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現世【うつしよ】の鎮魂歌  作者: 奈良ひさぎ
Chapter11.蒼く煌めく妖刀の軌跡 セントラピスラズリ 編
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#104 あんたが間違ってる、それだけは正しい

 裏の裏の裏ほどを突かれたようだった。体が対応しようとした頃には命中している。セントラピスラズリに速度で押し負けるなどみじんも思わなかったが、ここまで厳重にされているとも予想できなかった。これも全て、自分の感覚が鈍っていたからなのだ、諦めるしかない。その程度しか考える余裕はなかった。


 血を飲まないと”ナイトメア”が暴走してしまう、ということはあっても、自分の体が傷つくことに耐性があるわけではない。むしろどんな人であれそんなものに耐性などないだろう。だからウラナはせめてと思い、目を閉じた。どう考えても当たる攻撃というものがあるのだと、思い知った。


「”接線破壊”(アタッチメント・ソニック)」


 目を閉じた瞬間、その声が聞こえた気がした。同時に何かが弾け飛ぶような音がすぐ近くでし、反射で状況を確認しようと目を開ける。

 すぐそこまで迫っていたはずの直線軌道が、なくなっていた。正確にはウラナの目のすぐそばで軌道自体に亀裂が入り、崩れ落ちている最中であった。


「これは......!!」

「お待たせ、セントバーミリオン!!」

「セント......ターフェアイト!!」


 セントターフェアイト―――シエルが、地上に立っているのが見えた。地上を這いつくばっている関数軌道はまだ残って、軌道上にある家々を破壊している。だがシエルの周りだけを避けるようにその軌道は走っていた。我に返りウラナも体勢を立て直す。


「て、めェ......!!」


 突然現れた敵に激昂し、セントラピスラズリが<<Sinus>>を何重にもしてシエルを襲う。


「無駄だよ。サインカーブは、もう見切ってる。......”接線破壊”」


 閃光を放つラピスラズリを持つセントラピスラズリに向かい、シエルが走り出した。ウラナは空中で崩したバランスを整え直しながら、それを眺めることしかできなかった。

 サインカーブの軌道は寸分の狂いもなく、シエルの脳天目がけて襲いかかる。それに対してシエルは、


 ―――ただ、飛び上がって大きく足を振り上げた。


『React』


 魔法陣のような紫色に光る紋様とその文字が表示される。

 ウラナはシエルと行動を共にし、セントラピスラズリを追ってきたこともあり、シエルの能力がどんなものなのかある程度知っていた。その魔法陣と『React』の文字が表示されるということは、シエルの能力”歪みに支配されし道”が発動したことを意味する。


「この能力に、立ち向かえるはずなんてない!!」


 魔法陣の発する妖しいような、紫の光がセントラピスラズリの発したサインカーブの軌道を包み込み、亀裂を刻み込んでゆく。その亀裂の発生は途切れることなく大元の妖刀本体まで届き、そして再び砕け散った。


「............ぐっ」


 地面に着地し、真っ直ぐセントラピスラズリの方をにらむシエル。その背後にウラナが着地したのを見て、セントラピスラズリが露骨に顔をしかめた。


「......いつからいやがった」

「私はさっき。残念だけど、もう諦めて。この足でセントラピスラズリの身体そのものを破壊されたくないなら」

「......ケッ」


 心底つまらないといったような表情をし、セントラピスラズリはにらみ返した。



 わずかな変化。



「下!跳んで!」


 すかさずウラナが叫ぶ。シエルもそれを聞いてすぐに飛び上がり、転がりながら横に逸れた。その瞬間、先ほどまでシエルのいた場所が直線軌道で貫かれ、地面にひびが入る。


「......反応いいじゃねェか」

「聴覚は衰えてないのよ。確かにあたしの攻撃は大雑把もいいとこかもしれないけど、その分五感で隙間を埋めてる。あんたのと違って繊細でもなんでもないから。さっきのも大方、シエルの壊した刀の破片が”生きてて”、そこから軌道を出したってところじゃない?」

「ったくどいつもこいつもよォ......」


 セントラピスラズリの手に、再び刀が握られる。二本目が来れば三本目は十分あり得る、ということは分かっていた。だがセントラピスラズリの体力の事を考えても、この三本目が最後だ。加えてシエルが突然出てきて混乱のうちに刀を砕くというような、一種反則のようなことはもうできない。


「最初っからお前と殺り合った方が、やりがいもあったってわけかァ……‼︎」


 ウラナに残された手があまりないことを逆手に取ったのだろう、真っ直ぐにウラナに向かい襲いかかってくる。しかも様々な関数軌道で自分をフルガードし、一切ウラナ側の攻撃を受け付けない状態で。


「......『施』!!!!」


 対してウラナは再びそれを発動して、セントラピスラズリの防御を崩しにかかる。金属さえも燃やし尽くしてしまいそうなほどに紅いガーネットの軌道と、それこそ宝石のような輝きを持ちつつも凶器である蒼いラピスラズリの軌道とが衝突し、火花を散らす。


