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現世【うつしよ】の鎮魂歌  作者: 奈良ひさぎ
Chapter11.蒼く煌めく妖刀の軌跡 セントラピスラズリ 編
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#100 紅と蒼の交錯

 もはや立派に冥府革命集団の一員となってしまったセントバーミリオンに、帰る家はなかった。正確にはセントバーミリオンの両親は血の四冥通り事件の後も生存していて、家も焼けることなく残っていたのだが、セントバーミリオン自身が帰ることを望まなかった。何度か警察省内部に潜り込んでいる他の幹部に警察省の動向を聞いたが、セントバーミリオンの捜索願が出されていることはなかった。つまりいようといなかろうと、あの両親にとっては関心のないことなのだ。そう結論付けたセントバーミリオンは、ますますセントガーネットとの思い出に浸り、家に帰ることを拒んだ。”閣下”や他の幹部と話をする時以外は、部屋からも出ようとしなかった。

 そんなある日のことだった。

 その日もあんまり部屋にこもってばっかだと身体に悪いから、と他の幹部の死神に呼び出され、セントバーミリオンは部屋を出た。


「............。」

「ひっ!?」


 部屋のドアを開けると、目の前に一人の少女が立っていた。水晶のような、きれいな水色の髪をしていた。瞳も同じ。だがその身体は髪も含めて、ずぶ濡れだった。風呂上がりというわけでもなく、床にも水が滴っていた。


「あなた......ガ、セントバーミリオン」

「......そ、そうだけど」

「私は、......セントラピスラズリ。よろしク......」


 セントラピスラズリと名乗った彼女が、手を差し出してきた。その手さえもずぶ濡れで握り返すのがためらわれたが、何もしないでいるとずっと手を差し出したままだったので、少し覚悟をして握り返した。


「......ふふ」


 顔をうかがうと、笑顔を浮かべていた。笑顔はいたって普通だった。不気味さは感じられなかった。


「じゃあネ」


 それだけ言うと、ふらふらと歩き出した。かと思うとバタン!と大きな音を出して転び、それで気づいた幹部の女の人が「セントラピスラズリ様!いけないいけない......」と彼女を連れて別の方へ向かって消えていった。



―――ドクンッ。



「あ、ああっ......」

”大丈夫か!?”

「大、丈夫。すぐに、治るから」


 心臓が飛び出しそうになるような感覚に襲われつつセントバーミリオンは部屋に戻り、引き出しを開ける。その中にある試験管の一つを取り出し、中身をあおるように飲み干す。すると数回動悸が続いた後、何事もなかったかのようにおさまる。

 セントガーネットの遺した最後の遺言に従い、”ナイトメア”の粒を飲み込んでからしばらく経っていた。あの時ほど血を求めることはなかったが、一日に一本分、その引き出しの中にある血を飲まなければ理性を失う危険な状態になってしまった。ただそれさえも、セントバーミリオンは積極的にとらえた。たった一本分、血を飲めばいいのだ。少し鉄分の風味が鼻に抜けるのが玉に(きず)だが、それこそ”ナイトメア”の力の影響か、味自体はむしろおいしいとさえ感じていた。


「......ふう」


 自分の身のことが済むと、今度は先ほどであったセントラピスラズリのことが気になった。ずっと断末魔の叫びをあげていた。自分と同じ”ナイトメア”を埋め込む過程だったらしいが、その対象が自分と同じような歳の女の子だとは思ってもみなかった。自ら望んでここにいる自分はさておき、あの少女はそうではなさそうだった。いかにも”ナイトメア”関連で見込まれて無理やりここに連れて来られた、といった印象を受けた。

 あとどれくらいの血のストックがあるのか調べていると、部屋のドアがノックされた。


「......入ってもいいかね」


 ”閣下”の声だった。子どもながら、緊張が走る。それに”閣下”が直接部屋を訪れることなど今までなかった。


「......ど、どうぞ」


 コツ、コツという音を響かせ、”閣下”が入ってきた。


「セントラピスラズリを見かけたかい?」

「えっと......はい」

「彼女はここに来てずっと、”ナイトメア”の導入装置の中に入っていた。極度の人見知りにならざるを得ない、同年代だろうから親しみやすいはずだ。親身にしてやってくれ」

「は......はい」

「もとより彼女は家柄がいいところの育ちだ、いろいろ教えてくれると助かる」

「育ちがいい?」

「妖刀・ラピスラズリは、繊細さを持ち合わせることが必須だ。彼女であれば、ラピスラズリを使いこなすことが可能と見た」

「......へえ」

「ともかく、親身にしてやってほしい」


 ”閣下”はそれを言い残して、部屋を出て行ってしまった。


「(”閣下”は、何が目的だったのだろう)」

「......ねえ」

「......!!」


 気づけば”閣下”の代わりに先ほどのセントラピスラズリが入ってきていた。


「隣に、座ってもいい?」

「え?......別にいいけど」


 てくてくとセントラピスラズリはやってきてちょこん、と座ったかと思うと、ふっ、と安心した笑顔を浮かべた。その笑顔に若干寂しさが混じっているような印象を受けたこと以外は、とてもあの断末魔の叫びを上げ続けていた張本人とは思えなかったほど、かわいらしかった。


