#139 真相と、決意
この話の後半部分には、残酷描写が含まれます。ご注意ください。また次の140話も同じく残酷描写が含まれるうえ、おそらく139話より残酷であると思われます。142話の前書きにざっくりとだけどんな話だったかを載せますので、苦手な方はいったん飛ばして、そちらを先に見ていただいても構いません。
『悠芯、処理完了。周囲の未練死神の処理に移る』
『了解』
エニセイとライン、風樹の三人の目の前で、悠芯は悪魔に殺された。その悪魔は顔含め全身を黒い服で覆っており、表情は一切見えなかったが、愚かな葬儀死神を笑っているのだろうということは、三人にも分かった。
『ようやく未練死神と出会えたな。我々がここを支配する前に、どれ、少し相手でもしてやろう』
シュコーッ、シュコーッと水中にいるかのような音を立てながら、その悪魔は言った。
「……機械兵か」
「機械兵?」
その異様な姿を見ながらも最も落ち着いていたのは、同じ悪魔である風樹だった。
「そうだ。前の戦争の時から開発がされていた、完全に自立した意志を持ったアンドロイドだ……。下等兵とは違う、あれは本国にいる悪魔が、基本的な操作をしているからな。機械兵は自分の意思で動き、自分の意思で戦う」
ガシャガシャガシャガシャッッッ!!!!
それこそ機械が作動するときのような騒がしい音を立て、その機械兵がエニセイたちに急接近してきた。エニセイが刀を抜き応ずるが押す力は相当に強く、エニセイの方が押されていた。
「ふんッ!!」
背後から風樹が斬りつけ、中心部を破壊したためか、機械兵が火花を散らしてその場に倒れた。ほどなくして全身が部品ごとに分解し、完全に動きを止めた。
「まだ本物の悪魔の水準には追いつけていないようだが……」
「背後から斬りつけて倒せる程度なら、一体ではないだろう」
風樹の言葉に対し、エニセイがそう言った。それを合図にしてか、三人を取り囲むように次々と、同じような姿形をした機械兵が襲いかかってきた。
「一般の未練死神を襲うようにプログラムされているかどうかは分からないが、意思があるなら事態がどう転ぶか分からない。ライン、風樹、一体ずつ叩くぞ」
「「了解!」」
斬る、斬る、斬る。
幸いエニセイや風樹であれば、機械ならではのとてつもない力を持つ点を除けば一体ずつコアを破壊し行動不能にしていくのは容易だった。ラインも押し負けつつもエニセイにサポートされ、着実に機械兵を倒していった。
「……主兵が来ないな」
その場にいた機械兵の半分から四分の三ほどを倒した頃、エニセイがふとそう言った。
「いくら意思を持つ機械兵とは言え、実際の悪魔の誰かが統率をしているはずだ。実験段階の機械兵ならよりその可能性が高い。これだけ倒せば、阻止しようとして主兵の一人や二人は、出てきそうなものだが」
「確かに……」
ラインもそのことに同意した。
「こんにちは」
同意の返事をした途端、三人とは別の者が現れた。女だった。そして三人とも、その女にはよく見覚えがあった。
「蛍雪……!!」
前の戦争では首尾のそばで彼のサポートをしていた、悪魔の女だ。
「名前を覚えてくれていたようで、嬉しいわ」
「まさか二度会うことになろうとはな」
「私も、そう思うわ。何せ三人とも、よく顔を覚えているもの」
それから蛍雪はもとは機械兵だった無数の金属の欠片を見渡して、言った。
「こうして見てみると、ずいぶん倒されたようね。もう少し早いタイミングで出てもよかったのかも」
「……そう言うということは、お前がこの機械兵の統率をとっているのか」
「ええ、そうよ。ただあなたたちの予想はだいたい合っているわ。完全に機械兵のそれぞれが独立した意思を持っていて、私はただ彼らを大まかにまとめるだけ。ここにこう攻撃しなさい、なんて命令を出す必要もない。それにまだ実験段階だから、データを取るというのも主な目的の一つ。私自身の体力を温存できる、というメリットの方が大きいわね」
つまり三人は機械兵と戦うことである程度体力を消費したが、一方で親玉である蛍雪はまだフルで戦える状態にあるということだ。
「前回私は首尾のサポートに回って、あまり一人で戦っていないけど、別にそれは私自身が弱いからじゃない」
蛍雪が一瞬で三人の足元に銃弾を撃ち込んだ。銃弾それ自体は足元の地面に落ちたが、そこから氷が生えて成長し、三人の膝の辺りまで凍り身動きが取れなくなった。
「確かにこの銃の機能に直接的な殺傷能力はない。だけどサポート役としては非常に優秀。そのことを今、ひしひしと感じているでしょう?」
「……逆探知が、その銃の機能ではなかったのか」
「逆探知? ああ、それね」
