Course Out1 ウラナとレイナ
今回は本編とは直接関係ない裏話です。名付けてCourse Out。実を言うと若干関係があるといえばあるのですが、まあこれだけ読んでもお楽しみいただけるかな、と思います!
本編の中にたまにこういうのが突っ込んできますのでご了承ください。
「買い物に行かない?」
ある日突然かかってきた電話の向こうで、レイナはそう言った。
「そんな漠然と言われても」
「現世でウラナとどこかに行くのも、久しぶりかなって思って」
「あたし忙しいんだけど」
「一週間後の予定なんだけど、空いてる?」
「空いてない。大事な会議があるの。歴史を変えるかもしれない新商品の開発会議......」
「ふ~ん?」
出た。
もうすでに重要な予定はすべて終わっていたから、嘘を言ったことになる。『ふ~ん?』とレイナが返してくるということは、嘘をついたのが“分かっちゃった”サインなのだ。最近面倒な時は少し上手い嘘がつけるようになったと思っていたのだが、やはり「歴史を変えるかもしれない」は余計だったか。
「……どうしてそうあんたって、嘘がすぐ分かるのかな」
「やっぱり嘘だったんだ。私と行くの嫌だった?」
「別にそういうわけじゃないけど、また日本でしょ?」
「もちろん!」
レイナの日本好きは死神たちの間でも有名で、買い物を日本でするのはもちろん、大学も日本であることが多い。そもそもレイナは現世視察の時、いつも日本に住む。すなわちレイナが「一緒に買い物しよっ」と言う時、それは暗に「日本に来い」と言っているのと同じなのだ。
「......つまりウラナは、大人しく一人でさみしく買い物してなさいって、そう言うのね?」
「そこまで言ってないでしょうが」
「ああ悲しいかな、ウラナが一緒に行くとさえ言ってくれれば、一目見て惚れてしまうようなウラナに似合う服を見立ててあげられたのになあ、ああ残念」
「……分かった、行くわよ」
「やったあ!」
また負けてしまった。
というわけで、ウラナは日本にやってきた。空港でレイナと待ち合わせする約束をしていて、無事合流できた。
「ここからは案内してもらわないと困るわよ、あたし日本はあんまり来たことないし、あんたの家もいちいち覚えてられないし」
「ウラナってそういうとこ、物覚え悪いよね」
「あんたみたく地図の隅から隅まで覚えてる方が変わってると思うけど」
「仕事柄ね、覚えちゃうのよつい」
レイナは日本で一番大きな国道を、脇に何があったか思い出しながら順にシミュレーションできるらしい。
そんなレイナの冥界での仕事は冥府機密省だ。冥界にある省の中では断トツのトップで、司法を司る警察省よりも上にくる。死神にまつわる様々な情報を管理する場所だ。
「思い出すわ、あんたの入省のとき」
「......いきなり?」
あれは、入省判定と言われる通知が来たときのことであった。
* * *
『今回のメンツで一人だけ、機密省含めてオールAAAだったやつがいるらしい』
そんな疑わしいことこの上ないうわさが流れていた。
いざ就職する段階になって、省に入るならどこがOKか、それが分かるのが入省判定だ。AAA判定はどこの省でもめったに出さない。特に機密省でAAA判定など、出ればそれこそ「歴史を変える」ものだ。機密省にいる人たちはみな、大抵AかB+で入っている。
「……レイナ」
「なあに」
「うわさになってるの、たぶんあんたの気がする」
「うわさ?」
「まさか知らないとは」
「ああ、入省判定の話?」
「それしかないでしょ」
「うん、私よ。全部AAAだった」
「うっわ……」
「私機密省に行く!もともと目指してたし」
「レイナ」
「なあに」
「……これからも、友達よね?」
「えっ!? 何言ってるのこっちこそ友達でいてよね!?」
「......機密省所属の人って、何か遠い存在だし」
「大丈夫だよこれからもずっとウラナは私の友達だよ! 今さら裏切るとかやり方分かんないしっ!」
「ふふっ……はははっ」
「何その笑い怖い!」
「あっはははは! レイナったら相変わらずね!」
「からかったーっ!」
入省判定は、大きな参考資料の一つになる。もちろん省に入らない人もいるが、ほとんどの人は省に入る。
