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現世【うつしよ】の鎮魂歌  作者: 奈良ひさぎ
Chapter3.クルーヴ・エミドラウン 編
16/233

#14 警察の本気と、甘党の本気

ここから3話はクルーヴが主人公のお話です。

 目覚ましが鳴った。むくっと起き上がり、まだまだ時間に余裕があることを確認する。


―――ああ、主死神様と副主死神様の一人娘だものね。


 その言葉が嫌だった。だからわざわざ、一人暮らしすることを選んだ。

 けど、だからと言って、もし普通の死神だったら?私は今の地位にいれただろうか?

 いやその前に、かつて能力のなかった頃の私なら、ヒラで終わっただろう。


「エミーのその能力は、まさに警察向きじゃな!」


 そう言ってくれたのは他ならない主死神様―――ママだから、やっぱりその権力に頼っているのかもしれない。


「―――頼むから、ペルセフォネのようにはならないでくれ」


 ハデスは常々、クルーヴにそう言っていた。


「どういうこと?」

「昔、こいつは救いようのないバカだったからな」

「賢明であれ、ってことね」

「それだけじゃない。こいつは昔、俺を殺した身だ。先々代の主死神様のご厚意がなければ、こいつはいま、とっくにいなかっただろう。あるいは転生して、お前と同じぐらいの年かもしれない」


 鏡を見て、髪をまとめる。以前現世視察に行ったときは、邪魔にならないように思いっきり短くしたが、今はむしろ長く伸ばしたかった。


「私と同じで、長い方がきれいだと思う。頑張って旦那を探すんじゃぞ、エミー」


 ......今もその“旦那”は見つかっていない。


「もうちょっとあったかい心があっても良かったんだけどな......」


 一度怒ると、自分でお手を付けられなくなる。それが自分の欠点であることも、男がなかなか近づいてくれない理由がそれであることも、重々承知している。

 髪の色はパパと同じ。目の色はママと同じ。

 目線をくるくると回してみて、目に異常がないことを確認する。


「さ、朝ごはん、何にしようかな…」



* * *



 目が覚めた。

 天井が見える。


“天井?”


 確かウラナという人の歓迎パーティーに招かれて、酒が出て、……


「......二日寝てたみたいだな。これが本当の二日酔いってやつか」


 ハハハ、とシェドが笑う。


“お前がそんなに酒に弱いとは”

「お前はどうなんだよ」

“そりゃあ同僚とよく飲んださ、ストレスのたまる仕事だし”

「基本的な特徴の方は俺が優先されるから、これから先そうそう酒も飲めねーぞ」

“……俺を解放してくれ”

「いいけどお前死ぬぞ? あ、いや、もう死んでるな。俺がこうしてるからお前も喋れるんだ。それに、途中で脱離なんて、そんなことできないと思うし」

“なんで”

「まずお前の未練が残っている。たとえ強く願ってはいなくても、心のどこかで引っかかってる未練に反応する。多分あの王国に行かないと始まらないんだろうけど」

“そうか......”

「さ、これからどうするかだな」


「そんなことだろうと思った」


 視界に赤い髪の女の人が入ってきた。ウラナだった。


「ちょっと来てくれない? 先生――ペルセフォネさんが呼んでるから」

「もしかして俺が寝てる間も?」

「来たよ。これだけ寝込むとは思わなかったけど」

「わざわざどうも......」

「いいよ、別に敬語なんて。覚えてないんでしょ、無理に使わなくていいよ。というより、先生に使った方がいいと思うんだけど」

「でも、何か使わなくてもいいような気がする」

「分かるよ。そんなことでは怒らない人だし」

“教わった身としては、簡単に敬語抜きでなんて話せないってことか”

「えっ? 今の、誰?」

「俺の相棒だ、アルバ」

「へえ。......そうなんだよね、今でもレイナには頭上がんないし」

「ほんとにその名前、よく聞くな」

「そりゃあ頭脳明晰、容姿端麗だもの。先生も大のお気に入りだし。......っと、そうだ、早くいかないと。さっき警察が騒いでたから、野次馬に巻き込まれたら大変」

「警察が動いた?」

「少し前に、人間が二人迷い込んできて潜伏してたんだけど、ついに具体的な行動を起こしたんだって」

「迷い込むことってあるんだ」


 あれだけ複雑な道、それも現世の人間にはまるで道など見えないというのに、それでもここに来ようという人間がいるものなのだろうか。


「実はアルタイルの守ってるあの門以外に、もう一つ抜け道があるって言われてるの」

「結構ズボラだな」


「......アルタイルに洗脳されるわよ、そんなこと言ったら」

「大丈夫、あいつは友達だ。歳も一緒だし」

「そうなの! ......そっか、同じ237歳だからか......って、だから! 早く!」


「はいはい......」




「待てぇ泥棒!!」


 皿の割れる音と、女性の悲鳴が聞こえた。


「ほら言ったじゃんか、シェドが早くしないから」

「俺のせい!?」


 ぶう、とウラナが不平を言った。


「そうよ、あたしの雑談を止めようとしなかったんだから」

「えー......」

「ほら、関係ないから、行こう」

「関係ないって......」

「何もしなくたって大丈夫。それにあたしも能力ないから手の出しようがない」


 その時急に辺りが光って、


―――バチン!