前の戦争で一度だけ、蛍雪は銃を使った。ウラナの許嫁であったフリードリヒの足元に向けて撃ったものだったが、その時フリードリヒの足元が凍ることはなく、フリードリヒがどこを歩んできたかという情報を蛍雪は得ただけだった。
「あの時は特に凍らせて動きを止める必要がないと思っただけで、凍らす方がむしろメインなのよ? 逆探知はあくまで、オプションのようなもの。もちろんあなたたちにも使わせてもらった。残念ながらあまり有益な情報が得られなかったけど」
ただ、と蛍雪が念を押すように言った。
「これだけの機械兵の中で身動きが取れずにじっとしてたら、さすがに殺されてしまうでしょうね」
「「「ぐっ……!!」」」
三人とも刀を叩きつけて足元を凍らせる氷を割ろうとするが、エニセイや風樹の力をもってしてもびくともしなかった。
「あら、それはあまり得策ではないわね? 今はその氷もできたばかりで固いでしょうけど、そうやって何度も壊そうとしていれば、いずれは脆くなる。いざ脆くなればその氷は一気に壊れてしまうようにできているから、いつ足を斬り飛ばしてしまうか……」
「……ほう」
「さあ、どうしてあげましょうか」
「一つ、聞きたいことがある。なぜお前は、俺たち三人にこだわる?」
エニセイが蛍雪に、そう尋ねた。
「こだわる……別に特に深い意味は、ないんだけど。例えば首尾なら”ゼネラル”の殺害とか、あるいは死神の重役の殺害にこだわるでしょうけど、私は特に。死神の数が一人でも減れば、それでいい。機械兵とそれをまとめる私に、偶然あなたたちが出くわしただけ」
首をかしげながら話す蛍雪の横からシュコーッ、シュコーッ……と息遣いのような音を立てて、機械兵が三人に襲いかかる。
「あら? どうやら機械兵たちは我慢できないようね、私より先に、機械兵の餌食になるみたいよ」
あっという間に何体かも分からないほど大勢の機械兵に、三人は囲まれた。
「お前ら……!!」
エニセイがそう言うのを合図に無我夢中で他の二人も持っていた刀を振り回し、機械兵を倒したり追い払ったりする。
「そうやって耐えしのいで氷が溶けるのを待つのと、死んでしまうのと。どちらが早いでしょうね?」
エニセイたちが歯ぎしりをするのを、蛍雪がほくそ笑んだ顔でねっとりと見つめる。
「このまま死んで……たまるか!」
エニセイが自分自身に喝を入れるために、そう言った瞬間のことだった。
エニセイたちのいる場所の上空がほんの一瞬だけ、閃光に包まれた気がした。その閃光に気づいたのはどうやらエニセイしかいなかったらしく、蛍雪は一切表情を変えていなかった。
「何だ、今のは……」
「あら? もう諦めて現実逃避かしら?」
もう一度閃光が走り、今度は蛍雪やライン、風樹にもそれが見えた。
「何かしら……光なんて」
「こういう華々しい登場の仕方はあんまりあたしの趣味じゃないんだけど」
「この方が私は意外と好き……」
「あんたの好みには付き合ってらんないわ。とっとと片付けるわよ」
「……ふふふ、そう言うと思った」
それから上空で女二人がそう話す声が聞こえたかと思った直後、およそ重力やその他さまざまな物理法則を乗り越えた攻撃がねじ巻きながら地面に到達し、機械兵をまとめてなぎ倒していった。
「……!?」
機械兵がいとも簡単に吹き飛ばされただのガラクタになってゆく様を間近で見ていた蛍雪は、言葉を失っていた。その蛍雪の前に、二人の女が降り立つ。ウラナと氷天だった。
「さっきの雑魚ども連れてたのはあんたね……って、あんた蛍雪?じゃない」
「……誰」
少し首をかしげて氷天がウラナに尋ねた。
「悪魔よ。前の戦争でも来てた。何とか生き残って撤退したんだけど、今回また懲りずにのこのこやって来たのね」
「……悪魔」
たった三文字のその言葉を聞いて、途端に氷天の顔が険しくなる。
「”ゼネラル”……」
「あたしが冥界で一番強い、ってのは確かに間違ってないけど、残念ながらそのレベルの死神は一人だけとは限らないのよ。この子とかね」
蛍雪に対して、ウラナが氷天の肩をぽんぽん、と叩いて紹介する。
「何言ってるの、私の方が強い」
「それは違うでしょ、現にあんた、あたしに二回負けてるじゃないの」
「どちらも正気の状態じゃないから、ノーカウント」
「そんなの言ったら全部カウントできないじゃないのよ」
「……ああ」
今度は蛍雪が氷天の方を見て、言った。
「そっちの水色の方、誰かと思えば、葬儀死神のお嬢様じゃないの?」
「……!!」
「やっぱり。その長い髪、昔から変わらないわね。よく覚えているわ」
「……まさか」
「今でも忘れられないわね、あの顔は。絶望に満ちた顔……それから、抵抗もできずに額を撃ち抜かれた」
ドバアアアアァァァァン!!!!
