Course Out3 冥府機密省処理課
番外編その3です!
新キャラが登場します。が、本編にも出てきて主要キャラになるので可愛がってあげてください。
入省判定をもとに各自がまず省に属するかどうか、属するならどこがいいのかを決め、実際にかけあう。レイナもウラナも、それぞれの希望通りに、少しの問題もなく決まった。久しぶりに二人でのんびり話でもしよう、ということで冥界の一角にある喫茶店に二人は来ていた。
「なんだか……やっぱり信じられないわね、隣に機密省にぶっちぎりで入っちゃう子がいるなんて」
「でも今回は、ちょっとぐらい判定が悪くてもチャレンジした方がよかったみたいだよ。同じ機密省に決まった子で、B-だったけど思い切ったって子、いたし」
「そうなの?」
「そうよ、ウラナもやってみたらよかったのに」
「前も言ったでしょ、機密省は性に合わないって」
「でも機密省にはたくさん課があって、他の省よりもだいぶ、自分の好きなところが選べるんだって」
「好きなところ……ねえ」
「私は今のところ、史纂課志望なんだけど」
「そういう志望って、すんなり通るものなのかしら」
「どうなんだろうね、選択肢がたくさんあったから、大丈夫な気はするんだけど……」
「そこのキミ」
目の前に一人の青年が立っていた。歳はその頃のレイナやウラナよりずっと上であるようだった。
「……えっ?私?」
「そうキミ。よかったらうちの課へ来ないかい?」
「すみません、誰ですか」
「……えっと」
その男の人は急に困った顔をして、こう言った。
「いずれ分かることだから、先に言っておくよ。機密省の情報統制は、ふつうの死神が思っている以上に厳しい。同じ機密省の所属の中でも、互いにどこの所属かは基本的に言っちゃいけない。第四級機密故意漏洩で、罪になる事さえある。だから、キミの質問には答えられない。残念ながら」
「同じ所属の人同士なら大丈夫なんですか」
「ああ、それは一応問題ないみたい」
「えーっ、じゃああなたと一緒のところに入らないと、どうしようもないってことじゃないですか」
「そうなんだ、だからこんなあいまいで怪しい勧誘しかできないけど」
「でも私、しっかり自分で入りたいって思うところがあるんです。迷いはありません」
「そうか。……分かった。ジャマしてごめんね」
「いえいえ」
「……今ふと思ったんだけど、『史纂課に行きたい!』なんてことを、もはや機密省所属でもないあたしに言ってよかったの?」
「……今の人の言ってたことが正しいなら、マズい……よね」
さあっ、とレイナは血の気が引くような感覚に襲われる。
「ま、まあ、まあ、大丈夫。大丈夫だと、思う。そのはず」
* * *
機密省は冥界中の重要な情報を管理する役割があるから、強盗やらなにやらが入ってこれないような地下にあるんじゃないか、と思われがちだが、何のことはない。他の省と同じように地上からそびえ立つ。歴代の重役のお墓と“本”の部屋以外は。
その機密省の建物の中に、レイナは入っていった。
入ってまず見えるのは受付。1人の女の人がいて、近くにはそれはたくさんの完全な個室が並んでいた。
「空いている個室にお入りください」
何がなんだかよく分からないまま、とりあえず言われたとおりにする。
中には端末があった。画面に指示が出てくるので、従って操作を進めると、何やらカードが出てきた。
「へえ……私のカード」
『所属課』のところを見ると、……史纂弐課。希望通りだ。
「やった!」
……と大きな声で言いそうになるのを、慌てて声を抑えた。周囲が静かかつ厳かすぎる。
また冷や汗である。いったい朝から何度ひやひやすればいいのか。
「あちらへお進みください」
......と言われ示された先には、これまたすごい数のエレベーターがあった。
普通のエレベーターならあるはずの、階数表示もない、1人がやっと乗れるくらいの小さなエレベーターが。よほど情報統制が厳しいらしい。どの人がどこの課所属かを伏せるためにここまでやるか、ということである。
ちょうど扉の開いたエレベーターに乗り込む。
中は昔のエレベーターのようで、『閉まる』のボタンはなかった。
“発行された個人認証カードに記載された番号の上3桁を入力してください”
