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現世【うつしよ】の鎮魂歌  作者: 奈良ひさぎ
Chapter4.ペルセフォネ・アイリス(レイナ・カナリヤ・レインシュタイン) 編

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#23 ペルセフォネの軌跡

「それで、どうするんだ、最後に会うのは」


 ハデスはペルセフォネに、静かに問うた。


「できれば全員がいいんだけど......」

「入らないぞ、この部屋には」

「分かってる。マドルテと、アルテミスと、シャンネと、......」


 重役と、シェドの名前も挙げた。


「あいつを入れるのか?」

「私のせいで、逃げ出したのかもしれないから」

「それは違うな。むやみに責任を負おうとしすぎだ」

「もっと早くあそこに行けてたら、そんなことなかったかも」

「どちらにせよあいつは逃げていただろう。そもそもアルタイルの力を借りている。間に合ったところでどうしようもない」


 いかなる能力にも耐える檻も、アルタイルの能力には負けたのだった。

 ペルセフォネがハデスと目を合わせようとすると、ふいっ、と顔を背けられてしまった。


「……泣いてもいいのよ?」

「お前の前で泣けるか」

「涙、こぼれてるよ」

「………。」


 目から何かがこぼれているのを、ハデスは確かに感じた。


「……何か言ったか?」

「もう片目からもこぼれてるよ」

「何をたわけたことを」

「正直になればいいのに」

「お前に言われる筋合いはないな」

「………確かに」




「俺も行くのかよ?」

「行かないの?」

「行けるのか?」

「行けるから言ってるんじゃない」

「………。」

「アルはあまりお世話にはなってないかもしれないけど、先生はすごく気にかけてくれてるんだから」

「主死神様の最期って、そんなものなのか」

「先例を知らないからわからないけれど......でも最期を看取れないままになるのはいや」


 シェドとレイナのところに、ペルセフォネの方から来てほしい、と連絡があった。レイナだけだとシェドは思ったのだが、シェドも含めて来てほしいとのことだったのだ。

 素性が分からないから、死んでもその死を悼めないかもしれない自分は、薄情なのだろうか。




「大丈夫よ、エミー」

「大丈夫って……」

「どうせ死ぬなら、安らかに死にたい。それは誰しもの願いでしょ?」

「……」

「ちゃんとギミックには言ったわ」


 もう足が動かせないまでになったペルセフォネは、ギミックに電話越しでそう言ったのだという。

 しばらく黙り込み、やがて、「母さん……」とつぶやいて、一足先に泣いたのだと、ペルセフォネは言った。


「ママ、でもやっぱり、ギミックさんを、お兄さんとは呼べない」

「いいよ、別に。私のしたことだから、私が悪いの」


 知らせを受けて一番にやって来たクルーヴがやってきたときでさえ、もう腰のあたりまで砂になってしまっていた。


「でも、エミーはもう大人だから、いつまでも引きずらないって、約束できる?」

「うん……」

「よし、いい子」

「いつまで私を子ども扱いする気?さっきもう大人、って言ってたくせに」

「エミーがエミーである限り、あなたは私の“子ども”なの」

「何よそれ......」



 それはとても、一人の死神が死んでしまうとは思えない時間であった。


「絶対私が生きてるうちに開けちゃだめだからね」

「分かってるってば、先生」

「絶対よ?私が死んでからね」



 ベッドの上でそうやって念を押すペルセフォネは、もう腰のあたりまで砂だった。


「せめて死ぬ時ぐらい、それらしくしてくれ……」

「じゃあそれが私に似合うの?」

「それはそうだが......」


 ハデスの声が、いつしか消え入りそうなほど小さくなっていた。


「......ハデス」

「何だ、今さら」

「私ね、」

「最後の最後にまたカミングアウトか」

「もうないよ、さすがに」


 少し間を置いた。



「ありがとう。ハデスを殺してまで連れてきたこと、ギミックのこと。許してはくれないって言ってたし、これからも許してはくれないんだろうけど、むしろその方がいい気がする。レイナが言ってくれなければ、黙ったまま死ぬところだった。その事を考えると、気がかりで仕方なかったはずだから。私は長く生きすぎたって言ってたけど、それも今はね、良いことだったって思えてる。あの戦争の後もみんなうまくやってくれたし、たくさん頼りになる後輩を育てることもできたから。ラインたちが心配と言えば心配だけど、あの子たちなら、きっと大丈夫。本当ならみんなに、何か言いたかったけど、もう時間がない。……私は、もう……」