 雷がその泥棒めがけて落ちた。泥棒がその場に倒れた。


「雷......?」

「よしっ、当たった。逮捕逮捕」


 のんきな声とともに現れたのは、エミーだった。雷を落としたのも彼女らしい。


「おっ、エミーのお出まし」


 ウラナはにこにこしていた。


 ―――倒れている泥棒の口元が、少し緩んだような気がした。

 怪しい雰囲気をとっさに感じ取り、シェドは周囲を見渡した。


“......陰に、もうひとり”

「手前から二つ目の家だな」



「......残念。俺らには、仲間がいるんでな」

「死ねええええええええっっ!!」



「......だから?」



 もう一人の泥棒が何をするかはよく見えなかったが、エミーの周りには赤い光線で作られた網ができて、銃弾を受け止めた。


「何倍がいい? 様子見で三倍くらい?......『×3』」


 受け止められた銃弾は3つに増え、180度回転し、泥棒たちに噛みついた。


「うがっ......!」

「がっ......!?」


 だが威力の割にはあまり痛がっている様子はない。


「さっきのだったら死んでるんじゃ......?」

「あれ、現世の武器だから」


 当たり前かのようにウラナが説明した。


「現世の武器だと、何か違うのか?」

「ここで使うと、圧倒的に威力が弱まる。ライフルとか使っても、ここでは浅いかすり傷相当かな」



「よし、今度こそ逮捕ね」


 エミーの左目が赤くなった......かと思うと、光線が出て、泥棒たちに強力な手錠をかけた。


「もしもし、ジグ? 今からそっちに2人送るから。逃げないようにしといて。じゃね」


 その瞬間、泥棒たちをまばゆい光が包み、その場から消えてしまった。



「ごめーん、ウラナ、シェド、ちょっとついてきてくれない?」


 エミーが遠くから二人を呼んだ。


「何? ただの傍観者だから何も証言できないけど」

「目的はそこじゃないよ。用があるのは主にシェドかな」

「もしかして、シェドに働かせる気?」

「ええ、警察省ここでね」

「本気で言ってるんですか、それ」


 突然自分の話題を出されたシェドも困惑しつつ会話に入る。


「本気、本気。じゃんじゃん若手を取り込んでいかないと」

「そう言えば、現世の警察とここの警察とは、何が違うんですか」

「基本的に守備範囲は死神まで、っていうことが一番かな」

「現世の人間には手を出さない、ということですか」

「基本的には。例外もあるけど」

「じゃああの二人の泥棒を逮捕したのは......」

「そっから先は取り調べで分かると思うから、外で聞いてて。デザートでも用意させるから」

「......ジグ出すの、やめてよね」


 念を押すように、ウラナがクルーヴに詰め寄って言った。


「あ、ごめん。出すつもりでいた。ラインにするわね」

「前は本当に怖かったんだから」



* * *



「さ、着いた着いた。入って」

「ああ、ここなんだ、警察」


 目の前に現れた大きな建物を大げさにのけぞって見上げつつ、シェドはそう漏らした。

 帰ってきて四冥通りを通ったとき、家々の上からのぞく少し高い建物があったのを思い出した。今目の前には、その建物がある。


「おかえりなさい、クルーヴさん」

「ただいまー」


 出迎えたラインと、目が合った。


「うげっ」

「あっ」

「ん、何、どうしたの? もしかして『そういう関係』?」

「ちっ......違います! あ、あの時は、その、失礼を働いてしまい......」

「え......いや、こっちこそ......ぶっきらぼうになって、すまなかった」

「何、やっぱそういう関係なの? ウラナ」

「いやー、怪しいね。超怪しい」

「「だから違いますって!!」」

「ほら、息もぴったり」

「えっと......」「......。」


「ケーキ、用意してきますね。ウラナさんの分も」


「お願いね、ライン」


 そう言い残すと、ラインは逃げるように奥へ引っ込んでしまった。


「あれ? そういえばあの人、まだペルさんに教わってる身なのに、なんでここにいるんですか」

「ラインはお調子者だけど、賢いの。今の生徒のメンツでは一番ね。それで将来も見据えてここで実習してるの。今は主に来客へのお茶運びが仕事だけど。そのうち取り調べの同席とかもさせてみるつもり」

