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現世【うつしよ】の鎮魂歌  作者: 奈良ひさぎ
Chapter4.ペルセフォネ・アイリス(レイナ・カナリヤ・レインシュタイン) 編

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#22 レイナと、ペルセフォネ

「私は……どうすればいいの?大ばあちゃん」


「レ…………!!!!」


 名前が呼べない。

 目の前のレイナが、急に遠ざかっていくような気がした。


「……どこで、それを?」


 ペルセフォネはそう聞くのがやっとだった。


「どこで、じゃなくて、私には分かります」

「私しか、知らないはず……」


 否、ほかの誰もが知っていてはならないことだった。


「私となんとなく、似ているところがあるから」


 その言葉に、ペルセフォネは背筋が凍る思いさえした。


「それだけで、そのことを?」

「私にかかれば、簡単ですよ」

「いつから、知ってた?」

「それは、……割と最近です」

「絶対に、……口外するな。……いや、口外、しないで」

「分かってますよ、秘密ですもんね」

「そんなものじゃない」


 これまでの1400年が、すべて負の遺産ともなりかねないものだ。レイナの無垢な笑顔が、かえって恐ろしかった。



* * *



「このたびは、よろしくお願いします」

「え?ああ、よろしくお願いします」


 あれはまだ、ペルセフォネが四冥神の一番下だったころの話だ。

 当時の四冥神の3番目の人と、よく仕事を共にする機会があった。


「どうなんですか、最近」

「好調よ、好調」

「……旦那さんのことです」

「えっ! ああ、ハデスのこと? うーん……」

「うまくいってないんですか?」

「昔からなんだけど、子どもが嫌いだから、子どもは要らないって、そう言うの。それくらいかなあ……」

「子ども、ですか……」


 彼は子煩悩な人だった。

 彼と親しく話すうち、彼からいかに子供と戯れることが楽しいかを、ペルセフォネは改めて教わった。


 ―――ハデスはその時、現世視察で冥界にはいなかった。制止する役のいなかった私は、また一つ、過ちを犯した。



「ほ……本当ですか、それは」

「……ええ」

「お、……俺は、どうすれば…」

「仕方ないだろう。殺すわけにはいかないし」

「まさかこうなるなんて……」

「私だって悪かった。子どもがいたらなあ、なんてあなたの前で言ったりして」


 ペルセフォネとハデスの子どもは、ただ一人。クルーヴ・エミドラウンという娘である。

 だがペルセフォネの子ども、となると、事情は一変する。息子がもう一人、増える。



 このことは、その人と、ペルセフォネしか知らない。

 そのはずだった。



「レイナ……」

「私、先生の血を引いて、誇らしいと思ってます」

「お願い……ハデスにだけは、言わないで」

「………」

「もう、これ以上、罪を残したくないよ……」

「いつもの感じはどうしたの? 先生」


 その場に違う声が聞こえた。


「ウラナ……」

「聞いてたわ、今の話。でも結局誰も罪を責めたりなんかしないわ。そんなこと、言う必要もない」


 エミーより500年ほど年上として生まれたギミックは、五紋家に拾われた捨て子、という形をとった。 それで、今までやってきている。


「……俺はよく言ったと思うぞ」


 その言葉が聞こえ、ハデスの姿が部屋の入口に見えたとき、ペルセフォネは青い顔をし、うずくまった。


「俺がどうせ許さないと思っていたから、言えなかったんだろう」


 ややあってからの、うなずき。


「もちろん、許すことはできない。現世でも十分罪になりえることをしたんだからな。けど、俺にも十分落ち度はある。俺を殺してこっちの世界に連れてきたような奴を、すぐに放し飼いにすべきではなかった。だから、ただ腹を立てているだけにもいかない」

