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現世【うつしよ】の鎮魂歌  作者: 奈良ひさぎ
Chapter13.対立する死神 編
167/233

#150 異常は、冥界にも

「父さん。そろそろ、窓際の花の水を替えておいた方がいいかしら」

「ああ、頼む」


 ギミックの娘であり、レイナの母親であるグロリア。彼女がギミックを父親として思い出してから、だいぶ経っていた。歩き回れるまでにはグロリアも回復しており、いつ容態が急変してもおかしくないギミックと少しでも一緒にいようと、グロリアはギミックの身の回りの世話をしていた。まだ完全回復しているわけではないのに、グロリアはギミックの前ではくるくる働いても一切疲れた様子を見せなかった。


「(……これで、レイナやロルのことも思い出してくれれば、いいんだがな)」


 決して口には出さなかったが、ギミックはそう思っていた。グロリアが休憩がてらにギミックと一緒にテレビを見ているときもそうだ。ここ最近は急速に冥府革命集団関係の情報が明らかになっていっており、テレビでは大騒ぎだった。


「……ずいぶん厄介なのね、冥府革命集団、というのは」

「……ああ」


 グロリアが以前テレビを見ていた時、そうつぶやいた。”ナイトメア”を継承している死神が明らかになっているだけでなく、そもそも”ナイトメア”の一斉処刑を免れた者さえいた、とつい先日報道されていた。しかも内一人は四冥神。誰がどんな秘密を抱えているのか、もはや分からない。それはテレビの前で情報を得るしかないギミックだけでなく、実際に捜査を進めている警察省の死神たちも同じ思いだろう。


 その日もギミックの病室は至ってのんびりと時間の流れていく、ある種平和な光景が広がっていた。それを大きく乱したのは、昼過ぎの一人の来客だった。


コン、コン


 ドアをノックする音がしてからしばらく静まり返ったので、入る許可が下りるのを待っているのか、とギミックは思い、慌てて返事をした。そしてようやく、その人が入ってきた。


「ただいま、おじいちゃん」


 レイナだった。もちろん突然の出会いに、ギミックは驚いていた。だがそれ以上に、驚いていたのはグロリアだった。


「レイ、ナ……」


 グロリアは椅子からスッ、と立ち上がり、そしてレイナに近寄り、そっと抱きしめた。


 他人であるはずの(・・・・・・・・)知らないはずのレイナ(・・・・・・・・・・)に。


「…………!!!!」


 ギミックの頭の中は一瞬にして混乱した。グロリアは、レイナのことなど知らない状態まで、記憶を失ったのではなかったのか。その疑問を、素直に口にしてしまった。


「なあ、グロリア。……」

「よかった……元気にしていたのね、レイナ」


 しかも、改名後のレイナ、で彼女のことを呼んだ。


「母さん……?」


 当然ながらレイナも、混乱していた。レイナが最後に見たグロリアは、レイナに対してこんなことをするような母親ではなかったからだ。


「……どういうことだ、グロリア。お前の子どもに関する記憶は、フェルマーだけではなかったのか」

「フェルマー? それはいったい、誰かしら?」


 その言葉で、ギミックは雷に打たれたかのような心持ちになった。そして妙に冷静になって、思い出した。



『グロリアはフェルマーの記憶しかない、となど、一言も言ったことがない』



 そうだ。

 グロリアは子どもが一人であると、最初の問診で答えた。ただ、子どもが一人であると、ただそれだけを言ったにとどまる。それがフェルマーであるとは誰も言っておらず、ギミックたちが勝手にそう解釈していただけだったのだ。