「そういうウラナはどうだったの」
むすっとしたレイナがそう尋ねた。
「あたし?あたしはね、警察省がAAだった。そこから下は全部AAA。機密省はB-」
「B-か......」
B-は事実上不合格である。
「ウラナと一緒に機密省、行きたかったな」
「仕方ないでしょ。あたし文系科目全然ダメだったし」
レイナには、歴史なんて特に、物語を頭の中で作っちゃえばいいんだよ、といわれたものだ。だがどうもうまくいかない。あの道の三番目の~という交差点を右に曲がった所に見えるビルの2階はおいしいイタリアンのレストラン、などと瞬時に思い出せるレイナならできるだろうが、やはりウラナにはできずてんでダメだった。
レイナは文系科目がずば抜けていた。現在ではレイナは理系の学部に籍を置いていることさえあるから、本当に賢いんだな、と実感させられてしまう。
「それにあたし、機密省、性に合わない気がするし」
「んー……どうかなあ」
「あと警察もムリっぽいから、総務省にするつもり」
「そうなの?」
「成績がよくて、上の省に行くことだけがすべてじゃないと思う。それともただの強がりかな」
「ウラナなら似合いそうな気がするんだけどなー」
「あたしが容疑者を逮捕してるところ?ないない」
「『逮捕しちゃうぞ☆』って言ってみて」
「うえー」
「ねえ言ってよう」
「ところで、機密省は女子が少ないって聞いたけど?」
「うん、少ないけど頑張る……ってえ、濁すなあーっ!」
* * *
「あの時のレイナと言ったら…」
「恥ずかしいなあ、もう」
「機密省行ったら、いつも男の人ばっか出てくるんだけど。女子がいるんなら何で出さないの」
「うーん…史纂課は機密性はユルい方なんだけど…それでもまだ機密な方なのかも」
機密省の情報統制は徹底している。同じ機密省所属の人間同士でも、互いにどの部署に所属しているかは知らない。知ろうとしても教えてくれない。レイナは主に外交史などをまとめたり、史料関係のいろいろを行う史纂課の二つ目、すなわち史纂弐課の所属だ。史纂課は確かにガードはそれほど堅くない。なにせレイナが史纂弐課所属であることが外部のウラナに分かっているのだから。
「史纂課は女子多いよ!3割くらい」
「例えば?」
「え、例えば? えー、えっと…待って! 今思い出す! もうこの辺まで出てる」
「ほんとかな、それ」
「そ、そんなこと言うんだったら、服選んであげないよ?」
「いいよ別に、あたし帰るだけだし」
「うわああん付き合ってえええ」
「......仕掛けた側があっさり負けるってどうなの」
「ね? 帰らないでね?」
「分かった分かった。服選びの続きするわよ」
「えっと……ウラナは胸が小さいから、こういう服は無理で......」
「さらっと嫌味を言わんでよろしい。そもそもあんたが大きいのよ」
「じゃあウラナも私とおんなじ感じの服にする?」
「遠慮しとく。あんたの服ってものすごく女の子、って感じの服でしょ」
「うーん......。確かにウラナって、落ち着いた感じの方が似合うしね。......じゃあこれ。一式あるから、着てみてくれる?」
分かった、と言ってウラナは試着室に入った。
「もういい?」
「いいよ」
と同時に、レイナがカーテンを引いた。
というよりそもそも試着室のカーテンは内から自分で開くものではなかったか。
「どう? あたしは割と気に入ったんだけど」
「えー......どうかなあ......」
「何かマズいの?」
「なんとなく、ウラナに合ってない気がする」
「そう? そんなこと言われたら分かんなくなる」
「もう1パターン作ってみるから、そっちも試してみて」
......とレイナが悩み続け、着せ替え人形のウラナという役回りが続くこと1時間。
「ようし、できた! これでウラナもモテモテよ!」
着ていた服をかばんに入れて、お金を払って店を出た。
「ほうら、みんなの視線が釘付けでしょ?」
「ホントだ……」
男だけでなく、遊びに来ているのだろう女子高生も、こちらを振り向いている。
それもレイナを見ているのではない。こっちを向いているのがはっきり分かる。
「なんか、あんたの気持ちが少し分かった気がするわ」
