#37 未練ある魂
「ウラナ、もう起きろ」
「……。」
「ウラナ?」
「………。」
「起きてくれ、頼むから」
先程からこのやり取りが5回続いている。
エニセイは驚いていた。まさかウラナがこんなに朝が弱いとは思っていなかった。
これまで朝から会ったりとか、夜一緒に泊まったりなどしたことがなかったから、今回初めて知ったのだ。
「置いていくぞ。……いや、無理か」
「うう……起こして……」
毛布の中からずるずると手が伸びてきた。
エニセイがその手を引っ張り、ウラナの上半身を起こした。
「うう……ごめん、手間、かけちゃって……」
「すさまじくお前が朝に弱いのは分かった」
「いつもベッドから出るの、もうちょっとかかるのよ……」
「……分かった。なるべく早く頼む」
30分後。
エニセイは背後に、ふらふらとした足取りで自分に近づいてくる影を感じ取った。
「誰だ……あ!?」
ウラナだった。
「うーん……おはよう、エニセイさーん」
そのままがばっとエニセイに寄りかかってくる。
「うおっ!」
容赦なく全体重をかけてくる。かろうじて倒れこまずに済んだ。
「うーん、気持ちいー朝ねーっ」
そう言いながら、ウラナは、
―――エニセイに頬ずり。
「なっ………!?」
戸惑い驚くエニセイをよそに、しっかりと抱きついて離れないウラナ。
「いつもと違いすぎる……」
さすがに何かおかしい。
だがエニセイにはどうすることもできず、ただされるがままになるだけだった。
鼻をくすぐる、ウラナからする良い匂いの中で。
数分、それが続いた。続いたと思ったら、
「はっ………………!?!?」
ウラナが目でも飛び出すような勢いで、目を見開いた。かく、かく、と首を回し、目の前にエニセイの顔があることを確認した。
「……おはよう、ウラナ」
「いやーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
その声は、“東の国”に大きく響きわたり、後に「朝の怪談」として語り継がれることになるのだが、それはまた別の話。
* * *
5分後。
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、…………」
よほど一気に心拍数が跳ね上がったのか、ウラナはエニセイに背を向けてカーテンにくるまり、必死に息を整えようとしていた。
今にも呼吸困難を起こしそうな勢いである。エニセイからはウラナの耳しか見えないが、その耳さえ真っ赤になっていた。
「はあ――――っ………」
ずるずるずると、そのままウラナが倒れこむ。
「………ダメ、あたし、もう、生きていけない……」
「そんなことはないだろ」
「………はっ!!」
ウラナがエニセイの方を向いた。
「ごっ、」
「ん?」
「ごめんなさい今までずっと抱き枕であなたの妄想をずっと毎朝してましたごめんなさい許してください―――っ!?!?」
一息でこれを言い切ったせいでウラナは、また呼吸困難一歩手前の状態になっていた。
「………。」
衝撃のカミングアウト。
ウラナはエニセイの10メートル向こうで、まっすぐエニセイの方を向いて土下座し、そう言っていた。
なぜかエニセイは昔日本の古代文化に関する授業の中で、お社までとんでもなく遠い出雲大社のイメージ図を紹介していたことを思い出しながら、そっとウラナに近寄った。
幸い、抵抗はしなかった。
エニセイはしゃがんで、ウラナの肩にそっと手をのせた。
「ひぎっ!?」
「……そこまで思ってくれていたのか」
「気持ち悪いでしょ」
「いいや。お前を見初めた俺の目は、間違っていなかったよ」
「……?」
「…もう1度は言わせるな」
「……もうちょっと抱きついてていいですか」
「………どうぞ」
* * *
「……ったく、こんな幸せな時間を過ごしに現世に来たわけじゃないのよ、あたしたちは」
「顔がにやけていて全く説得力がないな」
「うっ、うるさい!朝は寝ぼけてるからいつもあんな調子なのよ」
「毎朝あの攻撃が飛んでくるのか?俺は安心して眠ることもできないのか」
