#22 レイナと、ペルセフォネ
「私は……どうすればいいの?大ばあちゃん」
「レ…………!!!!」
名前が呼べない。
目の前のレイナが、急に遠ざかっていくような気がした。
「……どこで、それを?」
ペルセフォネはそう聞くのがやっとだった。
「どこで、じゃなくて、私には分かります」
「私しか、知らないはず……」
否、ほかの誰もが知っていてはならないことだった。
「私となんとなく、似ているところがあるから」
その言葉に、ペルセフォネは背筋が凍る思いさえした。
「それだけで、そのことを?」
「私にかかれば、簡単ですよ」
「いつから、知ってた?」
「それは、……割と最近です」
「絶対に、……口外するな。……いや、口外、しないで」
「分かってますよ、秘密ですもんね」
「そんなものじゃない」
これまでの1400年が、すべて負の遺産ともなりかねないものだ。レイナの無垢な笑顔が、かえって恐ろしかった。
* * *
「このたびは、よろしくお願いします」
「え?ああ、よろしくお願いします」
あれはまだ、ペルセフォネが四冥神の一番下だったころの話だ。
当時の四冥神の3番目の人と、よく仕事を共にする機会があった。
「どうなんですか、最近」
「好調よ、好調」
「……旦那さんのことです」
「えっ! ああ、ハデスのこと? うーん……」
「うまくいってないんですか?」
「昔からなんだけど、子どもが嫌いだから、子どもは要らないって、そう言うの。それくらいかなあ……」
「子ども、ですか……」
彼は子煩悩な人だった。
彼と親しく話すうち、彼からいかに子供と戯れることが楽しいかを、ペルセフォネは改めて教わった。
―――ハデスはその時、現世視察で冥界にはいなかった。制止する役のいなかった私は、また一つ、過ちを犯した。
「ほ……本当ですか、それは」
「……ええ」
「お、……俺は、どうすれば…」
「仕方ないだろう。殺すわけにはいかないし」
「まさかこうなるなんて……」
「私だって悪かった。子どもがいたらなあ、なんてあなたの前で言ったりして」
ペルセフォネとハデスの子どもは、ただ一人。クルーヴ・エミドラウンという娘である。
だがペルセフォネの子ども、となると、事情は一変する。息子がもう一人、増える。
このことは、その人と、ペルセフォネしか知らない。
そのはずだった。
「レイナ……」
「私、先生の血を引いて、誇らしいと思ってます」
「お願い……ハデスにだけは、言わないで」
「………」
「もう、これ以上、罪を残したくないよ……」
「いつもの感じはどうしたの? 先生」
その場に違う声が聞こえた。
「ウラナ……」
「聞いてたわ、今の話。でも結局誰も罪を責めたりなんかしないわ。そんなこと、言う必要もない」
エミーより500年ほど年上として生まれたギミックは、五紋家に拾われた捨て子、という形をとった。 それで、今までやってきている。
「……俺はよく言ったと思うぞ」
その言葉が聞こえ、ハデスの姿が部屋の入口に見えたとき、ペルセフォネは青い顔をし、うずくまった。
「俺がどうせ許さないと思っていたから、言えなかったんだろう」
ややあってからの、うなずき。
「もちろん、許すことはできない。現世でも十分罪になりえることをしたんだからな。けど、俺にも十分落ち度はある。俺を殺してこっちの世界に連れてきたような奴を、すぐに放し飼いにすべきではなかった。だから、ただ腹を立てているだけにもいかない」
「……」
「そんな秘密を抱えたまま、死ぬつもりだったのか?」
「レイナがあんなこと言うから……」
「私のせい!?」
レイナはとばっちりを食らった、とでも言いたげな顔をした。
「下手に突き止めるから」
「一応仮設の域は出てなかったのに」
「仮説にしても、あんたよくそんなとんでもないこと気づいたわね」
「えへへ」
レイナが笑った。
「……そう言えば、全死神に帰還命令を出した理由がもう一つ、付け加わったんだったな」
ハデスがペルセフォネに言った。
「私の危篤だからなんじゃないの?」
「本当に危篤である奴はそんなことを言わないと思うんだがな」
「おじいちゃんから聞きましたか」
「そうだ。……ペルセフォネ。残念ながらお前は見ずに死ぬことになるかもしれないが、……悪魔の襲来が近いそうだ」
「……やっぱり、シェドが逃げたときのことを思い出すなあ……」
「あいつか。まあ、お前の記憶にもはっきりと残るだろうが」
* * *
「さっきの動乱でいくらか子どもたちがどこかへ行ったらしい。シャンネ、一緒に点呼をとってくれ」
「はい」
子どもたちをまとめて預かっているというだけに、いなくなった時が大変だ。
「こっちは足りてます!ギミックさんの方は?」
「……一人足りない」
「えっ……」
「銃の装填をしたあいつだ」
「……ル・シェドノワール・アラルクシェ・アルカロンドよ。彼の名前は」
「……カレン。一緒にいた男の子はどこへ行った?」
「……えっ!」
ギミックの孫娘、カレンは首をキョロキョロさせると、驚いた顔をして、
「そういえば、いない……」とつぶやいた。
「おいおい、大丈夫か」
「混乱してたものね。大丈夫よ、あなたのせいじゃないから」
思わず厳しい言葉をかけてしまったギミックの横で、シャンネがフォローをかける。
「銃はここにあるな……」
忘れはしない、110発近くも込められている銃だ。
“ハデス!”
