『うわあ......絵に描いたような”女の子”ね』
「どうかした?」
「あ、いえ......昨日とは印象が変わったな、と思いまして」
「気づいた?」
「え?」
「どんなところが変わったと思う?」
「その......全体的に、女っぽくなったというか」
「ちょっと待て!さらっと失礼なこと言うのね⁉︎」
「あ、いや......」
「もういい!それで?用は?」
「ああ、そうでした。この方の婚約者の魂を今探しているのですが、どうやらあの山が思い出深いということですので、手伝っていただきたいのです」
「......飛べ、と?」
「そうなります」
『とっ、飛べるの?空を?』
「ええ。この方は死神でも非常に珍しい、飛べる能力を持つのです」
「山頂にいるの?その人は」
『ええ......おそらく』
「確実じゃないのね。でもまあ、一緒に登ったとかなら、頂上にいるのかも」
かくして一同は人気のない場所へ行き、一気に飛び上がって山の頂上に降り立った。
「奥さんが連れ去られたって聞いて、絶望したまま亡くなったんだから、相当未練があるわよね......」
『でも彼が亡くなっていて、未練があってまだこっちに残っているのだったら、まだ救われた方だわ』
「救われた、ですか」
『彼と一緒になれるってことでしょう?彼を一人、こっちに残すことになっちゃうんだ、ってずっと考えてたもの』
自分が人外な者たちに殺されてもなお、彼女は自分の死に対して前向きだった。
そう思わなければやり場のない悲しみからはい上がることはできないのかもしれない。
ウラナは「身近な人の死」を、経験したことがない。強いて言うならばペルセフォネのことがあるが、その別れは決して「悲しみに暮れた」ものではなかった。
ーーー自分はレイナとは違うんだ。
レイナは現世で目立った活動をしていたから、友達がウラナとは比べ物にならないほどいたし、その人たちの死をいくらも見てきたはずだ。それで得られる「苦しみを乗り越える」心の強さを、ウラナは知らないのかもしれない。
「ウラナさん......あ、あそこに、1人、魂が......」
霜晶のその言葉でふと我に返った。霜晶が突然のひどい頭痛で苦しんでいた。
ウラナにも、隣にいる女の人の魂とは比べ物にならないほど濃い色をした魂が見えた。
「相当な未練ね......霜晶はしばらくどこかで休んでいるといいわ」
『間違いないわ......あなた......』
生き別れになった二人は、共に死人として、出会うことになった。
やがてウラナは二人の魂を彼らの家まで送り、別れを告げることになった。
『ありがとう、本当に......』
「よかったわね、すぐに見つかって。これであの山じゃなかったらもっと苦労してたところだった」
家主のいなくなったあの家は、まだ新築らしいから、他の人のものになっていくのだろう。だが結婚こそできなかったもののこの2人がたくさんの思い出を刻んだ場所として、2人の、あるいは周りの人の記憶に残っていく。
にっこりと笑いかける2人に笑みを返し、ウラナはその場を去った。
「あれ?......霜晶?ねえ?どこ?」
ウラナが霜晶と待ち合わせた場所まで行ったのだが、そこに彼の姿はなかった。
「......まさか」
彼は頭痛の強弱をもって魂の未練の重さを判断する。もう少しマシな方法はなかったのかとも思うのだが。まさかとは思うが、頭痛で弱る彼自身が”西の国”に連れ去られたのではないか。
「そ......霜晶、...あんたが連れ去られてどうするのよ......もうっ、ガーネットがあれば......‼︎」
「......もしもし?」
「何よ今あたしは忙しいの!仲間が連れ去られたかもしれないっていうのに!」
「......よく見てください」
「......?」
「どうですか」
「......霜晶」
ウラナの足元に霜晶がうずくまっていた。
「......そんなとこにいても分からないわよ」
「少ししゃがんでいると調子が良くなったもので......」
「と、とにかく、見つかってよかったわ。その物腰とかから言えば、戦闘はあんまり得意じゃないでしょ」
