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現世【うつしよ】の鎮魂歌  作者: 奈良ひさぎ
Chapter13.対立する死神 編
152/233

#135 統制派

 葬儀死神・憐麦(れんばく)

 彼女も今回冥界に攻めてきた軍の一員になっていることから分かる通り、葬儀死神の統制派の一人である。ただ、統制派の中には現在の葬儀死神のトップのように過激な統制派もいるが、一方で未練死神の存在を疎ましく思っていながらも、具体的な行動を起こすことには難色を示す統制派もいる。その筆頭が憐麦なのだ。つまり、憐麦がエリザベスたちを殺す覚悟さえもできていると言って冥界にいるのは、普段の彼女からすればおかしいのだ。


「どうしたんですの?いつものエリザベスじゃない気がします」

「あら? いつもの私を知っているのかしら?」


 いつも弾道が正確で、狙ったものを外すことがないエリザベスが、一発も命中させられないでいた。それは確かだった。


「あなたのウワサは、葬儀死神の国でもよく聞いていますのよ? ……悪魔の一族でありながらそれを裏切って、死神側についたという過去も、ね」

「私にはもう、自分が悪魔の血を引いているという意識はないわ。銃の使える死神、程度の認識の方が、気持ち的にも楽だから」

「その認識は、死神にしても甘いのではなくて?」


 エリザベスの撃つ銃弾の隙間を縫うようにして、憐麦は次々と短刀を腰から引き抜き、エリザベスやライムに斬りかかる。ライムも標的にされているためエリザベスはライムを守ることもしなければならず、エリザベス優勢であるとは言えない状況が続いていた。


「甘い? 確かに悪魔の取り巻きだった過去は消しようがないかもしれないけれど、いつまでも引きずるべきものでもないでしょう。それに悪魔の味方をすることがよくないことだなんて、あなたも分かっているでしょう」

「悪魔の味方、ね」


 憐麦がそう言った途端、彼女の行動パターンが変わった。明らかに斬りかかるものではない動きをした次の瞬間、


ズドンッ。


 シェドのものほどではないがお腹に響いてくる程度には轟音な銃声が響いた。その銃弾はライムとライムをかばうエリザベスの頭の隙間をきれいに抜けていった。


「先にあなたたちの方から種明かしをしてもらえて、助かるわ」

「銃……!」

「よかったわ、私にぴったりの銃が見つかって。銃の腕前がたとえあなたほど正確ではなくても、十分太刀打ちできると思うんですの」


 現にエリザベスとライムの間をすり抜けた銃弾は背後の建物の壁に命中し、どす黒い炎のようなものを上げていた。すぐにごうごう、という音は消え、壁は跡形もなく消えてしまった。


「……それは『暗』の一族のものかしら? 悪魔の中でも『炎』の一族と少し対立していた」

「さすが元『炎』の一族は違いますわね、その通りよ」


 『暗』の一族の銃は銃弾が命中した人や物をどす黒い物質で覆い、消してしまう特性を持つ。その圧倒的で圧巻な攻撃方式が『炎』の一族のそれと似ていることは悪魔たちの中でもかねてから言われており、どちらがより優れているか、何度か勝負が行われたこともあった。その『暗』の一族の銃を、葬儀死神である憐麦が所持している。それが意味することは明らかだった。


「……つまり、今回こんなに自信を持って葬儀死神がこちらに攻め込んできたのには、悪魔が絡んでいるというわけね」

「ご名答。加えて葬儀死神は能力も手に入れたんですのよ? これでは未練死神程度には負ける気がしない、と思う統制派の気持ちも分かるものでしょう?」

「能力……?」

「ええ、未練死神のと同じものですわ」

「葬儀死神にはほとんど、適性は出ないはずよ」

「『未練死神専用の能力の適性が欲しい』という理想が、叶ったとしたら?」

「え……!?」


 その言い方にかなりの含みがあるのには間違いなかった。

 理想が叶う。否、それは野望かもしれない。


「いえ、……まさか、ね」

「そのまさか、よ。エリザベス、あなたの判断や思考回路は決して、間違っていませんわ。私はあなたを今までも見てきているのですから。”その能力”が適応する葬儀死神を見つけるまでは、随分と手間もかかって、犠牲も多く出たものですわ」

「犠牲……まさか、そのためだけに罪のない葬儀死神を……!?」

「あら。必要な犠牲だとは思いませんの? 一人でも適合者が現れれば、それでたとえ数百の命が失われようとも、十分カバーすることができる。その認識は共通ですのよ」

「そんな思想が、統制派と揶揄される原因なのに……!!」


 能力学をそれほど詳しくやっていない死神でも、その能力の危険性と、歴史はもはや常識に近い。”連携強化”(アディショナル・コネクト)―――冥界で一切の所持が禁止されている、危険極まりない能力だ。その一つの能力のための能力適合実験でいくらとも分からない葬儀死神が犠牲になって、それでたった一人しか適合者が見つからなかったとしても、それでいい、ということなのだ。


「私は別に、統制派と呼ばれることに対して特に嫌悪感はありませんわ。他のみんなのほとんどがそうでしょう、過剰に反応するのは悠芯とか、あの辺りじゃないかしらね。葬儀死神の主導権を握っている一派としての誇りが、大変高いところだから」


 そう言うなり、再び憐麦が銃弾をライムとエリザベス向けて撃ち込んだ。急な変化に対応しきれず、ライムの右腕をわずかにかすめ、外套が破れた。血も少し飛んだ。


「……あくまで、私は本気、ですのよ? 殺さずに生け捕りにする、その程度の甘い認識ではなくて、殺してしまうつもり。あまたがいなくなればきっと、冥界は大きな損害を被ることになるのではなくて?」

