#32 現世の異変
シェドとレイナがシャンネに連れていかれたのは、病院だった。
「一緒について来てくれれば、大丈夫だから。レイナちゃんは堂々と入れるけれど」
「ここは?」
「十聖士以上でないと入れない階よ。重職にある人とかが入院した時は、この階になるの」
「へえ……」
「あ、この辺り古い電球あるから気をつけて。突然割れるかもしれないし」
「そうそう、ウラナが怖がりだからものすごくびっくりしててさ」
――パリンッ!
「………うおっ」
シェドは少し驚いた程度だった。
「ウラナよりはマシね」
「本当に割れた」
「……というか、もう戦争終わってから3つ割れてるんだけど、大丈夫なのかな」
「一斉に取り替えちゃいたいのはやまやまなんだけど、なにせここ、普段あまり使わないから」
「そうですけど……」
シャンネはクルーヴの病室の前まで来て、……通り過ぎた。
「あれ?エミーじゃないんですか?」
「ええ、今回は天蘭ちゃんに用があるの」
二人の病室はそれほど離れていなかった。
天蘭の病室のドアを開ける。
「ああ……連れてきてくれたんですね」
「シェド、レイナ……」
「エミー!起き上がるどころか自分の足で立ててるじゃない!大丈夫なの?」
「うん、……鎮痛剤、入れてもらってるから何とか」
「二人ともご苦労様……わざわざ来てくれて」
天蘭はシェドとレイナに椅子を勧めた。
「実は私、レイナちゃんのことも知ってるのよ」
「えっ!?何で?」
「昔ママに教わったときに、知ったんだって。私たちは知らされてなかったけど」
「それでクルーヴちゃんと戦うってなったとき、ラッキーだと思ったの。クルーヴちゃんだけは、一度私たちの国に来てるし、一緒に遊んだこともあるでしょ?」
「あるわね。けど、そんな昔の小さな頃のことなんて覚えてなかった。やっと思い出したって感じね」
「ことはそううまくは運ばない。クルーヴちゃん、本気で私を斬ろうとしてたから」
「そりゃあ、悪魔だとずっと思ってたし」
「だから『斬る気がない』って言われたときは本当にびっくりしたわ。そんなことが首尾あたりにバレたら、そっちに斬られちゃう」
「風樹はそれで首尾ともめてたって、聞いたわ」
「ああ……あの人は確かに、裏切ったって言われてもおかしくないくらい、普段から優しい人だったもの。その優しさがなんだかんだ言って今まで囚人の無実の罪を晴らしたりしてたから、何とかなったのよ」
「風樹はこのままここに残りそうね」
「あのー、誰だっけ、風樹と戦った人」
「……エニセイさん?」
「うん、多分そんな名前。その人が保護するんだと思う」
「失礼しまーす……」
威勢のいい声とともに入ってきたのはラインだった。
「ライン!どうしてここに」
「お食事です、天蘭さんの。この病院の特別階、実は警察省の管轄らしいですよ。それで私がパシ……お呼ばれされたんです」
「私の分も一緒に持ってきてくれない?ここで食事を摂るわ」
「了解です」
「それにしても驚きね、ここって警察のものなんだ」
「あの言い方したってことは、下の一般病室は違う、ってことだもんね」
「う~んっ、おいし~っ!」
天蘭が突然大声を出した。
「……びっくりしたぁ、もう」
「あのね、クルーヴちゃんもレイナちゃんも、おいしかったらちゃんと口に出して言うべきなのよ。ただたくさん食べるだけじゃなくて」
「「……なぜそのことを知っている」」
「え?」
「何で私が普通の人間の女の子よりよく食べちゃうことを知ってるわけ!?」
「何で私が普通の人間の女の子よりよく食べちゃうことを知ってるの!?」
「分かるわよ、それぐらい。たくさん食べそうな感じに見える。ちなみにさっき入ってきた子……ラインって言うの?あの子は少食ね」
「……確かにラインは、あまり食べる子じゃないわね。当たってる」
「……なあ。楽しそうにしてるとこ悪いんだけど、本題に入ってくれないか?」
「「「どっ……どこが楽しそう!?あ、いや……ごめんなさい」」」
* * *
「私が今回あなたを呼んだのは、あなたが憑いている人間の出身国に、大きな動きがあったからよ」
「……ほう」
