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現世【うつしよ】の鎮魂歌  作者: 奈良ひさぎ
Chapter5.第七次対悪魔戦争 編

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#31 葬儀死神

この話から、呼称が変わります。悪魔戦争が終わり徐々に若いレイナたちの世代に視点が移っていきますので、クルーヴ→エミーとなります。ただしハデスのみ、クルーヴのままとなります。

 死神には2種類いる。

 1つは人間の未練を処理し、現世の人間が死後スムーズに天国か地獄のどちらかへ行けるようにするために動く未練死神。

 もう一つは死人の肉体や魂を現世に残さぬよう、それらを刈り取ることを主に行う、葬儀死神。

 そもそも悪魔に敵対する死神が二つに分かれていること自体、それを象徴しているのだが、両者は非常に仲が悪かった。特に葬儀死神の方が未練死神を一方的に嫌っている節があった。


―――未練死神は、純粋な死神ではない。


 世界中の国家という国家がある一国を貶め、絶望の淵に立たされたその国民が死神の権利を横取り、乱用し始めたことが未練死神の始まりだから、そう言われても仕方ない部分はある。


「……ってことだから、行ったらマズいんじゃないの?」

「何を言う。その関係を少しでも修復に向かわせることが我々の役目だ」

「そうよエミー。早く用意して」

「はーい」


 あれはアレクサンドロが牙をむく例の悪魔戦争の前のこと、ペルセフォネとハデスは四冥神のトップ二人として、葬儀死神の国――現世の人間が言うところの地獄――へ行くことになった。まだ幼いクルーヴもそれに同行することになった。


「へへっ。スーツ着るのなんて久しぶりね」

「お前、スーツなど持っていたんだな」

「しっ、失礼な!スーツぐらい、使う時もあると思って持ってるわよ」

「誰に借りてきた?」

「信用なさすぎじゃない?」

「シャンネやアルテミスあたりは持っていそうだが……シャンネは背が小さい方だからな。アルテミスか」

「だから自分のだって!刺しゅう見る!?」

「おお。確かにお前のものだな」

「でしょう!?」

「気を悪くしたか、すまなかった」

「全くもう!」




 葬儀死神の国までは、特別列車が出ることになっていた。


「着くまでは長い。クルーヴは寝ておけ」


 ハデスはそう言ったものの、やはり初めての事だから、そわそわして寝るどころではなかった。車両の外に出て、どんな景色が見えるかも確かめたかった。

 たとえそれが、殺風景な灰色や茶色やらが目の前を埋めた、そんなものだったとしても。

 ――だがやはり“退屈”は子どもの天敵だった。

 クルーヴはいつしかペルセフォネのひざに頭をのせ、眠っていた。

 ペルセフォネはしばらくクルーヴをさすりながら、ぼんやり窓の外を眺めていたが、やがてうとうととし始めた。

 ハデスは終始、書類に目を通しては、サインをするのを続けていた。



「着いたわ、エミー。起きて」

「うにゅにゅ……」


 眠たい目をこすり、列車を降りると、そこはクルーヴが全く見たことのない風景だった。まず一番に言えたのは、――明るかった。暗くくもっていて晴れることなどめったにない冥界とは比べ物にならない明るさだった。のちに現世視察に行ったとき、これが現世の「昼」なのだと知った。

 その昼が、同じ人間でない者たちの世界に存在したり、存在しなかったりするのはどういうことか。クルーヴは後にこの疑問を口にしたが、冥界のトップ二人でさえ、それは分からないことだった。


「お待ちしておりました、ペルセフォネ様、ハデス様、クルーヴ様。わたくしは枝萄(きどう)と申します。宵蘭(しょうらん)様のところまでは、わたくしがお送りいたします」


