#14 警察の本気と、甘党の本気
ここから3話はクルーヴが主人公のお話です。
目覚ましが鳴った。むくっと起き上がり、まだまだ時間に余裕があることを確認する。
―――ああ、主死神様と副主死神様の一人娘だものね。
その言葉が嫌だった。だからわざわざ、一人暮らしすることを選んだ。
けど、だからと言って、もし普通の死神だったら?私は今の地位にいれただろうか?
いやその前に、かつて能力のなかった頃の私なら、ヒラで終わっただろう。
「エミーのその能力は、まさに警察向きじゃな!」
そう言ってくれたのは他ならない主死神様―――ママだから、やっぱりその権力に頼っているのかもしれない。
「―――頼むから、ペルセフォネのようにはならないでくれ」
ハデスは常々、クルーヴにそう言っていた。
「どういうこと?」
「昔、こいつは救いようのないバカだったからな」
「賢明であれ、ってことね」
「それだけじゃない。こいつは昔、俺を殺した身だ。先々代の主死神様のご厚意がなければ、こいつはいま、とっくにいなかっただろう。あるいは転生して、お前と同じぐらいの年かもしれない」
鏡を見て、髪をまとめる。以前現世視察に行ったときは、邪魔にならないように思いっきり短くしたが、今はむしろ長く伸ばしたかった。
「私と同じで、長い方がきれいだと思う。頑張って旦那を探すんじゃぞ、エミー」
......今もその“旦那”は見つかっていない。
「もうちょっとあったかい心があっても良かったんだけどな......」
一度怒ると、自分でお手を付けられなくなる。それが自分の欠点であることも、男がなかなか近づいてくれない理由がそれであることも、重々承知している。
髪の色はパパと同じ。目の色はママと同じ。
目線をくるくると回してみて、目に異常がないことを確認する。
「さ、朝ごはん、何にしようかな…」
* * *
目が覚めた。
天井が見える。
“天井?”
確かウラナという人の歓迎パーティーに招かれて、酒が出て、……
「......二日寝てたみたいだな。これが本当の二日酔いってやつか」
ハハハ、とシェドが笑う。
“お前がそんなに酒に弱いとは”
「お前はどうなんだよ」
“そりゃあ同僚とよく飲んださ、ストレスのたまる仕事だし”
「基本的な特徴の方は俺が優先されるから、これから先そうそう酒も飲めねーぞ」
“……俺を解放してくれ”
「いいけどお前死ぬぞ? あ、いや、もう死んでるな。俺がこうしてるからお前も喋れるんだ。それに、途中で脱離なんて、そんなことできないと思うし」
“なんで”
「まずお前の未練が残っている。たとえ強く願ってはいなくても、心のどこかで引っかかってる未練に反応する。多分あの王国に行かないと始まらないんだろうけど」
“そうか......”
「さ、これからどうするかだな」
「そんなことだろうと思った」
視界に赤い髪の女の人が入ってきた。ウラナだった。
「ちょっと来てくれない? 先生――ペルセフォネさんが呼んでるから」
「もしかして俺が寝てる間も?」
「来たよ。これだけ寝込むとは思わなかったけど」
「わざわざどうも......」
「いいよ、別に敬語なんて。覚えてないんでしょ、無理に使わなくていいよ。というより、先生に使った方がいいと思うんだけど」
「でも、何か使わなくてもいいような気がする」
「分かるよ。そんなことでは怒らない人だし」
“教わった身としては、簡単に敬語抜きでなんて話せないってことか”
「えっ? 今の、誰?」
「俺の相棒だ、アルバ」
「へえ。......そうなんだよね、今でもレイナには頭上がんないし」
「ほんとにその名前、よく聞くな」
「そりゃあ頭脳明晰、容姿端麗だもの。先生も大のお気に入りだし。......っと、そうだ、早くいかないと。さっき警察が騒いでたから、野次馬に巻き込まれたら大変」
「警察が動いた?」
「少し前に、人間が二人迷い込んできて潜伏してたんだけど、ついに具体的な行動を起こしたんだって」
「迷い込むことってあるんだ」
あれだけ複雑な道、それも現世の人間にはまるで道など見えないというのに、それでもここに来ようという人間がいるものなのだろうか。
「実はアルタイルの守ってるあの門以外に、もう一つ抜け道があるって言われてるの」
「結構ズボラだな」
「......アルタイルに洗脳されるわよ、そんなこと言ったら」
「大丈夫、あいつは友達だ。歳も一緒だし」
「そうなの! ......そっか、同じ237歳だからか......って、だから! 早く!」
「はいはい......」
「待てぇ泥棒!!」
皿の割れる音と、女性の悲鳴が聞こえた。
「ほら言ったじゃんか、シェドが早くしないから」
「俺のせい!?」
ぶう、とウラナが不平を言った。
「そうよ、あたしの雑談を止めようとしなかったんだから」
「えー......」
「ほら、関係ないから、行こう」
「関係ないって......」
「何もしなくたって大丈夫。それにあたしも能力ないから手の出しようがない」
その時急に辺りが光って、
―――バチン!
