Course Out2 エミーの休日
番外編第二弾、今回はクルーヴの話です!
......意識の奥で、何か音がする。
すぐにそれが目覚ましだと気付いて、クルーヴの目は開いた。
普段から目覚めはいい方だと自覚している。
起きだして、身支度を始める。朝食も手を抜かず作って食べて、家を出る前の日課をする。
「今日は......」
日付を確認し、何をやらなければいけないか、一つ一つ思い出しながら警察省に向かうのだ。
「そうそう、今日は非番......えっ、非番!?」
一瞬カレンダーに書いた自分の言葉の意味を理解できなかった。
「......そっか、今日休みだったっけ」
急に力が抜けた。
この広い冥界の中での犯罪などのすべてに対処する警察省は、現世でもそうであるように忙しい。ゆえに急な休みに逆に対応できない。クルーヴ自身、これをやらかすのは何回目かだった。
外套を脱ぎ捨て、ベッドに寝ころんだ。
平日なので、どの省も休みではない。だからと言って休日になればすべての省が休みになることもない。そんなことでは警察がある意味がない。
総務省に働くウラナも、機密省に働くレイナも、休みではないはずだ。休みと言えば、
「パパとママ、かなあ......」
もっとも、主死神と副主死神を務める二人が、今日と言う日に休みであるはずがないのだが。
「......ママが冥府の長としての仕事をしてるイメージがあまりないし」
最近は特に、女の子たちを教えている“先生”としての姿しか見ない。
......当時は母親とはいえ、“先生”と呼ばされたものである。
「帰省、してみよっかな」
クルーヴ・エミドラウンは、思い立ったらすぐさま行動に移すタイプの死神である。
「......本日のご予定、ですか。えー、午前は基本的に、授業がありますので、主死神様はそちらへ。副主死神様は、午前は総務省の視察ですね」
「そっか......」
「エミーか! エミーじゃな!?」
大殿に連絡すると使用人がそう丁寧に受け答えしてくれた。そこにペルセフォネが割り込んできた。
「......そうだけど、ママ?」
「授業をやってみないかの?」
「はあ!?」
「今話してるってことは非番なんじゃろ?そうじゃな......3時間目の数学はどうかの?上級生クラスじゃが」
「上級生ねえ」
「上級生クラスの期待の星は何といってもラインじゃな」
「......クローバー4姉弟の末っ子だっけ」
「そうそう。あの家は女が特に賢いんじゃ。上のラプラタは機密省で、ラインは今警察省志望だそうじゃ」
「それは頑張ってほしいわね。やっぱり警察省は男が多いし、もう少し華やかにしたいから」
「そうじゃの。......よし、とりあえず大殿に来てくれんかの。これから2時間目じゃから」
「......そういうのは早く言ってよ!」
先ほど脱いだ外套をまた着て、息も上がってやっと大殿に着いた。ハデスがちょうど出かける準備をしていた。
「ん? クルーヴじゃないか。どうした」
「今日は非番だって言ったら、授業をやれ、だって」
「......全く、あいつは何を考えるのやら」
「次の時間よ、しかも。準備も色々しないといけないでしょうし」
「副主死神様、お急ぎください。予定が詰まっております」
「そうだったな、すまない。やるからには手を抜くなよ、クルーヴ」
「分かってる、大丈夫」
大殿にはいろんな部屋がある。
ペルセフォネ・ハデスの生活の部屋はもちろん、ペルセフォネがただ毎日のようにスイーツが食べたいから、という理由で作った冷蔵庫があるだけのスイー「ツ」ルーム、というものもある。
そしてあるエリアには、教える女の子たちの寮やら、教室やらが並んでいる。
「ああ、クルーヴ様、お待ちしておりました。主死神様よりこれを渡せ、と」
教師の男に封筒を渡された。中身は今回やる授業のものらしかった。
「実は本来の担当が熱で休んでおりまして。ちょうど非番であるという事で、クルーヴ様の手を借りることを思いつかれたようです」
「あ、そうなのね」
そんな正当な理由があるなら、はじめから言えばいいのに。