「ええ、天蘭はよく戦力として重宝されるのですが」
「そりゃまあエミーに必殺技を使わせちゃったくらいだからね」
「よかったらここの店で一休みしていきませんか。そろそろ解放から1時間経ちますし、エニセイさんも呼びましょう」
「いいわね。レイナが推してくる和菓子っていうのがどんなのか、食べてみたかったのよ」
* * *
「どうなんだ、そっちの調子は」
休憩中、エニセイがウラナと霜晶の二人に尋ねた。
「ぼちぼちね、少し複雑な未練を抱えた人を担当したから」
「霜晶は?」
「私も同じく。というよりむしろ、私の担当をウラナさんに手伝っていただきました」
「そうか。......やはり何と言っても、数が多いな。1日にいくらも対応しなければ、到底終わらない。これを1人でやろうとしていたのか?」
「ええ、まあ。正確には私が一般の葬儀死神たちに呼びかけて数十人規模でやっていました。ですが例の王子の事件があったでしょう?あれでこの国が騒がしくなるだろうと思い、大半を帰らせたのです。その後、この国が今のように落ち着いて、また未練死神の方も落ち着いた段階で、あなたたちを呼びました。もちろん、葬儀死神たちもある程度は呼び戻しましたので、明日になれば少し減った、という印象を受けられると思いますよ」
「へえ......じゃあ、スーパー激務ってわけでもないのね」
「ええ。ですがやはり1人あたりそれなりの数の対応はせねばなりません」
霜晶はわらびもち、ウラナはみたらし団子、エニセイはようかんを味わいつつ、話をしていた。
「思ったんだけど、この国、特に”東の国”だけでも、相当な広さじゃない?もっと小さいと思ってた」
「私も正確には把握していませんが、イギリス本当の半分ほどはあります。ここから少し行ったところに電車も通っています。ですが、恐らく私たちが動くのはこの町がほとんどですね。この町が一番広く、かつ元は王宮のあったいわゆる”お膝元”で、”西の国”の者たちもこの町に主に人をさらいに来ます」
ちなみに、と霜晶はつけ加えた。
「葬儀死神の統治域には、この列車を使って行くことができます。未練死神のそれと比べてつながっている場所は少ないので、王政時代は重宝していたのですが......」
「こんな状況じゃ、おいそれとこの国に降り立てないものね」
「それが、葬儀死神の協力者が大きく減った理由の一つです」
3人がそれぞれの菓子を食べ終わり、そろそろ休憩も終わりかと、立ち上がった。
「1時間働いて、1時間休憩なんて仕事してるって言えるのかしらね」
「確かに現世よりはずっと甘いですね。ですが私たちはこの国にとって、部外者です。一応世界各地から派遣された連合国軍の一員として登録はしていますがね。魂たちの都合に合わせなければならないと、言わざるを得ません」
「いっ、今...連合国軍だって、言わなかったかお前ら...⁉︎」
「......そうよ」
ウラナは突如目の前に現れた男からとっさに、深刻な雰囲気を感じ取った。
「来てくれ!......俺の仲間が、次々に......!」
「ええ」
「ウラナさん、武器は?」
「んなもん持ってるわけないでしょうが!ガーネットなんか、あんなチート刀、冥界でしか使えないわよ!閃光弾撃てて結界張れる現世の刀がどこにあんのよ!」
「それでも持ってきていただいた方が良かったかもしれません」
「ここまで深刻だって思ってなかったわよ」
「現世製の銃と刀をお渡しします。対象を安全に解放してください。ただし、犯人も、決して殺してはなりません。悪魔と対峙している時とは違うということを、よく肝にお命じください」
「分かってる。死なず、かつ人質を抱え込めない程度ね」
「エニセイさんは、私についてきていただけるとありがたいです。主にウラナさんの解放した人質を安全な場所に誘導します」
「了解した」
* * *
走る。
足に自信はある方だ。少なくとも目の前を走る犯人グループ―――ど素人には余裕で追いつく。
「あたしが銃なんて使えるのかしら」
