#19 得意なこと
「貴様何者だ!」
見るからにいかつそうな男たちが3人。
「不法入国の疑いで逮捕する!」
か細い腕をしたレイナは、あれよあれよという間に連行されてしまった。
「不法入国者だぁ?」
けたたましい電話の音で起こされ、夜勤明けの眠たい目をこすって取ってみればこれだ。
全く朝から何の迷惑電話だ。もう少し寝たい。エミーは通信を入れてきた部下の男に対してそう思い切り悪態をついた。
「本当です、来て下さい! 話せば分かると言ってうるさいんです、この女は」
「......女?」
てっきり男だと思っていた。
「そうです、金髪で薬指に指輪をした......」
「......名前は聞いた?」
何か読めたぞ。エミーにはだいたいもう分かっていた。
「いえ! おい、名前は? ......え? え? レイナ・カナリヤ・レインシュタイン? レイナ様!?」
「そら見ろ、全く雑に扱ってバカどもが」
ため息交じりにエミーが言った。
「すみませんクルーヴ様!!」
「待って、今から行くから」
レイナの名前を聞いてから、急に男たちの態度が変わった。
「......応接室でお待ち下さい」
そうか、私が誰か分からなければ不法入国者扱いか。人間に紛れても全く問題ないということだから、嬉しいのやら悲しいのやら。
ほどなくしてクルーヴがやってきた。
「レイナ! 何でこんな時間に帰ってきたのよ!?」
「何ででしょーか!」
捕まって連行されてもレイナは相変わらずの笑顔である。本当に賢い子なのか少し疑ってしまう。
「パリからの列車は昼過ぎのはずじゃ......」
「甘いわね、今の冥界じゃ、いつでもどこからでも来れるわ。私は東京から帰ってきたんだから」
自慢げにレイナが言った。
「東京から......?」
「詳しく話したいのはやまやまなんだけど、みんなの前で話す方がいいしね。それに......」
「それに?」
「おなかすいた。あっちで昼ご飯食べてないんだよね。カツ丼ちょーだい」
「......私仮眠室で寝てくる」
「ちょっとちょっとちょっと!? 何それ私を見捨てるのーっ!?」
「まだ朝早いの! 私も叩き起こされてきたんだから。レイナもみんなが起きてくるまで昼寝でもしたら? そしたら朝ごはん作ってくれると思うし」
「じゃあ、エミーのベッドで寝る」
「......ったく。それ本気? いい大人が」
「たまには二人で仲良くおしくらまんじゅうしながら寝るのも良くないかしら」
「良くない、このクソ暑いときに」
警察の仮眠室、と一言で言うが、その設備は小さなホテル並みだ。確かにホテルほど充実はしていないが、仮眠室にしては十分すぎるほどである。警察省の建物の上部に存在する。一階のフロントで鍵を借りたのち、エレベーターでエミーとレイナは仮眠室階層まで上がった。
「はい。レイナは15階の1503号室ね。私、17階の1704号室にいるから、何か緊急の用があったら内線かけて。くれぐれも、くれぐれも何でもないことでかけてこないでよ」
「もしゴキブリが出た、って言ったら?」
「それもやめて。私に言っても仕方ないでしょ? それに私、ゴキブリ嫌いなの知らなかったっけ?」
「知ってる」
「嫌がらせかあんたは」
「うふふ」
「......じゃ、おやすみ」
「おやすみなさーい」
* * *
部屋に入って、ベッドに腰掛けた。
「おなかすいたなー......」
いよいよ帰る日、ということに備えてたくさん寝たので、全く眠くない。レイナは本番前夜緊張するからこそ逆にたくさん寝てしまうタイプである。
「うーん......」
レイナの手は一瞬内線電話に伸びるが、あわててそれを引っ込める。
「あぶないあぶない。何やってんだ、私......」
怒ったら手を付けられないエミーのことだ、後で何をされるか分からない。
「......あっ、そっか、自分で作ればいいんだ」
どうせ中途半端な時間だ、晩ごはん相当になるだろう。時差に慣れておくためにも、ゆっくり、警察省全員の分まで作っちゃおう。
思いつくや否や、意気揚々とレイナは部屋を出た。
