#16 危険な能力
「なにこれ......! 全然追いつかない......!」
あちこちで何かが破壊され、燃え上がる音がする。
自分で出した雪で消火するのも、だいぶ限界だ。
でも冥界に、現世のような消防制度はない。火の手が上がれば、自分たち雪や水を扱える死神たちが出動するしか方法はない。シャンネはあちこち動き回って動きの鈍くなった体にむち打ち、さらに火の手の上がったところへ向かう。
「大丈夫ですか、シャンネさん!」
「......大丈夫。ちょっと、疲れただけ」
その疲労は、部下の死神にも容易に分かるほどだったらしい。
「もう限界か? 一般の死神にも逸材がいることを、忘れているだろう」
「ハデスさん!」
シャンネの前に、ハデスが姿を現した。ハデスは一人の男を連れて来ていた。
「リオ!」
リオグランデ・クローバー。ラインの兄であった。
「......確かに俺は、辺りを凍らせることは出来ますけど、微調整はできませんよ」
「大丈夫、非常事態だから。さすがに冥界全体を凍らせるのはやめてほしいけれど」
「分かりました、中ぐらいですね」
「オーケー」
目の前に大きく上がっていた炎が、一瞬で静まる。制御できないのだとしても、リオグランデのそれは十分役立つ能力だ。
「どうするんです、シャンネさん」
「リオ、あそこにいる二人、あれ目がけて凍らせることは......」
「難しいかもしれないです、周りの家も凍っちゃうかも」
「いいわよ、この辺りは全員避難し終わっているはずだから」
「それに奴らを凍らせるのに失敗しても、奴らの能力発動はあと2回だ」
ハデスがそう言った。
「え?」
「マドルテによって改善されてきている、それが今回功を奏したようだな。万が一少なくとも一つ、例の能力が発現しても、5回発動すれば自動的に消滅するようになった」
「そうなんですか......」
「マドルテが度々下の三人に四冥神の仕事を投げるのはそのためだ」
「でも、もう2回発動させるわけにはいきません。これ以上被害が広がれば」
「ああ、分かっている。俺も手伝えることは全力でやらせてもらう」
「あ、ライン!」
「え......ほんとだ!」
リオグランデがラインの姿を見つけ、シャンネに知らせた。
少し先に、エミー・シェド・ウラナ・ラインの4人が見えた。
エミーは相手に見えない位置から、光線で手錠をかけようとしているようだった。
「......失敗した! 逃げて!」
クルーヴがそういうのとほぼ同時に、大きな金属の塊が落ちてくる。
「消せないの、その手錠」
ウラナがエミーに問いかけた。
「消せるけど、時間かかるし、体力も使う。今疲れるわけにはいかないから」
「あの、赤い網はどうなんですか」
「......なるほど、やってみる」
ラインの提案を即座に受け入れ、クルーヴが例の男の足の先に光線の網を構築する。
「させるかよ!」
気づかれた。
振りほどいて、こちらをふっ飛ばして燃やそうとする。
「......いいから大人しくしろ!!」
なんとか左手をとらえる。
「リオ、今よ! ちょっとぐらい周りが凍ってもいいから!」
「うおりゃっ!」
「なっ......!」
完全に一人が氷漬けとなった。もはや何かをしゃべることも許されない。
「よし!!」
「まあ、周り十軒ぐらい、凍っちゃったけど」
「油断すんのはまだ早いぞ!」
もう一人いるのを忘れていた。
「学習しろよ。現世の銃は効かないのに」
「学習したぜ」
「は......?」
エミーが反応するより一手早く、銃から弾が発射された。
赤い網も間に合わず、エミーの左腕をかすった。
「へえ......いつの間に、そんなの調達したのかしら?」
「あいにく、俺は人間じゃないのでな。他にもいいエサがいっぱいいるな、誰から......」
「“最後の砦”」
泥棒の周りを、壁が包む。
その隙にハデスが、口を開いた。
「“物体の自由化<プログラム・セル>”」
もう一人の泥棒の氷漬けが、頭上にまで移動した。
「よ......よせよ」
男が震え声でそう言い、銃を構える。
「あら、いいのかしら? お仲間を殺すことになるけど」
ラインのものとは思えない、冷酷な声。
「うっせえ! どいつもこいつもふざけやがって......!」
手当たり次第に撃つ音がした。だがラインたちには届かない。
「諦めが悪いよ」
今度は鳥かごの中にいる鳥のようだ。エミーはやすやすと、光線の手錠をかけた。
「リオ、こっちの氷の方はどれくらいかかるの」
「......自然解凍で3時間くらいかな」
「これを運ぶの?」
エミーが嫌そうな顔をする。
「でも3時間経ったらまた氷が解けて、暴れだすからな......」
「俺が運ぶぞ」
ハデスが名乗りを上げる。
「ああ、そうだ。パパがいたんだった。ありがとう」
時間は空いたが、ウラナとともにシェドは大殿へ向かった。
泥棒たちはまた警察に逆戻り、能力もそれを発現させるための腕輪も没収され、よりキツめの事情聴取を受けることになるらしい。取調室の一つはふっ飛ばされたが、そこは冥界のもの、割とすぐに修復できるらしかった。
「いやー、大変だった」
「あたしたち、能力ないからね」
“あの爆発で、俺は死ぬかと思ったぞ”
アルバも無事解決したことに安堵する声を上げた。
「心配しなくたって、もうとっくに死んでるでしょ? ......っていうか、シェド、あんたの人間よくしゃべるわね」
「それにしてはずっと黙ってたけど」
”俺が下手に口出してこの死神に死なれても困る”
「せいぜい、シェドに恨みを作らないことね」
“......どういうことですか”
「あれ、知らない? 200歳超えたら、憑いてる人間の自我を消すことが出来るらしいわよ」
“え......?”