「セントバーミリオン......セントガーネットの、弟子」

「......そうだけど」

「セントガーネットは、どんな人だった?」

「どんな人......あんまり人には優しくないかな。たぶん見捨てることを、悪いこととは思ってなかった」

「へえ......もっと、優しい人なんだと、思ってた」

「あたしには別だったみたいだけど。あたしは、すごく信頼してもらえてた」

「そうなの?」

「だからガーネットも継いでくれ、って言われたんだろうし」

「ガーネットを継いだの?」

「まあ本体はここにないんだけどね。あたしは今、分刀を持ってる」


 とセントバーミリオンが言うと、セントラピスラズリが手を自分の前にかざした。すると輝きながら一本の刀がその手の中に収まった。


「私のラピスラズリはこれ。普段は出さないようにして、いざ使う時にこうやって出すの」

「何か、次の作戦に参加するって聞いたけど」

「そうみたい。私もまだ、あまり何するかは聞いていないから」



どぐんっ。



「......どうしたの?」

「ぐ、ぐ、ううっ」


 さっきまで元気に話していたセントラピスラズリが、急に胸のあたりを押さえてうずくまった。だがそれに対する反応も早かった。ポケットから試験管を―――ちょうど、セントバーミリオンが手に取っていたものと同じものだ―――取り出して、栓を取って中身を一口で飲み干した。そして空にしたそれをポケットにしまう頃には、もう元に戻っていた。


「......今のは」

「ただの水。でも、これをちゃんと忘れずに飲んでおかないと、ダメなんだって。私の中にいる”ナイトメア”が、これを欲しているらしいの。確かセントバーミリオンも、”ナイトメア”が中にいるって聞いたけど」

「ああ、それね。ついこの間に。セントガーネットから、受け継いだから」

「受け継ぐのが多いね。......で、何を飲まなきゃいけないの」

「血」

「血......!?」

「そう。ここに、たくさんあるんだけど。すごく生臭い匂いがするあたり、どうもただの色水じゃないみたい」

「そっか......大変だね」

「ねえ」

「なあに?」

「あたしたち、この部屋で暮らさない?あんたがいたらいい話し相手になってさみしくないし。別にあんたも嫌じゃないでしょ?」

「うん......私も、それ言おうと思ってた」

「決まりね」


 それから”閣下”の了承も得て、セントガーネットとセントバーミリオンがいたその部屋は、セントバーミリオンとセントラピスラズリのものとなった。それを機にセントバーミリオンは、最初に”ナイトメア”を取り込んだ時に暴走して壊した写真をはじめいろいろなものを直そうとした。セントガーネットが殺されても、セントガーネットはセントバーミリオンにとっての師匠であり、恩人でもあった。セントガーネットは思い出の品、といったものを残すのを嫌ったから、そもそもそれらの数自体が少ない。だからこそ、丁寧に直してでも、それらを守っていきたかった。もともと守りたいのなら、”ナイトメア”を取り込まなければよかった、と思うこともあった。だが取り込むことも含めてセントガーネットが望んでいたのなら、という気持ちもあった。セントガーネットを盲目的に信じていたわけではなく、それが正しいことなのだろう、とセントバーミリオン自身が思っていた。


「これが......セントガーネット......」

「そ。その写真、良く写りたかったのか知らないけど妙にかっこいいでしょ?」

「うん......」


 そんなセントガーネットが写った写真を眺めては、セントラピスラズリは感嘆の吐息を漏らしていた。それがどういう意図をもってなされているのか、セントバーミリオンは深く聞くことはなかったが、何を想像しているのか、何時間もずっとその写真を見つめていることさえあった。


「セントガーネットは、ここで何をしたいって、言ってたの」

「何だったかな......」


 人間は他人を裁くにはあまりにも未熟過ぎる。人間とは違って様々な能力を持つ死神が、彼らを導いてやらなければならない。その第一歩として、死神たちの支配を試みる。抵抗する者は、仕方ないが殺すほかない。


 それがセントガーネットの考え方だった。何度もそのことをセントバーミリオンに言っていた。セントガーネットの言っていたことそのままには伝えられなかったが、言いたいことは伝わったようだった。


「私は―――」


 セントラピスラズリはうなずいた後、自分の意見を言おうとしたようだった。だが、言わずじまいで自分から口をつぐんでしまった。


「私は、殺す。............を、......」




 殺す。

 それがどれほどの負の感情であることか。

 殺すことが、善なのか悪なのか、突きつめ始めればきりがない。だが、負の感情であることは間違いない。その感情は、深く、セントラピスラズリを支配しているようだった。



 殺す。

 殺す。

 死を、与える―――。



「あああアアあアアアアアアあぁぁぁァァァアアアア」

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