雷がその泥棒めがけて落ちた。泥棒がその場に倒れた。
「雷......?」
「よしっ、当たった。逮捕逮捕」
のんきな声とともに現れたのは、エミーだった。雷を落としたのも彼女らしい。
「おっ、エミーのお出まし」
ウラナはにこにこしていた。
―――倒れている泥棒の口元が、少し緩んだような気がした。
怪しい雰囲気をとっさに感じ取り、シェドは周囲を見渡した。
“......陰に、もうひとり”
「手前から二つ目の家だな」
「......残念。俺らには、仲間がいるんでな」
「死ねええええええええっっ!!」
「......だから?」
もう一人の泥棒が何をするかはよく見えなかったが、エミーの周りには赤い光線で作られた網ができて、銃弾を受け止めた。
「何倍がいい? 様子見で三倍くらい?......『×3』」
受け止められた銃弾は3つに増え、180度回転し、泥棒たちに噛みついた。
「うがっ......!」
「がっ......!?」
だが威力の割にはあまり痛がっている様子はない。
「さっきのだったら死んでるんじゃ......?」
「あれ、現世の武器だから」
当たり前かのようにウラナが説明した。
「現世の武器だと、何か違うのか?」
「ここで使うと、圧倒的に威力が弱まる。ライフルとか使っても、ここでは浅いかすり傷相当かな」
「よし、今度こそ逮捕ね」
エミーの左目が赤くなった......かと思うと、光線が出て、泥棒たちに強力な手錠をかけた。
「もしもし、ジグ? 今からそっちに2人送るから。逃げないようにしといて。じゃね」
その瞬間、泥棒たちをまばゆい光が包み、その場から消えてしまった。
「ごめーん、ウラナ、シェド、ちょっとついてきてくれない?」
エミーが遠くから二人を呼んだ。
「何? ただの傍観者だから何も証言できないけど」
「目的はそこじゃないよ。用があるのは主にシェドかな」
「もしかして、シェドに働かせる気?」
「ええ、警察省でね」
「本気で言ってるんですか、それ」
突然自分の話題を出されたシェドも困惑しつつ会話に入る。
「本気、本気。じゃんじゃん若手を取り込んでいかないと」
「そう言えば、現世の警察とここの警察とは、何が違うんですか」
「基本的に守備範囲は死神まで、っていうことが一番かな」
「現世の人間には手を出さない、ということですか」
「基本的には。例外もあるけど」
「じゃああの二人の泥棒を逮捕したのは......」
「そっから先は取り調べで分かると思うから、外で聞いてて。デザートでも用意させるから」
「......ジグ出すの、やめてよね」
念を押すように、ウラナがクルーヴに詰め寄って言った。
「あ、ごめん。出すつもりでいた。ラインにするわね」
「前は本当に怖かったんだから」
* * *
「さ、着いた着いた。入って」
「ああ、ここなんだ、警察」
目の前に現れた大きな建物を大げさにのけぞって見上げつつ、シェドはそう漏らした。
帰ってきて四冥通りを通ったとき、家々の上からのぞく少し高い建物があったのを思い出した。今目の前には、その建物がある。
「おかえりなさい、クルーヴさん」
「ただいまー」
出迎えたラインと、目が合った。
「うげっ」
「あっ」
「ん、何、どうしたの? もしかして『そういう関係』?」
「ちっ......違います! あ、あの時は、その、失礼を働いてしまい......」
「え......いや、こっちこそ......ぶっきらぼうになって、すまなかった」
「何、やっぱそういう関係なの? ウラナ」
「いやー、怪しいね。超怪しい」
「「だから違いますって!!」」
「ほら、息もぴったり」
「えっと......」「......。」
「ケーキ、用意してきますね。ウラナさんの分も」
「お願いね、ライン」
そう言い残すと、ラインは逃げるように奥へ引っ込んでしまった。
「あれ? そういえばあの人、まだペルさんに教わってる身なのに、なんでここにいるんですか」
「ラインはお調子者だけど、賢いの。今の生徒のメンツでは一番ね。それで将来も見据えてここで実習してるの。今は主に来客へのお茶運びが仕事だけど。そのうち取り調べの同席とかもさせてみるつもり」
「いやお茶運びって」
「あ! あの! お待たせしました! 粗末なものですが......」
「わーい、ケーキいただきー」