突然音声が流れる。言われたとおりにすると、
“あなたの所属は、史纂弐課、ですね。よろしければ1を、間違っていれば2を押して下さい”
「電話か!!」
とは言え合っているのでレイナは1を押した。
“上へ参ります”
やっとのことでエレベーターが動きだした。
“4階、史纂課のフロア・入口です”
「入口?」
入口じゃない階というのは、どういうことか。
疑問が解決しないまま、エレベーターを降り、奥へ進んだ。
「……すっごい入口ね」
そこには空港の危険物探知機のようなものがたくさん設けられていた。横に“史纂壱課 史纂弐課 史纂参課”と記されている。
「あれっ!?レイナじゃない?おーい!!レイナ―っ!!」
不意に大声がした。受付の女の人が慌てた様子で「静かに!」のジェスチャーを送るが、全く気付いていない。
ミュール・ブレメリア。真っ白な柔らかい髪を後ろで短くくくった、少女らしいあどけなさがまだ残る彼女こそ、今年果敢にも機密省B-判定で挑戦し、見事採用を勝ち取った張本人である。
「こっちこっち!こっちに!こっち来て!」
「今行ってる!ちょっと待って!」
「ゲートが開かないの!受付のお姉さんに聞いてもカードは?って聞き返されるだけで!どういうこと?」
「……カードは?」
「レイナも聞いた!?」
「いや、だって、受付で言われたでしょ、個人ブースに入ってって」
「なっ……何それ?」
「え―――っ!?」
うすうす感じてはいたが、彼女は相当のうっかり屋さんだ。
機密省の入口を入ってど真ん中に見えるあの受付を見逃すとは、さすがである。というか、常人ならば目を閉じていない限り気づくはずなのだが……。
「もう……分かった。一緒に行ってあげる。ちゃんとカード作って、こっちにまた来るよ」
「うん!」
「私が先に降りるから、ミュールはこの18番のエレベーターに乗って、一階に降りてきてね」
「うん、分かった!」
1人用エレベーターはこうしなければならないのが若干不便である。
さすがに1階に降りてくるくらいは大丈夫なはずである。
2階は通称“監獄のフロア”で、処理課の管轄下にあり、普通のエレベーターには2のボタンがないため、どれだけ頑張っても行けないようになっている。
彼女がばっちりフラグを回収してしまわないことを祈るばかりだ。
「……ど、どうしたの?そんなところでお祈りして」
「ミュール……よかった……」
「あのね、いくら何でも……」
「……あ」
ミュールがエレベーターを降りないまま、ドアが閉まり、そのまま下に行ってしまった。
1分後。
「……4階から1階に一発で行けないなんてこと、ないわよ」
「どこが!?」
レイナは軽くめまいを覚えた。
* * *
「そう言えば、地下ってどんなのだった?」
「地下通路。警察省とつながってるの」
「ホントに!?」
「知らない?えへへ、レイナも知らないことあるんだ?教えてあげるね」
「………いいから教えて」
そんな言い方されると、イライラ……いや、してない。してない。誓ってしてない。ましてミュール相手に。
「機密省の処理課って知ってる?今は壱課から伍課まであるんだけど、警察省ができたときに、壱課と弐課の人たちがそっちに移ったの。今も機密省処理壱課と弐課は存在するんだけど、動いてはないの。昔の書類がたくさん置いてあるらしいわ。それをときたま必要とするときに、その地下通路を通って運ぶの。一応機密省のものだから、地上で人の目にも触れさせないってこと」
「へえー……」
「あれ?もしかして、あれのこと?」
ミュールの指先は、しっかり例のブースを指していた。
「そうよ」
「そうなんだ……私、受付の人にあちらへどうぞ、って言われたけど、今はトイレはいいです、って言ってそのまま上ってきちゃった」
「きちゃった、って……」
中の見えない公衆電話ボックスのようなこのブースをトイレだと思うとは、中々の猛者である。
「トイレがこんなに外にあってどうするの」
「確かに、困るかも……」
「さあ、入って。画面の指示に従っていれば、大丈夫なはず」
「分かった!」
ミュールは意気揚々とブースの中へ入っていった。
そしてレイナはふと思った。
ミュールはなぜ、史纂課のフロアにいたのだろうか?
