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現世【うつしよ】の鎮魂歌  作者: 奈良ひさぎ
Ketterasereiburg 編 Afterwards.
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ドレーク・ヴェルス編

Ketterasereiburg国で死神とかかわった人間たちそれぞれに着目した、外伝です。この話を含め、5話続く予定です。初めはドレーク。

 彼は病室のベッドに寝かされていた。

 後に運ばれたシェドのケガに比べれば彼のそれはいたって軽いもので、入院の必要すらない、と彼は思っていたのだが、メイリア・ストラスブールという軍医がしつこく大事をとった方がいい、と言って聞き入れず、今に至る。

 戦争が終結した後に聞いた話だが、グレッグ王子を除けば彼は”西の国”のトップ陣で唯一の生き残りらしかった。他のトップ陣、すなわちサー・グラーツ、サー・ザルツブルク、ミズ・ストラスブールは死因は様々にみな亡くなってしまったと聞いた。

 上官や主人の死を看取った後、生き残りも後を追って自害する殉死というものがある。だが彼には全くその気はなかった。ただ、これだけ壊滅してしまえば世界を従えるのはおろか、”西の国”の存続さえ危ういだろう、と彼は思っていた。それは現実となり、”東の国”が吸収して領土を広げる形となった。



 彼の”西の国”における肩書きは近衛軍副司令長だった。つまり直属の上司は近衛軍司令長であったアーリア・ストラスブールとなる。だが、彼がその上司から受けた命令は少ない。やはり”西の国”において絶大な影響力を誇るのはサー・グラーツであり、サー・グラーツから直接下される命令の方が圧倒的に多かった。それに彼の軍人としての人生は、サー・グラーツによって始まったと言えた。その意味ではサー・グラーツは、彼にとって他の誰にも代えがたい恩人だった。


「町一番の暴れん坊というのは、君かね?」


 そもそも彼は”西の国”でも、まして”東の国”出身でもない。ただ近隣の国のとある町でガキ大将のようなことをしていた以外は、いたって普通の子だった。そんな彼のどこを見たかは彼には分からなかったが、彼が大人として認められる年齢になった時、サー・グラーツは彼をこの国に来てほしい、と誘った。

 彼ははじめ、下っ端からのスタートだった。その時他のたくさんいる下っ端兵士と一緒に聞いたサー・グラーツの演説を、彼は思い出していた。



 能力というものは、人間の科学技術からすれば特異極まるもので、並の人間に使えるものではない。だが今私は能力、それも類稀なる能力を手に入れることができた。この国―――Ketterasereiburg国は、その昔能力が人々に与えられ、死神、という存在が生まれた場所である。それまで迫害の歴史とともにあったこの国は、能力を授かることによってその歴史に終止符を打った。しかし今はどうか?再びこの国は忌まわしき地として、当時よりも陰湿な迫害を受けていることは明らかである。君たちはむろん分かっているだろうし、何より”東の国”も他国も、それを自覚している。我々は再び、勝利を手に入れるべく奮起せねばならない。そのためには協力関係にある他国との連携を強め、”東の国”を占領下に置かねばなるまい。



 かつてのKetterasereiburg国の歴史とともに、国の改革の必要性を訴えたサー・グラーツ。その演説を機に、改めてサー・グラーツに忠誠を誓った、という者は多かった。ほとんどが”西の国”で生まれ育った者たちで、何かを見込まれて全くの他国からやって来たドレークのような人間は、かなりまれだった。

 その「何か」は、ほどなくして明らかになった。兵士たちは皆、強制的に能力開発を受けた。もとより適合者が1人出ればいい方、とでも思っていたのか、適合せず能力を持てなかった兵士たちが特にどうなる、ということもなかった。それよりも中途半端に適合してしまい、すぐに自我と理性を失って暴走し、元に戻る希望が薄いとしてその場で殺されてしまった兵士が多い方が問題だった。目の前でさっきまで親しく話していた人がただ吠える猛獣となり、死んでゆく様子はあまりに衝撃的だった。ただ一つ言えるとすれば、やむなく殺された彼らの遺体は、もはや人間の顔ではなかったことぐらい。皆人間でなく死んでゆく様が、彼にとってはせめてもの救いだった。

 その中で彼ただ一人が、暴走することなく能力を手に入れた。サー・グラーツの見込んだのは、この能力に適合する可能性だったのだろう。”仮想拘束光線”(イマジナリー・レイ)と名付けられたその能力によって彼は、瞬く間に上層部の仲間入りを果たした。


「......ケケケ」


 それが、今はどうか。その能力は自分が使いこなせるものとばかり思っていた。


「......どうしたのん?急に笑いだして」

「いいえ、自惚(うぬぼ)れていた自分の過去を笑っていただけです、お気になさらず」

「人間の身体は、能力なんかに適応できるようにはなっていないそうよん」

「それは分かっています。サー・グラーツ本人もそう言っていましたからね、ケケケ」

「人間が能力をうまく使いこなしているように見えても、それは実は本来の均衡を崩して、能力と自分の体力の仮初めの均衡を保っているだけ。少しの外的要因があれば、その均衡はあっさり崩れ去る。......攻撃性の高い能力、あるいは機能性の高い能力ほど、均衡が崩れたときの代償が大きいって、ミュールちゃんが言ってたわ」

「サー・ザルツブルクは......」

「そう。”物質の自由化”(プログラム・セル)は、ある程度の大きさのものを自由に移動できるからねん。逆にあなたの能力は、攻撃性に関してはそこそこにとどまるから。片腕を失う程度で済んだのは、能力の度合いのおかげよん」

「ですが片腕を失うとなると......」

「あなたの手腕を買ってくれた国があるのよん?......あ、もちろん、比喩的な意味よん?」

「え......?」

「”東の国”の侵略に携わったことは別として、あくまで役人、文官として、あなたの実力を勝っている国に、あなたは護送されることになっているみたいよん」

「はあ......」


 彼には故郷に残している母親がいた。父親はもうこの世にはいない。父親の死を、彼は看取ることができなかった。母親からの手紙を受け取って初めて、そのことを知った。父親の病気を気にも留めないほど彼はサー・グラーツに心酔し、忠誠を誓っていた。サー・グラーツはおろか”西の国”の存在さえなくなった今、母親との思い出が、次々と脳裏に浮かび上がった。そして、彼の決意が、生まれた。


―――母親の最期だけは、何としてでも看取りたい。


「心配の必要はないわよん?」


 回診に来ていたメイリアが言った。


「必要がない、とは?」

「あなたのお母さんも一人暮らしのところ悪いけど、一緒に行ってもらうらしいわよん」

「......それは、本当ですか?」

「ええ、もちろん。ただし、あなたが悪さをしないよう、ちゃんと厳重な見張りがつくらしいけどねん」

「そうですか......」



 彼はまだ若い。過去の過ちをなかったことにするのは決して不可能だが、やり直すことは十分可能だ。それに、母親に何も告げることなく一人にしてしまった、大きな親不孝がある。


 彼はやがて訪れる新しい人生に、早くも期待していた。怪我で療養する間に、彼は心を入れ替える準備を万全にしたのだった。

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