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現世【うつしよ】の鎮魂歌  作者: 奈良ひさぎ
Chapter4.ペルセフォネ・アイリス(レイナ・カナリヤ・レインシュタイン) 編
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#18 レイナの事情

途中でレイナ編がここから3話、入ります。

 日本は好き。

 だけどこの蒸し暑いの、何とかならないの?

 首筋に汗をかいて、レイナは思った。

 ちょうど大学での講義も終わって、せっかくなら散策でもしようかと、近くを練り歩いていたところであった。

 すれ違う人は皆、レイナを見てうっとりした顔をする。金色の髪をきれいになびかせ、センスあふれだす服を着た白い肌の美人で、持っているのが可愛いバッグではなく、すぐそこでおやつがてら買ってきたパンなどを入れたコンビニの袋というレイナに。

 だがその顔はほとんど、次の瞬間にがっかりした顔になる。片方の手の薬指に、指輪がはまっているからだ。なーんだ、既婚か。つまんね。再び気にしないように動きだしたなら、それはナンパ目当てである。


(これつけてて良かったのか悪かったのか......)


 指輪を見て考えた。今度の現世視察ではそういう目で見られるのが嫌なので、自分の家が五紋家であることもあって、指輪を持ちだしてきたのだ。

 少なくともばったり出会った男と仲良くなってそういう関係になることはないだろうし、なりそうでも必死で食い止めるが、これで友達として接してくれる子も減っているのでは、と心配になる。

 どこの大学に行ってもみんなと同じ年代の子としてふるまうのは容易いことだな、と思うレイナはもちろん冥界でも未婚である。


「ご署名、よろしくお願いしまーす」


 街中で何か署名活動をしていると、つい駆け寄ってしまいたくなるが、そこは日本、という国のためを思って、将来日本が良くなりそうなことをしているかよく考えて、喜んでするようにしている。たまたま その日見かけたのも、興味のあるものだった。歩いていって渡されたペンを持ち、


「高崎礼奈」


 日本にいる時の名前を書いた。


「ありがとうございます!」

「いえいえ、こちらこそ」


 最後ににこにこして、レイナはその場を去った。



 驚いたのはその後だった。

 レイナがさっき買ったおやつをベンチに座ってほおばっていると、駆け寄ってきたのはさっきいた人である。


「レイナじゃないか」


 耳を疑った。なぜ私の名前を知っているのか。しかも明らかに「高崎礼奈」という意味のれいな、のイントネーションではなかった。

 よくその男の人を見つめる。


「......エニセイさん?」


 エニセイ・クローバー。冥界では有名なクローバー一家の四姉弟、その二番目である長男だ。


「日本にいたんだな」

「私、現世に来たときはいつも日本にいますよ」

「そうか。今日は何か予定は?」

「別にないです、今日の講義も終わったから、辺りを散策しようかな、と思って」

「なるほど。......おっと、もう戻らなきゃいけないな。じゃあ、またどこかで会おう」


 現世で使う端末にエニセイさんの連絡先は登録していないから、改めて交換して、エニセイさんとは別れた。




 礼奈、は大学に行くために初めて現世に行ったときにもらった名前だ。

 基本的に現世では自分が死神であることを言ってはいけない(言っても大概信じないが)というのが、現世にいる時のルールなのだが、その時できた友達が極度のオカルト好きで、思い切ってカミングアウトしてみたが「え? 何? 何するの?」と言ってむしろ喜んでいた。