 歩み寄ってきた男はそう言うと、三人を人力車に乗せた。

 葬儀死神の多くは未練死神を嫌っている。が、わずかながら未練死神に好意的な者もいる。その1人が宵蘭、という女だった。葬儀死神のNO.3である。


「到着いたしました。どうぞお降りになって下さい」


 降り立ったのは大きな邸宅の前だった。


「長旅ご苦労だったな。茶でも淹れよう」


 どうだ、そっちは。

 紅茶を淹れながら、その宵蘭と言う人は、ペルセフォネとハデスに問うた。


「おおむね平和だ。特に大きな事件は起こっていない」

「なるほど。警察省がそれに貢献しているか」

「ああ、おかげさまでな」


 冥界における警察省を創始し、発展させたのは、何度か冥界を訪れたことのある宵蘭であった。それまでは機密省の処理課が対応していたのだが、もはや大きくなった冥界ですべてを捌ききるのは不可能で、治安も悪くなっていたのだった。


「ところで、だ。その女の子は、君たちの娘か」

「ああ、そうだ。クルーヴという。……連れてきたのは、まずかったか」

「いや、むしろ置いてきた方がまずい。その子が君たちの孫娘ではない、ということには驚いたがな。君たちの教育はまだか」

「まだだな。もう少しすれば、そうするつもりだが」

「君の教育の仕方は大変優れているというのは、こちら側にも伝わっている。多くの十聖士や四冥神、その候補を輩出している、と」


 できれば葬儀死神の子どもたちも、面倒を見てもらいたいものだが。

 宵蘭はそう付け加えた。


「……それをそちらの長が認めるかどうかが問題だな」

「確かに。我々の長は今のところ、未練死神に対し好意を抱いていないからな。二番手の奴が毛嫌いしていることも大きい」

「私は一向に構わないんだけどね……」

「まあ、かけあってみるよ。もしうまくいけば、おいおい連絡する」


 このことも、関係修復のための大事な一手である。

 ただ運悪く、その直後に冥界中を震撼させた、冥府革命集団による一連の事件と、第六次対悪魔戦争により、未練死神側に不都合があった。

 戦争が終わり冥界も落ち着きを取り戻し始め、ペルセフォネによる教育が再開されたころ、宵蘭から例の連絡があった。


“許可が下りたから、1期生として5人を派遣する。一応監督役として私の娘の青蘭をつけている”


 翌日には特別列車が到着し、1人の女性とともに5人の子どもたち――男の子2人、女の子3人が、冥界に降り立った。


「男の子がいる……」

「この五人で別のクラスを作る方がよさそうだな」

「それがいいわね」


 さすがに未練死神のたくさんの女の子たちに混ぜてやるわけにはいかない。

 そして名前を言うよう、青蘭が促した。


「男の子から先にいこうか」

「霜晶です」「玖雷です」

「で、女の子は」

「遼条です」「氷天です」「天蘭です」

「天蘭は私の娘です。他の四人とともに、よろしくお願いします」




―――天蘭?

どこかで聞いたことのある名前だ。

……どこで?

葬儀死神のNO.3の孫娘の名前を、その場面以外でどうして知っているのか。

ふと考えた。

そして、一つの結論にたどり着いた。ただ一つの、その真実が分かるまでに、ずいぶん長い時間を要した。



―――わたしはいま、いしきをうしなっている。“てんらん”とたたかってかったが、じぶんもねつをだして、ねこんでいる……



* * *



…。

……。

………。

目が覚めた。


「ここは……」


壁はすべて白く、右腕には点滴が一つ、刺さっていた。


「……病院の、個室ね」


 上半身を起こしてみようとするが、頭が重く、くらくらする。視線もうまく定まらなかった。あきらめて身体を寝かせ、右を向くと、テーブルの上に手紙があった。

 手に取って、読む。




エミーへ

目は覚めた?覚めたんならさっさとあたしたちを呼びなさい。すぐに駆けつけてあげる。けど無理はしないことね。あんたはよく頑張ったんだから、堂々と警察省の長の仕事を休める間に、大人しく寝ておきなさい。


それでね、お出かけの話なんだけど、どうする?退院して、休みが出来たら、3人でどこか現世のおいしいレストランに食べに行こう?ウラナを呼んでくれたら一緒についていくね。早く連絡ちょうだいね!