中身を見る限り、クルーヴが対応できそうなものだった。安心だ。
「よし、やるわよ」
警察省のトップがゆえ、人前で話すことはないわけではないが、やはり生徒の前で授業をやるとなると違ってくる。
クルーヴは張り切って、準備を始めた。
* * *
「クルーヴちゃんは賢いわねえ」
「当たり前よ、ハデス様とペルセフォネ様の娘よ。頭が悪いまま放っておくはずがないわよ」
「そりゃそうね」
大人に会えば、そのたびに大人にそう言われていた。
「おいクルーヴ、お前四冥神二人の娘なんだってな」
「それで頭いいとかマジふざけんじゃねえよ」
「おい誰かこいつの頭殴ってみろよ、面白いぜきっと」
「謝りだすかもしれねえぞ」
また同年代の男の子たちに会えば、いつもそう言われからかわれた。いや、からかわれたでは済まされるものではなかった。
「......黙れ」
「あぁ? 生意気な口利いてんじゃねえぞ?」
ボカッ。
「その減らず口を慎め、つってんだろうが」
ボコッ。
「いっっったっっ......ああああああ!!!! 頭が! 頭が砕けたぁぁ!!」
「んなことで頭が砕けるだぁ? ざまあねえなお前の頭も。......本当に砕くぞ」
「やめ......やめてくれ......!!」
「やめなさいエミー!」
「......ママ」
「逃げるぞ......!!」「おう......!」
「どうしてエミーはあんなことを」
「......なんで」
「なに?」
「どうして! どうして私はママとパパの娘なのよ!?」
問い詰められたクルーヴには、そう叫ぶしかなかった。
「......?」
「何でよ! 普通四冥神二人の娘ならもっと、もっと......こんな気持ちになってない! どうして私が劣等感を覚えることになるのよ......!」
「それは......」
「それは何!? 答えてよ!? 誰がいつ優越感が欲しいって言ったの! どうして普通の女の子みたいに過ごさせてくれないの!?」
「ごめん......エミー」
「......えっ」
気づけば言いたいことをひたすら叫んだクルーヴの前で、ボロボロと、ペルセフォネは涙を流していた。
「私が、馬鹿だから......だから、普通の女の子の育て方も分かんなくて、......ごめんなさい」
普通の女の子がこの場面に出くわせば、きっと泣く母親をなだめる。しかしクルーヴにはそれほどの優しさはなかった。
「そ、......そうよ! ママがバカだから、私がこんな風に育ったんでしょ!? どう責任とってくれるわけ!?」
「クルーヴ、もうやめにしないか」
「......パパ」
「家に帰ろう。それから、ゆっくり話そう」
家―――すなわち、四冥神邸に戻っても、ペルセフォネの涙は止まらなかった。泣くばかりでクルーヴと話せないペルセフォネの代わりに、ハデスがクルーヴと別室で話をした。
「......クルーヴ。何が不満だ。正直に言ってくれ」
「......四冥神の娘としてじゃなくて、普通の女の子として育てて」
「具体的には?」
「具体、的?」
「そうだ。ただ単に普通の女の子にしてくれと言われても、こちらは手の尽くしようがない。となれば、やはりそれなりの家柄の娘のように育てざるを得ない」
「例えば?」
「クルーヴ。お前は将来、どうしたい」
「将来......警察省に行きたい。......あ、そうか。私が警察省に入ったとき、『どうせコネでしょ』とかなんとか言われないような、そんな接し方をしてほしい」
「なるほど。警察省か。となると、下手をすれば、そのようなことを言われるかもしれないな。ならば、まずどこを改善するべきだ?」
「それは......みんなと同じように、寮に住まわせてほしい」
「よし、そこまで来て具体的だ。確かにこの家から通わせるのは、あまり得策ではないかもしれないな」
そのほかにも、いろんなことを話し合って、決めた。
「ありがとう、パパ」
「礼には及ばない。父親として、娘の相談に乗るのは当然のことだ」
「またまたハデスはかっこつけちゃって」
クルーヴが落ち着いたと聞いて、ペルセフォネも泣き止んで落ち着きを取り戻し始めた。