刀ならば正直、多少やけくそに振っても、相手のどこかには命中する。だが銃はそうはいかない。エリザベスさんほどの正確さがあれば別だが、少なくともシェドは扱いに相当苦労している様子だった。
「くそっ、この女......追いついてきやがる......⁉︎」
「あんた、自分が思ってるほど速くないわよ?」
「うっせえ!」
男が3発、ウラナに向けて撃つ。
「どこ見て撃ってんの!」
ウラナもすかさず、生まれて初めての一発を撃つ。
「うがっ......⁉︎」
膝の皿の裏側に命中した。男が顔を歪めて倒れこむ。
「霜晶!」
「了解です!」
ウラナはそう叫んで男を飛び越え、さらに走る。
「銃ってのも、案外扱いやすいものね......!」
「邪魔をするな!」
横からバイクに乗った男が突っ込んでくる。
「邪魔なのはどっちよ!」
ウラナの2発目。
「あがっ......」
左手と左ハンドルに命中。男がバランスを崩し、投げ出された。
「ちょうどいいわ!借りるわよ!」
バイクにしがみつく男を払いのけ、ウラナが乗った。
「飛ばせぇぇぇーーっ!!」
エンジン全開で他の男たちの方へ突っ込む。片手運転でウラナにもタイヤの動きが読めない。
「このまま、奴らに......!」
「させるか化け物!」
一番手前の男がこちらを向き、人質を盾にする。
「そんな貧弱な盾で無傷で済むと思ったら大間違いよ!」
今だ。
バイクを飛び降り、その側で飛行を始める。
「何か......!」
サドルを開けると、......あった。警棒だ。
「やっぱ警察のバイクパクってたのね!」
警棒を持ったまま男の真上まで飛ぶ。
「せいぜい三途の川の下見にでも行ってくることね!」
男の脳天めがけて、警棒を振り下ろす。
「いってぇぇぇっ⁉︎⁉︎」
その一瞬の隙に人質を抱え込み、引き下がる。
直後、鈍い衝突音がして、男はバイクに押し倒された。
「大丈夫?」
ウラナが人質の顔を覗き込む。人質の顔が笑みで歪んだ。
「くたばれ」
顔面めがけて殴打が炸裂。
......を、銃身で受け止めた。
「いぎっ......‼︎」
「あんたもそっち側の人間か。囮だったってわけね」
「もう”西の国”に人材は入ってるだろうよ。......残念だったな化け物‼︎」
「だから?」
「......ああ?」
「だからそれがどうしたんだつってんでしょうがまがいもの風情が!あんたもあれと一緒に三途の川で水遊びでも嗜んできなさい!」
警棒でノックアウトした。
「ウラナさんが犯人グループをある程度壊滅させたので、いくらかは人質を手放したようです」
「あといくらぐらい?......ああっ!」
「どうかしましたか」
「トラック......人質を?」
「ええ、おそらく。......お願いします」
「いくらなんでもトラックは無理よ!」
たとえ自分が飛べるとか飛べるとか飛べるとか、人智を超えているにしても。
......飛べる?
「飛んでどうにかなる......?」
さっきの奴らの仲間であろう男たちがトラックに人質を詰め終わり、乗り込もうとしていた。
「待てこの雑魚素人どもぉぉぉぉっっっ‼︎」
「おい!なんで追っ手が来てんだよっ!」
「すぐ沈没する仲間ばっか連れてくるからでしょうが!」
「もういい!こいつらだけは持って帰るぞ!」
「それをさせないために来てんのよ!」
トラックが爆音を響かせ走り出した。
「よし来た!」
そのタイミングでウラナがホルスターから銃身を抜き、飛行を始める。
「やべえ!トラックに追いついてきていやがるっ!」
「伏せろ!」
騒ぎを受け駆けつけた連合国軍の男ーーー現世の人間が、そう言って数発運転席に向けて撃つ。
「てめえ何しやがる!」
「貴様が言えたことではない!」
運転席の窓ガラスは砕け散り、銃弾のいくらかはハンドルの根元に当たっていた。
「ナイスフォロー!」
ウラナも助手席の窓ガラスを割って、標的を見やすくする。
「人間はそっちに任せたわよ!」
もう一発ハンドル向けて撃つ。
「うわわわわぁぁあぁぁ!!」
わけも分からず男がウラナの方へ思い切りハンドルを切る。
ーーーガキン!