「まず今までのいきさつを話すわね。まずあなたが憑いたことによりアルバくん、だっけ?彼は見た目上生き返り、王子を返り討ちにした。でも次の瞬間、その王子は別の死神に連れ去られて、いなくなってしまった。ここまでは未練死神はもちろん、葬儀死神も知ってるの」
「うん、合ってる合ってる」
「そこからよ。王と王子が亡くなった以上、王族は親戚含め、国を追いやられた。今は別の国に亡命して暮らしているわ。けど、またきちんとした人を選んで王政に戻すか、国民の意見をたくさん取り入れる共和政に変えるかで分かれて紛争が起こってる。ところどころで衝突して、死者もちらほら出てる。魂がうじゃうじゃさまよっているの。あなたには、その国に行って、魂の未練解消と回収をしてほしいの」
「それって誰でもよくないか?要は通常業務だろ?」
「せっかくこの国に行く仕事があるから、少しでも手がかりを得ておくのは大事かなって思って、あなたに頼んでるの。それに早く行ってもらわないと、悪魔が魂を奪ってしまうかもしれない。今まで奴らが標的にしていなかったのが奇跡なくらいよ」
「そっか、悪魔か。……でも、ついこの間までこっちに来てたのに?」
「魂の略奪なんて、すぐできるわ。雑魚兵たちはすぐ作れるし、それに幹部の悪魔1人つけておけば、十分すぎるくらいよ」
「えっ!雑魚兵ってあれ、作ってるのか?」
「そうよ。これも私が悪魔に紛れ込んで、調査をした結果分かったことなんだけどね。現世の人間が作ってる人工知能ってやつを、もっと本物らしくしたものらしいわ。顔が一つ一つ違うのも、一般の悪魔の顔のデータを元にしてるかららしいの」
「人の魂奪うだけなのに、お疲れ様だな」
「ちょっと!なに褒めてるの!」
「褒めてない褒めてない。……で、なるほど。つまりようやく、こいつの出番ってことだな」
「私も行きたい!」
「あのねレイナちゃん。遊びじゃないのよ?」
「分かってます。……アルひとりで行かせるんですか?」
「さすがにそんなひどいことはしないわ。あと数人は行ってほしいのだけれど」
「じゃあ私と、ウラナも行かせてください」
「ウラナ?えっと……“ゼネラル”のこと?」
「そうです」
「うん、それは良い考えね。彼女がいた方がきっと心強いわ。悪魔側には“ゼネラル”が交代してたって情報は入ってなくて、しかもその交代した人がめちゃくちゃ強いって分かったとき、相当慌ててたもの」
「ウラナは“ゼネラル”の位を譲ってもらったんじゃなくて、奪い取ったんですよ」
「……本当に?なるほど、それでなのね。数分でいくら雑魚悪魔だからって、200体を消し炭にするなんて普通はありえないもの」
「……なんか自分が褒められてるみたいでうれしい」
後でウラナに言ってあげよっと、とレイナはつぶやいた。
「あまり多くで行っても悪魔たちに勘付かれるかもしれないから、5人くらいで」
「考えておきます」
天蘭ももうしばらくは療養が必要だということで、レイナたちは天蘭の病室を後にした。
「……あ」
「なに?」
「ううん、何でもない。さっきの話なんだけど……アル、先に行ってくれる?」
「……何で」
「おじいちゃんのことがあるし」
「ギミックさんってそんなに危なかったか?今回の任務って主には魂の回収をするだけだし、すぐに帰ってこれると思うんだけど」
「そう簡単に行くかな?私は今まで何回か現世視察をして、戦争とか、内部紛争とかを見てきたけど、私たちと悪魔の戦いみたいに、短期決戦みたいなものはひとつもなかった。私たちの戦いだったら、死神と悪魔にしか関係のないことだから、すぐに終わるけど、人間のそれはそうはいかないの。世界中の人たちを巻き込むから。私はね、もし今行って、また帰ってきたらおじいちゃんがもう死んでた、ってなるのが一番怖いの」
「……分かった」
「え?」
「一緒にいよう」
「えっ?えっ?」
「俺は……先に行って、後で一人で来いなんて言えない」
「で、でも、早く行かないと」
「ひとまず他の人に行ってもらおう。…それで、落ち着いたら、2人で追って現世に行く。これが認められるかどうかは分からないけど……」
「………アル」
「どうした?」