「やめてくれ」


「ん?」


「俺を、泣かせる気か」


「……もうちょっと、泣いてくれても、よかったのに」


「ペル......、セフォネ」



 呼びかけへの反応が、なくなった。

 さっきまで寝ていたはずの彼女の姿はなかった。

 残っていたのは、脆い、今にも崩れてしまいそうな砂だけだった。

 少しして、大きな、低い声が、部屋の空気を支配した。

 今までに聞いたことのないような声だった。

 長い、長い時にわたって、伴侶に振り回され続けた人が、ただ純粋に、その死を悼む声だった。





Persephone Iris(1456) 4586-6042

Quadraple Death Ⅳ 5078-5410

Ⅱ 5410-5584

Ⅰ 5584-5810

Kingly Death 5813-6042





 大事なことがまだ残っている。

 この砂を壺にしまって、代々の重役たちが眠る地下室まで、持ってゆかねばならない。

 それは一人でやると決めた。このわがままは、もしペルセフォネが本当にどこまでもどうしようもない奴であったなら、通らなかったかもしれない。

 ハデスは、冥府機密省の地下まで向かった。


「―――お待ちしておりました、副主死神様」


 礼服を着たレイナが出迎えた。

 妻の死に動揺するハデスに比べて、レイナは幾分か、落ち着いているようだった。


「どうぞ、中へ」


 レイナが暗い部屋の鍵を開ける。

 そこにはもちろん、かつてペルセフォネに対し死刑を言い渡した先々代の主死神も眠っている。だが先代はいない。死刑が執行されたためである。

 ペルセフォネの記憶の詰まった本のそばに、壺を置いた。


「……お前の努力を、無駄にはしない」

「わたくしも、努力を重ねてまいります」




「......右から3つ目の棚の右から2列目の上から4番目の開き戸の金庫の中、だったか」


 あれだけすらすらと、ペルセフォネがものを言うのを聞いたのは久しぶりだった。逆に覚えている。

金庫を開けて、中身を取りだした。

 ペルセフォネ生前の重役を集めていた。


「どちらから開ける」

「ペルさんは人選に驚け、って言ってたんでしょ?それじゃ見ない手はない」

「分かった」




辞令

今回の主死神死亡により、新たに主死神以下、十聖士までを任命する。


主死神 シャンネ・スノーウィ―・アフロディテ


副主死神 フロライト・ニカテナ・アルテミス

マドルテ・ジャックデルト・キービン


四冥神 Ⅰアコンカグア・プレシピース

Ⅱセネガル・クローバー

    Ⅲエリザベス・マリーゴールド

Ⅳゼファー・ジャンヌ・ダルク


十聖士 クルーヴ・エミドラウン

ウラナ・アマリリス

アルタイル・ボルゴグラード

    エニセイ・クローバー

レイナ・カナリヤ・レインシュタイン

    ライン・クローバー

ローツェ・プレシピース



「わ、私がですか……!」


「まあペルさんが一番かわいがってたもんな。それにしても……」

「あぁんたと一緒に副主死神とか、まっぴらごめんだっつーの!」


 マドルテとアルテミスはにらみ合っていた。


「そりゃこっちのセリフだ!」

「十聖士昇進おめでとう、ライン」

「ありがとうございます!」

「セネガル、というのは、お父さんよね」

「そうです」



「……もういいか? 問題はもう一つの方だ」


 ハデスはそう言って、もう一つの手紙を開いた。



* * *



 これを見たということは、すでに私が死んで後のことなのでしょう。

 私は絶対、私の死後に開けるように言ったはずだから。

 そして、おそらく、私の決めた人事を見た上で、こちらに目を通そうとしているはず。

 きっと後悔の多い私は、みんな1人1人に、言葉をかけたかったけど、それを叶えずに死ぬだろうから、今ここで伝えます。


まずハデス。今まで散々、迷惑をかけました。私に付き合って、疲れているでしょう?だから重役からは外しました。今後はまだ若いシャンネに、いろいろ教えてやってください。最高顧問、というやつです。あと、みんなを見守ってあげて下さい。アルテミスとマドルテがケンカしないように。変な話だけど、殺してでも手に入れて、良かったかもしれません。ありがとう。


