表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現世【うつしよ】の鎮魂歌  作者: 奈良ひさぎ
Chapter3.クルーヴ・エミドラウン 編
19/233

Course Out2 エミーの休日

番外編第二弾、今回はクルーヴの話です!

 ......意識の奥で、何か音がする。

 すぐにそれが目覚ましだと気付いて、クルーヴの目は開いた。

 普段から目覚めはいい方だと自覚している。

 起きだして、身支度を始める。朝食も手を抜かず作って食べて、家を出る前の日課をする。


「今日は......」


 日付を確認し、何をやらなければいけないか、一つ一つ思い出しながら警察省に向かうのだ。


「そうそう、今日は非番......えっ、非番!?」


 一瞬カレンダーに書いた自分の言葉の意味を理解できなかった。


「......そっか、今日休みだったっけ」


 急に力が抜けた。



 この広い冥界の中での犯罪などのすべてに対処する警察省は、現世でもそうであるように忙しい。ゆえに急な休みに逆に対応できない。クルーヴ自身、これをやらかすのは何回目かだった。


 外套を脱ぎ捨て、ベッドに寝ころんだ。

 平日なので、どの省も休みではない。だからと言って休日になればすべての省が休みになることもない。そんなことでは警察がある意味がない。

 総務省に働くウラナも、機密省に働くレイナも、休みではないはずだ。休みと言えば、


「パパとママ、かなあ......」


 もっとも、主死神と副主死神を務める二人が、今日と言う日に休みであるはずがないのだが。


「......ママが冥府の長としての仕事をしてるイメージがあまりないし」


 最近は特に、女の子たちを教えている“先生”としての姿しか見ない。

 ......当時は母親とはいえ、“先生”と呼ばされたものである。


「帰省、してみよっかな」


 クルーヴ・エミドラウンは、思い立ったらすぐさま行動に移すタイプの死神である。



「......本日のご予定、ですか。えー、午前は基本的に、授業がありますので、主死神様はそちらへ。副主死神様は、午前は総務省の視察ですね」

「そっか......」

「エミーか! エミーじゃな!?」


 大殿に連絡すると使用人がそう丁寧に受け答えしてくれた。そこにペルセフォネが割り込んできた。


「......そうだけど、ママ?」

「授業をやってみないかの?」

「はあ!?」

「今話してるってことは非番なんじゃろ?そうじゃな......3時間目の数学はどうかの?上級生クラスじゃが」

「上級生ねえ」

「上級生クラスの期待の星は何といってもラインじゃな」

「......クローバー4姉弟の末っ子だっけ」

「そうそう。あの家は女が特に賢いんじゃ。上のラプラタは機密省で、ラインは今警察省志望だそうじゃ」

「それは頑張ってほしいわね。やっぱり警察省ウチは男が多いし、もう少し華やかにしたいから」

「そうじゃの。......よし、とりあえず大殿に来てくれんかの。これから2時間目じゃから」

「......そういうのは早く言ってよ!」



 先ほど脱いだ外套をまた着て、息も上がってやっと大殿に着いた。ハデスがちょうど出かける準備をしていた。


「ん? クルーヴじゃないか。どうした」

「今日は非番だって言ったら、授業をやれ、だって」

「......全く、あいつは何を考えるのやら」

「次の時間よ、しかも。準備も色々しないといけないでしょうし」

「副主死神様、お急ぎください。予定が詰まっております」

「そうだったな、すまない。やるからには手を抜くなよ、クルーヴ」

「分かってる、大丈夫」



 大殿にはいろんな部屋がある。

 ペルセフォネ・ハデスの生活の部屋はもちろん、ペルセフォネがただ毎日のようにスイーツが食べたいから、という理由で作った冷蔵庫があるだけのスイー「ツ」ルーム、というものもある。

