#21 悪魔の一族
この戦争は雑魚処理だけが全てじゃない。主死神が反乱を起こした以上、熟練の悪魔たちも流れ込んでいるはずである。ギミックはそう思っていた。
「業炎―――業が深い炎だ、その言葉が聞こえたときは気をつけろ。その呼称はアレクサンドロを指す。その息子のポール・フレイムは禍炎、孫のカイネ・ヴァンビッヒ・ニルヴァーナは燐炎、ひ孫のエリザベス・デメテル・マリーゴールドは雅炎、ということだ。くれぐれも気をつけてくれ」
ギミックはともに行動するシャンネに、そう言った。
「はい」
「......そのうちのひとりってわけね」
「エリザベス......」
シャンネとギミックの目の前に、エリザベスその人がいた。無意識のうちにシャンネが刀に手をかける。
「......女の子は殺したくないわね。“砂”なんてもっと嫌」
死神も悪魔も、命が絶えたその瞬間、砂になり、崩れ去ってしまう。人が死んで、死体として残るのよりも残酷だ、と言う人もいる。
「だがお前は悪魔の子孫だ。何をするか分からない。生かしておくわけにはいかない」
ギミックが警戒するのに変わりはなかった。
「死神の血が入っていながらこの銃が使える人を味方にできれば、強いとは思わないの?」
「......どういう意味だ」
ギミックが疑念とともにそう尋ねた。
「正直大じいさんを嫌ってる悪魔も少なくないってことよ。私一人では勝てないけどね。例えば」
エリザベスはそう言って、自分の銃の弾倉の装填をした。か細く白い腕と銃が赤い線でつながれ、銃に57、と表示される。
「私のキャパは57発。58発以上は、今日は撃てない」
「アレクサンドロは、何発なんだ」
「確か、104発。大じいさんは本物の悪魔だもの」
「……お前が協力するなどという話、一度で信じると思うか?」
「いいえ? 逆に信じていたなら、私はあなたを殺していたわ」
「……!!」
「シャンネさん。ギミックさんが注意深いひとで、よかったわね」
エリザベスは笑ってみせた。
「え……?」
「参考までに私たち“炎の一族”の銃の威力を見てもらおうかしら…あの集団で」
エリザベスの見遣った方向を見ると、十体ほど、雑魚兵の集団が向かって来ていた。
「標的は......真ん中のアイツね」
そう言うや否や彼女は引き金を引いた。
弾は先頭の悪魔の持つ銃のど真ん中を貫き、そのままどてっ腹に命中した。
「......すごい」
「本領発揮は、これからよ」
弾丸が命中したその悪魔のどてっ腹が、突然燃え始めた。他の9人の悪魔たちにも、その炎が伝染っていく。あっけにとられているうち、集団丸ごとがいなくなっていた。
「......悪魔の効果的な倒し方を知ってる?」
「効果的も何も......」
「やみくもに攻撃すれば、いずれ倒せると思っているでしょう」
「うぐっ......」
ズバリその通りだった。シャンネやギミックだけでなく、その当時の悪魔はおそらくほぼ全員がそう思っていたであろう。
「銃よ」
「銃?」
エリザベスの答えに、ギミックがそのまま聞き返した。
「悪魔たちは生命機関を彼らの武器である銃につぎ込んで、色々な能力を発現させる。銃はすなわち、準生命機関。根元から破壊すれば、一瞬で砂になる。それが一番効果的なのよ」
「じゃあお前も?」
「私は死神の血がだいぶ濃い方だから、銃ぐらい壊されたって何ともないわ。本体をつぶさないと。…試しにやってみる?」
エリザベスが持っていた銃を放り投げた。ギミックが言われた通り、その銃を真っ二つに斬る。
「はい、復活」
ギミックが目線を下に移した頃には、彼女の右手にはもう銃があった。
「……おいおい」
「その、アレクサンドロも銃を壊せば倒せるんですよね」
「さあ?」
シャンネの言葉は一瞬で否定された。
「......え?」
「大じいさんのことだし、他にも生命機関はあるんじゃない?」
「でも、その一つであることに変わりはないんだな」
「ええ、まあ」
* * *
まるでインドの超満員列車のような格好で、列車が滑り込んできた。冥界の中心部にある駅に、臨時の旅客用列車が到着したのだ。
「おかえり!みんな」
シャンネがそう言うと、待っていた死神たちも、ぞろぞろと降りてきた死神たちもそれぞれに騒ぎ出し、空気になった。
「みんな......」
迎える側には、まだ普通に歩けるペルセフォネもいた。
「あれ?主死神様?」
「危篤じゃなかったのか?」
「……すごく急いできたんだけど……もしかして、その必要はなかったんじゃ?」
「失礼だぞ、それ」
「やっぱり歳だろうからなあ」
「体も小さいし」
「私は......」
「いいの、先生。私が言うわ」