「私の子どもはレイナ、ただ一人じゃない」

「母さん……」

「……あら。その子は誰かしら」


 グロリアはレイナが抱っこしていたカノンを指し、そう言った。


「すぐに分かるわ、母さん」


 レイナはそう言って、ギミックに近づいた。そしてカノンがギミックの顔をよく見れるようにカノンをギミックに抱かせ、


「カノン? あなたの、ひいおじいちゃんよ。よろしく、って」


 そう言った。


「……レイナ、お前、」

「ええ。無事、お母さんになれたわ。一時はどうなるかと思ったけど……」

「本当に、お前の娘なんだな……」

「私の遺伝子と、アルの遺伝子。どちらも、しっかり受け継いでるの。私もアルも、すっかりカノンに夢中」


「ごめんなさい」


 ふと、グロリアがそう言った。


「私は、娘がこんなに辛い思いをしているのに、何もしてあげられなかったのね……」

「母さんはいいわ。だって母さんも、ひどいケガをしていたんでしょう」

「それでも……」

「私には私にしかできないことがあるし、母さんには母さんにしかできないことがある。他人のことを気遣うのはもちろんいいことだけど、まず自分の面倒を見れなければ、意味がない。そう教えてくれたのは、母さんでしょ?」

「……!!」


 レイナは小さい頃よく、人が困っていたらすぐ無理をしてでも助けようとしていた。そんなレイナに向かって、グロリアが言った言葉がそれだった。自分が万全の状態でなければ、人を完全に助けることなどできない。人を助けることなど無駄だ、と言っているのではなく、むやみにそうするのはどうなのか、というグロリアの考え方は、確実にレイナにも流れていた。


「……母さん。今まで私、母さんのことをどこかで薄情な人だと思ってた。あんなの私の母さんじゃない、なんて、ひどいことを思ったこともあった。けれど、それは間違いだった。子どもが生まれて初めて、母さんの思いとかが分かったし、これからも新しく分かっていくことがあると思うの。だから、ごめんなさい」


 謝るレイナを見るグロリアは最初は驚きを隠せない様子でいたものの、だんだんとその真意を理解し、いつしか涙ぐんでいた。



* * *



「……!!」


 同じ頃。

 冥界の中心をこれでもかというほどに真っ直ぐと、太く通る四冥通り。そのちょうど中ほど、冥界の正門から大殿に至るちょうど中心あたりに静かに立つ死神がいた。


「冥界に、何が……?」


 氷天だった。彼女は特に仕事もなく、また病院にいる理由もなくなったため、ウラナの家に居候させてもらっていた。そして、激しい頭痛を覚えた。それが何かは、氷天にはすぐに分かった。”ナイトメア”の脳内電波だ。幾度となく頭痛を経験してきた氷天にとっては、”ナイトメア”関連の頭痛だけは質が違う、そう感じるようになっていた。そして、その手の頭痛に誰よりも敏感である自信もあった。案の定ウラナは少し調子が悪い、と感じるくらいで特に気にしていない様子だったので、氷天はウラナの目を盗んで、四冥通りまでやってきていた。


「……これは」


 その四冥通りに、何やら膜のようなものが張りめぐらされていた。本来ならそれをうかつに触るのは危険だが、氷天が触れると、それは果たして膜ではなかった。水に手を突っ込んだ時のような、不思議な感触は少しあったものの、手を深く突っ込んでも特に何も起こらなかった。ただ、少し見えたその膜の向こうの景色に、氷天は驚いた。


「全く違う……」


 四冥通りに沿うようにあった家を見れば、その異常性は一目瞭然だった。ちょうど膜で半分に家々は分断されており、膜の手前側と奥側で家の様子は違った。手前にある家とつながっている奥の家が、全く別物になっていた。もっと異常なところだと、手前にある家が向こう側ではなくなっているところもあった。それが、何を示すのか。


「四次元干渉……”連携強化”」


 ついこの間、ウラナに話したばかりのことだ。いずれはその能力を持った死神か何かが冥界にやってくるとは、氷天は思っていた。それが予想よりもずっと早かった、ということだ。