「……そうならないよう尽力はします」
「お目覚めいかがですか、お二方」
「ま、まあ、まあまあってとこかしら」
「嘘つけ、過去最高の朝の間違いだろ」
「何かあったのですか?」
「いいや!?ないない!何も、ないから!大丈夫」
「まあ、何かあったような口ぶりですがいいでしょう。早速、はじめていきたいと思います。私が解放して以降は基本的に別行動となりますので、悪しからず」
「タイムリミットは?」
「ひとまず1時間です。私がこれまで実験してきたデータから言わせていただくと、それ以上では死亡例が出ています。本当にギリギリまで引き延ばした時の時間です」
「オーケー。準備はできたわ。いいわよね?」
「……ああ。構わない」
「それでは」
―――パチン。
程度の差はあるが、死神にはそれぞれの魂がどれくらいの未練を抱えているか、だいたいで分かる。それが色の濃さや色そのものの違いで判別できる者もいれば、自分が感じる熱の強弱で判別する人もいる。 ウラナは色の濃さ、エニセイは熱で判別するタイプだ。
そして霜晶は、一瞬襲ってくる頭痛の強弱。ガツン、とくるほど未練は深刻なもの。判別の仕方の中でもかなりきつい部類だ。
「私が苦しいのは、そういう事情があるからなのです」
「あとは、各自で行動すればいいのね?じゃあもう行くわ、時間が惜しい」
ウラナは一番に、街へ出ていった。
「まずは色の薄いやつね」
周りの人間たちに不審に思われないよう、魂にそっと手をかざし、人目につかないところへと誘導する。
『なっ、なんだ?身体が勝手に……』
「ごきげんよう、あたしは死神。あんたの未練解消を手伝うわ」
『しっ、死神?未練?何のことだ?おれは……』
「もう死んでるのよ。詳しいところまでは分からないけど、おそらく“西の国”に捕まって、兵士としてこき使われ、死んだってところかしら。覚えてることは?」
『おれは……確かに、連れ去られてた。それで、変な煙を嗅がされて、それから気が付けばここに……』
「煙って……相当ヤバそうね、“西の国”」
『おれは……本当に、死んだのか?』
「ええ。自分では分からないかもしれないわね。でも、確かに死んでる。今ここにいるってことは、何かしら生前にやり残したことややりたかったこと、いわゆる未練ね。それが残ってるってこと。厄介なのは、あんたたちを放っておくと、今生きてる“東の国”の人たちが苦しんで死んでいくってことね」
『じゃ、じゃあ……おれは、どうすればいいんだ?』
「今一番、やりたいことはなに?難しく考える必要はないわ」
『……家族に、会いたい』
「やっぱり、そんな感じなのね」
『どういうことだよ?』
「いいえ、何でも。こっちの話」
『そういえば、俺……家族にはもう会えないと思ってて、ここに戻ってきたから、行こうとしたんだ……けど、行けなかった。家がどこか分からないとかじゃなくて、単純に、行けないというか……』
「きっとそれはあんたがさまよう魂だからね。でももう大丈夫。あたしがついてるから、思いのままに動けるはずよ。ただしあたしの目が届く範囲内でね」
『おれの家がある方角は、あっちなんだ……本当だ!何だ、身体が軽いぞ……!!やった!』
「向かいましょうか」
『そういえばお前、死神だって言ってた…よな?』
「ええ。でもまあ現世でよく言われる死神とは少し違うわね。少なくともあたしは、あんたみたいな未練が残った魂を、無事に成仏させるのが仕事だから」
『おれは、今から家族に会うんだよな?』
「そうよ」
『でも家族に会って、さよならを言ったら、俺は成仏して、いなくなるんだよな?』
「確かに嫌かもしれないけど、あんたのような魂がたくさんいると、生きてる人が死ぬこともあるから。それはあんたのためにも、この国のみんなのためにもならないはずよ」
『……。』
「それに、あたしが今から特別に、あんたの家族にだけ見えるようにするってだけで、それがなければどこにも行けないし、誰にも存在を認めてもらえないままよ」
『それは……』
「それならいっそ成仏して、次の生を待った方がいいんじゃないかって、あたしは思う」