* * *
「ん?うーん......?」
早朝の大殿。何か香ばしい匂いを嗅ぎ取ったペルセフォネが、目を覚ました。
「......おお、良かった、目を覚ましたか」
「何を言ってるの、ハデス。私は、」
「意識を失っていた」
「は!?」
「危なっかしい、全く。死ぬなら全員の看取りがある中で死ね」
ため息をつきつつも、ハデスはやはりペルセフォネのことが心配なのか、その時はメイドに任せず自分でペルセフォネのために紅茶を淹れていた。
「死ぬのは否定しないのね......」
「念のため現世視察中のすべての死神に対して帰還命令を出した」
「帰ってくるのは?」
「今日の昼過ぎだ」
「さすがの私だって今日ぐらい生きるよ」
「頼むぞ」
「そう言えば、何かいい匂いがするのは?」
「朝食の仕込みだろう」
ハデスもその匂い自体は感じ取っていたようだが、特に気にしていなかったらしい。
「それにしては匂いが遠くの方から......」
「ん?ああ、そうだな......」
* * *
「うーん、いい匂い......」
寝言のような、しかし意識がしっかりあるようなことを言いつつふらふらと警察省の厨房室にやって来たのはラインである。
「ええっ! レイナさん!?」
そして厨房には、鼻歌を歌いつつ意気揚々と食事を作るレイナの姿。
「ただいまーっ!」
「これは幻かっ」
「私だけ裏ルートで帰ってきたの」
「裏ルート?何ですかそれ?」
ラインのぼんやりした頭にもその言葉は引っかかった。
「聞きたい? いずれ全体に報告するけど、どうしよっかなー」
「あ、いいですよ、今日の朝当番私なので」
はっとしたようにラインが食事を作るのを代わろうとした。
「ううん、いいよこれぐらい。ゆっくり休んでるといいよ」
「......そういえばまだみんなが帰ってくるはずの時間よりずいぶん早いですよね。見張りに捕まりませんでしたか?」
「普通に捕まっちゃった。不法入国の疑いでね。そしたらエミーが飛んできてくれて、何とかなったってわけ」
「あれ、じゃあクルーヴさんもいるんですか」
「上の階の部屋で寝てるわ」
「へえ......良かった良かった」
「起こしにいかないであげてね」
自分に注意されたことは、たぶん他の全員にも言える。寝ているところを叩き起こされて気分のいい人はそうそういないはずだ。
「あ、それで、裏ルートって何なんですか」
「今、ハデスさん指定の列車で来なくても、確認出来ただけで、世界の主要都市からならどこからでもここに来れるようになってる。何も問題なく、ね」
「それって、問題なんじゃないですか」
ラインは素直に疑問を口にした。
「そう。私もそれを使って来たってわけ。東京からね」
「本当ですか、それ? ......あ、手伝っていいですか」
「うん、まあラインがいいなら」
「何だか申し訳ないなと思って」
「ありがとね。......それで、ここからは私の推測なんだけど、」
「お、ライン! 朝から頑張ってんじゃねえか」
レイナがその推測を言おうとした時、ジグも厨房にやって来た。
「ジグさん!」
「......は? なんでレイナがここに?夢でも見てんのか」
「なに私を夢に出してるんですか」
「さっき帰ってきたそうです」
ラインが補足する。
「おお、そうか。......ああ、そうだ。レイナにも言っておかないとな。ウラナを怖がらせてしまった、すまなかった」
「......ウラナには謝った?」
レイナの顔は急に怪訝なものになった。
「もちろんだ」
「ウラナさん、たばこの臭いが嫌で率直につぶやいたら、それにジグさんが突っかかったんですよ」
「うーん、ウラナ、嫌いなことはズバズバ言っちゃうタイプだからなあ」
レイナはウラナの性格を思ってうんうん、とうなずく。
「ジグさん、今日の朝ごはんはレイナさんが作ってくれてるんですよ」
「......全員分か?」
「なんなら大殿とか、四冥神の人まで呼んでも大丈夫なくらいは作ってますよ」
「そりゃあすげえ。......どれどれ」
すでに炊けたご飯を一口分つまんで、ジグは口に放り入れた。