彼女が史纂課志望なのなら、もし所属が同じになれば楽しくなりそうである。
……大変そうでもあるが。
ブースの中から聞こえてくる「ほお!」「うんうん」「いい質問ですねえ」などという声の中、ぼんやりと考えていた。
やがて「やったあ!」という声が聞こえ、ミュールがブースの中から出てきた。
「ねえレイナ!私、史纂弐課だって……」
「わあ……」
現実になってしまった。
* * *
「……ってことで、改めてよろしくね、レイナ・カナリヤ・レインシュタインさん」
「こちらこそよろしく、ミュール・ブレメリアさん」
結局同じ史纂弐課所属となったうえ、やはり史纂弐課の先輩の人もミュールを気にかけていたようで、「何かと大変だと思うけど、よろしく頼むわね」と言われ、ミュールとペアを組まされた。
「今回の入省のメンツの中でも一番の星のレイナが史纂課に入ってきて、やっぱり鼻高々らしいよ」
確かに機密省AAAという前代未聞の判定を取り、難なく機密省に入ることはできた。だが、これから果たしてその期待に見合う仕事が出来るのか、レイナは心配でならなかった。
「心配しなくても大丈夫。私がいるわ」
「いやいやいや!?その大丈夫の根拠は!?」
「静かに。レイナ、ミュール、出かけるわよ」
「えっ、いきなりですか」
「これから史纂弐課で働く上でなくてはならないパートナーたちに会いに行くのよ」
レイナもミュールも戸惑っていた。
レイナが戸惑っていたのには、もう一つ理由があった。
圧倒的に男性が多い機密省の中で、この史纂課は女性が多かった。おそらくこの分だと機密省所属の女性はほとんどが史纂課所属だろう。それでもまだ史纂課全体で見れば男性の方が多いが、レイナとミュールの上司や、隣にいた男の子の上司が女性なのはやはり珍しい。
「そう言えば、レイナは主死神様のところ出身だっていうのは知ってるけど、ミュールは?」
「え?違いますよ!どうやらこの頭じゃ、目に留まらなかったみたいで……えへへ」
「でも普通の学校で育った女の子が機密省に入ったんだから、すごいことよね」
「親戚みんなにお祝いされました!」
「わたしも機密省に入ることになったって決まったときは大騒ぎだったわ……レイナは?」
「うーん……」
実を言うと、レイナはそこまでお祝いはされていない。もちろんおじいちゃんのギミックは大いに喜んで、欲しかったものをいろいろ買ってくれた。だけどお父さんとお母さんは二人とも機密省所属ということもあってか、特に喜ぶような様子はなかった。
「そうなんだ……レインシュタイン家って怖いね」
「たぶん、お父さんとお母さんが機密省のひとだから、ってだけだと思うけどね」
「じゃあ私から言っとく。レイナ、機密省入省、おめでとう。それから史纂弐課所属決定も」
ミュールはにこっ、と満面の笑みを浮かべ、レイナに手を差し出した。
「……ありがとう、ミュール!」
その手を握り返した。
「あれ?そう言えば、外のエレベーターを使うんじゃ…」
「その手間は要らないの。史纂課とその関係ある課だけをつなぐ専用のエレベーターが史纂課内にあるから」
「機密省の中ってすごい!秘密基地みたい!」
さすがにそのエレベーターは1人用であった。3人がエレベーターに乗り込むと、ゴトゴトと音を立て、上に行き始めた。
「このエレベーターは外の1人用エレベーターよりも先にできてるのよ?だからまあ、一部手動なんだけど」
目的の階に着いても、降りるまでに少し時間がかかった。
「お、来たか。で、その後輩二人って言うのが………!!」
