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現世【うつしよ】の鎮魂歌  作者: 奈良ひさぎ
Chapter11.蒼く煌めく妖刀の軌跡 セントラピスラズリ 編
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#103 お前の見る世界は、その程度か?

「終わりなのはお前だ、セントバーミリオンよォ」


 ウラナを囲むように、四方八方から青い閃光が差し込む。それは関数をかたどって刀の軌道が自分に飛んでくるということを意味し、同時にそれが命中した瞬間、自分の死が訪れることも意味していた。

 しかしそれでもウラナは、表情を変えることはなかった。改めて逃げられない状態、すなわち四面楚歌である自分の状況を冷静に分析する。そして、ため息をつく。わずかな笑顔とともに。


「どうしたァ?諦めでもついたかァ?」


 セントラピスラズリのそのセリフを聞いて、ウラナの笑顔が消える。

 それはいよいよ、死ぬことを理解して、覚悟を決めた時の表情。




 ―――ではない。




「......諦め?いいえ、確信よ」

「......何ィ?」



 刹那、風を切る音がする。微弱にして、一瞬。一度瞬きをした後には、もう景色は変わっていた。妖刀・ラピスラズリに強烈な衝撃が走る。



「が......っ......!?」

「あんたのさっきの言葉、そのままそっくりお返ししてあげる。忘れたかしら?」


 ウラナはセントラピスラズリに、真っ直ぐ向かい合っている。その状態から、セントラピスラズリの背後から攻撃が通った。


「......なるほどォ。分刀、かァ」

「覚えてるじゃない。そうね、分刀。ガーネットはあたかもスライムやらプラナリアやらみたいに、無限個に分割ができる。しかもそれぞれの大きささえ個々で自由に制御可能。しかもラピスラズリには、そんな所業はできない」


 強烈な勢いで背後から襲撃した、ガーネットの分刀。いずれ最終兵器として使おうと考え、あらかじめ潜ませておいた。それに激突した衝撃で、ラピスラズリには亀裂が入り、水晶のように輝く破片を散らしつつ、砕け散った。


「ラピスラズリは刀そのものを砕くことで、戦力を失う。使用者の少ない体力を物体に変換して作っているから、使用者本人もダウンする。そうでしょ?ぽっと出の上流階級の出身でしかないあんたが、あたしに勝とうって思うこと自体がまず思い上がってる」


 ウラナはまくし立てるようにそう言った。それでもウラナの顔に一切誇らしさはない。ただ豹変してしまった仲間を思いやってか、冷酷に言い放つだけで、表情らしい表情はなかった。


「......言いたい放題、だよなァ」

「......。」


 不気味な目を大きく見開き、セントラピスラズリが言った。


「お前はそういやァ、昔からそうだった。言わせておけばあることねェことまくしたてて、論破した気になってやがる。謙虚さってのが足りねェンだよ、お前には」

「謙虚さだぁ?何ぬるいことぬかしてんのよ」

「お前が馴れ馴れしく近づいてきたあン時から、ずっと思ってたぜェ。お前の傲慢さはずっと鼻につくンだよなァ。......そうだ、教えてやる」

「何を」

「いつまで経ってもそンなのだから、お前は最高幹部になれなかったんだよ」

「............!!!!」


 最高幹部。

 それは冥府革命集団所属で、”閣下”の考え方に同調する者なら、誰でもなることを憧れるものだ。だがその地位にはいまだ、セントガーネットとセントラピスラズリの二人しかいたことはない。成文化されているわけではないが、そこには様々な条件が存在する。


「お前とセントガーネットじゃァ、そもそもの器が違ェンだよ。お前にいい言葉があるから紹介してやる。......分をわきまえろ」


 その瞬間二人の間に風が吹く。ウラナとセントラピスラズリの髪が、それぞれに揺れる。その風が何か変化をもたらすのではないかと警戒し、ウラナはガーネットを構え直す。しかしその風が吹き止んでも、二人の距離に変化はなかった。


「............!!!!」


 代わりにあった変化。


 セントラピスラズリの手には、先ほどと同じ形、同じ大きさの妖刀・ラピスラズリが握られていた。時間が戻ったかのような感覚だった。同じ位置、同じ大きさで、それは存在していた。