 そしてあるエリアには、教える女の子たちの寮やら、教室やらが並んでいる。


「ああ、クルーヴ様、お待ちしておりました。主死神様よりこれを渡せ、と」


 教師の男に封筒を渡された。中身は今回やる授業のものらしかった。


「実は本来の担当が熱で休んでおりまして。ちょうど非番であるという事で、クルーヴ様の手を借りることを思いつかれたようです」

「あ、そうなのね」


 そんな正当な理由があるなら、はじめから言えばいいのに。

 中身を見る限り、クルーヴが対応できそうなものだった。安心だ。


「よし、やるわよ」


 警察省のトップがゆえ、人前で話すことはないわけではないが、やはり生徒の前で授業をやるとなると違ってくる。

 クルーヴは張り切って、準備を始めた。



* * *



「クルーヴちゃんは賢いわねえ」

「当たり前よ、ハデス様とペルセフォネ様の娘よ。頭が悪いまま放っておくはずがないわよ」

「そりゃそうね」


 大人に会えば、そのたびに大人にそう言われていた。


「おいクルーヴ、お前四冥神二人の娘なんだってな」

「それで頭いいとかマジふざけんじゃねえよ」

「おい誰かこいつの頭殴ってみろよ、面白いぜきっと」

「謝りだすかもしれねえぞ」


 また同年代の男の子たちに会えば、いつもそう言われからかわれた。いや、からかわれたでは済まされるものではなかった。


「......黙れ」

「あぁ? 生意気な口利いてんじゃねえぞ?」


ボカッ。


「その減らず口を慎め、つってんだろうが」


ボコッ。


「いっっったっっ......ああああああ!!!! 頭が! 頭が砕けたぁぁ!!」

「んなことで頭が砕けるだぁ? ざまあねえなお前の頭も。......本当に砕くぞ」

「やめ......やめてくれ......!!」



「やめなさいエミー!」

「......ママ」

「逃げるぞ......!!」「おう......!」



「どうしてエミーはあんなことを」

「......なんで」

「なに?」

「どうして! どうして私はママとパパの娘なのよ!?」


 問い詰められたクルーヴには、そう叫ぶしかなかった。


「......?」

「何でよ! 普通四冥神二人の娘ならもっと、もっと......こんな気持ちになってない! どうして私が劣等感を覚えることになるのよ......!」

「それは......」

「それは何!? 答えてよ!? 誰がいつ優越感が欲しいって言ったの! どうして普通の女の子みたいに過ごさせてくれないの!?」

「ごめん......エミー」


「......えっ」


 気づけば言いたいことをひたすら叫んだクルーヴの前で、ボロボロと、ペルセフォネは涙を流していた。


「私が、馬鹿だから......だから、普通の女の子の育て方も分かんなくて、......ごめんなさい」


 普通の女の子がこの場面に出くわせば、きっと泣く母親をなだめる。しかしクルーヴにはそれほどの優しさはなかった。


「そ、......そうよ! ママがバカだから、私がこんな風に育ったんでしょ!? どう責任とってくれるわけ!?」



「クルーヴ、もうやめにしないか」

「......パパ」

「家に帰ろう。それから、ゆっくり話そう」



 家―――すなわち、四冥神邸に戻っても、ペルセフォネの涙は止まらなかった。泣くばかりでクルーヴと話せないペルセフォネの代わりに、ハデスがクルーヴと別室で話をした。


「......クルーヴ。何が不満だ。正直に言ってくれ」

「......四冥神の娘としてじゃなくて、普通の女の子として育てて」

「具体的には?」

「具体、的?」

「そうだ。ただ単に普通の女の子にしてくれと言われても、こちらは手の尽くしようがない。となれば、やはりそれなりの家柄の娘のように育てざるを得ない」

「例えば?」

「クルーヴ。お前は将来、どうしたい」

「将来......警察省に行きたい。......あ、そうか。私が警察省に入ったとき、『どうせコネでしょ』とかなんとか言われないような、そんな接し方をしてほしい」

「なるほど。警察省か。となると、下手をすれば、そのようなことを言われるかもしれないな。ならば、まずどこを改善するべきだ?」

「それは......みんなと同じように、寮に住まわせてほしい」

「よし、そこまで来て具体的だ。確かにこの家から通わせるのは、あまり得策ではないかもしれないな」



 そのほかにも、いろんなことを話し合って、決めた。


「ありがとう、パパ」

「礼には及ばない。父親として、娘の相談に乗るのは当然のことだ」

「またまたハデスはかっこつけちゃって」