「……ええ、そうよ。私が言うことではないと思うけど、きっと、大きな損害よ」


 ふっ、と憐麦の頬が緩んだ。


「それは本当に、あなたが言うことではないわね」

「私のように、百発百中の腕前を持つ死神が、やられてしまえばね」


 エリザベスが言い終わるか言い終わらないかといううちに、憐麦とエリザベスが同時に引き金を引いた。憐麦は真っ直ぐにエリザベスの頭を捉えていた。対してエリザベスの持つ銃の銃口は、憐麦の体からは少しずれたところを向いていた。


「お母さん……!!」

「ふふふ……!!」


 エリザベスが憐麦を仕留められず、憐麦がエリザベスを仕留めてしまうことは、明らかなことだった。実際エリザベスはその場に倒れ伏し、動かなくなった。


「残念、エリザベス。これも、必要な犠牲ですのよ」




「…………なんて、なると思ったのかしら?」




「……!?」


 直後、爆発が起こった。それは決して大きなものではなかったが、爆心は憐麦の腰だった。憐麦の懐が爆ぜたことで、憐麦の体は不自然な軌道を描いて吹っ飛ばされた。


「ぐっ……!?!?」


 憐麦もまた、地面に倒れ伏した。血を出している分エリザベスよりも痛手だった。そのエリザベスは、何事もなかったかのように立ち上がった。


「どうして……?」

「爆弾を持っていたでしょう、私を銃で仕留められなかった時の第二の策。あなたより圧倒的に強い未練死神に遭遇すればここぞという時に使って、逆転するため。それが当たった相手が同じような手を使う私だったから、使うべきタイミングを見失っていた。そうでしょう」

「……よく、見抜きましたわね」

「必死に隠しているようだったけれど、しきりにその懐を気にしている様子だったから。最初から直接あなたを狙うつもりはなかったわ」

「……なるほど、あくまで葬儀死神をバカにするんですのね」


 爆風が直撃した横腹を押さえつつ、よろよろと憐麦が立ち上がろうとする。しかし、立ち上がりきる前に再び倒れ伏した。


「ぐ……」

「あなたの方から殺しに来ているんだから容赦はしなくてもいいかもしれないけど、私はあいにく、あまり女の子が死ぬところを見たくないわ。特に仲が悪いわけでもなかったあなたなら、なおさら」

「……何を今さら、甘いことを」


 憐麦の脇腹を押さえる手がふと離れた。その拍子に血が流れてくる。相当な痛手だったらしい。血まみれになった手で懐から銃を引き抜き、銃口をエリザベスに向けた。


「言ったでしょう、私は殺しに来たと。これは戦争よ、……それともまだ、葬儀死神がこれだけ強くなってもまだ、未練死神は私たちをバカにして、見下すんですのね?」

「……」


 エリザベスの言い分を聞き入れる気は、憐麦にはないようだった。


「今に、後悔させ……」



「その必要はない」



 エリザベスやライムのものでも、憐麦のものでもない声がした。ガシャ、と音がした方を向くと、長い黒髪で目元の覆われた男が憐麦の側に立ち、憐麦の持っていた銃を踏みつぶしていた。


「ご苦労様だ、憐麦。だが残念ながら我々は、あなたを使えない者として処分する決断をした」

「処分……!!」


 憐麦は口からも少し血を垂らしながらそう言うのがやっとだった。その憐麦の背中を、男が思い切り踏みにじった。


「あぁぁぁああっっっ!!!!」

「裏切り者の弱者にさえ勝てんようでは、もはや用済み、だからな。葬儀死神に期待をしたのはやはり間違いだったと、再確認したよ」

「嘘……!! 葬儀死神は、能力を手に入れて、未練死神と、同等に……!!」

「同等に? なんだ、続きを言ってみろ、言えるものならな。これまで能力の『の』の字も知らなかったような連中が刃向かうこと自体無謀だったという認識はなかったのか? あまりに安易すぎる。褒めるようで胸糞が悪いが、未練死神の方が現に数百倍、数千倍も強いぞ」


「やはり悪魔なのね、あなた」


 エリザベスが言った。


「……ああ、そうだ。お前も心底愚かだとは思わないか? 最初から勝ち目があるかないか、それ以前の問題だ。戦場で最初から奇跡にすがるなど、人間でもやらないだろう?」

「……ええ、そうね。葬儀死神に能力が広まったことは、ある種奇跡と言えるでしょうね」

「エリザベス……」


 冷たい言葉に憐麦が反応するが、再び、今度はより強い力で男に背中を踏みにじられる。出血量からして意識を飛ばしていてもおかしくないほどだった。


「だろう? 正直耳を疑った、未練死神と協力して戦うよう、葬儀死神に要請された時はな。あいにく我々悪魔は勝ち目などどこにもない戦争に加担してやるほど、暇ではないからな。だが葬儀死神の筆頭は皮肉なことに優秀だった……見事な交渉力で我々の首脳陣を取り込み、我々は結果として、この戦争に参加することになった。我々悪魔兵の中に、葬儀死神に賛同してこの場にいる者は、ほぼいないだろう」

「……!!」


 憐麦が驚愕した表情を浮かべた。葬儀死神の起こした行動の愚かさ、安直さに気がついてしまった、といった顔だった。


「幸い悪魔兵も相当数いる。葬儀死神が何人か死んでも、もっと言えば全滅しても、我々は全く構わない」


 男がしゃがみこみ、銃口を憐麦の背中に押し当てた。


「終わりだ。死ね」



―――ズドンッ!!

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