#33 五紋家と、四冥神
レイナの出身であるレインシュタイン家と、ヘンリーの出身であるハーバーシュタイン家は、ともに五紋家であり、互いに親戚である。その中でも特に親しい二家であった。
レイナは五紋家の中の名門、シュタイン系統の家の中でもその頭脳がずば抜けていたため、レインシュタイン家からは縁遠いところの人までが、よくレイナをかわいがった。
そしてレイナを一番かわいがってくれた親戚というのが、“ヘンリーおじさん”だった。おじさんのところを、その日レイナは訪ねた。
「おじさーん」
「おうおう、レイナちゃんじゃないか。お上がり」
「バウムクーヘン買ってきましたー」
「気が利くじゃないか。来客用のお菓子、ちょうど切らしていたところだったんだ」
「それで?何か話があるんだろう?」
「ええ。……四冥神の打診、ありましたか」
「おう、あったよ。ついさっきだ」
「……どうするんですか?」
「そんなに真剣に聞いてくることでもないんじゃないか。もちろんすぐに快諾したよ」
「本当ですか!やったあ!」
「それにしても、時代は変わったな。五紋家の者でも任命されるようになったのか」
「そうですね、確かに昔は……」
「昔はコソ泥に効果的な対策なんていうのが現世でもなかったからね。しかも悪用しようと思えばすぐにいくらでもできる危険なものだったから、守るのはかなり大変だった。けれど今は、あまり危険なものでもなくなったし、対策のしようなんていくらでもある」
「それで?どうだ、結婚生活の方は」
「えっ!教えましたっけ?」
「自分から言わなくても、そういう話は広がっていくんだよ。帰って来た時点でもう同居し始めたそうじゃないか」
「えっと、あの……」
「その顔を見てると、何か悩みがあるわけではなさそうだな。幸せそうで何よりだ。シュタイン系統の中では結婚が一番早いだけある」
また何かあったらおいで。
帰り際、ヘンリーおじさんはそう言ってくれた。
両親は普段忙しく、幼少期の多くの時間、ヘンリーおじさんに面倒を見てもらったこともあって、気兼ねなく色んな相談をしていた。
「さよなら!」
ヘンリーおじさんは、角を曲がり切ってレイナが見えなくなるまで、手を振っていた。
* * *
「なっ……なにこれ!?」
貼りだされた辞令を見て、ただ一人、怒っている人がいた。
四冥神4番目に残留となった、ゼファー・ジャンヌ・ダルクである。
彼女は今回、四冥神の3番目に任命されたことで自分を抜いていったヘンリー・ハーバーシュタインという男のことだけでなく、
「何でコイツが十聖士に入ってるわけ!?」
天蘭のことでも怒っていた。
「葬儀死神が入ってくるとかありえない!仮にも悪魔軍としてこっちにやってきているのよ!?上の連中は何を考えてんだか……!」
「うおっ、すげー!ホントに天蘭が十聖士に入ってる!」
「シャンネさん、決めかねてたみたいで、私に相談してきたの。いいんじゃないですか、って言ったら、本当に採用されて何か申し訳ないというか……」
「ちょっと聞き捨てならないわね、レイナ。どういうこと?」
「私は天蘭が十聖士になるのはふさわしいと思ったから、そう言ったまでです。そもそも葬儀死神だからって言っている人がいるから、葬儀死神と未練死神の関係が平行線のままなんです」
「なっ……なに人のことを名指しで……!」
「誰が名指しで言ったよ」
「あんたは黙ってなさいよポンコツ!」
「ポンコツはどっちだよ」
「むきーっ!?」
「行こう、レイナ。きりがない」
「……で、あの人誰?」
「ゼファーさん。四冥神の4番目」
「何であんなにエラそうなんだ?」
「……それには、複雑な事情があって……」
冥府革命集団って、聞いたことはある?レイナがそう尋ねた。
「いや、知らない。なにその小難しい名前」
「時はおよそさかのぼること230年ほど前、戦争の前、すでにこの冥界は混乱に陥っていたの。少人数の暗殺集団ね。暗殺集団と言っても、重役だけじゃなくて、この未練死神の国を変えるためなら一般人を殺すのもためらわなかった。いまだにそのメンツの多くは分かってなくてね。で、その人たちが起こした一連の事件で、一般人も多く犠牲になったんだけど、主死神とか四冥神とか十聖士にその責任をなすりつけて、訴えた人がいた。結局こっち側が勝って、裁判は終結したんだけど、交換条件でほぼ強制的に、その一族の跡取りだったゼファーさんが、重職に入ることになったの。でも中身はお察しの通りよ」
普段(と言っても再会してからは間もないが)他人のことを揶揄することはないレイナがそう言うということは、よほどなのだろう。
「でも被害者はたくさんいるのに、その一族だけうるさいって、おかしくないか?」
「ええ。でもあまりにもうるさいもので、しぶしぶ要求をのんだのよ。たぶん先生の数少ない失策の一つね」
