ディファレンス・エンジン
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鼠色の汚らしい地下室の、無駄にだだっ広いテーブルの上にテロリストの死体が、横たわっている。
「電脳汚染?」
ぱっくりと開いた後頭部から覗く脳核は、白く変色していた。
焼失しているのだ。
「機密保護用の自壊システムだな。
日本純正ポセイドン・エンジンでもない限り、
自壊システムなんてないはずだが。」
大学で電脳ニューラルネットを研究していた、リーランドがいうのだから間違いないだろう。
「電脳化している理由は解からないが、こいつらが何かの組織で<運用>されていたのは、間違いない。」
「何か残ってないのか?」
「ご愁傷様。見ての通り真っ白だ。」
あれから、三か月がたった。
「I am the I . 」
(私は、自我。)
「I open your eyes at now .」
(私は、今、あなたの目を開ける。)
「なんだいそれ?」
「唱念だ。
そいつら自作の、な。」
リーランドは、眼鏡をくいっと上げる。
乗ってきたな。
こいつは、興味が沸くといつもこうする。
科学者の習性というやつだ。
「アイ、世界中の言語でこれほど使われる発音はない。
おそらくその文詩は、複数の言語で、構成されている。
英語に囚われないことだな、ウィリアム。
たとえば日本語だと・・・ケンブリッジ、検索。」
リーランドは、側近の虚人の名を呼んで、命令した。
ケンブリッジは、右手の甲に埋め込んでいる立体投影機を使って検索結果を表示した。
藍、 挨、 哀、 曖 、 合 、 愛、 相、
「愛?」
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イタリア共和国 Repubblica Italiana
愛、どんな戦争も聖戦に変えてしまう魔法の言葉。
愛国心、家族愛、エトセトラ・エトセトラ。
もううんざりだ。
あれからさらに四カ月が経過した。
アフガンのあのズィクルは、いまや戦場でブームになっていた。
ありとあらゆるテロリストが、同じテクストを唱えたのだ。
インドのムンバイでヒンドゥー原理主義者が、
中国の四川省で民兵が、
ソマリア海域の海賊が、
そして、とうとうイタリアの極右翼でナショナリズムのプロバカンダにまで浸透
していた。
そして、ぼく達は、また跡かたずけをしに向かう。
憲兵
のこぼした犯人を殺すためにだ。