ウラナはポケットから、小さな粒のようなものを出した。
「……それで、悪いんだけど、他にもあんたみたいな人がいっぱいいるから、行かなきゃいけないの。祭りであふれた人以上に、人がたくさんいたでしょ」
『確かに……祭の雰囲気についていけない人は、何人も…』
「それにあたしがいないほうが、気兼ねなく話せるでしょ?」
ウラナがその粒を地面に投げると、少し煙を立てて、ひらひらとチョウが一匹、舞い上がった。
「これ、一応うまくいってるかどうか見るやつだけど、人目につかないところにいてこそっと見てるだけだから。安心して」
この偵察型のチョウは総務省の開発だ。任務はあらかじめ分かっていたので、性能調査がてら持ってきておいた。エニセイと霜晶にも大まかに説明して、渡しておいた。
「それじゃ、この粒がチョウになった時点で、もうあんたの家族にあんたが見えるようになってるから。これ以上は干渉するわけにいかないし」
『分かった。……その、ありがとう、……』
「いえ、気にせずに」
**************
エニセイは、男の子の魂を引き連れていた。
『友達に会いたい』
親じゃないのか?と聞くと、
『父さんも母さんもいないし』
とすぐ返された。もっと幼いころに亡くなったのだという。
悪いことをした、とエニセイは悔やんでいた。だから、彼と一緒に目的地に向かう途中、しゃべることがなかった。
『ぼくには友達しかいないんだ。いろんなことを覚えたのは全部友達のおかげ。サッカーとか、野球とか。言葉もたくさん』
ふいにその子が言った。彼が通っていたという学校のだいぶ近くまで来ていた。
「君のような子どもが、どうして“西の国”に?」
『たぶんぼくみたいな境遇だから狙ったんだよ。背後から近づいて来て、薬を嗅がせて。気がついたら牢屋の中で、食事が出されて、食べたら眠たくなって、……それからは、覚えてない』
“西の国”は、こんな子どもを戦わせようとするほど、兵士が足りていないのか。
それとも洗脳する薬に小さな身体が耐え切れずに死んでしまったのか。
どちらであれ、“西の国”の連中が人外なことをやっていることに変わりはない。
一瞬本来の目的を忘れ、怒りを膨らませていたが、ふと我に返った。学校のグラウンドでは、元気な男の子たちが走っていた。
「あの子たちか、友達というのは」
『……..違う』
「なに?」
『ひときわ背の高いのがいるでしょ?あいつが、ずっと下の後輩に似てる』
「……君はいつから、ここにいるんだ」
『分からない。そもそも、“西の国”なんて、ぼくが連れ去られたころにはなかったよ』
「……ということは、王政時代の話か」
そんなに昔からさまよい続けていたとは。
エニセイは近くの地図を見、一番近くにある中学校へ向かった。
『違う……でも、あのゴールキーパーしてるやつがいるでしょ。あれが、ぼくの友達の弟』
「弟……じゃあ、君の同級生は今、高校生か?」
そこから高校までは、橋を一つ渡るだけだった。
グラウンドでは、がたいのいい男子生徒たちが、ぶつかり合っていた。
『ラグビー……でも、あそこにいるのは友達だ』
「彼にするか?君の未練は“友達に会いたい”だから、彼に会って別れを告げたり、満足すると成仏することになる」
『うん。……そうする』
その言葉を聞いてエニセイは、ウラナからもらった粒を投げた。チョウがひらひらと舞い上がる。
「……少し、君を見ていていいか」
『いいよ』
友達に見えるようになった彼は、駆け寄って控えの選手に話しかけた。
「誰だい君は?」
『覚えてない、ぼくだよ』
「……クーゼルか」
『そうだよ、クーゼルだよ』
「本気か、おい?お前………!」
『ぼくはだいぶ前に死んだんだ。けど、死神っていうのが、みんなに会えるようにしてくれたんだ』
「待て、みんなも会えるようにしてやる。ちょっと待ってろ」
もう大丈夫だろうと、エニセイはゆっくり、その場をあとにした。
ほどなく低い歓喜の声が、次々と上がりはじめた。
***************
「……珍しいですね、女性の魂とは」
