メイリア・ストラスブール編
第四弾は、メイリアです!
次のミヒャエラで最後になります。
「......ふう」
「どうした、ため息なんかついて。珍しい」
「いいえ、こんなに一気にたくさんの患者を診たのは初めてだから、少し疲れただけよん」
「すまないな、私がもっと医者としての経験を積んでいれば、もう少し負担は減ったはずなのに」
「そんな心配は無用よん。それに中隊長には、同じくらい大事な仕事があるもの」
メイリアは戦争が終わってからというもの、くるくると働いていた。敵味方関係なく病院に運び込まれたケガ人はみなメイリアが主治医となって面倒を見た。一度捕まって能力開発を受け、手に入れた能力が寿命を延ばすだけの「使えない」ものだと判断された後放り出され、軍医になってシャルロッテの部下となったメイリアの人生。その人生の中で、おそらく一番一生懸命働いていた。昔から腕は器用で、医者になってからもそれをいかんなく発揮したため、入隊当初からリンツ中隊においてストラスブール軍医小隊の隊長となり、軍医たちをまとめる存在となっていた。
”鶴の亀頼み”(オーバーリミット)という能力。その読み方はただ「限界を超える」ことしか意味しないが、それが単純に人間の寿命を延ばすことになっているあたり、人間や死神の欲望の最たるものが反映されている、とメイリアは時々考える。昔から不老不死の薬をどれほどの人が追い求めたことか。かつて世界に名をはせた数々の大帝国の皇帝でさえ、その欲におぼれ、その願いは叶いようのないまま死んでいった。
「......それよねん、問題は」
この能力には欠点がある。寿命が延びておいて何を言うか、ということなのだが、この能力を手に入れることは、決して死ななくなることを意味しないし、老いなくなることも意味しない。いずれは死ぬことがもう分かっているし、老いるスピードが「非常に遅くなる」だけで、いつか急速に老けて、肉体の崩壊を普通の人間より確かに実感することになる。
寿命が延びることだって、素直には喜べない。同じ年代の友達、特に高校とか大学の学友よりずっと生きることになり、親友たちの死を看取ってゆくことになる。いずれは知り合いがこの世に一人もいない、孤独な状態になる。
「......それが悩みか」
「そうね、やっぱり」
「好きにして、いいぞ」
「好きにして、って?」
「もしも連合国軍の軍医として生涯を終えたくない、と思っているのなら、遠慮なく言ってくれて構わない」
「どうして突然そんな話に?」
「今はヨーロッパを拠点に我々は活動しているが、いずれ他の地域に行かなければならないこともあるだろう。いずれ一気に身体の老化が進行する時が来るのなら、世界を飛び回る医者は不適なのかもしれないという私の意見だ」
「うーん......確かにそうなんだけどねん。はいそうですか、って簡単に諦めるわけにもいかないのよねん。私に取って代わることのできる子がいないのが現状だし」
「不公平になるかもしれないから、私のことを先に言っておこうか」
「何を?」
「私は今の戦争処理が落ち着けば、中隊長の職を退くことに決めている」
「え......?」
そのことはメイリアにとって、不思議で仕方のないことだった。もう年齢で言えば150歳ほどになっている自分が隠居すると言うのならまだしも、シャルロッテはまだ30代に入ったばかり。むしろこれからの活躍が期待されている人なのだ。
「中隊長を辞めるって、それからどうするのん?」
「それから、か。ひとまず私は予備役編入になるだろうが、そこからどうなるかは私にも分からない」
「後任の中隊長は?」
「それも、未定だ。私は後々大隊長にお会いするためにニューヨークに行って、その旨を伝えるつもりでいるが、全ては大隊長とそれ以上の方々の裁量による」
「中隊長が......」
「よせ、そんなに悲しむことではないだろう。それに私は、寿命が短くなっているかもしれない」
「”連携強化”のこと?」
「そうだ。今はその能力も失ってしまったから分からないが、身体に負担がかかるようなことをしたのには間違いない。私は現場で在任中に倒れて、そのまま亡くなってしまうことが恐ろしいんだ。特に、残された部下たちのことを考えると」
シャルロッテの部下想いは他の中隊の間でも有名で、自分を犠牲にし過ぎているのではないか、と周りが心配になってしまうほど。だがメイリアの見る限りでは、そんな様子は一切ない。まさしく理想の上司なのだろう、とひっそり思っている。
「......それで、予備役入りを決意したの?」
「私はどの小隊長も、中隊長を任せられるくらいには育ってきていると考えている。もちろん私の目に狂いぐらいあるだろうから、もしも統率がとれないようならば私がすぐに復帰してまとめ直す」
「そこまで考えてるのねん」
「当然だ。自分の都合で後々のことを考えることもなくここを去ってしまうのは無責任だし、何より......寂しい」
「中隊長にしては感傷的なこと言うのねん」
「私にだって、寂しい、悲しいといった感情はあるぞ。ロボットじゃあるまいし」
「中隊長のそんな様子見ると、何だかほほえましいわねん」
「ずいぶん上からの物言いだな」
「そりゃあだって、あなたよりずっと年上ですもの」
「......そうか、そうだったな。メイリアと接していると、年齢関係を忘れてしまうな」
「それは私が見かけに引っ張られてずっと幼く見える、って言いたいのん?」
「あ、いや、そうではなくてだな、」
「慌て方がミヒャエラちゃんそっくり」
「......さては私で遊びたいだけか?そうだな?」
ずっと年下のシャルロッテと軽口を叩き合うメイリア。そんな彼女に、一つ、思い浮かんだことがあった。
彼女のひ孫が、この近くの国でパン屋さんをやっていた。親戚のロゼリア・ストラスブールが父親と一緒に始めたこの店。一時期は転がり込んできた居候の少年やアルバイトもそれなりにいて人気のパンもたくさん生まれたが、ロゼが不慮の事故で亡くなり、父親が亡くなったとともにつぶれかけた。それではもったいないとメイリアの両親が引き継いだのだ。つまりメイリアの実家である。いっそのこと医者を辞めて、穏やかに街のパン屋さんで余生を過ごそうかとも考えた。
「......なるほどな。そう言えば、以前言っていたな」
シャルロッテにそのことを話すと、それもいいのではないか、と案外あっさりと賛同した。
「でも私の後任がね、やっぱり......」
「そのパン屋さんは、経営が危なかったりするのか?」
「いいえ、全然。昔はたまにふらっとお客さんのふりして立ち寄ってたけど、よく繁盛していたわよん。アルバイトの子たちもたくさんいて、ちゃんと街にも溶け込み直してるみたいだった。それが今も変わってないなら、もしかしたら私が邪魔するのはよくないのかもねん」
「あまり急ぐことではないからな。数年先、あるいは十数年先に決めても十分間に合うことだろう?」
「......まあ、確かに」
「いいさ。この戦争の処理もろもろが終われば、しばらくは忙しくなくなるだろう。その時にでもゆっくり考えるのがいい。今は医者の仕事があるんだから」
「そうね、......そうかも」
そう言えば午前の回診がまだ終わってないのよねん、とメイリアは言って、シャルロッテとの会話を終え、カルテを持って自室を出て行った。