これ以上レイナに話を聞くとさらに悪口が出てきそうなので、シェドは口をつぐんだ。
普段からは想像もできない口ぶりのレイナを、もう見たくなかった。
再びやって来たのは、天蘭の病室である。レイナが十聖士であるため、便乗する形でシェドも入ることが出来るのだが、こうも簡単に入れると、最初から誰もが入れるんじゃないか、と思ってしまう。
エレベーターが動きを止め、ドアが開いた。ドアの前には見慣れた人物がいた。
「エミー!どうしたの!?」
「散歩よ。ずっと寝てばかりで動いてないし。動いた方がお腹もすくでしょう?」
「ご飯食べられるの?」
「だいぶね。……知ってる?この階に入院してる人のご飯はおいしいのよ」
「えっ!じゃあ入院しよっかな」
「バカ言わないの。普通の病院食に比べて、の話よ。でもちゃんと栄養が考えてあって、自分で作るより健康的」
「へえ、でも一度は食べてみたいな」
「私みたいに数日超高熱でうなされたいならどうぞ」
「………遠慮しておきます」
「でしょう?」
「でも高熱で済んでよかった。もっとひどいケガだったら、こうやって笑ってられなかったかもしれないし。……そうだ、仕事はどうしてるの?」
「ちょっとずつやってる。例の一件――セントも、部下の人たちが動いてくれてる。集められる証拠は集めていかないと」
「そうね。今は大人しいけど、またいつ動き出すか。先生の時代に動きがなかったのが奇跡」
「あ、そうだ。機密省の人間として話を聞きたいから、ちょっと来てくれる?」
「うん、まあ答えられる範囲内なら。適宜調べながらになるけど」
どの程度の機密度か、をだ。
「そういえば、ちゃんとカギは返した?」
「ああ、うん、返してたよ。大丈夫」
レイナはエミーと一緒に行ってしまった。
「先に天蘭のところ行くぞ」
「うん、報告はお願いねー」
シェドは一人、天蘭の病室へ向かった。
一度行ったことのある場所は、ある程度は覚えている。今回もほぼ迷うことなく、目的地にたどり着いた。入るとシェドを認識した天蘭が、すぐににこやかな笑顔を浮かべた。
「あら、こんにちは。どう?みんなの調子は」
「そちらこそ、どうなんですか」
「うん、だいぶ回復はしてきたんだけど、まだ歩き回るのは難しいわね。……せっかく十聖士に選んでもらったのに」
「あ、もう知ってるんですね」
「ええ。助かるわ。葬儀死神たちと情報交換しやすくなるし」
実際に提案に賛成の意見を出したのはレイナだけど。だがそれは言わないでおいた。
「それで、わざわざ来てくれたということは、決まった?メンバーは」
「レイナと俺は、ひとまずここに残って、他の人をとりあえず出したいんですけど」
「え?どういうこと」
「ギミックさんを知ってますか」
「えー、確か、以前は四冥神だったひとよね。今さっき覚えようとしてたの」
「その人、レイナのおじいちゃんなんですけど、ずっと入院してて」
「そうなの?この階に?」
「今は大丈夫ですけど、実は危ないんです」
「それで、最期に立ち会いたいから、っていうこと?」
「今回の仕事はもし人間との争いになったら、長引くから、戻ってきたらもう手遅れだった、ってなるのは嫌だと言ってました」
「うーん……でも、個人の事情だし」
「確かにそうだけど、俺はなんとなく、レイナの他人の死についての考え方が、ちょっと違う気がするんです。あまり近い人が亡くなっても、悲しそうな様子を見せないんです。一人で悲しんでて、表には出してないだけなのかもしれないけど…だからこそ、おじいちゃんっていう、すごい近い人がいなくなったら、レイナがどうなるのか、俺には分からない。分からないこと、が起こる前に、俺は精一杯、策を打ちたい。だから、どうか認めてほしいんです」
「……!!」
「心配はいりません。十分、いや十二分にこの任務をこなしてくれる人は、もう一人、考えがあります」
「……誰か、聞いておくわ」
「ウラナです」
「……“ゼネラル”を?」
「どうですか」
「確かに、適任ではあるのだけれど……」
「私からも、ウラナを推します」
「……レイナ?」
「盗み聞きしちゃった」
「なっ……!」
「なんだか、……ありがとう。私のために一生懸命になってくれて」
「いや、その」
「まあとりあえず、ウラナに打診してみないと始まらないけどね」
「ちょっと、私はまだウラナちゃんが行っていいとは言ってな―――」
「どうせOKでしょ?」
「……ま、まあ、そうなんだけど」
* * *
「シェドの人間の国に行く?」
「そう、ウラナが適任だと思って」
今度はレイナから、ウラナに連絡が来た。
「まあ別に、構わないけど。一人で?」
「いいえ、あと何人か、連れていってもいいみたい。誰かアテはあるの?」
「……いや、ないけど」
「ふ~ん?」
「……一応、いるのはいる」
「ウラナ、ちょっと嘘が下手になったんじゃない?」