何か言おうとしてためらったペルセフォネ。それに代わってレイナが、そう言って一歩、前に出た。
「―――先生は確かに危篤だけど、本当にそうなる前に、みんなを呼び戻してくれたのよ!」
「あれは!」
「レイナさんだ!十聖士の」
「主死神様の側近か何かだっけ、あの人」
「直接の教え子だったんだろ」
「そうか。......って、今の教え子はどうすんだ」
「ライン嬢とかだろ?でもまあ、兄貴たちがいるし、大丈夫なんじゃね?」
「もしくは次の主死神様が、その仕事を引き継ぐとかな」
「まあとにかく、帰って来てみたら主死神様が既に亡くなっていたっていうことになったら大変だからな。それはありがたい」
「確かに」
死神たちは勝手に納得してくれたようだった。騒ぎも今度はほどなくして収まった。
「そういえば先生、先生の歴史はどうなるんですか」
レイナが隣にいたペルセフォネに少し小さめの声でそう尋ねた。
「……地下のあれのことかの」
「そうです」
「今も着々と残されていると思う。特に未完なのは、231年前のところ」
「……戦争の話、ですよね」
おそらく最も、ペルセフォネの思いに影響を与えた出来事だ。その戦争が終わってからペルセフォネは主死神として冥界を治めてきたのだ。
「私自身の記憶に、後から人に聞いた話も付け加えられるはず」
「レイナ、あれってどうやって編集されるわけ?」
ウラナも会話に参加してきた。
「夢を見ると、それで記されていくって仕組み。……あ、これって言ってよかったかな」
レイナがしまった、という顔をした。
「あの部屋って機密省の管轄なの?」
「うん。あ、どうしよ……いや、でも大丈夫みたい。機密レベル1だって」
「よかったわね」
レイナはひやひやした顔で端末をのぞき込んでいた。機密省所属の死神はたとえ友人相手でも、言っていい情報が限られており、その掟を破ると何らかの罰を受ける事になる。
「……このやり方って、原始的なんだよね。嫌なことも全て、思い出さないとダメでしょ」
「……ギミックの受けた傷のこととかな」
「でも基本的に、重役に犠牲者は出なかったから、そこまでつらいことはないでしょ」
「……レイナ」
「はい?」
「口が過ぎるぞ。私だって、思い出したくて思い出しているわけじゃない。私が一番世話になった人と戦った。私が直接手を下したわけじゃないけど、それでもアレクサンドロが処刑されるなんて、見るに堪えないものだった。それに悪魔じゃない、ユミルさんも妻だからという理由で一緒に刑を執行された。……子どもたちは安全なところに移されていたから、知らんかもしれんがな。同年代の子たちとずっと遊んでいられるんだから、そんなに楽しいことはないじゃろうな。けど、いくらこちら側の死者がいなかったとしても、……3度手間。不用意に触れないで」
「……ごめんなさい」
ペルセフォネがこんな厳しい口調になるのも、そもそもレイナが怒られるところもすごく珍しい。ペルセフォネは怒ったような厳しい表情と、寂しそうな表情、その二つが混ざったような顔色だった。
「……残念だが、君たち全員の歓迎会を開くことはできない。今もあったように、次の主死神に引き継ぐための仕事の真っ最中だ。分かるな?」
ハデスが帰ってきた死神たちに向けて、そう言った。それを受けてみんながまた騒ぎ始める。
「次の主死神様か……」
「順当に行けばハデスさんじゃね?」
「どうだろうな。あんまりトップで人の前で何かするような人じゃないからな」
「じゃあマドルテさんか?」
「バカ言え。冥界全体にチャラ男強制令が出されるぞ」
「何だそのチャラ男強制令って」
「とりあえずアレだろ、盗んだバイクで走りだすってやつだろ」
「え?それは違うだろ?」
「いやいや全く、ひどい言い草だね」
当の本人のマドルテはあまり真に受けていないようだった。
「妥当じゃないですか?あたしはマドルテさんの悪口がいつ聞こえてくるかワク……ヒヤヒヤして待って……心配してましたよ」
「……本音ダダ漏れっすよウラナさん?」
「俺にもわかったぞ!」
隣でウラナの話を聞いていたシェドも、やれやれ、といった顔をしていた。
「シェド、あんたは余計なこと言わなくていいから」
* * *
レイナにはきつく言ってしまったが、あの戦争がなかったら、分からないまま死んでしまったであろうことも少なくない。思い出すことが全て、悪いことというわけではない。
レイナは落ち込んでしまっただろうか?だとしたら、どう謝ればいいのだろう。
まただ。失敗を繰り返して人は成長する、ということを、もう私は実践できない。
実践できるだけの時間が、もうない。
そもそも、こんな風にばかり考えていることがいけないんだろうか?