嫌な音がして、ハンドルがねじ切れた。
「よっしゃ予想通り!」
左右旋回の自由を失った男たちは、アクセルを踏みにじる。
「直線コースで重量級は勝てないわ!」
ウラナは運転手の男の足元めがけて撃つ。
「がっ......⁉︎」
その足を掠めた。
「さすがにアクセルに当てるのは無理......?」
「ざけんなよてめえ!」
助手席の男がウラナに向け数発撃ってきた。
「あんたの目は節穴かっ......なっ!」
でたらめだったがウラナの銃に当たっていた。男どもを怯ませ地面に倒れ伏させたものとは思えないほど脆く、その銃は砕け散った。
「このっ......!」
だが武器がなくなったわけではない。頭を切り替え即座に抜刀する。
「そこまでしてあたしを専門分野まで持っていかせたかったのね!」
ガーネットに比べればずいぶん軽い。だからこそ普段めったにやらない無茶ができる。
「例えばっ!”最後の砦”!」
中身がぎっしり詰まった小さなキューブを作り出す。この程度なら体力は温存できる。
「ヒットぐらいほしいもんね!」
刀を鞘に収め、鞘ごとバットに見立ててキューブを運転席めがけて叩き込む。
「ぐあああっ!!」
骨と石か岩のぶつかる鈍い音がして、運転席の男がうめく。右足に命中した。もう自然な姿勢でアクセルは踏めない。
更に前から”東の国”のパトカーが突っ込んできていた。助手席にはマシンガンを構えた警官がいる。
「くっそ......野郎がぁぁぁぁっっ!!」
残った左足でアクセルを踏む。
「大人しく投降しろ!」
連合国軍の男がそう叫ぶが、もはや届かない。
もはや運転席の男が死ぬこともいとわないと、銃を構えたその時。
「......氷塊掃討銃・極小粒過多・即刻冷凍型!」
運転席と助手席の男どもは、白目をむいて突っ伏した。
「はあ、はあ、はあ、......」
「霜晶⁉︎」
「なんとか、間に合いましたね……」
「今のあんた?」
「ええ、曲がりなりにですが、一応能力が使えます」
「それなら最初から言いなさいよ!」
「未練死神のとは違って、すぐに体力を消耗するんです。とどめぐらいにしか使えません」
「......んで、あれは?どうなってるの」
「唱えた通りです。小さな氷塊を大量にぶつけ、対象の機能を一部停止させます。彼らは気絶しているだけなので、1週間もすれば治ります」
「シャンネさんのに近いかしら。......さ、人質を解放しましょうか」
連合国軍の男たちが、犯人たちを拘束していた。
「助かった。我々がこの国に常駐するようになったのはごく最近とは言え、行方不明者をあまり減らすことができずにいたんだ。今回それを0にできたのは貴君らのおかげだ、感謝する」
「あんなにやけくそな連中じゃなかったら、もっと早く終わってたでしょうけど」
「聞けば、もとの王国の軍人はほとんど、”西の国”に流れてしまったそうだ。こちらにいる我々がプロであるのはもちろんだが、相手もまた玄人に違いない。それを留意してもらいたい」
「でも今回の連中はあんまり戦闘に慣れてる様子ではなかったけど」
「おそらく”東の国”が、民衆連行に対して有効な策を打てていなかったからだろう。素人にもできる仕事だと、あちらは思っているはずだ」
* * *
「すみません。しばらくは現場に出られそうにありません。お二人でお願いできますか」
霜晶はそれからほどなくして寝込んでしまった。
「あんた、見た目によらず体力ないのね」
「言ったでしょう。私たち葬儀死神たちは能力を持っている者が少ない上、持っていてもうまく使いこなせないのです。ですから想像以上に体力を使います。様々な能力を操り、戦闘に向いている未練死神が悪魔と戦うのがよいのはそのためなのです」
「葬儀死神は悪魔の襲来を受けなくていいご身分で。......って言う未練死神もいるわ」
「やはり民衆にはそういった事情が浸透していないのでしょう。葬儀死神の民衆の中にも、むやみに未練死神に敵意を抱く方はいます」
ところで、と霜晶は言った。
「なぜ”西の国”が”東の国”をこうまでして襲うのか、ご存知ですか」
「今更何を。王政復活のためでしょう?」
「それもあります。ですが大きな理由はそれではありません」
「大きな理由?」
「ウラナさんは、『ヨーロッパの火薬庫』、という言葉をご存知ですか」
「ああ、聞いたことある気がする」
歴史の大好きなレイナがウラナによく話していた。
「”東の国”のもう少し行ったところに、町があります。冬は雪で埋もれて、誰も人が住まなくなる町です。Schneeholle(雪地獄)という名前です。昔からそこは、武器の製造地として有名でした。今でもそこには、世界中の現世の人間、ご老人から赤ん坊まで全員が武装してもまだ余りが出るほどの武器があるそうです」
「それって......」
「はい。まさに火薬庫です。分裂の際に”東の国”が命からがら取った町です。”西の国”の本当の目的は、この町ではありません。”東の国”最大のこの町、Konigkissen(王の枕)を壊滅させ、その勢いのままその町を占領することなのです」