「そっちが見抜くのがうますぎるんでしょ」
「昔は目を反らすことなんてなかったのにね。…で、誰?」
「あ、あの、えっと……」
「ん?言いにくい?さては男か?男がいるのね!?」
「………。」
「えっ!?本当に?」
わずかにこくん、とウラナがうなずいた。
「あれ図星だったのね。へえ、そうかあ、まさかウラナにそんな人がいたなんて。れっきとした普通の女の子」
「いや最初からそう思えよぉぉ!何年の付き合いだと思ってるの!?」
「だってウラナの普段の顔を知らなかったら、ただの刀振り回す怖い人だよ?」
「何て言い草だ!しかもそれを普段の顔を知るあんたが言うなっ!」
「普段の顔を知ってても、戦ってる時のウラナ、何だか怖いもの」
「……気を抜いてちゃこっちがやられるでしょうが」
「別に気を抜いてとは言ってないんだけど…まあ、いっか。それもウラナの個性だもんね」
「話を広げた割には適当に回収するのね……」
「でっ!?誰よ?どうせ出発するときに分かっちゃうんだから、今のうちに……」
「分かった。じゃあ連れてくる」
「おおっ!?」
……と宣言してウラナがもう一人と戻って来た。その顔はあまりにも見知ったものだった。
「―――エニセイさん?」
「そうだ。どうかしたか?」
「え?ウラナ、正気?」
「あんたさっきから失礼ね」
「いや、あの……本当ですか」
「本当だ。少し前からだな」
「……ウラナ?あなたたち、ケンカ始めたら斬り合いになるんじゃないの」
「なるか!誰がそんなケンカするもんか」
「何か、ケンカしたら、取り返しのつかないことになりそう。だけど、現世に先行部隊として行くには、十分すぎるほどね」
「あんたこそ、冥界にいられる間に、新婚生活を満喫しておきなさいよ」
「うん!」
* * *
いよいよ、例の国に行くことが決まった。
先ほどレイナから、ウラナとエニセイさんが先行部隊として行くことが決まったと聞いた。
ひとまず、さまよう魂の回収はその2人で十分務まるだろう。
「良かったな」
ふと、シェドは鏡の前に立ち、自分の顔を覗き込んだ。
シェドがアルバの意識を引っ張り出してきたとき、片目がシェドのものになったので、目の色は一方が血のような赤、もう一方が透き通った青である。
―――その透き通った青は、ペルさんやクルーヴのものと同じような、紫になっている。
「なあ、アルバ」
シェドはぽつりと言って、1つ息をついた。
「遅くて、すまなかった。グダグダ言ってないで、さっさとお前に憑けばよかったんだ」
“…何だそれ。お前らしくもないセリフだ”
アルバの声こそはきはきしていたが、その声の大きさは決して大きいとは言えなかった。
「だけどな、」
“本当なら俺は、とっくに死んで、意識も何もないはずなんだろ?それがこうやってこんなところに来て、あのにっくき王子がどこに行ったか探してやるって言ってくれてるんだから、こんなにすごいことはない。それに、お前にはお前の生活があるだろ?俺みたいな現世の凡人が、死神の私生活にまで立ち入っちゃまずい”
「本当に、ギミックが亡くなるまで、こっちに残るって判断で、いいんだな?」
“ああ、消えるまでの時間を延ばすことはできるんだろ?”
「できる。できるが、どれくらいかは分からない。だから言ってるんだよ」
“現世の人間をなめてもらっちゃ困る。死神だけがそんな特別ってわけじゃないってことを、見せてやる。特にあの面倒な王国で働いていた俺は、一筋縄ではいかないってことをな”
* * *
「しばらくは、よろしくね」
「ええ。魂の回収なんてさっさと終わらせて、ギミックさんが亡くなる前に帰ってきてあげるわよ」
「くれぐれも、気をつけてね。危ないときはすぐに帰ってきてよ?」
「あんたは心配性ね、全く。あんたが心配するほど弱くないわよ」
「電球の一件を考えると、その信憑性は……」
「うるさいの」
「あのなあ、長いこと開けっ放しだといろいろ面倒なんだ、門の外でやるとか、何か動いてくれ」
「分かった。じゃあね、ウラナ」
「じゃあ、シェド、レイナのこと、よろしくね」
「ああ、分かった」
ウラナとエニセイは深い霧の向こうに消えた。続いてアルタイルが冥界と現世を隔てる扉を閉めた。
* * *
部屋の扉がノックされた。
「どうぞ」
しかし、入って来たのはレイナではなかった。
「クルーヴか」
「こんにちは」
ともに母親がペルセフォネ―――つまり、父親の違う兄妹であるギミックとクルーヴが、はじめて同じ部屋に二人となった。
「……そうだ。そういえば、話があるって言ってたな。何の話だ」
「お元気なうちに改めてうかがいたいことがあります」
クルーヴは、現在もなお、特に上層部に忌み嫌われ続けている言葉を、口にした。
「―――冥府革命集団。これについて、です」
第七次対悪魔戦争編、最後の話でした。