 来ていたのか。それならもっと早く目を覚ませば、目を開けてその瞬間ご対面、もできたかもしれない。

 ウラナに連絡を入れた。


「もしもし」

「エミー!起きたの?」

「ええ。来て、くれてたのね」

「数日前にね」

「そんなに寝てた、私?」

「今日は戦争が終わってもう1週間になるわね。しかも夕方」

「そうなんだ……」

「目が覚めてよかった。じゃあ、今からレイナと一緒にそっちに行くから」




 1週間前に使ったエレベーターに、レイナとウラナはもう一度乗る。


「あ、この前割れたところ、直ってる」

「ほんとだ。よかった……」

「今度は別の電球が割れたりして……」


―――パリンッ!


「ひいいいっ!?」

「……なんて声出してるの」

「怖い怖い怖い!やっぱりレイナ、前に行って、後ろからついていくから。お願い」

「そんなに怖がりでよく“ゼネラル”が務まるわね……」

「敵を前にした時とは全く違うの。分かる?その“怖さ”の違い」

「大して違わないと思うのは私だけ?」


……再びクルーヴの部屋の前まで着いた。


「入るよー」



「……そっか、まだ頭痛はするんだね」

「ええ、だから、上半身はまだ、起こせません」

「無理はしなくていいよ。“仮想拘束光線”(イマジナリー・レイ)は酷使した時の副作用が強い能力だ。ゆっくり寝ておきなさい」

「分かりました」


 エミーは医者の回診を受けていた。終わって医者が病室を出るのと入れ替わりに、レイナとウラナが入ってきた。


「……“はたと止まる、世界の時間”(ステップ・イントゥ・ザ・ギャップ・ワールド)も、副作用キツいけどね」

「あ、レイナ、ウラナ。……でも、物理的じゃ、ないでしょ」

「そうだけど、エミーのはそのうち治るでしょ。私のはどれだけ頑張っても、巻き戻しが効かないし」

「精神的に、つらいのは、同じね……」

「ありがとう、ございました」

「ずいぶん途切れ途切れに話すのね」


 ウラナが心配そうにエミーに言った。


「そうしないと、しゃべると、頭が、痛く、なるから。……ズキッ、って」

「筆談の方がいい?」


 レイナも気を遣う。


「ううん、そうしなくても、大丈夫。ぽつぽつなら、平気だから」

「そう?」

「私、一週間も、寝てたのね」

「一応エミーがいなくても大丈夫なように、だいぶ落ち着いてきたと思うよ。臨時でエリザベスさんがトップに立って、みんなに指示を出してくれてる。ちゃんと警察は機能してるわ」


