#25 ”アル”
便宜上ここから対悪魔戦争という事にします。
「……戦闘態勢を調えろ!繰り返す!……」
その緊急放送が、冥界全域に響き渡った。その時レイナはまさに、ギミックとの面会を終えて立ち去ろうとしていた。
「ついに来たわね」
「……無事を祈る。本当に、…本当にダメな時は、俺を呼べ。死を覚悟で出てやる」
「ありがとう、おじいちゃん」
行ってくるね。
“最後に交わした言葉”が、これでなければいいのだが。
ギミックは、そう願うばかりだった。
病院の外に出ると、近くの一般人はだいぶ避難が進んでいた。だがやはり間に合わなかったか、いくらかの人たちはすでに襲われた後だった。
今もどこに潜んでいるか、分からない。
……仕方ない。
「―――“はたと止まる、世界の時間”(ステップ・イントゥ・ザ・ギャップ・ワールド)」
途端にレイナの周りのあらゆる物体が、動くことをやめた。
倒れ苦しむ死神たちも、隠れていたであろう悪魔も。
この冥界の中で、戦う準備を整えていた死神たちも。
その冥界を囲う、深い、深い森林も。
人間の文明国家がひしめく、現世の人たちさえも。
全てが、―――レイナを除いて―――止まった。
“残り、30秒”
レイナの指にはまった指輪が、そう機械的に告げる。
一度の限界は30秒。
決まっているわけではない。レイナ自身が決めた。
……これ以上、歳を取りすぎるわけにはいかないから。
* * *
「とりあえず、レイナと合流するまでは、一緒にいていいですか」
「もちろん。女は一人でいるなって言ったけど、よく考えれば私たち、女二人だし。それに、私の能力に戦闘力はないから」
クルーヴの能力はあくまで拘束止まりだ。倒すことはできない。
「……向こうから来るわ。ライン、行くわよ」
「はい!」
「シェドも。あっちの方角を」
「了解!」
シェド、クルーヴ、ラインの三人の準備が整った。
「じゃ、刀送るぞー」
妙に間の抜けた声がする。
大殿に設けられた指令室に、マドルテがいる。彼に戦闘はできないから、有事の時には武器の手配が任されているのだ。
「いやー、それにしてもよくこんなもの持てんな、みんな」
「……なんで持てないんですか」
「力弱いんだよね」
“ル・シェドノワール・アラルクシェ・アルカロンド、抜刀”
“ライン・クローバー、抜刀”
“クルーヴ・エミドラウン、抜刀”
「……死ぬなよ」
「「「気をつけます」」」
* * *
「ったく、何で副主死神なのに戦わなきゃいけないわけ?」
「それ、わたしのセリフですから」
シャンネは前の戦争の時と偶然同じく、アルテミスと行動を共にすることになった。
「ああそっか。主死神だものね」
「でもまだまだ現役ですから」
「ほらよ」
半ば適当にマドルテが二人に刀を送った。
「ほんっとあんたムカつく物言いしかできないのね」
「今のどこにムカつく要素があったんだよ」
「顔」
「はあ!?」
「顔思い出すと……ああイライラする!」
「俺に死ねというのか」
「ちゃんと要旨つかんでるじゃない」
「よしよし……っておい!」
“フロライト・ニカテナ・アルテミス、抜刀”
“シャンネ・スノーウィー・アフロディテ、抜刀”
「……ケンカしないでください」
「ごめんごめん」
* * *
(あと5人……)
100歳以下の子どもたちは一か所に集め、地下にいさせて守るのが、非常時の習わしだった。それにあわせて、地下の部屋は非常に頑丈に出来ている。
―――アルタイルの能力を別にすれば、いかなる死神の能力をもっても、こじ開けるのさえ不可能だ。それは悪魔も同じこと。
そして子どもたちの名前が載った膨大な表の中でたった5人だけ、無事保護した、という確認印の付いていない子がいた。ウラナは心の中で少し焦りを覚えつつも、表面ではいたって冷静に対処する。
「まさか……もう襲われたとか?」
「こっち、見ときましょうか?」
「あ、お願い。リオグランデ」
もしまだどこかにいるのなら、連れてこなければならない。
それがウラナの役目だった。
* * *
“レイナ・カナリヤ・レインシュタイン、抜刀”
本当は、いけないことなのではないか。
止まってしまった敵を倒しながら、ふとそう思うが、悪魔たちもこちらを滅ぼすつもりで来ているのだ。ためらっていては、死ぬのは自分の方だ。
「あと一体……」
ちょうどあたりに隠れていた悪魔たちをを倒し終えたところで、再び時が動き始めた。
「まだ、大丈夫」
そう信じないと、精神がもたない。
「確か、あと3回で、1年」
3回使うまでに、この戦争は終わるだろうか。