「おいおいおい待て待て待て」
シェドが急に本気の目になった。
「何、シェド」
「なんで粗末なものだなんてウソつくんだよ」
「どういうこと?」
「これフランスの超一流のケーキ屋から取り寄せてるだろ、アルク・ドゥ・トリオンフ」
「どれどれ......うわ、当たりだ」
「なんで分かったんですか」
「よく通ってた。まあとんでもない行列で大変だったけどな。あとはクー・セージュとかもいいな。しかもこのケーキ、一番人気だろ。相当苦労したんじゃ…ってまさか冥界にレジェンドがいるのか!? 100人しかできない予約宅配制の権利をつかみ取った100人のうちの一人が!? 信じられない」
「何この人? 女子みたいなんだけど」
驚きを隠しきれないのはラインだけではなかった。
「しかもこの人なかなかコアな層ですよ」
「何で?」
「アルク・ドゥ・トリオンフはフランスで指折りのケーキ屋さんで、知っててもおかしくないです。さっきのレジェンドの情報も完璧に合ってます。シャンネさんが100人のうちの1人に登録されてるんです。定期的に貨物がやってくるでしょう? あの中にケーキが入ってるんです。シャンネさん宛てに。それを普段はここで保存してるんです。シャンネさん、よくここに来られますよ。食べに」
「え、じゃあおばさんがよく外出するのは、それだったんだ」
「大方そうだと思います」
「あの人の行動の謎がだいぶ解けた気がする」
「今度お二人でいらしてはどうですか?」
「まるでレストランみたいな言い方......」
「あ、それで、アルクの方はそう言うことなんですけど、クー・セージュの方は、シャンネさんもごく最近知ったという、超隠れ家の超名店、ありとあらゆるスイーツを知り尽くしてるシャンネさんが、『わたしが知らなかっただなんて......』って半泣きになってたっていう、本当にガチ勢でないと知らないところなんです。それを軽々と口にされるとは、ああ、何と恐ろしい」
「おばさんが半泣き!」
「ええ、そんなことがあったんです。ウラナさんが先の現世視察をしてた頃の話です」
「え、じゃあ、本当に最近じゃない」
「そう、この男、なかなかあなどれないのです......」
ウラナはちらっと、食べっぷりのよろしいシェドの方を見た。
シェドはそのケーキを、ゆっくりと賞味していた。
“......変わってるな、お前”
「良く知識を収集できたと言ってくれよ」
“............変わってるな、お前”
「......そうか?」
「ごめーん、待たせた? 準備できたから、傍聴室に入る?」
ひょこっとクルーヴが奥の方から顔を出した。
「え、俺まだ食べ終わってないです」
「のんびりしすぎでしょ......まあ、いいわ、持ち込んでも構わないわよ」
「本当ですか」
「えーっ、と、それから、ライン、やっぱこっちに来て」
クルーヴが取調室を示す。
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」
「しょっぱなから手ごわそうだけど、頑張って」
「よかったわね、ライン」
「はい!」
もぐもぐ夢中でケーキを味わうシェドとウラナが後に残された。
「......先生の治世になってから、若くても優秀な人はどんどん登用されるようになったからね。ラインが十聖士になるのも、そう遠くないかもしれないわ」
「ラインって年いくつだっけ」
「いくつだったかな......」
「184です!」
本人が答えた。
「え、じゃあベガと近いんだ。ベガ、確か183だから」
「結構離れてるんだな、兄貴と」
「現世とこっちじゃそういうところも違うからね」
「ところでウラナは、あっち行かないのか」
「行かない行かない。あたし、働いてるのここじゃないから」
「こらウラナ、油を売るんじゃないぞ」
「あ、ごめんなさい先生、クルーヴに呼び止められちゃって」
「エミーが? 何かあったの」
「え? 大殿には伝わってないんだ」
「雷が突然ズドーン! って落ちたことは知ってるがの」
「人間が二人、つかまってね。その事情聴取が今から始まるの」
「......ふうん。分かった、終わったら来て」
「了解、先生」
「あ、始まるみたいよ」
「お、本当だ」
シェドはもしかするとこの時、何か面白いことでも始まる気分でいたのかもしれない。