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現世【うつしよ】の鎮魂歌  作者: 奈良ひさぎ
Chapter3.クルーヴ・エミドラウン 編
18/233

#16 危険な能力

「なにこれ......! 全然追いつかない......!」


 あちこちで何かが破壊され、燃え上がる音がする。

 自分で出した雪で消火するのも、だいぶ限界だ。

 でも冥界に、現世のような消防制度はない。火の手が上がれば、自分たち雪や水を扱える死神たちが出動するしか方法はない。シャンネはあちこち動き回って動きの鈍くなった体にむち打ち、さらに火の手の上がったところへ向かう。


「大丈夫ですか、シャンネさん!」

「......大丈夫。ちょっと、疲れただけ」


 その疲労は、部下の死神にも容易に分かるほどだったらしい。


「もう限界か? 一般の死神にも逸材がいることを、忘れているだろう」

「ハデスさん!」


 シャンネの前に、ハデスが姿を現した。ハデスは一人の男を連れて来ていた。


「リオ!」


 リオグランデ・クローバー。ラインの兄であった。


「......確かに俺は、辺りを凍らせることは出来ますけど、微調整はできませんよ」

「大丈夫、非常事態だから。さすがに冥界全体を凍らせるのはやめてほしいけれど」

「分かりました、中ぐらいですね」

「オーケー」


 目の前に大きく上がっていた炎が、一瞬で静まる。制御できないのだとしても、リオグランデのそれは十分役立つ能力だ。


「どうするんです、シャンネさん」

「リオ、あそこにいる二人、あれ目がけて凍らせることは......」

「難しいかもしれないです、周りの家も凍っちゃうかも」

「いいわよ、この辺りは全員避難し終わっているはずだから」


「それに奴らを凍らせるのに失敗しても、奴らの能力発動はあと2回だ」


 ハデスがそう言った。


「え?」

「マドルテによって改善されてきている、それが今回功を奏したようだな。万が一少なくとも一つ、例の能力が発現しても、5回発動すれば自動的に消滅するようになった」

「そうなんですか......」

「マドルテが度々下の三人に四冥神の仕事を投げるのはそのためだ」

「でも、もう2回発動させるわけにはいきません。これ以上被害が広がれば」

「ああ、分かっている。俺も手伝えることは全力でやらせてもらう」


「あ、ライン!」

「え......ほんとだ!」


 リオグランデがラインの姿を見つけ、シャンネに知らせた。

 少し先に、エミー・シェド・ウラナ・ラインの4人が見えた。

 エミーは相手に見えない位置から、光線で手錠をかけようとしているようだった。


「......失敗した! 逃げて!」


 クルーヴがそういうのとほぼ同時に、大きな金属の塊が落ちてくる。


「消せないの、その手錠」


 ウラナがエミーに問いかけた。


「消せるけど、時間かかるし、体力も使う。今疲れるわけにはいかないから」

「あの、赤い網はどうなんですか」

「......なるほど、やってみる」


 ラインの提案を即座に受け入れ、クルーヴが例の男の足の先に光線の網を構築する。


「させるかよ!」


 気づかれた。

 振りほどいて、こちらをふっ飛ばして燃やそうとする。


「......いいから大人しくしろ!!」


 なんとか左手をとらえる。


「リオ、今よ! ちょっとぐらい周りが凍ってもいいから!」

「うおりゃっ!」

「なっ......!」


 完全に一人が氷漬けとなった。もはや何かをしゃべることも許されない。


「よし!!」

「まあ、周り十軒ぐらい、凍っちゃったけど」


「油断すんのはまだ早いぞ!」


 もう一人いるのを忘れていた。


「学習しろよ。現世の銃は効かないのに」

「学習したぜ」

「は......?」


 エミーが反応するより一手早く、銃から弾が発射された。

 赤い網も間に合わず、エミーの左腕をかすった。


「へえ......いつの間に、そんなの調達したのかしら?」

「あいにく、俺は人間じゃないのでな。他にもいいエサがいっぱいいるな、誰から......」

「“最後の砦”」


 泥棒の周りを、壁が包む。

 その隙にハデスが、口を開いた。


「“物体の自由化<プログラム・セル>”」


 もう一人の泥棒の氷漬けが、頭上にまで移動した。


「よ......よせよ」


 男が震え声でそう言い、銃を構える。


「あら、いいのかしら? お仲間を殺すことになるけど」


 ラインのものとは思えない、冷酷な声。


「うっせえ! どいつもこいつもふざけやがって......!」


 手当たり次第に撃つ音がした。だがラインたちには届かない。


「諦めが悪いよ」


 今度は鳥かごの中にいる鳥のようだ。エミーはやすやすと、光線の手錠をかけた。


「リオ、こっちの氷の方はどれくらいかかるの」

「......自然解凍で3時間くらいかな」

「これを運ぶの?」


 エミーが嫌そうな顔をする。


「でも3時間経ったらまた氷が解けて、暴れだすからな......」

「俺が運ぶぞ」


 ハデスが名乗りを上げる。


「ああ、そうだ。パパがいたんだった。ありがとう」


 時間は空いたが、ウラナとともにシェドは大殿へ向かった。

 泥棒たちはまた警察に逆戻り、能力もそれを発現させるための腕輪も没収され、よりキツめの事情聴取を受けることになるらしい。取調室の一つはふっ飛ばされたが、そこは冥界のもの、割とすぐに修復できるらしかった。


「いやー、大変だった」

「あたしたち、能力ないからね」

“あの爆発で、俺は死ぬかと思ったぞ”


 アルバも無事解決したことに安堵する声を上げた。


「心配しなくたって、もうとっくに死んでるでしょ? ......っていうか、シェド、あんたの人間よくしゃべるわね」

「それにしてはずっと黙ってたけど」

”俺が下手に口出してこの死神に死なれても困る”

「せいぜい、シェドに恨みを作らないことね」

“......どういうことですか”

「あれ、知らない? 200歳超えたら、憑いてる人間の自我を消すことが出来るらしいわよ」

“え......?”