「ああーっ!!」
「えっ!?な、なにレイナ!?」
ミュールが腰を抜かしそうになっていた。
着いた先でレイナたちを出迎えたのは、レイナを(怪しげに)勧誘したあの男の人だった。
「そうか……入りたいのは、史纂課だったんだね」
「そうです!」
その人はレイナとミュールの上司の人と同期であること、それから処理参課所属であることを明かした。
「レイナ・カナリヤ・レインシュタインです」
「ミュール・ブレメリアです!」
「……レインシュタイン?」
「ええ。何か……?」
「……いや、何でもない。処理参課と史纂弐課、それからまれに警察省も絡んでくるけど……とにかく、いろんな場面で仕事で一緒になると思うから、よろしく」
* * *
あれから月日が経った。
レイナは十聖士になった。ミュールがそのような座に就くことはなかったが、レイナとミュールは冥府機密省史纂二課の名コンビとして広く知られるようになった。本来“広く知られ”てはいけないのだが、元から史纂課の機密性がユルいこともあって、機密省所属でない人もレイナとミュールの名を出せば分かるまでになった。
レイナは十聖士ということもあって、悪魔戦争では最前線で戦ったが、ミュールは能力がなく、戦闘自体もかなり苦手な方だったので、一般の死神として避難していた。
“レイナ!もう、心配したよ!囚われの身になったって聞いたから!怪我はないの?”
「大丈夫。緊張はずっとしてて疲れたけど、来週からは機密省に行けそう」
“ホントに!?じゃあ、機密省の入口の前で待ち合わせね!絶対だよ!”
「うん!」
その日が来た。
機密省所属であることを示す紋章と、十聖士であることを示す紋章の付いた外套を着て、家を出た。
「アルは今日は休み?」
「おう、次行くのは明日だったか明後日だったか。まだまだ研修が続きそうで」
「じゃあアリスをよろしく」
「うえっ!?ちょっ、えっ!?」
「……もしかして犬、苦手?」
「……ちょっと無理」
「で、でも、アリスは犬の中では大人しい方だから、慣れてほしいんだけど」
「……分かった。やってみる」
「安心して。冥界犬は現世の家みたいに人を噛んだりしないわ」
時間には余裕があったので、レイナは歩いて機密省へ向かった。
すると入口には腕組みをして、ミュールが待っているではないか。
慌てて走って彼女に近寄った。
「ごめん!待たせた?」
「ううん、大丈夫。私も2分前に来たところ」
これで約束の時間の15分前である。
「今日は珍しいね」
「へ?何が?」
「ほら、空を見て」
「……ほんとだ……」
冥界の空は暗い。雨が降ることも比較的少ないが、晴れて明るくなることもない。基本的にくもっている。
そんな冥界に長く住んでいると、なんとなく雨寄りのくもりか、紛れもないくもりか、少し晴れに近いくもりか、区別できるようになる。もちろん現世の人間には区別はつかずすべて“くもり”である。
そんな冥界の空が、かなり晴れ寄りのくもりだった。周りが少し明るい気さえする。
「今日は、いいことあるね!」
「……うん、そうだね!」
レイナの復帰が史纂二課でお祝いされ、復帰後初仕事を終え、夕方になって機密省を出たレイナ。
「ねえレイナ、何か鳴ってない?」
「え?……あ、本当だ」
通信が入っていた。相手はウラナだった。
「はい?」
“レイナ?今機密省出たとこ?そこで待ってて。エミーが、目を覚ましたらしいわ”
「本当に!?」
自然と顔がほころぶレイナ。ミュールの方を向くと、彼女もにっこり笑っていた。