「ああっ、ジグさん行儀悪い」
食事を作っていないラインがぶうぶうと文句を言う。
「いいじゃねえかこれくらい、あんまりギャーギャー言うなよ」
「ジグさんとラインってそんなに仲良かったっけ」
「ラプ姉のつてですよ」
「ラプ姉?ああ、ラプラタさんね」
ラプラタ、エニセイ、リオグランデ、ラインの男2、女2の通称「クローバー姉弟」は冥界でも有名である。
「ラプラタとは昔からの付き合いでな。男二人も含めて、仲良くしてやってくれと頼まれてる」
「妙にいい匂いがすると思えば、その元は警察省かの」
「朝からご苦労様だ」
今度はペルセフォネとハデスが厨房を訪れる番だった。
「ん?」
「......おう、レイナ。よく帰って来た」
「レイナ~!!」
「先生~!!」
レイナに対しペルセフォネの背丈はかなり小さく、どうしても見下ろす格好になってしまう。
「よかった、レイナに会えて」
「先生、危篤って聞いたけど」
「なあに気にするな、病気ではない、もう年ということじゃ」
「すごく気にするんですけど、それ......」
「やば、すごいいい匂い。誰が作ったの」
マドルテまでやって来た。
「気をつけて下さい、レイナさん。マドルテさん、前にウラナを口説こうとしたんです」
「えっ......」
「なにこれ、僕集団イジメに遭ってる? レイナが真面目に引いてるし」
「大丈夫です、マドルテさんはマドルテさんですから」
「よかったー、仲間がいた」
他にも早起きをする習慣のある死神たちは、続々とこの匂いを追い、レイナのもとまでやって来た。そこに夜勤だった人たちがいったん朝食を求めて起き出した。
「ああ、レイナ、部屋にいないと思ったらこんなところに。......ってええっ!?」
「ヒマだからみんなのご飯作っちゃった。許して」
「......さすがレイナね」
「クルーヴさんも食べましょう?」
「う、うん......」
朝の警察省は関係者であるかないかにかかわりなく多くの人が集まり騒がしかったが、レイナの作ったご飯は大変好評だった。
「レイナ帰還は、他の死神たちと一緒に行うが、よいかの?」
「もちろん! むしろみんな先生を心配して帰ってくるんだから、歓迎してもらうのが申し訳ないくらいなのに」
* * *
そして一方、その大朝食会に参加できなかった死神もいた。寝覚めのすこぶる悪いシェドと、珍しく寝坊してしまったウラナである。
“......もういい加減起きてくれ。何時間仰向けになって虚ろな目をしてれば気が済むんだ”
「嫌だ、まだ眠たい」
「いけない、寝坊しちゃった! えーっと、シャワー......間に合うかなあ…」
そして事件が起こったのは、それから数時間後のことだった。大朝食会も終わり、荷物たくさんのレイナは自宅に向かうことになった。
「じゃ、一旦家帰るね。荷物片づけてくる」
「いってらっしゃい」
ペルセフォネが警察省の前で見送る。
「おい、今あいつの家にはシェドが住んでいるんじゃなかったのか」
「あ、そうだ。伝えとかないとね」
ハデスが思い出したようにそう言ったので、慌ててペルセフォネはシェドに連絡を取った。シェドは忙しそうにガサガサと物音を立てながらではあったが、ペルセフォネの連絡に答えた。
「え? レイナって人、帰ってきたんですか?」
「そうじゃ、すまんが新しい家を探してくれ」
「......分かりました」
そのレイナ、という人は美人だと聞いた。
せっかくだから、一度お目にかかりたい。
レイナがそっちに向かっている、ということなので、シェドは外に出てみた。
「お、あれかな」
重そうな荷物を引いてやってくる、金髪の女性がいた。
不意に目が合った。
するとその人が急に、荷物を全部落とした。文字通りマンガのように、ドサドサドサ、とである。
「ア、アル? うそ、ここで?」
「アル~~~!!!」
猛スピードでシェドの方にやってくるレイナ。
対応しきれずその場で立ち尽くしてしまうシェド。
シェドの腹部にレイナがしっかりと命中し、二人とも吹っ飛んで、
―――二人とも気絶した。