ペルセフォネは自室で、頭を抱えていた。
* * *
「さすがの悪魔も、自らの武器と同じもので殺されることまでは予想できないようね」
エリザベスの軽い身のこなしは、圧巻というよりほかになかった。
しかも、撃てる弾の数はかなり限られているから、相当節約して使っている。それでも2、3発で雑魚兵の集団を撃退するのだから、大した威力である。シャンネもギミックも、その様子をただ見ているしかなかった。
「どうも悪魔側が急に不利になったと思っていたら、お前の仕業だったのか」
エリザベスの前に、同じく銃を持った男が現れた。
「おじいさん……いや、クソジジイ」
「余計な真似ばかりしやがって。今なら下っ端たちを殺したことは問わない。直ちにこちら側へ……」
「誰が行くもんですか」
エリザベスは祖父、ポール・フレイムを鼻で笑った。
「おや、それでは、お前の息子はどうなってもいいのかね?」
ポールがほくそ笑んだ。
「……卑怯な真似を」
「卑怯だと?私は父と同じく、目的のためならば手段を選ばない。悪魔のスタンスを忠実に実行しているだけではないか」
「だから嫌なのよ。大じいさんもじいさんも、頭の容量が足りてないのよ。容量不足。もうちょっと頭冷やして考えたらどうなの?」
「相変わらず口の減らん女だな。―――洒落」
ポールが部下の悪魔を呼びつけた。
「何でしょう、禍炎様」
「ここからは別行動だ。お前は子供の死神の収容所へ向かえ。その中にこいつの息子がいるはずだ。連れ出して来い」
「かしこまりました」
「……ねえ、子どもを使うのは流石に反則じゃない? たとえ手段を選ばないにしても」
「何を言う?人質には最も手間を必要としない子供が最適だ」
「......どうかしらね、うちの息子は一手間も二手間も面倒よ」
エリザベスの言葉はほどなくして現実となった。
『禍炎様!!』
「どうした」
ポールの通信機から、洒落のものと思われる声が聞こえた。
『収容所に近づけません!死神の見張りたちが銃を持っています、おそらく帰無型』
「面倒だな。何とかならんのか?」
『一名、炎渦型所持者をも確認』
「うちの一族か。誰のものだ」
『あの特徴的な銃口は......燐炎様でしょうか』
燐炎はエリザベスの父親。彼も悪魔側ではなく死神側についた、ということだった。
「……チッ」
「あらら? 悪魔陣営の方が少ないようね」
「お前は黙っていろ」
腹いせのように、ポールが一瞬でエリザベスの銃を撃ち抜く。勘付いたエリザベスは銃から手を離しており、燃え移ることはなかった。
「そんなことしたって無駄だって分かっているでしょうに」
「それが無駄ではないのだよ」
さっきまで20発は残っていたはずが、5発に減っていた。禍炎の銃は武器に命中すればその威力を削ぎ落とすオプションがついているようだった。
「……全くズルばっかりして」
エリザベスは驚き呆れていた。
「相手の弾数を減らす弾だ。兵器の絶対数が減るんだ、悪いことはないだろう」
「おい、エリザべス、お前の息子の特徴を教えてくれないか」
ギミックがそうエリザベスに尋ねた。
「え?はあ……」
ギミックは聞いた情報をそのまま見張りに伝えた。
「その男の子に弾倉の装填をさせろ」
『ちょっと坊や、いいかな?』
ポールの持つ通信機から、今度は見張りなのだろう死神の男の声が聞こえてきた。
『大丈夫、私が持っててあげるから、ここをこう、引っ張って』
「......その声はカレンか?」
それが本当なら、少しは心強いはずだ。そうギミックは思った。
『えいっ、と』
男の子の声が聞こえた。
“装填完了。残り弾数:117発”
「117、だと?」
驚いたのはポールの方である。
「父に勝っている......?」
「ね?一癖も二癖もあるでしょう?」
エリザベスが勝ち誇った笑顔を向けた。
「......撃て」
『は......?』
「撃てと言っている!そこにいる全てを殺せ!!女子供とためらうな、一人残らず!」
ポールが声を荒らげて通信機にそう怒鳴りつけた途端、通信機越しに激しい銃声が鳴り響いた。
「装填さえしてあれば普通の死神も使えるの。してなければ単なるおもちゃだけど」
『撃って!』
通信機の向こうで、カレンの鋭い声がした。同時に、
―――ドンッ!