「……」

「そんな秘密を抱えたまま、死ぬつもりだったのか?」

「レイナがあんなこと言うから……」

「私のせい!?」


 レイナはとばっちりを食らった、とでも言いたげな顔をした。


「下手に突き止めるから」

「一応仮設の域は出てなかったのに」

「仮説にしても、あんたよくそんなとんでもないこと気づいたわね」

「えへへ」


 レイナが笑った。


「……そう言えば、全死神に帰還命令を出した理由がもう一つ、付け加わったんだったな」


 ハデスがペルセフォネに言った。


「私の危篤だからなんじゃないの?」

「本当に危篤である奴はそんなことを言わないと思うんだがな」

「おじいちゃんから聞きましたか」

「そうだ。……ペルセフォネ。残念ながらお前は見ずに死ぬことになるかもしれないが、……悪魔の襲来が近いそうだ」

「……やっぱり、シェドが逃げたときのことを思い出すなあ……」

「あいつか。まあ、お前の記憶にもはっきりと残るだろうが」



* * *



「さっきの動乱でいくらか子どもたちがどこかへ行ったらしい。シャンネ、一緒に点呼をとってくれ」

「はい」


 子どもたちをまとめて預かっているというだけに、いなくなった時が大変だ。


「こっちは足りてます!ギミックさんの方は?」

「……一人足りない」

「えっ……」

「銃の装填をしたあいつだ」

「……ル・シェドノワール・アラルクシェ・アルカロンドよ。彼の名前は」

「……カレン。一緒にいた男の子はどこへ行った?」

「……えっ!」


 ギミックの孫娘、カレンは首をキョロキョロさせると、驚いた顔をして、

「そういえば、いない……」とつぶやいた。


「おいおい、大丈夫か」

「混乱してたものね。大丈夫よ、あなたのせいじゃないから」


 思わず厳しい言葉をかけてしまったギミックの横で、シャンネがフォローをかける。


「銃はここにあるな……」


 忘れはしない、110発近くも込められている銃だ。


“ハデス!”

「どうした、ペルセフォネ」


 ペルセフォネの声は震えていた。


“大殿に、……禍炎が”

「……冗談だろう」


 一番重要な拠点とも言える大殿だけは入られないよう、敵を探し出していたというのに。


“マドルテが、撃たれた……肩”

“子供を襲うという短絡的な考え方はマズかったな。俺たちが将来、またあんたらと戦えなくなるからな。……それにしても大殿に首脳ばかり置いておくとは、えらく舐められたもんだな”

「待ってろ、今……!」

“到着~”


 少し呑気な声が通信機の向こうからした。アルテミスだった。


“……アルテミス! よく来てくれた! ”

“また女か。全くこの冥界は女死神が多いな”


 ポールがそう吐き捨てた。


“女だからって甘く見てると大変なことになるわよ”

“なあに、しょせん俺より小さな奴……うぐあっ!?”

“業炎の子どもだから、銃壊されただけで、だいぶ苦しくなると思うんだけど”

“……だが銃をまた作ることはできるんだな”

“分かってる”


 それでも、銃の残り弾数は減っている。ポールに打撃を与えることはできている。


「行くぞ、シャンネ」

「子どもたちはどうするんですか」

「こいつに任せた。エミーちゃん」

「分っかりましたあ!」

「暴発すると非常に危険だから、この銃は回収するよ。まあ、当然の措置ではあるけど」

「まだ子どもですよ?」

「ああ見えてこの子どもたちの中では最年長に近い。あと……」


「お前、悪魔の分際で何を白けた顔してズケズケと入って来とんじゃ」


 どこからともなくそんな声が聞こえる。


「なっ、……何だ?」

「聞こえないのか?さっさと出てけっつってんだよ」

「ふ……ふざけ……」

「さっさと出てけっつってんだろうがこのでくのぼうがああぁ!!」


 どごっ。……どさっ。


「すみませーん、要介助者出ちゃいましたあ」


 エミーの呑気な声。


「……どこ殴ったんだよ」


 ギミックもその言葉しか出ない。


「大丈夫、みぞおち目がけて一直線!ですから」

「嘘だろ……」

「これがこの子の本性ですか?」

「そうだな。ペルさんとハデスさんの娘らしい」

「へえ……」

「今アク強そうだなとか思っただろ、シャンネ」

「いえいえ別に?」


 4分の1くらいは思った。だがシャンネは決してそれを口に出さなかった。


「とりあえず捕虜ができる。話がきけるから、今は何も考えないでおこう」




“禍炎様、一人捕虜が……”

「捕虜だと?」

“子どもの死神にみぞおちを殴られたそうで”

「直ちに死ねと伝えろ」

“……はっ”