「あたしに力で勝とうと思ってんじゃないでしょうね!?」

「いつまで思い上がってやがンだァ!?」


 セントラピスラズリも先ほどのような緻密でとにかく相手を罠にかけるような攻撃は通じないと分かっているのか、飛ばす軌道に規則性や整合性はなかった。ただ繊細であることは変わらず、逃げ場を探すのに思考では決して追いつけないレベルだった。全て本能で感じ取って、避けて、その合間を縫って攻撃を飛ばしてゆく。ウラナも高く飛び過ぎたことを省みて、先ほどと同じく地面を這う軌道に当たらない、かつ攻撃の届きやすい地面ギリギリのところで低空飛行を続けつつ、セントラピスラズリの次の動きを慎重に見極める。


「さっさと<<Gauss>>使えばいいでしょうが、そっちの方が、あんたも楽でしょうに!!」

「ほォ」


 そう言ってセントラピスラズリが攻撃態勢に入る。ウラナも身構える。


「......<<Eins>>」

「......!!」


 口の動きから攻撃のおおよその範囲や威力を読み取れることが救いだ。もしそれができないなら、どう考えても効率のいいセントラピスラズリの方が圧勝になる。どんな攻撃をしてくるのかが読み取れたとしても、そこから自分がどう動くかによって全く運命は変わってくる。ウラナも素直に<<Gauss>>を使ってくるとはみじんも思っていなかったが、それでも一瞬反応が遅れる。

 同じ直線軌道である<<Gauss>>と<<Eins>>の違いは何か。それは効果範囲である。<<Gauss>>は大量の軌道を放って一気に片を付けることができるが、一つ一つの威力は強いとは言えず、数個命中した程度では軽傷の部類にしか入らない。対して<<Eins>>は一度に放てる軌道の数は少ないものの、一つでも命中してしまえば一気に死が近くなる。その<<Eins>>の軌道が、ウラナを追い詰めるように様々な角度で飛んでくる。至近距離ながらギリギリのところで反応し、かわす。


「......大雑把なのは変わってねェぞ?」


 気づいた。

 だが遅かった。

 一つだけ一瞬遅れてやってきたものがあった。それを音で聞き分けられたところまではよかったが、行動に移すまでの時間がなかった。とっさに身を倒して翻るが、外套を貫通し、ざっくりと腕を貫かれたような感覚と音がウラナの中に響いた。


「あ、あああああっっっ」

「いいねェ、その声だぜその声ェ。その苦悶の表情も心地よくて仕方ねェぜ......!!」


 ぼたり、ぼたりと血が流れる。『あの時』よりは出血量も少なく、まだ立っていられる。それに飛行の継続もできる。だが苦しみに歪んだ表情は元には戻らなかった。


「ス......『囲』......!!」


 もう消費する体力が多いからといって渋っていられる余裕はない。迷いなく、自分の身体を囲む結界を形成する。


「無駄だっつってンだろォがよォ......!!」


 結界を壊そうと真っ直ぐにラピスラズリの軌道が飛んでくる。二本の妖刀の互換性から、その結界に軌道が当たればあっけなく崩れ去る。そんなことはとうの昔に分かっている。


「『気』」


 ラピスラズリの軌道が結界と交わり砕ける瞬間に姿勢を低く、伏せるような格好になる。


「(......今!)」


 直後、ウラナの体のすぐ上を大量の破片が飛び交う。妖刀が作り出す結界とは言え、破片になればガラスと同じ。刺されば危険なものになる。

 だがそのためだけに伏せたかというと、そうではない。


「......がっ......!?」


 結界が弾け飛ぶとともに、セントラピスラズリからウラナの方へ強烈な風が吹く。それは地面に着地して軌道をあちこちに放っていたセントラピスラズリが引きずられるほどのものだった。


「もうそろそろ終わっといた方が、あんたのためよ!!」

「させ......るかよォ!!」

「『気』!!」


 真っ直ぐウラナは刀を構えるが、斬りつけはしない。代わりにセントラピスラズリが吸い寄せられるのとは真逆の方向の風を巻き起こし、圧倒的な風速で吹き飛ばす。斜め上に吹き飛ばされ、飛行することもままならず地面に叩きつけられ、数バウンドして転がる。そこから開いた視界に、猛スピードで飛び込んでくる影。真上から叩き込むようにやってきたそれは鬼の形相であった。避けることもなく真っ直ぐその刀を受け止める。ぎりぎりと金属のこすれ合うような音がする。

 受け止め、弾き返そうとするセントラピスラズリが勝利の自信を持ちつつある笑顔を浮かべたのに対して、ウラナは押し返されることに恐怖するような、歯を食いしばった表情を見せていた。だがガーネットがウラナごと弾き飛ばされようとした瞬間、今度はウラナの方が勝利の笑顔を向ける。



「終わりなのは、あんたよ」



 その言葉が聞こえた瞬間、ほんの少しだけ、ガーネットがラピスラズリを押し返した。



 赤い閃光と蒼い閃光。



 それらが交わり弾けて消えた時、蒼い妖刀の姿はそこにはなかった。

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