「......なァ、セントバーミリオンよォ」

「............。」

「......誰が、負けだと言ったァ?」


 もともと不気味であるセントラピスラズリの声が、さらに一段凄みを増していた。その様子に、無意識にウラナの足が一歩下がる。逃げはしない。だが限りなく逃げ出したくなる衝動に襲われ、限りなく逃げ出すのに近い行動をとってしまっていた。大してセントラピスラズリは一歩も動くことはなかった。代わりにウラナの四方八方で再び蒼く閃光が煌めき出し、ラピスラズリ本体もまばゆく光っていた。


「どうしたァ、セントバーミリオン。さっきの余裕は、どこに行ったんだァ......!?」


 そうセントラピスラズリが叫んだ瞬間、まさしくウラナを囲む全方位から閃光が襲った。すかさずウラナは飛び上がる。だが、それさえも予測していたようにその閃光の全てがウラナを追って来た。


「(追尾弾......いや、これは!)」


 空中で身を回転させ、横にずれる。軌道は全て同じところに寄り集まり、爆音とともに爆ぜた。その範囲は広く、さらにウラナが身を翻し避けていなければ確実に当たり、爆死していた。


「(やっぱり......関数軌道しかないのは、昔と同じ。この急な動きは、双曲線......)」


 双曲線は二次関数の一つだ。分類としては円や楕円、放物線と同じ仲間であるが、ラピスラズリについて知っている限りでは立式が難しく、よほど使いこなせていないとこの軌道は描けない。そもそも追尾弾のような動きをとれるものが、この双曲線しか存在しない。あの当時はこんな所業は不可能だったはずだ。


「(圧倒的に、使いこなしてる)」


 さらに地上にも降りられなくなっていた。どうやら<<Sinus>>、つまり波打つようなサインカーブ型の軌道を全方位に巡らせ、地面に体の一部でも付けば、あるいは付かなくても接近すればずたずたに切り裂かれることは間違いなかった。


「(せめてどの関数かが直前にでも分かれば)」


 だがそれは経験上不可能だった。セントラピスラズリとも昔、何度か勝負をしたことがある。その時も立式された関数の式は発動と同時に出ることが常で、結局軌道が自分に向かってくるのを見て勘で避けるしかない。事前に関数式が出るようになっているのだとすれば、それは改悪だ。

 地上がサインカーブで完全にふさがれた状態で、セントラピスラズリは自分の方を真っ直ぐに見据えていた。それは挑発か、あるいは誘惑か。再びセントラピスラズリの手元がまばゆい光を放ち、様々な関数軌道がウラナを襲う。それもどのように軌道が動いてくるかを瞬時に考え、そして即座に行動に移す。


「(......直線)」


 <<Eins>>による一次関数型。真っ直ぐウラナの腹部目がけて。効果範囲は、無限大。


「(......放物線)」


 <<Zwei>>による二次関数型。下に逃げるのをけん制する目的。これも、定義域は無限大。


「(......楕円)」


 <<Ellipse>>による楕円型。左右からウラナを挟むようにして、横に逃げるのをけん制。これは前後に逃げることで避けられるが、直線軌道上からは抜けられないため意味がない。だとすれば、逃げられるのは、上のみ。


「......見切ったあっっ!!!!」



 勢いをつけ、さらに上に飛び上がる。狙い通り、関数軌道は上には飛んでは来なかった。......が。



「(............!?!?)」


 遅れて光る閃光が、わずかながら見えた。同じところから見れば他のより明らかに微弱な光しか発していなかった。それでもウラナには辛うじて見えた。だがまだ上に飛ぶ余韻があって、それに対応した行動がとれない。


―――ギュウウウウウンンンンッッッ!!!!


 真っ直ぐに直線軌道が、ウラナの頭を狙った。首を反らせて避ける。それでもあごと髪に当たって、焦げた臭いがしたほどの速度だった。その勢いで体のバランスを崩し、少し下に移る。


「............!!!!」


 ほぼ一回転したウラナの目の前に、別の直線軌道が迫っていた。そこでようやく理解した。


 上だけに逃げ道を作ることで行動を絞って操作し、上に逃げたところを襲い、それも囮にした上で本命は避けて下に少し下がったところを狙い、確実に仕留める。体力の少ない死神向け、そして技術力をつぎ込んでこそその真価を発揮するラピスラズリ。そこまで厳重なワナに気付くことができなかったのは、やはり自分が戦いから離れて感覚が鈍っているせいなのか。その本命を避けることは、もうウラナには不可能だった。


「......セント、ラピスラズリ............!!!!」



 もっとも立式の簡単なその軌道は、ウラナの脳天真ん中を真っすぐ貫こうとしていた。

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