 ポールは別の部下に、直ちにそう伝えた。


「あら、捕虜になったら死ななきゃいけないの?おめでたい考え方ね」


 嘲笑いとともにアルテミスがポールを煽る。


「お前たちに我々の情報はいっさい漏らさない」

「今捕虜から話を聞いてるみたいだけど」

「ほう、この期に及んでハッタリか」

「いいえ? 今はまだ気絶してるらしいけど、寝ながらでも情報は得られるのよ」

「……事実確認は後だ。ひとまず全員を殺してしまおう」

「へえ、なるほど。あなたたち、銃を奪われたら、少しして死んじゃうみたいね」

「......やってみるか?」

「ええ、残念ながら、文明に飼い慣らされちゃったあんたたちとは違うの」


 その時、その場に轟音が鳴り響いた。銃声だ。


「お前……!」


 エミーだった。


「お?何か変なぽっつりがある」

「なっ……!?」

「撃つよ~」


 容赦のない五連射。

 すると弾が禍炎を包み、火だるまにする。


「……よりによって、国宝を使うとはな」

「国宝?これが?」


 少し確かめるふりをしてもう一発、禍炎に撃ち込む。


「あーあ、私の出る幕が」

「もう俺が死ぬような言い方をしてくれるな」

「もー、うるさいっての」


 すかさずアルテミスが斬りかかる。


「銃狙いだけは困るが、もっとちゃんと狙わないとな」

「もう狙い済みよ?」


 ―――パキッ。


 しっかり的にされた禍炎の銃は、粉々と言っていいほど完膚なきまでに破壊され、その破片は地面に無残に散らばった。


「きさ……グアアアア……ア」


 声が止まり、炎が消えた。

 後にはおびただしい量の砂があるばかりだった。


「……禍炎、死砂化確認。処理にかかる。業炎の方はどうだ?」

「ダメだな。息子の死など気にもかけていないようだ。次から次へと悪魔が増える」

「くっそ、これで終わると思ったのに……!」



* * *



 再びペルセフォネの目が覚める。それにハデスも気づいた。


「やっとここまで来た……」

「どこまで行った?」

「禍炎が、死んだところまで」

「……まだまだじゃないのか」


 主要な悪魔兵、すなわち主兵が死んでもしばらくは、あの戦争は続いた。


「確かにそうだけど、少なくとも私の出るところは、もうないはず」

「あとは人から聞いた話が全て、という事か」

「そう。私も子どもたちのところに配属されて、みんなの食事を作る担当になったから、実戦は見てない」

「……そうか。ギミックには、伝えるか?」

「……いや」

「ギミックは、捨て子だったのを五紋家に拾われた、という『設定』なんだろう?」


 ギミック本人さえも、ペルセフォネが本当の母親であるという事実は知らない。


「うん、嘘はついてる。けど、」

「……何も知らないまま死ぬのと、せめて捨て子ではなかったことだけでも知るのと、あいつにとってどっちが幸せだろうな」

「……ずるい」


 ハデスの言葉は、ペルセフォネにとっては脅しだった。


「確かにお前の不義の子だったと知っても、驚きは拭えんだろうがな」

「ずいぶんいじわるじゃない」

「そうか?」

「いや、昔からかも」

「……例の書類、俺が探しやすいようにしてるんだろうな」

「大丈夫、きっと見つかる」

「本当か?」


 ハデスは部屋にあるいくつもの棚を見て、それから疑いの目をペルセフォネに向けた。


「例の金庫の中に入れたから」

「番号は?変えてないのか」

「そんな暇あったと思う? 私そんなに要領よくないのよ?」

「……そうだな。もう一つの方は?」

「ちゃんと処分しましたー、シャンネに燃やしてもらいましたー」

「人任せかよ」

「女同士だからその辺りは大丈夫かな、と」

「『女同士だから』ではなくて、『シャンネだから』だろうな、きっと」


 シャンネなら、そんな無理なお願いにもすぐに答えてくれそうだった。


「アルテミスがいたら、そっちに任せてたかも」

「……思い出した。全員帰還の招集をかけたが、3人か4人ほど、戻ってきていないそうだ」

「ふんふん」

「その中に、アルテミスがいるらしい」

「アルテミスが?」

「これは俺の予想だが……シェドが以前、言っていただろう?あの国の王子が死んだとき、死神に連れ去られたようだ、と」

「そんな気もする」

「その3、4人の中にいると、俺は思っている」

「確かに、そうなるよね」

「否定しないのか?」

「だってアルテミスよ?普段あんなに真面目なのに、今回戻ってきてないなんて」


「ハーデスさーん」


 また呑気な声がした。声のした方を向くと、外套をきっちりと着込んだ女死神が立っていた。アルテミスだ。


「アルテミス……? お前、いたのか」

「最初からいたわ! あんたの数え間違いよ!」


 アルテミスは少しハデスを睨んだ。


「あれ珍しい、ハデスが数え間違いするなんて」


 ペルセフォネが目を丸くしてみせる。


「いつ? いつ戻ってきたんだ?」


 そんな初歩的なミスを犯したことによほど動揺したのか、ハデスは口調まで焦っていた。


「確かに数えられてなくても仕方ないかもね。レイナちゃんと一緒に、よ」

「……レイナと? 見張りに捕まらなかったのか」

「絶対見張りがいるから落ち着けって言ったのに、レイナちゃん飛び出していっちゃって。レイナちゃんは無事?」

「ああ、クルーヴの一喝が功を奏したらしい」

「さっすが。ところでギミックには言わないの? さっきのこと」

「……聞いてたの」

「ええ、結構前から」

「一般の死神には伝えないでよ」

「もちろんもちろん。でもギミックには、言った方がいいと思う」

「やっぱり……」

「行くか? というより行けるか?」

「うん……」


 諦めたペルセフォネは、ベッドから出ようと身体を動かした。しかしその瞬間に体に伝わった、妙な違和感に眉をひそめ、ペルセフォネは動きを止めた。


「あれ?」

「どうした」

「どうしたの、主死神様」


 訳が分からない、という顔をしたアルテミスも尋ねる。

 やがてペルセフォネは、その違和感に気付いた。


「足がもう、砂になってる……」


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