「そもそもお前が頼りないのが悪いのではないか?」
「......ごめんなさい」
「あら、クルーヴちゃん、寮に入るんだ!」
「ラプラタ! そうよ、今日から」
「これで“普通の女の子”の仲間入りね」
「え、どういうこと」
「結構響いてたわ、クルーヴちゃんの必死の叫び」
「うっそ」
「特に中級生クラスはその話で持ち切りよ」
* * *
―――結局口が悪いままであるのを除けば、“普通の女の子”にはなれた。ペルセフォネはいまだに自分のことをかわいがっているが。
「よし、行こ」
上級生クラスの前まで近づくと、中から話し声が聞こえた。
「今日先生休みだから、他の人が来るんだってー」「男?女?」「女の先生だってー」「誰? 知ってる人?」「さあ、そこまでは。冥界には女の人、いっぱいいるしね」
そこまで聞いて、ドアを開けた。
途端に教室が静まり返る。
何食わぬ顔で、クルーヴは出席を取った。
「先生」
「なに?」
「警察省長官の、クルーヴさんですよね。仕事はどうしたんですか?」
クスクスと、笑い声が少し起こる。
「今日は、休み。偶然あなたたちを担当することになった、ってことね」
さらっとクルーヴは答える。この質問は当然、予想の範囲内だ。
今質問してきたのがラインだと確認する。
ムードメーカーの役割を持っているのかもしれない。
「それじゃ、授業始めるわね」
授業は円滑に進んだ。
自分たちに年が近く親しみやすいからか、皆真面目に話を聞いてくれた。
「よし、じゃあ最後にテストするから、みんな準備して」
封筒の中には数枚のテストが入っていた。
「正直言うと、ついさっき代わりを務めるのが決まったばかりだから、私もまだ解いてないの。一緒に解こうと思うんだけど、いい?」
「じゃあ勝負ですよ。もし先生が満点じゃなきゃ大変ですよねー」
「言われると思った。やってやるわよ」
「......できたわ」
「先生早い!」「見直ししてくださいよー」
「分かってる」
ここで自分が間違えれば、話にならない。
容疑者確保の時さながら、緊張する。
「......はい。今回は満点が6人。再テストは2人ね。残念ながら再テストまではつきあえないけど、頑張って」
「ありがとうございましたー」
「―――ふう」
ちゃんとうまく教えられただろうか。たとえ一回でも、決して手を抜いてはならない。それはパパに言われなくとも、十分わかっていた。
「あ、あの、先生!」
「あ、えっと、ラインだっけ?」
「そうです! 覚えて下さったんですね!」
「まあね。聞けば上級生クラスでも成績トップだそうじゃない」
「はい......おかげさまで」
「それで? 何か?」
「あの......警察省って、どんなところですか」
「ど、どんなところ?えっと......」
質問が漠然なあまり答えづらかった。
「私、ここを卒業したら、警察省に入りたいんです」
「ふん、なるほど。......じゃあ、一度警察省に来なさい」
「えっ!?」
「受付で私に用があるって言ってくれれば、よっぽど激務の最中でない限り対応する。面接して、あなたの意気込みを聞きたいから、覚悟が決まったら来なさい」
「わ......分かりました! ありがとうございます!」
「こちらこそ」
後日。いつも通り警察省で仕事をしていたエミーのもとに、連絡が来た。ペルセフォネからだった。
「エミー、大変じゃぞ」
「なに?」
「上級生クラスのみんなが、ずっとエミーに担当してほしいと言うておる。どうじゃ」
「みんな警察省、ヒマだと思ってるでしょう」
「そこを何とか」
「いやー......出張で何とかなるかな」
「よかった、エミーからいい返事が聞けて」
「いやいやいや!? まだOKも何も言ってないんだけど!?」
「よろしく頼んだぞ、エミー」
「ちょっと、ママ? ......もう!」
「いいんじゃないのか、クルーヴ。望まれて先生をするほど、ありがたいことはなかなかないぞ」
通信機の向こうでハデスの声もした。
「まあ、......そうかもね。分かった。やるわ」
以来警察省長官の仕事の中には、出張、という名目で授業のため大殿に赴くものが追加されたのだった。