通信機越しからでもはっきりと、地を揺るがすような音が聞こえた。
『……み、ません……食ら…ま、…た。か、禍炎さ……の……に、お仕え…ましたこ、……喜ば…思い……』
「お、おい!洒落!応答しろっ!クソッ!」
洒落が死んだことが分かり、ポールは通信機を地面に叩きつけた。
「......また一人失って、追い詰められたようね、じいさん」
「覚悟しておけ。俺が直接向かう。お前の息子から何から、今度は砂嵐にしてみせよう」
禍炎は狂気じみた笑みを浮かべた。
「もちろん、お前の息子が一番だ」
「禍炎がそちらに向かっている! 対処できるか!?」
ギミックはすぐさま通信機で死神の子どもたちの見張りにそう伝えた。
『......いません!』
見張りとの会話は噛み合っていなかった。
「はあ!?誰がだ!?とにかく迎え撃つ準備を......」
『先ほどの男の子が銃を置いて、姿をくらませた模様!』
「なに......!?」
* * *
「……大丈夫か?」
「うん……?」
少し出かけた後でペルセフォネが疲れたと言って、再び眠りに入ってしまった。しかししばらくして、汗だくになってペルセフォネは目覚めることになった。ハデスはずっと、そばにいて汗をぬぐってやっていた。
「汗をたくさんかいている。悪い場面なのか、今」
「ううん。むしろ死神側は優勢なところよ。ハデスはそこにはいなかったもんね」
「ああ、他の悪魔たちと当たっていた」
「ギミックとシャンネの話が再現されてるところ」
「……俺の動きについては、俺の方に記録されるんだな」
「そう。ギミックたちの分だけでけっこう莫大だし」
「……レイナが来ているぞ。部屋に入れるか?」
「レイナ……」
「嫌かもしれないが、今けりをつけなければ、あるいはそのまま死ぬことになるぞ」
「……分かった」
ペルセフォネはレイナに入ってきていいと、許可を出した。
「先生……」
「レイナ……ご」
「ごめんなさい!」
「……」
「私、言い過ぎました」
「それは……」
とっくに言い過ぎたからと、許していた。
「こちらこそ……」
「それに私……私、先生だけじゃなくて、お、おじいちゃんも死んじゃうなんて、耐えられない……」
「……」
気を遣ったのか、ハデスはすでに部屋にはいなかった。レイナの金色の髪が、ペルセフォネのベッドにこぼれかかっていた。ベッドの前の床にへたり込んで、突っ伏していた。
「今まで人が死ぬところは、見たことがあります……現世で私の友達が、亡くなったときです。でも死神が死ぬところは知らない。ウラナと一緒にいて、現世によく行ってたから。先生もいなくなって、おじいちゃんもいなくなって、……ハデスさんもいなくなるんでしょう? 私は、どうすればいいんですか?」
レイナには大きな欠点がある。
―――幼いことだ。
頭脳明晰、容姿端麗な彼女は、戦争の時、最も精神的ショックを受けた子の一人だった。
普段の彼女の行動からは、そんなことを想像させない。けれどこうして感情が高ぶったとき、気持ちがまとまらなくなって、再び積み上げ直すのにも時間がかかる。
「いい? 私たちだって、いつかは死ぬ。死神でも、私たちは死神ではないとも言えるから。生きている限り、生き物には死が待ってる。それに私は長く生きすぎた。私はあの戦争の時、もうとっくに死んでもおかしくない歳だった。それまでも、それからも、みんなに迷惑をかけながら生きてる。死ぬことでその繰り返しから解放されるのだとしたら、少しは肯定的になれない?」
「……先生」
「な、何」
気が付くとレイナは、虚ろな目でこちらを見ていた。
戦争が終わってまだ間もないあの日、自分に見せたのと同じ目。
その顔で、ぽつりと、レイナはつぶやいた。
「私は......どうすればいいの?『大ばあちゃん』」