間髪入れずに凄まじい太さの軌道が発射され、蛍雪の腹を貫いた。周りにおびただしい量の血をまき散らし、何が起きたのか全く理解できない、という顔をして蛍雪は倒れた。
「…………くっ」
氷天は歯を食いしばって、何かを耐えていた。ウラナにも何のことか、分かっていた。
氷天の父親を殺したのは。
氷天たちの未来を奪ったのは。
冥界でも身分の高い一族だった氷天たちが一転スラム街で、明日生きられるかも分からないような生活を強いられることになった元凶は。
氷天の底なしの執念と怨念の原点は。
まだ幼かった氷天を育て上げるために、母親が並々ならぬ努力をしなければならなくなった原因は。
「全部、全部、あんたのせい……!!」
「ちょっと待ちなさい!」
ウラナの引き止めも聞こえていないのか、傷がなぜかふさがっていた蛍雪を、氷天は再び軌道で貫いて地面に叩きつけた。何度も、何度も。そのたびに蛍雪の腹の傷は嘘のようにふさがり、また大穴を開けられ、その周りにはとっくに一人分を超えているだろうと思えるほどの血が飛び散っていた。
「許さない、許さない……!!!!」
今度は軌道による遠隔的な攻撃から直接的な斬撃に切り替え、ザクザク蛍雪の体をためらいもなく傷つけてゆく。その鋭い傷さえも血をまき散らしているにも関わらず、切れたそばから治ってゆく。辺りが文字通り血の海になり、ざぶざぶと音がするほどになってもまだ氷天はその血だまりをかき分け、蛍雪に迫った。
「どうして……私の父親を、狙ったの」
「……が」
蛍雪にもはやまともに答えられるだけの生命力は残っていなかった。だが答えない蛍雪へ苛立ちをぶつけているのか、氷天は当たっても残り続ける軌道で真っ直ぐ蛍雪の胸を突き刺した。
「答えなさい」
「くっ……ふふふっ」
「何が可笑しいのかしらね」
蛍雪の胸や腹がもはや見えないほどに軌道を突き刺されても、蛍雪は笑みを浮かべていた。そして、静かに息絶え、砂だけがその場に残った。
「ラズリ……」
さすがのウラナも、その凄惨さに言葉を失っていた。
「あんたずいぶん、後味の悪い殺し方をするのね」
「……また、よ」
「また? 何が」
「また、殺意を抑えられなかった……父親を殺したって聞いて、普通の殺し方をする選択肢が、一瞬で私の頭の中から消えた……」
「……」
ウラナには正確に言えば、氷天の気持ちは分からなかった。両親なんていなくてもいい、というほどに思っていたからだ。だが人並み、あるいはそれ以上に大事に思っていた父親を悪魔に殺されたことがどれだけ痛ましいことか、ウラナは精一杯分かってやりたかった。だからこそ、かけるべきいい言葉を、ウラナは見つけられなかった。
「……ラズリ」
「……なに」
それでも、ウラナは氷天に何か言わずにはいられなかった。
「あたしさ、……こういう言い方はあんまりよくないかもしれないけど、思うのよ。あたしとあんたの境遇は、似てるって。何かに対して生涯全部かけてもいいぐらいの恨みを持って、”ナイトメア”を取り込むことを選んだ。それで、『こんなはずじゃなかった』って思ってるところまで一緒。そうでしょ?」
「……ええ」
ガキン、と氷天はラピスラズリを砂の舞う地面に突きつけた。
「……あたし思うのよね。今すぐこの状態から抜け出すのは無理だ、だから時間の経過とともにマシになるの待つしかないんじゃないかって」
「……何が言いたいの」
「あたしはあんたの境遇とか、気持ちをできるだけ分かってあげたい。あたしにとっちゃ今のあんたの行いを、全部あんたが悪いって決めつけるのは残酷すぎる。相手が悪魔だからってのもある。だけど、恨みつらみを全部、百パーセントぶつけて戦っていく状態からは、いつかは抜け出さないといけない。ゆっくりでいいから、そうできるように、あたしと頑張ってみるのも、いいんじゃないかしら」
珍しく、ウラナが少し婉曲的な言い方をした。氷天は手は落ち着かない風にラピスラズリで蛍雪の死砂をいじっていたが、少しはっとしたような顔をしてウラナの話を聞いていた。ウラナが言葉を結んでしばらくして、ぽつり、と氷天が言った。
「……リオンも、人の気持ちを汲み取ろうとすること、あるのね」
「あたしをどんな鬼畜だと思ってんのよ、失礼ね」
「……分かった。リオンがそう言うなら、仕方ないから」
「あんたも素直じゃないわね」
風が吹いたことで、どれが蛍雪の死砂なのかもはや分からなくなっていた。その砂を背にして、氷天は遠くを見据えた。目も少しうるんでいたが、それも拭った。そして、ウラナに呼びかけた。
「主兵ばかり見ていたせいで、下等兵がうごめいてる……片付けに行くわ」