 クルーヴが落ち着いたと聞いて、ペルセフォネも泣き止んで落ち着きを取り戻し始めた。


「そもそもお前が頼りないのが悪いのではないか?」


「......ごめんなさい」



「あら、クルーヴちゃん、寮に入るんだ!」

「ラプラタ! そうよ、今日から」

「これで“普通の女の子”の仲間入りね」

「え、どういうこと」

「結構響いてたわ、クルーヴちゃんの必死の叫び」

「うっそ」

「特に中級生クラスはその話で持ち切りよ」



* * *



 ―――結局口が悪いままであるのを除けば、“普通の女の子”にはなれた。ペルセフォネはいまだに自分のことをかわいがっているが。


「よし、行こ」


 上級生クラスの前まで近づくと、中から話し声が聞こえた。


「今日先生休みだから、他の人が来るんだってー」「男?女?」「女の先生だってー」「誰? 知ってる人?」「さあ、そこまでは。冥界には女の人、いっぱいいるしね」


 そこまで聞いて、ドアを開けた。

 途端に教室が静まり返る。

 何食わぬ顔で、クルーヴは出席を取った。


「先生」

「なに?」

「警察省長官の、クルーヴさんですよね。仕事はどうしたんですか?」


 クスクスと、笑い声が少し起こる。


「今日は、休み。偶然あなたたちを担当することになった、ってことね」


 さらっとクルーヴは答える。この質問は当然、予想の範囲内だ。

 今質問してきたのがラインだと確認する。

 ムードメーカーの役割を持っているのかもしれない。


「それじゃ、授業始めるわね」



 授業は円滑に進んだ。

 自分たちに年が近く親しみやすいからか、皆真面目に話を聞いてくれた。


「よし、じゃあ最後にテストするから、みんな準備して」


 封筒の中には数枚のテストが入っていた。


「正直言うと、ついさっき代わりを務めるのが決まったばかりだから、私もまだ解いてないの。一緒に解こうと思うんだけど、いい?」

「じゃあ勝負ですよ。もし先生が満点じゃなきゃ大変ですよねー」

「言われると思った。やってやるわよ」



「......できたわ」

「先生早い!」「見直ししてくださいよー」

「分かってる」


 ここで自分が間違えれば、話にならない。

 容疑者確保の時さながら、緊張する。


「......はい。今回は満点が6人。再テストは2人ね。残念ながら再テストまではつきあえないけど、頑張って」

「ありがとうございましたー」



「―――ふう」


 ちゃんとうまく教えられただろうか。たとえ一回でも、決して手を抜いてはならない。それはパパに言われなくとも、十分わかっていた。


「あ、あの、先生!」

「あ、えっと、ラインだっけ?」

「そうです! 覚えて下さったんですね!」

「まあね。聞けば上級生クラスでも成績トップだそうじゃない」

「はい......おかげさまで」

「それで? 何か?」

「あの......警察省って、どんなところですか」

「ど、どんなところ?えっと......」


 質問が漠然なあまり答えづらかった。


「私、ここを卒業したら、警察省に入りたいんです」

「ふん、なるほど。......じゃあ、一度警察省に来なさい」

「えっ!?」

「受付で私に用があるって言ってくれれば、よっぽど激務の最中でない限り対応する。面接して、あなたの意気込みを聞きたいから、覚悟が決まったら来なさい」

「わ......分かりました! ありがとうございます!」

「こちらこそ」



 後日。いつも通り警察省で仕事をしていたエミーのもとに、連絡が来た。ペルセフォネからだった。


「エミー、大変じゃぞ」

「なに?」

「上級生クラスのみんなが、ずっとエミーに担当してほしいと言うておる。どうじゃ」

「みんな警察省、ヒマだと思ってるでしょう」

「そこを何とか」

「いやー......出張で何とかなるかな」

「よかった、エミーからいい返事が聞けて」

「いやいやいや!? まだOKも何も言ってないんだけど!?」

「よろしく頼んだぞ、エミー」

「ちょっと、ママ? ......もう!」


「いいんじゃないのか、クルーヴ。望まれて先生をするほど、ありがたいことはなかなかないぞ」


 通信機の向こうでハデスの声もした。


「まあ、......そうかもね。分かった。やるわ」


 以来警察省長官の仕事の中には、出張、という名目で授業のため大殿に赴くものが追加されたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました! よろしければブックマークや感想など、していただけると嬉しいです!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