「いやお茶運びって」



「あ! あの! お待たせしました! 粗末なものですが......」

「わーい、ケーキいただきー」

「おいおいおい待て待て待て」


 シェドが急に本気の目になった。


「何、シェド」

「なんで粗末なものだなんてウソつくんだよ」

「どういうこと?」

「これフランスの超一流のケーキ屋から取り寄せてるだろ、アルク・ドゥ・トリオンフ」

「どれどれ......うわ、当たりだ」

「なんで分かったんですか」

「よく通ってた。まあとんでもない行列で大変だったけどな。あとはクー・セージュとかもいいな。しかもこのケーキ、一番人気だろ。相当苦労したんじゃ…ってまさか冥界にレジェンドがいるのか!? 100人しかできない予約宅配制の権利をつかみ取った100人のうちの一人が!? 信じられない」


「何この人? 女子みたいなんだけど」


 驚きを隠しきれないのはラインだけではなかった。


「しかもこの人なかなかコアな層ですよ」

「何で?」

「アルク・ドゥ・トリオンフはフランスで指折りのケーキ屋さんで、知っててもおかしくないです。さっきのレジェンドの情報も完璧に合ってます。シャンネさんが100人のうちの1人に登録されてるんです。定期的に貨物がやってくるでしょう? あの中にケーキが入ってるんです。シャンネさん宛てに。それを普段はここで保存してるんです。シャンネさん、よくここに来られますよ。食べに」

「え、じゃあおばさんがよく外出するのは、それだったんだ」

「大方そうだと思います」

「あの人の行動の謎がだいぶ解けた気がする」

「今度お二人でいらしてはどうですか?」

「まるでレストランみたいな言い方......」

「あ、それで、アルクの方はそう言うことなんですけど、クー・セージュの方は、シャンネさんもごく最近知ったという、超隠れ家の超名店、ありとあらゆるスイーツを知り尽くしてるシャンネさんが、『わたしが知らなかっただなんて......』って半泣きになってたっていう、本当にガチ勢でないと知らないところなんです。それを軽々と口にされるとは、ああ、何と恐ろしい」

「おばさんが半泣き!」

「ええ、そんなことがあったんです。ウラナさんが先の現世視察をしてた頃の話です」

「え、じゃあ、本当に最近じゃない」

「そう、この男、なかなかあなどれないのです......」


 ウラナはちらっと、食べっぷりのよろしいシェドの方を見た。

 シェドはそのケーキを、ゆっくりと賞味していた。


“......変わってるな、お前”

「良く知識を収集できたと言ってくれよ」

“............変わってるな、お前”

「......そうか?」



「ごめーん、待たせた? 準備できたから、傍聴室に入る?」


 ひょこっとクルーヴが奥の方から顔を出した。


「え、俺まだ食べ終わってないです」

「のんびりしすぎでしょ......まあ、いいわ、持ち込んでも構わないわよ」

「本当ですか」

「えーっ、と、それから、ライン、やっぱこっちに来て」


 クルーヴが取調室を示す。


「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」

「しょっぱなから手ごわそうだけど、頑張って」

「よかったわね、ライン」

「はい!」


 もぐもぐ夢中でケーキを味わうシェドとウラナが後に残された。


「......先生の治世になってから、若くても優秀な人はどんどん登用されるようになったからね。ラインが十聖士になるのも、そう遠くないかもしれないわ」

「ラインって年いくつだっけ」

「いくつだったかな......」

「184です!」


 本人が答えた。


「え、じゃあベガと近いんだ。ベガ、確か183だから」

「結構離れてるんだな、兄貴と」

「現世とこっちじゃそういうところも違うからね」

「ところでウラナは、あっち行かないのか」

「行かない行かない。あたし、働いてるのここじゃないから」


「こらウラナ、油を売るんじゃないぞ」

「あ、ごめんなさい先生、クルーヴに呼び止められちゃって」

「エミーが? 何かあったの」

「え? 大殿には伝わってないんだ」

「雷が突然ズドーン! って落ちたことは知ってるがの」

「人間が二人、つかまってね。その事情聴取が今から始まるの」

「......ふうん。分かった、終わったら来て」

「了解、先生」


「あ、始まるみたいよ」

「お、本当だ」


 シェドはもしかするとこの時、何か面白いことでも始まる気分でいたのかもしれない。

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