シャルロッテ・リンツ編
第三弾。この後メイリア編、ミヒャエラ編と続きます。
彼女は戦争が終結してからというもの、自分一人だけ大忙しであるような気がしてならなかった。戦闘状態でなくなったとしても、書類上ではまだ戦争は終わっていない、などということはよくある。面倒だが、こういうことには確たる証拠が必須だ。それに自分がやらなければ、おそらく代わりの者は見つからない。”西の国”の無条件降伏、そして”東の国”が”西の国”を吸収する形をとる、など、大方方針は決まっていたがそれでも1ヶ月ほどはかかった。
本来ならば自分が指揮を執って兵を撤退させなければならないのだが、それは姪であるミヒャエラ・レンヌに任せている。するとミヒャエラは国の復興の手伝いをするっ!......と言って全小隊を動員し始めた。とにかくリンツ中隊に所属する小隊の数が多く、兵士の数で言えばとんでもないことになるので、人力で言えば申し分ない。もちろん負傷した兵やその他事情があって辞退した者もいるが、ほとんどがそのミヒャエラの案に賛同し、一般人とともにわいわいとやっている。
そもそも身内であり、ひんしゅくを買われる可能性が高いにもかかわらずミヒャエラを小隊に入れたのには理由があった。それが今回のことに現れている。シャルロッテ自身も数々の個性的な小隊をまとめるだけの実力を見込まれたから中隊長という任についているのだが、ミヒャエラも兵士たちをまとめることに関してはシャルロッテと同等か、あるいはそれ以上の実力があると、シャルロッテは考えている。シャルロッテは数々の実戦経験を持つ猛将として畏怖の念を抱かれていることが多いが、ミヒャエラはほとんどの兵士にとって年下のかわいい後輩のような存在で、可愛がられている。時々自分がミヒャエラのように可愛がられていたら、と想像して悪寒がするシャルロッテだが、このまま畏怖の念を抱かれ続けたままでいいのか、という不安もないわけではなかった。ほどほどに畏怖の念を抱かれるのなら士気の高まりにつながるだろうし構わないが、過度の畏怖の念は逆効果だ。この戦争の終結を機に、シャルロッテはあることを考えていた。
「......それで、終わったんですか、もろもろ書類上の処理の方は」
「ああ。......ミヒャエラ」
「はい?」
「もう私に、敬語を使う必要はないぞ」
「......と、言いますと?」
「少しすれば、私はニューヨークに行きたいと思っている」
「ニューヨーク?それはまたどうして」
「大隊長にお会いしようと思ってな」
「大隊長......?」
シャルロッテたちは連合国軍の一員だ。シャルロッテたちはヨーロッパにいるが、その本部はアメリカのニューヨークに存在する。そこに、中隊長のシャルロッテの上司である大隊長がいる。
そもそも大隊長と言えば、小隊をまとめた中隊をさらにいくつもまとめる相当な重職を意味するだろうが、連合国軍の場合はそうではない。現地での最高責任者は中隊長であり、大隊長は中隊一つに一人存在し、受け持つ中隊の書類仕事の側面を担う。とは言え一見閑職のように見える大隊長も、現場の状況を正確に把握するため、予備役のベテランが任命される。シャルロッテにとっては、数少ない上司の一人なのだ。
ちなみにミヒャエラ含む小隊長でさえ、大隊長に実際に会ったことはない。雲の上のような存在であり、それこそ畏怖の対象かもしれない。それに唯一会ったことのある中隊長のシャルロッテでも、有事の際にしかわざわざ会いに行くことはない。
「......どのようなご予定があって?」
「それはおいおい分かる。ミヒャエラは引き続き、国の復興にあたってくれ」
「......了解」
「おお、来てくれたか」
事前に大隊長に到着時間は伝えてあったので、本部に着くと真っ先に大隊長が出迎えてくれた。
「条約締結の件、ご苦労だった。それなのにわざわざ来てもらって」
「いえ、私も用があって参りましたので」
「そうだそうだ、その用というのは?」
「......私の中隊長の職を、解いていただけませんか」
「......突然だな。それは予備役編入を希望するということか?」
「そうなります。私の代わりを務められる部下であれば、もう十分育っています」
「ミヒャエラ・レンヌ少佐のことか?」
「彼女も考えられますし、ダニエル・サンテティエンヌ中佐や、ジョーゼフ・トゥールーズ少佐など、現在小隊長を任せている者たちは、全員」
「だが......君もまだ、現役でやっていけるはずだ」
「誤解を招きたくありませんので初めに申し上げておきますが、部下の面倒を見るのに嫌気がさしたとか、そのような消極的な理由で予備役編入を希望しているのではありません。あくまで中隊長に任命できるほど十分に、彼らが実力をつけられたと判断したからです」
「......本当に、それでいいのか?君がそのことを正式に申請して受理されれば、すぐにでも予備役編入が決まってしまうやもしれん。その後のことは私にも分からん。他の中隊の大隊長を任されるかもしれんし、あるいは......」
「それでも構いません。確かに大隊長のおっしゃる通り、私は現役の武官として、まだまだやっていけるということは自分でも分かっています。ですが今のところ、私を畏怖の対象として見る部下は多いです。もちろんそれが完全悪であると言うつもりはありませんが、過度に畏怖の念を抱かせることは、中隊内での連携に支障が出ると考えます。ですから、私は現場から一歩引いて、私のやり方が正しかったのかどうかを、客観的に確かめたいのです。もし私抜きで統率がとれず実力が下がるということであれば、すぐにでも現役復帰する心づもりはしています」
「......。」
シャルロッテがここまで強い語調でものを言うのは、相当な覚悟あってのことなのだろう、と大隊長は感じた。
「......彼らには、明かしているのか?」
「いえ。大隊長に許可を頂いてから、言うつもりでいます」
「そうか......」
大隊長は少し自分の机にある灰皿を見た後、新しいタバコに火を点け、一度ふかしてから言った。
「そこまでの決意があるなら、私には止められない。ただし、今すぐに現場を引くのは混乱を招かないためにやめてほしい、というのが一つ、私からの注文だ」
「了解しました」
その返事を聞き、シャルロッテはすぐに現地へ戻った。
* * *
「......と、いうわけだ」
「それで、行かれる前に」
「そうだ。できれば客観的な立場で元リンツ中隊を見守りたいものだが、予備役になる以上どうもそう簡単にはいかないらしい」
「もしかして今回の戦争に関して、責任を感じておられますか」
「責任?ああ、それを心配したか」
「たとえ口に出さなくともそれを内心考えてのその申し出であれば、それは間違いです。”西の国”の捕虜になって、一時的に私たちがあなた抜きで行動しなければならなかった、ということがあったのを気にかけているのなら、その必要はありません」
「分かっている。あくまでそうではなく、君たちの実力を客観的に見つめたいという願いからのものだ」
「......分かりました」
「心配しなくとも、君たちがまだまだ独立するのに早いということであれば、いつでも現役復帰して鍛え直すつもりだ」
「はい!」
「あと、一つ」
「はい?」
「前にも言ったが、私に対しては身内に使うような言葉でもう構わない。本来それが自然だからな」
「......は......うん、分かり......、分かったっ!」
4ヶ月後。
シャルロッテはレンヌ中隊の大隊長として、ニューヨークにいた。それは旧リンツ中隊の大隊長が上層部に進言し、シャルロッテの希望を通させた結果であった。