 シェドから色々警察省の現状を聞いたレイナがそう言った。


「よかった。……例の、件は?」

「最優先ではないから、エミーの復帰までは保留にしてるんだって」

「……例の件、で伝わったの、もしかして」

「あの件でしょ、エミーが調べてる」

「そうそう、セント」

「あー、ごめん。他のことだと思ってた。それね、了解」

「ちなみに、何のことだと、思ってたか、聞いとこうか」

「あのー、仮眠室のカギが全然返ってきてなくて、名目上は常に半分は埋まってる状態だって問題」

「あっ、それもあったなあ……そういえば、レイナ、あなたは、返した?」

「返した……はず」

「もし、返して、なかったら?」

「返した!おそらく、たぶん、きっと」

「……もう一度、探して、おいてね」

「分かりました……」


 調子の悪いエミーの言葉でも、何となく怖さを感じた。

 夜勤の時に使うだけで、警察省の近くに住んでいる人もいるので、大丈夫と言えば大丈夫なのだが、半分も返ってきていないのはさすがに問題だ。


「あ、そうだ。ご飯、食べにいく、話って」

「どうする?でも、とりあえずエミーが元気にならないと始まらないよね」

「あんた、見た目は食細そうなのにね」

「ウラナだって、よく食べる、でしょ!レイナだって!シェドと、同じくらいは」

「しっ、失礼な!アルほどは」

「嘘は、いけないわ!……あいたたたた」

「ごめん、エミー。騒ぎ過ぎたわね」

「大きな声、出すと、やっぱり、ダメみたいね……」

「……そういえば、天爛のことなんだけど」


 ウラナがふと思い出したことを話した。それに合わせてレイナが言葉を続けた。


「ハデスさんがエミーと一緒に運べ、って言ったんだけど、何でか分かる?」

「……!!それは……」


 今さっき、思い出したばかりだ。


「天爛は、」

「クルーヴ!目を覚ましたのか!良かった……」

「……パパ!」

「起き上がれはしないか」

「ちょっと、無理ね……頭痛が、ひどくて」

「ハデスさん、どうなんですか」

「何の話だ?」

「天爛は、何者なんですか」

「……それか。クルーヴ、お前は知っているだろう」

「いえ……実はさっき、思い出したばかりで」

「そうなのか?」

「まだ、だいぶ小さいとき、―――ママに教えて、もらう前の話だし……」

「……そうか、まあ、仕方ないと言えば仕方ないか。いずれ発表はするが、天爛、いや“らん”の字は本当は植物の“蘭”なんだが……あいつは、葬儀死神だ」


「「死神………!」」


「人違いの可能性は?」

「ない。俺が改めて顔を確認したが、間違いない、あの時の面影が残っていた。知らないかもしれないが、葬儀死神もいくらか、ペルセフォネの教育を受けている。その1期生の5人のうちの一人が、天蘭だ」

「そんな人が、悪魔に紛れて?」

「詳しいことを、目を覚ましてから聞く。聞けばクルーヴ、奴に対して“仮想拘束光線”を酷使したそうだな」

「まさか、死神だったなんて。こっちを斬る気がない、って言うのはなんとなく、分かったんだけど……」

「当たり前だ、本当に斬れば今までの和議交渉はすべて水の泡だ」

「元々仲悪いですからね…」

「あいつの祖母は未練死神に味方する派閥の筆頭だ。下手をすれば、死神同士で戦争に突入する可能性さえあったんだが、……」



* * *



 それからさらに数日経って、天蘭が目を覚ました。


「……ここは、どこかしら?」

「病院よ。冥界の」

「冥界……!置いていかれたの……?」

「取り繕っても無駄だ。正直に話せ」

「誰……ハデスさん……?」


 元副主死神を認識した天蘭が自分の言葉に口を覆うが、既に遅い。


「悪魔軍は撤退した。もう言ってもいいだろう」


 ようやく天蘭は、自分が葬儀死神であること、その中でも若くして幹部であること、悪魔の世界に潜入して極秘調査を行っていたこと、違和感なくするために、戦争にも従事したことを明かした。


「……これです、証拠」


 そう言うと、天蘭は服のボタンを外し、肩を出した。


「ちょっと!?ここで服は脱がないでよ!?」

「……分かってるわ」

「何か印が?」

「確かにこれ、葬儀死神ならば全員が体のどこかに持っている印ですね」

「肩でよかったな。お前の祖母の宵蘭はそれが胸にあると言っていた。確認一つ受けるのにも一苦労だったそうだ」

「そうなんですか……」



* * *



 それからさらに数日経った。


「やっぱり四冥神トップの座は空くんだって。そのまま一段階上げることになりそうなんだって」

「じゃあセネガルさんが四冥神のトップか。あれだろ、ラインとかの親父」

「そうね。アルのお母さんも2番目になるわよ」

「シェドくーん、ちょっと一緒に来てくれないかしら」

「シャンネさん?」

「ちょっとあなたにかかわる用があるから。結構重要な」

「私も行っていいですか」

「何で?」

「……アルと離れたくないから」

「いやちょっとは我慢しろよ!?」

「イヤなものはイヤ」

「……いいですかね」

「別にレイナちゃんに聞かれて困る内容ではないのだけれど……いえ、むしろ聞いてくれた方が助かるかしら」

「じゃあ行きます!是非とも!行かせてください!」

「簡単にどんな話か、聞いておいていいですか」

「ええ、……アルバくんの出身国の話よ」

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