「どうした、ペルセフォネ」
ペルセフォネの声は震えていた。
“大殿に、……禍炎が”
「……冗談だろう」
一番重要な拠点とも言える大殿だけは入られないよう、敵を探し出していたというのに。
“マドルテが、撃たれた……肩”
“子供を襲うという短絡的な考え方はマズかったな。俺たちが将来、またあんたらと戦えなくなるからな。……それにしても大殿に首脳ばかり置いておくとは、えらく舐められたもんだな”
「待ってろ、今……!」
“到着~”
少し呑気な声が通信機の向こうからした。アルテミスだった。
“……アルテミス! よく来てくれた! ”
“また女か。全くこの冥界は女死神が多いな”
ポールがそう吐き捨てた。
“女だからって甘く見てると大変なことになるわよ”
“なあに、しょせん俺より小さな奴……うぐあっ!?”
“業炎の子どもだから、銃壊されただけで、だいぶ苦しくなると思うんだけど”
“……だが銃をまた作ることはできるんだな”
“分かってる”
それでも、銃の残り弾数は減っている。ポールに打撃を与えることはできている。
「行くぞ、シャンネ」
「子どもたちはどうするんですか」
「こいつに任せた。エミーちゃん」
「分っかりましたあ!」
「暴発すると非常に危険だから、この銃は回収するよ。まあ、当然の措置ではあるけど」
「まだ子どもですよ?」
「ああ見えてこの子どもたちの中では最年長に近い。あと……」
「お前、悪魔の分際で何を白けた顔してズケズケと入って来とんじゃ」
どこからともなくそんな声が聞こえる。
「なっ、……何だ?」
「聞こえないのか?さっさと出てけっつってんだよ」
「ふ……ふざけ……」
「さっさと出てけっつってんだろうがこのでくのぼうがああぁ!!」
どごっ。……どさっ。
「すみませーん、要介助者出ちゃいましたあ」
エミーの呑気な声。
「……どこ殴ったんだよ」
ギミックもその言葉しか出ない。
「大丈夫、みぞおち目がけて一直線!ですから」
「嘘だろ……」
「これがこの子の本性ですか?」
「そうだな。ペルさんとハデスさんの娘らしい」
「へえ……」
「今アク強そうだなとか思っただろ、シャンネ」
「いえいえ別に?」
4分の1くらいは思った。だがシャンネは決してそれを口に出さなかった。
「とりあえず捕虜ができる。話がきけるから、今は何も考えないでおこう」
“禍炎様、一人捕虜が……”
「捕虜だと?」
“子どもの死神にみぞおちを殴られたそうで”
「直ちに死ねと伝えろ」
“……はっ”
ポールは別の部下に、直ちにそう伝えた。
「あら、捕虜になったら死ななきゃいけないの?おめでたい考え方ね」
嘲笑いとともにアルテミスがポールを煽る。
「お前たちに我々の情報はいっさい漏らさない」
「今捕虜から話を聞いてるみたいだけど」
「ほう、この期に及んでハッタリか」
「いいえ? 今はまだ気絶してるらしいけど、寝ながらでも情報は得られるのよ」
「……事実確認は後だ。ひとまず全員を殺してしまおう」
「へえ、なるほど。あなたたち、銃を奪われたら、少しして死んじゃうみたいね」
「......やってみるか?」
「ええ、残念ながら、文明に飼い慣らされちゃったあんたたちとは違うの」
その時、その場に轟音が鳴り響いた。銃声だ。
「お前……!」
エミーだった。
「お?何か変なぽっつりがある」
「なっ……!?」
「撃つよ~」
容赦のない五連射。
すると弾が禍炎を包み、火だるまにする。
「……よりによって、国宝を使うとはな」
「国宝?これが?」
少し確かめるふりをしてもう一発、禍炎に撃ち込む。
「あーあ、私の出る幕が」
「もう俺が死ぬような言い方をしてくれるな」
「もー、うるさいっての」
すかさずアルテミスが斬りかかる。
「銃狙いだけは困るが、もっとちゃんと狙わないとな」
「もう狙い済みよ?」
―――パキッ。
しっかり的にされた禍炎の銃は、粉々と言っていいほど完膚なきまでに破壊され、その破片は地面に無残に散らばった。
「きさ……グアアアア……ア」
声が止まり、炎が消えた。
後にはおびただしい量の砂があるばかりだった。
「……禍炎、死砂化確認。処理にかかる。業炎の方はどうだ?」
