#34 血の四冥通り事件
この冥界でもっとも大きな通り。それは冥界への正規の入口と大殿とをまっすぐに結ぶ、冥界のど真ん中を貫く、四冥通り。
そこで一般の死神たちが眠りについてまだ間もないころ、それは起こった。
「......起きろ、ペルセフォネ!」
「なっ、何よハデス、今寝たばっかりでしょ」
「緊急事態だ、逃げるぞ」
「え?今さら夜逃げを?」
「訳の分からんことを言うな!外の喧騒が聞こえないか!?」
「......ん?そういえば、うるさいような」
ペルセフォネが窓から外をのぞくと、目の前に広がる四冥通りに、
――火柱が上がった。それも一部ではない。四冥通りのすべてが、炎に包まれたのだ。
「......恐ろしさが分かったか!?逃げるぞ!」
「......うん!!」
「―――四冥神、ハデス・クライシスとペルセフォネ・アイリスを探し出せ。そして小生の前に突き出したまえ。殺すなよ?」
「セントサファイア、了解」
「セントエメラルド、了解」
「セントプルシアン、了解。閣下にお待ちいただくほどのことでもない。すぐに終わらせる」
「―――そしてセントガーネット。貴君には重大な仕事だ。どのような方法でも構わない」
「......誰」分かってるけど、とでも続きそうな口ぶりだった。
「主死神、アレクサンドロ・フレアの殺害だ。可能ならばその妻のユミル・ハイドレンと、息子のポール・フレイムも共に」
「......了解。本当に、どうやってもいいのね」
「ああ」
「“物質の自由化”(プログラム・セル)」
「は、ハデス?ど、どうして冥界の外まで逃げるの」
「......自分の立場を忘れたか、ペルセフォネ」
「え?......四冥神?」
「そのトップとなればなおさらだ。主死神、副主死神の次に狙われる」
「―――目標2名を確認した。これより”捕獲”に入る」
「ほら見ろ。ペルセフォネ!」
「な、なに」
「お前、能力持っているんだったな?」
「マッチを擦りさえすれば手に入る火が出せる。その程度よ?」
「それで十分だ。一度にたくさんは出せるか?」
「......10個ぐらいなら」
「分かった。今からお前は何も考えずに、火を出し続けろ。足の力が抜けてもいい。俺が支えておいてやる」
「ハデスは?」
「俺は逃げながらその火を連中に放ち、目をくらませる。かつお前を支える」
「大丈夫?」
「大丈夫でなければ、別の手を考える」
「万全の策じゃないの!?」
「いいか?......行け!」
文句も言っていられない。ハデスがそう大きな声で言った瞬間、ペルセフォネは身体をハデスの腕に預け、目を閉じ、炎を出すことに集中し始めた。
それをハデスが、あたかもおはじきを指で弾くかのように、次々と放っていく。
「......チッ。面倒だな。セントサファイア、何とかなりそうか?」
「私が先導し、炎を消して進む。そちらは後について来い」
「「了解」」
「だが炎の数が多い。少々標的との距離が開くかもしれない」
さすがに逃げながら多くの炎を放ってくるとは、予想外だったのだろう。
「あとは拾える限りの一般の死神たちを連れて逃げるぞ!」
「......着いた」
彼女―――セントガーネットは、その頃大殿に到着していた。
「『囲』」
大殿がまるごと、結界のような仕切りですっぽりと包まれた。
「どうした。随分と趣味の悪いことをするじゃないか」
「......アレクサンドロ」
「いかにも。そして、目的はこの私だ。違うか」
「......理解が早い」
「そうなら大殿を囲んでしまうのはいかがなものかな。君の今後のためにも」
「......『囲』」
「おいおい、話を聞け。大殿の囲いを……」
「......『破』」
アレクサンドロを囲んだ結界が、内側から吹き飛んだ。
「......死んだ」
「―――外せって言ってるのが、理解できないかな」
「......!!」
アレクサンドロの右手には、銃が握られていた。
「......悪魔!?」
「口外するな。まだ知れ渡るべき時ではない」
「......死神の長が、悪魔......!!」
「残念だ。君が私の秘密を知ってしまったからには、死んでもらうしかない」
「......『囲』!!」
再びアレクサンドロを結界が覆ったが、一瞬でアレクサンドロの銃で粉々に砕かれた。
「......『波』!『円』!!」
地面を波打たせ、アレクサンドロを貫こうとしたり、円形に刃を出現させ斬ろうとするが、かわされ、また銃弾で威力を殺された。
「悪あがきも終わりにしよう。安らかに死にたいだろう?」