「どういうこと......?」
「レイナみたいな子が歩いてたら、注目されるでしょ?その時の気持ち」
「嫌じゃないでしょ」
「そりゃ死神だもの。普通の人間なら、どうかな」
「普通の人間、か…」
レイナが遠い目をした。
「......あ、ごめん、レイナ。......お腹すいた?何か食べよっか」
「え? おごってくれる?」
「………分かったわよ、おごればいいんでしょ、何でもいいわ。あたしの服も選んでくれたし」
「そう来なくっちゃ!」
「らっしゃい! おっ、礼奈ちゃんじゃないか。そっちの子は?」
「私の友達です!」
「そうかそうか、座りな。いつものだろ? ちょっと待ってくれな」
「......知り合い?」
「はじめて現世に来たときからの常連」
「......え? ってことは......」
「うん。私が人間じゃない事は知ってる」
「信じてるの?」
「うーん、信じてるかどうかは…でも、理解はしてくれてる。あの人のおじいさんだったし、当時は」
「へえ......」
「だから、筑原礼奈も、倉橋礼奈も、高崎礼奈も、全部知ってくれてる」
「いちいち苗字変えてるのね…ってええっ!? 今倉橋って言った?」
「そうよ、倉橋。ご存知?」
「ご存知も何も! 日本中を震撼させたバンド、POLESTARのボーカル倉橋礼奈! あれやっぱりあんただったのね?」
「へへん」
「そんなに目立ってどうすんの!」
「大丈夫。若作りしてるっていう言い訳が通用しなくなった頃に解散したから。他のメンバーにも私が人間じゃないことは言ってるし、すごく円満解散で、今でも仲いいよ。だいたいこのお店、たっくんの弟の店だし」
「そ、そうなのね......」
ボーカルの正体が誰であれ、ウラナはその透き通った歌声をウリにするPOLESTARというバンドが好きだった。
「すーみんと、ひろはどうしてるのよ」
「すーみんもひろも、その家族とよく連絡とるよ。特にひろのところはすごいよ。子どもが天才ドラマーなんだけど、知ってる?」
そう言ってレイナはある人の名前を挙げた。
「ええっ!? あの人ひろの息子なんだ!」
「それだけじゃないよ。ユーフラテス、分かる?」
「ん? 今先生に教えてもらってる?」
「そう。先生のところを卒業したら、彼のところに嫁ぐんだって」
「うっそ」
「ほんと。ユーフラテスが夢中になっちゃって、ユーフラテスの方からアタックしたらしいの」
「で、親父のバンドメンバーが死神だから、そういう理解もある、と」
「そう。だからユーフラテスがいい男を捕まえられたのは、私のおかげ。えっへん」
「いや、それはちょっと違う気が......」
「はい、お待たせ、とんこつしょうゆ2つな」
「わーい! ありがとうー!」
「やっぱり礼奈ちゃんのその笑顔を見ると、この店続けて良かったなって思うよ」
「いえいえ」
「っていうかあんた......とんこつしょうゆって、結構ヘビーなものいくのね」
「何をおっしゃる。飲んでみなされ、スープを」
「まあ、飲むけど......」
ずずずっ。
「え? あっさりしてる?」
「分かるじゃないウラナ! おいしいでしょ?」
「すごい......飲みやすい......」
「また現世に来たときはここに来ようね、ウラナ」
「……ええ!」
* * *
「ところでさ、頼みごとがあるんだけど」
「なに」
ラーメンを食べ終わり、散策を再開して少しした頃、レイナがウラナにそう言った。
「ル・シェドノワール・アラルクシェ・アルカロンドっていう名前、聞き覚えはある?」
「聞いたことあるような......」
「230年前のあの戦争で、ただ1人冥界から脱走した死神」
「ああ! そういえばそんな名前だったような」
「その人が今、どこにいるのか調べてほしいの」
「なんでわざわざあたしに?」
「......数日前ね、買ったばかりのパソコンをね、水没させちゃったの」
「いやいやいやいやちょっと待て! スマホなら分かるがなぜパソコンが水没? しかもどこで?」
「噴水に、ドボン」
「……それはあんたのせいね。そんなところでパソコンなんか開くから」
「……と、とにかく、そういうことだから、お願い」
「まあ、やってはみるけど」
「よろしくね」