 この膜、いや『壁』を、壊す方法はないのか。一瞬氷天はそのことを考えたが、すぐに無駄だと結論付けた。手が通らない、文字通りの『壁』ならばまだ望みはあるが、おそらく氷天が直線軌道を撃ち込んでも、『壁』を突き抜けて向こう側の世界に被害を及ぼすだけだろうということは、容易に予測できた。おそらく一番に、そして唯一この異常事態に気づいた氷天は、悔しさをにじませつつ『壁』を睨むことしかできなかった。


「……こんにちは、【クイーン】」


 不意に氷天の背後で、少女の声がした。振り向くと、そこにいたのは氷天よりもずっと背丈の小さい、二人の女の子だった。その容姿は対照的で、一人は金色の髪に、金色の瞳。髪型は典型的なおかっぱ。もう一人は濃い紫色の髪に、同じ紫の瞳。髪型はもう一人と同じくおかっぱ。共通していることといえば、どちらもおよそ子どもらしくない、虚ろな目をしていたということだった。


「私をその名前で呼ぶな」

「あら、”ナイトメア”継承者としての自覚がない、ってこと?」「こと?」


 二人は全く同じ動きをして、氷天にそう言ってみせた。


「私はもうただの”ナイトメア”継承者ではない。そんな低次元に、私は居続けるつもりはない」

「ざんねーん、”ナイトメア”って、とっても便利なのにねー」「ねー」


「ねえねえ、【クイーン】」


 続けて金髪の方が言った。


「この『壁』はね、”ナイトメア”の力を借りて、私たちが作ったものなの。どう? すごいでしょ」

「……くっ!!」


 金髪が言い終わるか言い終わらないかといううちに氷天はラピスラズリを振り二人を殺そうとしたが、かわされた。いや、確実に当たっていたはずなのに、全くもって手応えがなかった。その二人に実体がないようにさえ思えた。


「無駄だよ。だって私たち、そんな俗な武器でやられるようには、できてないもの」「もの」

「どうでしょうね、実体がなくても十分殺せる方法はあるわ」

「無駄だよ。もし殺せるにしても、この『壁』が冥界を覆っちゃう方が早いもの。それに、同時に現世に仕掛けておいた同じ『壁』も、現世を丸ごと飲み込むし」

「……何が目的なの」

「目的? うーんと、……」


 金髪が言葉に詰まっている間に、今度は金髪の言葉の反復しかしていなかった紫髪が言った。


「……すべては、”閣下”のために」

「……!!」


 氷天が驚いている間に、金髪が嬉しそうに言った。


「そうそう! 私はセントトパーズ、それでこっちがセントアメジスト。いい名前でしょ? それでね、”閣下”が言ってたの、この数百年で失ってきた財産を、もう一度取り戻さなければならない、って」


 財産、それが何を指すのか。おそらく、”ナイトメア”のサンプルのことだろう。見当違いによって無駄にしてしまった”ナイトメア”のサンプルを、過去に戻ることで取り戻し、もう一度やり直そうということだ。


「……それで、四次元干渉のできるあなたたちが、選ばれた」

「そうそう! もうそれに気付いても、遅いけどね。ほら」


 金髪の言葉につられて氷天が周りを見ると、もう氷天の前後から『壁』は恐ろしいスピードで迫ってきていた。


「時間の戻った先がいったい何年前なのか、分かるよね? じゃあね~」


 そう金髪が言うと、金髪も紫髪も、煙のようにスッ、と消えてしまった。残されたのは、尋常ではない速度で迫る『壁』と、それを見ているしかない氷天。


「ぐぬ……!!」


 両側から迫った『壁』はいったん互いに衝突し、そして冥界全体に届くほどのまばゆい光を発した。おそらく冥界にいる死神でこの事情を知らない者は、何が起きているのか結局分からないままその光に包まれただろう。


 その光はずっと冥界を覆い続けた。そしてようやく収まったか、という頃には、冥界には誰の姿もなくなっていた。

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