「………ありがとう」
静かにレイナが、シェドの手を握った。それを同じく黙って、シェドが強く握り返す。
「……どういたしまして」
* * *
「天蘭を十聖士に入れる」
ハデスがそう言い始めた。
「ちょっとハデスさん!本気ですか?」
一番驚いたのは主死神のシャンネである。
「……すまない。あくまで提案だ。これまで何回か見舞いをしているが、葬儀死神たちとの話し合いで、当分はここにいることになったらしい。かつてペルセフォネに教わっていた奴の一人だから、俺も面倒を見たが、レイナやウラナにも決して劣らないと、俺には見えた。直接比較したことはないから、絶対ではないが」
「でもいくら同じ死神だからって、十聖士に入れるのは……」
「異例だということは分かっている。だがいずれにせよ、アコンカグアの穴は埋めなければならない。……ここに俺が考えた案がある」
「えー、ああ、なるほど。セネガルさんと、エリザベスをそのまま上げて、四冥神の3番目に…ハーバーシュタイン?あそこから出すんですか」
「特にヘンリーは聡明だ。五紋家であるということで、今までは重職に就くということはなかったが」
「でもレインシュタイン家は入ってますもんね……」
「マドルテの研究が今ではだいぶ進んで、五紋家の負担もかなり減っている。重要であることに変わりはないがな。だから五紋家への登用も問題ないと考えるのだが、どうだ?」
「確かに、言われてみれば……ですね。考えてみます」
「……確認しておくが四冥神と十聖士の任命権はシャンネ、お前に全てある。この意見はあくまで俺個人のものだ。白紙にしてもらっても全く構わない」
十聖士、というが、現状では十人はいない。
発足当初、すなわち先々代のアレクサンドロの時代にちょうど十人を選んだためにそう呼ばれたが、特にペルセフォネさんの時代からは、様々な事情があって欠員が生じ、適する後任が見つからなかったため、その空いた枠は放置された。それが今では成文化され、「必ずしも十人である必要はない」となっている。
実際十聖士に選ばれるのはまあまあ若く、かつ大変優秀である者であるため、これまで十人いなくてもうまくやってこれている。
「天蘭を、ね……」
別に悪魔軍に参画していたからとか、葬儀死神だからというような理由で、その登用をためらっているわけではない。ペルセフォネさんが生前相当力を注いでいた、未練死神と葬儀死神との和解を進展させる面でも、大きな効果があるということも考えた。
さらには新たに五紋家から登用するということがどう出るか、ということだ。
「レイナちゃんは特別だったんだけどね…」
省の中では最難関の機密省に抜群の判定で入省した者を登用しないという選択肢はほぼないに等しい。
「……どう思う、レイナちゃん」
シャンネはレイナに連絡を取っていた。
「……それを、私に聞いていいんですか」
「五紋家つながりでどうかな、って思って」
「ヘンリーおじさんの方は、大丈夫だと思いますよ。打診してみないことには分かりませんけど…その話が来れば、快諾すると思います。私から言っておきましょうか」
「いいえ、大丈夫。……それで、天蘭の方は」
「それも、いい考えだと思います。新たな風を吹き込む、というのもそうですし、何より一緒に仕事してて楽しそう。今日見てて、そう思いました。悪い人じゃないです」
「……そう、ごめんね、わざわざ。ありがとう」
「こちらこそ」
レイナとの通信を切ってからシャンネはもう一つ、天蘭とヘンリーさんの登用に利点があることに気付いた。
「……ゼファーのけん制にもなるわね」
辞令
アコンカグア・プレシピースの悪魔協力の罪および死神監禁の罪による処分により、新たに四冥神以下、十聖士までを任命する。
四冥神:1 セネガル・クローバー
2 エリザベス・マリーゴールド
3 ヘンリー・ハーバーシュタイン
4ゼファー・ジャンヌ・ダルク
十聖士:レイナ・カナリヤ・レインシュタイン
ウラナ・アマリリス
クルーヴ・エミドラウン
ライン・クローバー
エニセイ・クローバー
ローツェ・プレシピース
アルタイル・ボルゴグラード
天蘭