「へえ、そうなんだ。ま、今のところそんなつもりはないけど。そもそもそんなことしたらアルバにわざわざ憑依した意味がねーからな」

“ホッとしていいんだか何だか......”

「先生の憑いてる人間は目的が“とにかく贅を尽くしたい”だったから、即刻自我を消し去ったそうだけど」


 ウラナが付け加えた。


「シェド、ウラナ! 待っておったぞ」

「先生!」「ペルさん!」

「早う入れ、大事な用じゃからな」


 大殿の中に入ると、いそいそとペルセフォネが階段を上ってゆくので、二人は後ろについてペルセフォネの部屋まで入った。


「ラインはなかなかの激務じゃったから、帰ってきて寝ておる。あんまり大きな音を立ててやらんでくれ」

「ラインも大変だったわね、“最後の砦”、2回も使っちゃってるし」

「あれ使うと、体力を消耗するのか?」

「ま、簡単に言えばね。最後の、ってつくだけに、体力の消耗は激しめだと思うよ」


 ペルセフォネの部屋には、初めて入ることになる。


「まあ話と言っても、最重要かと言われればそうでもない。シェドの教育の話じゃ」

「ああ......大学とか、行ってないもんね」

「私が面倒を見るというのも考えたんじゃが…居づらいじゃろ、女の子ばかりの環境だと」


 シェドがぶんぶん首を振ってうなずく。ウラナはクスクス笑っていた。


「だから、もう現世の大学に行くのはどうじゃ。時期は決まってないが、とりあえず現世の方でもついていけるか、私が少しだけ様子を見る。......少しだけなら、まあラインもおるし、大丈夫じゃろう」

「大丈夫じゃないんだけど......」

「結構気まずそうだったもんね。『そういう関係』だし?」


 茶化すウラナ。


「なにっ! もうラインとそんな深い仲に......!?」

「違うって! からかうなよ!」

「......子どもは?」

「2回顔合わせただけだぞ!?」

「その2回でまさか......」

「そういうの好きだよな、ペルさん」

「ごめんごめん、シェド、ちとからかってみただけじゃ。あまり気にするな」


「何?もう、うるさいなあ......」


 少し騒いでいたせいか、ラインが眠たそうな声を出し、目をこすりながらシェドたちの方にやって来た。ラインはペルセフォネの教え子で、大殿住まいなのだ。


「ライン!」

「先生、どうかしたの......って、シェドさん......」

「何でこんなタイミングで!?」


 シェドも嘆きの声を上げざるを得なかった。


「おお、ちょうどよかったライン。もうすぐ大学に行くじゃろ」

「ええ、行きますけど......」

「シェドと一緒に行ってやってくれ」


「「............え?」」


 ペルセフォネの提案に、シェドもラインも呆然とした。


「いや何で!?」

「私だってイヤですよ!」

「仲直りした方がよさそうじゃな」


 ペルセフォネのその言葉にシェドとラインは互いに顔を見合わせ、またうつむいた。


「......私、シェドさん、こんなこと言ってますけど、かっこいいと思いますよ」

「何だそれほめるから許してってことかよ!?」

「でも年上なので距離が......」

「あははっ、突き落とされてやんのー」


 ウラナだけはその状況を面白がっていた。


「さっ、今度はシェドの番じゃな。精一杯、ほめてやれ」

「......ほんと口達者だよな。かわいいくせしやがって」


 諦めた様子のシェドがそう言った。


「ひーっ! なにこれ超恥ずかしいんですけどー!!」

「俺の方が嫌だわ!」

「まあでも、仲直りはできたじゃろ」


 ペルセフォネの言葉に、シェドとラインが目を合わせた。

 気のせいか、ラインの顔が少しむくれて見える。

 思わずどちらも笑ってしまった。それからどちらも急に恥ずかしくなった。


「わ、私、もう寝ます! より一層疲れました!」

「さっきまで寝ておったのに」

「あんなのじゃ全ッ然寝足りません! 私に休息を!」

「......へんなの」

「あんまりうるさいと、噛みつきますよ」

「はいはい、分かったから、おやすみ」

「......おやすみなさいです」




「いやー、面白いの見せてもらった。先生とシェド、ラインがそろうと漫才ね」

「言っとくけど俺は本気だからな!」

「それにしても、疲れたでしょ? 今日ぐらいは休んどいた方がいいわよ」

「......精神的に疲れたからな」

「じゃ、また明日」


 結局ウラナだけが面白がっていた。



* * *



「......よかったのか、あの子たちの面倒を見るのに加えて、シェドの面倒まで見るなんて」

「こうなりゃ、限界超えるぐらいでないと」


シェドとウラナも帰ってしまった後の大殿。警察省で所用を終わらせてきたハデスが、ペルセフォネと話していた。


「あれ、書き終わったのか」

「あらかたはね。私にしてはいい仕事効率でしょ」

「自覚しているんならもっと前から励んでもらいたかったものだな」

「長生きしたのに免じてよ」

「俺は見るべきか?」

「ううん、今は見るべきじゃないよ。私の人選に驚くがいいわ!」

「......そうか」



 あの日、ハデスがペルセフォネに見せられた書類。

『新体制における主死神以下の人事案』『後で探して、読んで欲しい手紙』

 ―――遺書、だった。

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