『そうね。まあ昔から、男と間違われやすかったけど』
「その口ぶりだと、“西の国”に連れ去られたのですね」
『ええ。でも最後まで女だってバレなかったわ。周りにいた男たちが変な煙を嗅がされてるのとか見てると、もし女だってバレてたらもっとひどかったかもね』
「そうですね……」
この人の魂に近寄ったときに感じた頭痛はそれほど重くはなかったが、抱えている事情は複雑なようだった。
「……率直におっしゃってください。――あなたが今、一番やりたいことは何ですか?」
『私の身の回りの情報は知らないの』
「ええ。あまり干渉しすぎてはならないルールですので」
『私には婚約する予定の人がいるのよ。でも籍を入れようねって言ってた日の前日に、私が少し外出した隙に連行されて。結局それから、彼がどうしているのか知らない。だから彼のところに行って、謝りたい』
「………謝りたい、ですか」
彼女には何の罪もない。なのに、その婚約者に何を謝るというのか。霜晶は複雑な心持ちだった。
『勝手に死んじゃって、ごめんね、って』
彼女が向かった先は、ごく普通の家だった。
「えー、確か、これを使うと、……」
粒のようなものを霜晶が投げると、チョウが出てきた。
「これであなたは、その婚約者には見えるようになりました。申し訳ありませんが、私はここで」
彼女はにっこり、笑っていた。
霜晶もそれを確認してにっこりと笑い返し、その場を立ち去ろうとした。
だが。
彼女が何度インターホンを押しても、返事が返ってくることはなかった。
「……おかしいですね。あなたと婚約者の彼の家というのは、ここですよね?」
『ええ、そうよ。ここで合ってるわ。二人で頑張ってお金を貯めて、買ったんだから』
「……少し待っていてください」
霜晶は一度彼女の魂を見えないようにし、通りかかった一般人を装い、話しかけた。
「すみません。ここに住んでいらっしゃる男の人を、ご存じありませんか」
「……あそこの家ですか?」
「そうです」
「……数週間前に、お亡くなりになりました」
何となく、嫌な予感はしていたのだ。
そこそこ葬儀死神としてやってきた経験から、勘が働くようになっていた。
同僚から今や上司となった天蘭も、霜晶のことを買ってくれていた。
その勘が、こんな時に当たるとは。
彼女に、ありのままを報告した。報告する他になかった。
『そんな………!!』
膝を折り、そのまま彼女はくずおれる。
もちろん、ただ外出しているだけだったという場合もある。だが、この家には、
―――本来あるべき、人のあたたかみが、感じられなかった。
『私は、……彼に、謝ることさえ、許されないっていうの………?』
……霜晶は、あきらめてはいなかった。
「……提案があります」
『……?』
「彼は数週間前に亡くなったと聞きました。……この国中を探せば、あなたと同じように彼の魂が見つかる可能性があります」
『………!!』
「どうされますか」
大変な苦労をしてでも見つけ出すか。あるいは、見つけられずに終わるかもしれない。
それでも、彼女にとっては一択だった。
『探す。どれだけかかっても、よ』
「これはこちらからのお願いなのですが」
『なにかあるの』
「1時間経てば、1度手続きが必要なんです」
霜晶が彼女に事情を説明すると、
『つまり彼を早く見つけないと、私が動けないで待ちぼうけをくらう時間がどんどん増えるってことね』
「そういうことになりますね」
『そうと分かったら、一刻も早く見つけないと』
「待ちぼうけの間に、彼がいそうな場所を思い出しておいていただけるとありがたいです」
『分かったわ』
結局最初の一時間は、霜晶は他の魂の話を聞くことが出来ずに終わった。
「どうですか、お二人は」
「順調よ。あたしの持ってきたこれが役に立ちそう」
「確かにそうだな。遠隔的にではあるが未練を確実に解消しているか見られるのはいいな」
「あたしじゃなくて総務省を褒めてね?」
「私はしばらく、時間がかかりそうですので。お二人は引き続き、任務の続行をお願いします」
「「了解」」
1時間の休憩をとったのち、活動は再開された。