……終わってくれなければ、困る。
「どう、調子は」
「ラプラタさん!」
迷いながらも戦うレイナのもとに、ラプラタ・クローバーが駆けつけてきてくれた。
「……万全みたいね。もう使ったの?」
「ええ。一度だけ」
「そう。あまり使わないうちに、終わるといいわね」
「はい」
今となっては、この短所はみんなの知るところである。が、昔は自分でさえ知らなかった。
“時を止める”ことが、どれだけ偉大で、そしてどれだけリスクの高いことであるか、ということを。
* * *
死神たちの持つ刀は、悪魔たちに対抗できるように、銃を斬れるものになっている。
そして悪魔たちは、自らの生命機関を、ほとんど銃に移している。銃を壊してしまえば、ほぼ死ぬ。
シェドはレイナからそう聞いていた。
「たぶんアルのことだから、あの時のことは覚えてないのかも」
「何が?」
「かくまわれていながら、アルはかなり活躍したんだよ」
「へえ……」
無我夢中で逃げ出したことは覚えている。
ひたすら何をも言わず、暗い樹海を走り続けたこと。
気が付くと、明るいところに出ていた。
そのことは覚えている。
「順調かしら、アル」
「……?」
彼のことをそう呼ぶのは、レイナしかいないはずだった。
しかし振り返ってもレイナはいなかった。
代わりにいたのは、血のように赤い目をした、黒髪の女性だった。
目が合って、どれほど経ったか。
やがてシェドは、その女性が誰であるかを認識した。
「母……さん……?」
「あら。覚えてるんじゃない。レイナちゃんは記憶抜けまくりのとんちんかんとかなんとか言ってたけれど」
「……そこまで言ってないだろ」
「でもレイナちゃんを忘れてたのに、私はすぐ思い出せるのね。さすがは親子」
「……捨てた張本人が何を言うか」
「……!!」
「俺もよく思い出した。俺は確か五紋家に養子に入れられてたな。体よく要らない子を捨てるために」
「ちが……それは……」
「どこが違うんだよ。生まれたのが男だったから、厄介に思ったんだろ。そこにもう一人いるのが何よりの証拠だ」
シェドの母親、エリザベスの後ろにもう一人、女の子がいた。
「確かにこの子は、前の戦争の後に生まれた、あなたの妹よ。けど理由は違う。そんなのじゃない」
「兄ちゃん……」
「……私たちが、悪魔の血を引く一族だからよ」
「悪魔の血を引く……?」
「先々代主死神、アレクサンドロ。その子、ポール。その子、カイネ。その子が私。私の子が、あなたたち二人」
「じゃあ、俺はもう、裏切り者なんじゃ……」
「違うわ。前の戦争の時に、敵味方に分かれたの。本物の悪魔であるアレクサンドロ――業炎と、ポール――禍炎は悪魔側、カイネ――燐炎は中立、私――雅炎は死神側、とね。あなたが生まれたころにはまだアレクサンドロもいたから、浄炎って名前が付いてるわ」
「じゃあそいつは?」
「……僕は、ル・アルビオノワール・アラルクシェ・ライム。この一族で唯一、戦争の後に生まれたから、悪魔名はついてない」
「ちょうどラインちゃんと同期ね。最近あなたと何かとウワサのラインちゃんと」
「何にもねえよ!」
「……兄ちゃん。悪魔だ」
その女の子――ライムの声が、一段低くなる。
「銃、使ってもいい?」
「ええ。……アル、あなたはどうするの」
エリザベスが、シェドに尋ねた。
「……は?」
「あなたも、銃を使えるのよ。前の戦争ではあなたの活躍で、流れが一気にこちらに傾いたんだから。そのあと行方不明になったんだけど」
「……。」
さも当たり前のことであるかのように、エリザベス。
「使うか、使わないかは、あなたの自由よ。ただし、使った方が身のため。あなたは、アレクサンドロ以来の弾数を誇るから」
目の前のライムが、銃の装填をした。
“残り、62発”
「私は57発。けれど、あなたは桁違いだわ」
「……それで?銃はどうすれば?」
「作るの。それは忘れただろうから、教えるわ」
「……こうか」
そう時間はかからなかった。その間は、ライムが対処してくれていた。
――装填。
“残り、117発”
「…お母さんから聞いてはいたけど、やっぱり尋常じゃないな、兄ちゃんのそれ」
「ちなみにかのアレクサンドロは104発だったわ」
「本物の悪魔よりも多い……」
「まーたあんたらはこっちの邪魔ばっかりして。何で大じいさんは冥界にも子孫残すかな」
雰囲気は明らかに雑魚兵のそれではなかった。
「はじめまして。あたしたちは綺炎・麗炎・華炎」
「―――あなたたちの、親戚よ」
思わずぞくっとするような、冷たく、じっとりとした声だった。