「死んだ人の魂とかが現世で暴れないように見張るの」

「仕事、楽しい?」

「楽しい、とはちょっと違う気がする」

「そっかあ」


 その友達にあこがれの日本風の名前が欲しいと言うと、


「じゃあ礼奈、がいいんじゃない? その清純さを生涯突き通します、みたいな」

「礼奈、かあ」


 いい友達だった。そんなことは分かっていたので、その命名をありがたくもらって、今に至る。

 あれから160年、現世換算で60年くらい。

 彼女ももうおばあちゃんだった。お忍びで時間を作って、病院にいるという彼女を見舞いに行った。

 昔は死神、と言ってすんなり信じていた様子だったが、やはり心のどこかでは疑っていたのか、若いままのレイナを見ると、素直に驚いた顔をした。


「本当なのね、死神って話」

「お孫さんのお友達ですか?って間違われちゃった」


 レイナは顔いっぱいの笑顔を見せる。


「死神って一体何年生きるの? …っておかしな問いね、死神には生きるも死ぬもないようなのに」

「ううん、一応生きるよ。こっちで言うと、300年か400年くらいかな」

「じゃあこれからの日本の姿を、長い間見られるわけね」

「まあね。......死期が、近いようね」

「失礼ね。......って言いたいところだけど、残念ながら。この年だもの、いろんな病気にかかっても不思議じゃないわ」


ちゃんと私の魂、送り届けてね。

謹んでその任務、果たさせて頂きます。


 そのお見舞いから数か月後、彼女はこの世を去った。連絡を受けて飛んできたときには、既に彼女は霊安室にいた。


「本当に死んだのね......私」

「今から魂を送り届けるんだけど…未練が一つ、あるようね」

「レイナ、あなた今恋盛りでしょう」


 深い意味があったのかどうかは、今となっては分からない。


「もし恋が叶って、結ばれて、子どもが生まれたら、その子の名前も考えてあげたかった。でも今考えれば、図々しい話よね」

「そんなことないよ。私の名前も考えてくれたし、ずっと仲良くしてくれたし。それで、命名は?」

果音かのん

「......女の子? 男の子が生まれたらどうするの」

「私はね、あなたの子どもは女の子だって、そう見た。それに、男の子の名前まで決めてたら、それこそ図々しいでしょ」

「......。」

「未練と言えば、それだけ。最期に家族みんなに会えたし、死んだ後だけどあなたにも会えたから」

「光栄です」


 子どもに恵まれ、かわいらしい孫の成長を見届けられたという彼女に、残る未練はなかった。この場合その人の身体を借りたりすることはできない。それに最近の冥界の法律で、よほど特殊な事情がない限り、人間に憑依してはいけないと決まった。だからレイナには、魂を無事に送り届けることしかできなかった。


「生まれ変わり、って信じる? 私は信じるわ。そして生まれ変わったら、もう一度礼奈、あなたに会いたい。だから、」


名前は変えないでよね。

レイナは笑って答えた。


「......了解!」


 レイナの目の前で、彼女の魂はゆっくりと、消えていった。



* * *



「そっかあ、恋心かぁ…」


 言われてみれば、私の抱き続けてきたこの気持ちは、恋心なのかもしれない。

 家のお風呂の湯船に、ほっぺたまでつかりながら、レイナは考えた。お風呂中、入浴剤の良い香りがする。


 ――ふと、何か音が聞こえた。お風呂の外からだ。


「電話?」


 入浴中には、自分で吹き込んだボイスメッセージが流れて、こちらの電話は鳴らないようになっている。

 とすれば、緊急か。

 あわててお風呂からあがって、電話を手に取る。

 相手はウラナだった。


「どうしたの、急に」

「良かった、つながった」

「用件は?」

「即刻こっちに戻ってきて。......先生が危篤よ」

「うそ......!」

「ウソじゃない。今そっちは夜? 夜中の飛行機なら間に合うわ。パリに飛んで、パリ時間15時32分発、マドリード行きの列車。それなら冥界に停車するらしいから」

「それは大丈夫。時間の心配は無用よ。誰よりも早く戻ってこられるわ」

「何で」

「何でも。じゃあね」


 強がっては見たが、片づけに準備が要る。海外出張でいない人の家を借りているので掃除もしなければならない。出発は明日になるか。だが明日になるとしても、先生に関する用だ、一刻でも早く帰らねば。




 結局ごたごたして、家を出たのは昼を過ぎようかという頃だった。

 少し落ち着いて携帯をとると、エニセイさんからメールが来ていた。


“もう飛行機は乗ったか?”


 送られているのは昨日だ。申し訳なさを感じつつ、返信する。


“心配しないでください、私は裏ルートで帰ります”


 最寄りの地下鉄の駅まで着いた。とりあえず都心に出る。そこから出る特定の路線の電車に乗る。その“特定の電車”に乗るまでに、30分もかからなかった。

 ここまで来れば、もう心配はない。

 まもなく周りの乗客の動きが、だんだんゆっくりになる。時間の流れがゆっくりになったのだ。

 やがて地下で暗かった周りが、明るくなってきた。

 車内アナウンスもなく停車し、ドアが開く。

 たくさんの服を詰め込んだ荷物を持ち、電車を降りる。降りてからその電車を見ると、貨物列車の姿をしていた。


 ―――予想通り、ね。

 ここまでは。


 ここから、レイナの予想外だった。


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