言ったそばからアレクサンドロは、銃弾をセントガーネットに向けて放った。
彼女が最後に聞いたのは、けたたましい銃声。
彼女が最後に見たのは、銃弾が突き刺さり、燃えさかる自分の身体だった。
「作戦は中止だ。ただちに撤退したまえ。……セントガーネットの死亡を、確認した」
「なっ......!?」
「嘘だろ、閣下」
「あの刀があってもか?」
「加えて、セントルビーが逮捕されたようだ」
「少々思い上がったか、我々は」
「いや、この冥界を震え上がらせるのには十分だ」
「重傷37人、死亡7人。いずれも一般人か……」
「警察省(私たち)の調べでは、そのデータです」
エリザベスがそう告げた。
「そうか。ところで……なぜ報告をこちらにしてきた?どうして大殿に行かない」
「見れば分かります。今現在、大殿には入ることはおろか、触ることもままなりません」
「ぐっ......がはぁ......!たっ、......助けてくれ......!!」
「どうした!?」
「そ......そこの通りで、刀がひとりでに暴れて......っ」
「エリザベス!この男の応急処置にかかれ!俺は様子を見に行く」
外へ出てみると確かに、ちょうどハデスの腰の高さほどで、刀が暴れていた。
「“物質の自由化”!」
その刀を手に取った。
途端、その刀はハデスを認識したのか、暴れることをやめて落ち着いた。
「......いったい何なの、それは?」
「ペルセフォネか。これは......見たことがない。だが、何故だ?俺はこの刀で、どのようなことが出来るかを知っている」
「どういうこと?」
「何か手ごろな、要らないものはないか?何でも構わない」
「現世で買った服のレシートがあるわ」
「それでいい」
「『囲』」「『破』」
とてつもない爆風を受けたレシートは、後に何をも残さなかった。
「そ、それ......危険すぎるんじゃ......」
「そのようだな。一般の者に渡るのは避けるべきだ」
「......応急処置、終わりました」
「そうか。落ち着きは取り戻したか」
「......いえ、まだショックは大きいようです。ですがケガ自体はそこまで重くはありません」
「良かった」
「......ねえ、ハデス。この刀、“ゼネラル”に渡すのはどう」
「…なるほど、確かに。信用は置けるし、プラスになるな。お前にしては名案だ」
* * *
民衆、重役構わずターゲットにすることで、既存勢力や既存の制度に対する強硬手段に訴え、冥界を根底からひっくり返そうとした、冥府革命集団。一連の事件を起こした後すぐに、アレクサンドロの反乱から始まる悪魔戦争が勃発したため影を潜めたが、元メンバーの多くはコードネームは分かっていても正体が誰かさえ分かっていない。そしてほとんどが逮捕もされておらず、いつまた事件が起こるか分からない。警察省と機密省処理参課を筆頭に、今も身元の割り出しにかかっている。クルーヴの言う重要案件“セント”とは、このことを指す。理由は不明だがコードネームはすべてセントSaintがついている。
そして今現在“ゼネラル”が使用している刀が見つかり、回収されて終わったこの事件が、一連の事件の中で一番最初に起こった『血の四冥通り事件』である。その話を、エミーはギミックから聞いた。
「つまり、整理すると、セントガーネットが死に、セントルビーが逮捕されたんですね」
「ああ。この事件が捜査陣に注目される理由は、セントガーネットがいわゆる最高幹部の一人だと、言われているからだ」
「でも、事件は続いた。最高幹部が一人抜けてもなお」
「結果的には、再び民衆に犠牲は出たが、身元の割れた構成員もいた。特に絶対的な存在であった“閣下”の身元が早い段階で割れたことは大きい」
「えっ!分かってたんですか?」
「そうだ。まだクルーヴはこの件に関わり始めて間もないんだったな。捜査資料を見ればすぐに分かるとは思うが、一応この場でも言っておこう。その一言で部下の皆を動かした絶対的な君臨者“閣下”の名前は、......フェルマー・カナリヤ・レインシュタイン。俺の孫であり、レイナの実の兄だ」
「本当ですか......!?」
「ああ。あれはレインシュタイン家最大で最悪の汚点だ。当時存命していたレインシュタイン一族全員が、警察省で取り調べを受けた。しかも半分尋問のような、だ。ペルさん……お袋のところに通う前だったレイナも、言葉さえ覚えていないロルもだ」
「ロルくんまで?」