「へえ、そうなんだ。ま、今のところそんなつもりはないけど。そもそもそんなことしたらアルバにわざわざ憑依した意味がねーからな」
“ホッとしていいんだか何だか......”
「先生の憑いてる人間は目的が“とにかく贅を尽くしたい”だったから、即刻自我を消し去ったそうだけど」
ウラナが付け加えた。
「シェド、ウラナ! 待っておったぞ」
「先生!」「ペルさん!」
「早う入れ、大事な用じゃからな」
大殿の中に入ると、いそいそとペルセフォネが階段を上ってゆくので、二人は後ろについてペルセフォネの部屋まで入った。
「ラインはなかなかの激務じゃったから、帰ってきて寝ておる。あんまり大きな音を立ててやらんでくれ」
「ラインも大変だったわね、“最後の砦”、2回も使っちゃってるし」
「あれ使うと、体力を消耗するのか?」
「ま、簡単に言えばね。最後の、ってつくだけに、体力の消耗は激しめだと思うよ」
ペルセフォネの部屋には、初めて入ることになる。
「まあ話と言っても、最重要かと言われればそうでもない。シェドの教育の話じゃ」
「ああ......大学とか、行ってないもんね」
「私が面倒を見るというのも考えたんじゃが…居づらいじゃろ、女の子ばかりの環境だと」
シェドがぶんぶん首を振ってうなずく。ウラナはクスクス笑っていた。
「だから、もう現世の大学に行くのはどうじゃ。時期は決まってないが、とりあえず現世の方でもついていけるか、私が少しだけ様子を見る。......少しだけなら、まあラインもおるし、大丈夫じゃろう」
「大丈夫じゃないんだけど......」
「結構気まずそうだったもんね。『そういう関係』だし?」
茶化すウラナ。
「なにっ! もうラインとそんな深い仲に......!?」
「違うって! からかうなよ!」
「......子どもは?」
「2回顔合わせただけだぞ!?」
「その2回でまさか......」
「そういうの好きだよな、ペルさん」
「ごめんごめん、シェド、ちとからかってみただけじゃ。あまり気にするな」
「何?もう、うるさいなあ......」
少し騒いでいたせいか、ラインが眠たそうな声を出し、目をこすりながらシェドたちの方にやって来た。ラインはペルセフォネの教え子で、大殿住まいなのだ。
「ライン!」
「先生、どうかしたの......って、シェドさん......」
「何でこんなタイミングで!?」
シェドも嘆きの声を上げざるを得なかった。
「おお、ちょうどよかったライン。もうすぐ大学に行くじゃろ」
「ええ、行きますけど......」
「シェドと一緒に行ってやってくれ」
「「............え?」」
ペルセフォネの提案に、シェドもラインも呆然とした。
「いや何で!?」
「私だってイヤですよ!」
「仲直りした方がよさそうじゃな」
ペルセフォネのその言葉にシェドとラインは互いに顔を見合わせ、またうつむいた。
「......私、シェドさん、こんなこと言ってますけど、かっこいいと思いますよ」
「何だそれほめるから許してってことかよ!?」
「でも年上なので距離が......」
「あははっ、突き落とされてやんのー」
ウラナだけはその状況を面白がっていた。
「さっ、今度はシェドの番じゃな。精一杯、ほめてやれ」
「......ほんと口達者だよな。かわいいくせしやがって」
諦めた様子のシェドがそう言った。
「ひーっ! なにこれ超恥ずかしいんですけどー!!」
「俺の方が嫌だわ!」
「まあでも、仲直りはできたじゃろ」
ペルセフォネの言葉に、シェドとラインが目を合わせた。
気のせいか、ラインの顔が少しむくれて見える。
思わずどちらも笑ってしまった。それからどちらも急に恥ずかしくなった。
「わ、私、もう寝ます! より一層疲れました!」
「さっきまで寝ておったのに」
「あんなのじゃ全ッ然寝足りません! 私に休息を!」
「......へんなの」
「あんまりうるさいと、噛みつきますよ」
「はいはい、分かったから、おやすみ」
「......おやすみなさいです」
「いやー、面白いの見せてもらった。先生とシェド、ラインがそろうと漫才ね」
「言っとくけど俺は本気だからな!」
「それにしても、疲れたでしょ? 今日ぐらいは休んどいた方がいいわよ」
「......精神的に疲れたからな」
「じゃ、また明日」
結局ウラナだけが面白がっていた。
* * *
「......よかったのか、あの子たちの面倒を見るのに加えて、シェドの面倒まで見るなんて」
「こうなりゃ、限界超えるぐらいでないと」
シェドとウラナも帰ってしまった後の大殿。警察省で所用を終わらせてきたハデスが、ペルセフォネと話していた。
「あれ、書き終わったのか」
「あらかたはね。私にしてはいい仕事効率でしょ」
「自覚しているんならもっと前から励んでもらいたかったものだな」
「長生きしたのに免じてよ」
「俺は見るべきか?」
「ううん、今は見るべきじゃないよ。私の人選に驚くがいいわ!」
「......そうか」
あの日、ハデスがペルセフォネに見せられた書類。
『新体制における主死神以下の人事案』『後で探して、読んで欲しい手紙』
―――遺書、だった。