次はシャンネ。私は最初の教え子である貴女が、ふさわしいと思って選びました。若いからって心配しなくても大丈夫。いざという時は、ハデスや、アルテミス、マドルテ、他にもたくさん先輩はいるから、存分に頼って下さい。貴女の頑張りが、これから報われていくはず。


アルテミスとマドルテ。二人一緒に副主死神にされたから、きっとケンカしていることでしょう。でもともに四冥神を務め上げた経験を生かして、新進気鋭の若い冥界の長を、支えてやってください。


プレシピース一族。今までは十聖士、四冥神という位に入っていなかったけど、たくさん貢献してくれました。特にアコンカグアの方は、四冥神のトップだから、仕切る役もお願いします。


クローバー一族。セネガルには娘や息子たちの世話がまだ残っているかもしれません。けれど、あえて任せました。エニセイとラインは、十聖士としてはまだまだ若いし、ラインは特に史上最年少の十聖士だから、存分にみんなを頼って下さい。


エリー。今回は十聖士から四冥神に上がってもらいました。警察の中ではエミーの下だけど、まだエミーも若いから、年上として、お姉さんとして威張ってやって下さい。


ゼファー。今回は四冥神の一番下に残留としました。あなただからはっきり言います。まだまだ、上に上がるには足りない。あなたは確かに力はあるけど、十聖士以下にもそれぐらいの人はたくさんいます。頑

張れ。


エミー。まだ若いのに、残してごめんなさい。もっとエミーの姿を見ていたかった。エミーの花嫁姿も見たかった。だからせめて、ハデスにはその晴れやかな姿を見せてあげて。


ウラナとレイナ。二人とも、私は期待の若手だと思ってます。レイナはシェドと一緒になったけど、ウラナはまだだよね。私のお墓の前での報告、待ってます。年下の子たちの面倒を見てやってください。お願いします。


アルタイル。もしかしたら悪魔の侵入とかで、いろいろ心配事があるかもしれない。でも、ちゃんと正門の防衛の任務を果たしていることは知ってます。自分の仕事に、これからも誇りを持ってください。

その他全員に向けて。私が死んで、主死神も代わって、混乱も起こるでしょう。でも大丈夫。これだけたくさんの死神がいるここは、一つの“国家”です。みんなが力を合わせれば、きっと大丈夫。


そろそろ涙があふれてきちゃったから、筆を置きます。きっとさみしがってるだろうから、たまにはお墓の前に来て、お土産話でもしてくれたらうれしいな。

ありがとう。長い間、お世話になりました。




* * *



「レイナ?もう落ち込むのはやめたら?」


 夕方に差しかかろうとしている冥界。その日はウラナが休みで、レイナの仕事が早く片付いたので二人でどこかご飯に行こう、と約束したのだ。


「......。」

「あんたらしくないよ。もともと変なのが一層変に見える」

「そ、そう?……ってこら!私が落ち込んでる隙を狙って、よくも......!」

「だってレイナ、昔からそうじゃない。そもそもほぼ確実って言われながら機密省に入った時点で、もう十分変態」

「へ、変態とか言うなっ!」

「その割にはそうそうに相手見つけちゃってるし」

「そういうウラナはいないの?」

「ん?いないいない」

「嘘つけ」

「ほんとよ」

「ふ~ん?」

「え?」


 レイナがこう言うということは、何か隠し事を見抜いたということだ。


「……ごめん。分かんないや。今のウラナの表情、鉄壁すぎる」

「何よからかったわけ?」

「意外とウラナいじりが楽しいことに気付いちゃった」

「もう……」


 結局ウラナががっくりさせられる羽目になった。


「あれからずっと落ち込んでるんじゃないかって心配してたけど、大丈夫みたいね」

「そう見える?おじいちゃんのこともあるのよ?」

「……そうね」

「おじいちゃんは、どっちがよかったのかな。“捨て子”のまま死ぬのと、不義の子でも、誰かの子供だったって、知ってから死ぬのと」

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