「それほど重大だった。だが全員の潔白は、一応証明された。フェルマーは即刻レインシュタイン家から抹消された。......それからどうなったか、分かるか」
「......いえ」
「部下よりも早い段階で身元が割れ、その情報を公開されたフェルマーは、一人で民衆を襲い、門番を殺して現世に逃亡した。もしも秘密裏にそれが行われていれば、現世に奴が行ってしまうこともなかっただろう」
「それで、門番がアルタイルに?」
「もちろん能力が門番向きで、侵入者や脱走しようとする犯罪者をなくせるというのもある。だがほとんどは前の門番が殺されたからだ。当時史上最年少の十聖士になったのは、そのためだ」
「そうだったんですね。ありがとうございました。私一人でも、また勉強します」
「礼はいい。ここにいると暇なんだ。いろいろ聞きに来てくれると、暇つぶしになる」
クルーヴはお土産だと言って、クリームパン(カスタード)を置いて、病室を出ていった。
聞けばクルーヴの回復はめざましく、比較的早く意識を取り戻したのもそうだが、あとは十分な睡眠をとれるようになって、食欲が回復すれば退院できるそうだ。
「それに比べて俺は......」
いつ容態が急変するかはわからない。ただ、いずれ来る死が近いという事だけは自分でも分かっている。それでは残りの時間、どう過ごしてゆけばよいかどうかも分からない。
寝ても昔の記憶がゆっくり再生されるような感覚にならないということは、もう自分の“本”はほとんどできてしまっているということだ。
だから、誰かと話をして時間を潰す、ということしかできないのだ。
「こんにちはー。おじいちゃん、元気?」
クルーヴが帰ってしばらくして、今度はレイナがやって来た。
「ああ、特に変わったことはない」
「んんっ!?これ何?」
「それか、クルーヴからもらったクリームパンだ」
「食べていい?」
「どうぞ」
レイナは満面の笑みを浮かべていた。
同じ孫でも、レイナの弟であるロルの成長を見届けるのと、レイナの成長を見届けるのとでは、どちらが気がかりかと言われると、迷わずレイナを選んでしまう。ロルがしっかり者だから心配は無用というのもある。だからと言ってレイナがしっかり者でないはずはないのだが、なぜかレイナのことになると心配してしまう。現世視察から戻り、機密省に入ってからもそれは変わらなかった。
「聞けばレイナ、例の任務はウラナとエニセイに先に行かせることにしたそうだな」
「ええ。......おじいちゃんが心配で」
「わざわざそこまでしなくとも、いざという時はレイナが帰ってくるまでは生きながらえておいてやるのに」
「そんな融通が利かないのが現世なのよ。私は今回の任務、どうも長引きそうな気がする。それでもし、おじいちゃんが生きている間に合わなかったら......って考えると怖くて」
「だがな、レイナ。俺ばかりに振り回されてもいけない。幸い今のところは元気だから、いざという時には知らされるはずだ。俺の身より、大事なのはお前たちの将来だ。分かるな」
「うん......」
「だから、お前とシェドが幸せに暮らしているのを見るのが、俺にとって一番うれしい」
「......分かった」
「普段の何気ないことでいい。話し相手になってくれ」
* * *
「―――今は正式決定ではないんだけど」
エミーがそう言った。
「特別枠として、あななたち......シェドとラインを、警察省に入れようと思うの」
「えっ」「えーっ!」
驚きの声が二人分上がった。
「何だよその返事?嫌なのかよ!?」
「シェドさんと同時採用っていうのが嫌です」
「つくづく憎たらしいな、お前」
「だって先生のところで小さいころから頑張ってきた私と、ずっと現世で遊びほうけてたシェドさんが同じところに同じタイミングで内定するなんて、おかしいでしょう!?」
「......遊びほうけてたって何だ!......いや、間違ってはないのか......?」
「勝った!シェドさんに勝った!」
「勝ったの意味が分からん!!」
「どうしてですか、エミーさん!」
「じゃあシェド、他にあてはあるの?」
「......ない」
「でしょう?」
「......そんなに勝ち誇ったような顔しなくても」
「それに、ここはあなたに合ってると思うわ。なんだかんだで、気があってそうだもの、二人とも。少なくとも仕事してる時の協調性はバッチリよ」
「エミーさんがそこまで言うなら......別にこれからも一緒に仕事しても、いいですよ」
「......何か言い方が気に食わないような気がするけど、俺も快諾の方向で」
「よし!決まりね!」