「ダメだな。息子の死など気にもかけていないようだ。次から次へと悪魔が増える」
「くっそ、これで終わると思ったのに……!」
* * *
再びペルセフォネの目が覚める。それにハデスも気づいた。
「やっとここまで来た……」
「どこまで行った?」
「禍炎が、死んだところまで」
「……まだまだじゃないのか」
主要な悪魔兵、すなわち主兵が死んでもしばらくは、あの戦争は続いた。
「確かにそうだけど、少なくとも私の出るところは、もうないはず」
「あとは人から聞いた話が全て、という事か」
「そう。私も子どもたちのところに配属されて、みんなの食事を作る担当になったから、実戦は見てない」
「……そうか。ギミックには、伝えるか?」
「……いや」
「ギミックは、捨て子だったのを五紋家に拾われた、という『設定』なんだろう?」
ギミック本人さえも、ペルセフォネが本当の母親であるという事実は知らない。
「うん、嘘はついてる。けど、」
「……何も知らないまま死ぬのと、せめて捨て子ではなかったことだけでも知るのと、あいつにとってどっちが幸せだろうな」
「……ずるい」
ハデスの言葉は、ペルセフォネにとっては脅しだった。
「確かにお前の不義の子だったと知っても、驚きは拭えんだろうがな」
「ずいぶんいじわるじゃない」
「そうか?」
「いや、昔からかも」
「……例の書類、俺が探しやすいようにしてるんだろうな」
「大丈夫、きっと見つかる」
「本当か?」
ハデスは部屋にあるいくつもの棚を見て、それから疑いの目をペルセフォネに向けた。
「例の金庫の中に入れたから」
「番号は?変えてないのか」
「そんな暇あったと思う? 私そんなに要領よくないのよ?」
「……そうだな。もう一つの方は?」
「ちゃんと処分しましたー、シャンネに燃やしてもらいましたー」
「人任せかよ」
「女同士だからその辺りは大丈夫かな、と」
「『女同士だから』ではなくて、『シャンネだから』だろうな、きっと」
シャンネなら、そんな無理なお願いにもすぐに答えてくれそうだった。
「アルテミスがいたら、そっちに任せてたかも」
「……思い出した。全員帰還の招集をかけたが、3人か4人ほど、戻ってきていないそうだ」
「ふんふん」
「その中に、アルテミスがいるらしい」
「アルテミスが?」
「これは俺の予想だが……シェドが以前、言っていただろう?あの国の王子が死んだとき、死神に連れ去られたようだ、と」
「そんな気もする」
「その3、4人の中にいると、俺は思っている」
「確かに、そうなるよね」
「否定しないのか?」
「だってアルテミスよ?普段あんなに真面目なのに、今回戻ってきてないなんて」
「ハーデスさーん」
また呑気な声がした。声のした方を向くと、外套をきっちりと着込んだ女死神が立っていた。アルテミスだ。
「アルテミス……? お前、いたのか」
「最初からいたわ! あんたの数え間違いよ!」
アルテミスは少しハデスを睨んだ。
「あれ珍しい、ハデスが数え間違いするなんて」
ペルセフォネが目を丸くしてみせる。
「いつ? いつ戻ってきたんだ?」
そんな初歩的なミスを犯したことによほど動揺したのか、ハデスは口調まで焦っていた。
「確かに数えられてなくても仕方ないかもね。レイナちゃんと一緒に、よ」
「……レイナと? 見張りに捕まらなかったのか」
「絶対見張りがいるから落ち着けって言ったのに、レイナちゃん飛び出していっちゃって。レイナちゃんは無事?」
「ああ、クルーヴの一喝が功を奏したらしい」
「さっすが。ところでギミックには言わないの? さっきのこと」
「……聞いてたの」
「ええ、結構前から」
「一般の死神には伝えないでよ」
「もちろんもちろん。でもギミックには、言った方がいいと思う」
「やっぱり……」
「行くか? というより行けるか?」
「うん……」
諦めたペルセフォネは、ベッドから出ようと身体を動かした。しかしその瞬間に体に伝わった、妙な違和感に眉をひそめ、ペルセフォネは動きを止めた。
「あれ?」
「どうした」
「どうしたの、主死神様」
訳が分からない、という顔をしたアルテミスも尋ねる。
やがてペルセフォネは、その違和感に気付いた。
「足がもう、砂になってる……」




