アイは奪う
「聞いて聞いて、セロン」
ボクの近くで、同い年のメイムフラウがはしゃぐ。
彼女はボクの幼馴染みで、生まれてすぐに目が見えなくなったボクをいろいろと気遣ってくれる。今日もほら、ボクにいろんな話をしに、わざわざボクの家まで来てくれた。彼女の可愛らしい声は、ボクの心を落ちつかせ、しゃべる話は心を豊かにしてくれる。目の見えないボクにとって、彼女は光りそのものだ。
「あのねー、わたしねー、町の収穫祭の花嫁コンテストで、ミス花嫁に選ばれたのよ~」
きゃはっ、と声がする。メイムフラウが照れながら喜んでるのだろうな。
「スゴイね。メイムフラウって、そんなに可愛かったんだ」
「ん~、そんなことないって思ってたんだけど、ちょっと自信がついた」
「何いってんの。こんな田舎の村から、町のコンテストで優勝するなんて、スゴイことだよ」
ここはヨーロッパの片隅にある小さな国の、小さな町に隣接するちっぽけな村の一つ。メイムフラウ以外に、町のミス花嫁に選ばれたという話なんか聞いたことない。
「そお? セロンがそういうなら、とても自信になった。三年たって十六になったら、いい花嫁になるって言われても、ピンと来なかったもの」
微妙な間。
きっと、メイムフラウは微笑んだのだろうな。ひと目でいいから、彼女の姿をこの目で見てみたいなぁ。みんなが美しいっていう、花も、鳥も、月も、太陽も、何も見たいとは思わないから、メイムフラウの姿だけは、見てみたい。
「ひと目でいいから、君を見てみたいよ」
言うまい、言うまいと思っていた一言が、漏れてしまった。
「うん……。ひと目でいいから、セロンにわたしを見て欲しい。他の人になんか見てもらったって、ミス花嫁だなんて言われたってうれしくない。コンテスト用の衣装を着た姿を、あなただけに見て欲しいわ」
ボクは、差し出した手にそっと添えられた彼女の手を両手でなで、彼女はボクの手を包み返して頬ずりをすることしかできなかった。
★ ☆ ★ ☆ ★
「今日一日、変わったことはなかったか」
夕方、仕事から帰ってきた父が聞いてきた。
「うん。いつも通りだよ。午前にはメイムフラウが訪ねて来てくれて、昼はお手伝いのアンリィさんが食事を手伝ってくれて……」
いつもするように、今日あったことを報告した。
そしていつものように、一つだけ隠しごとをした。
メイムフラウとアンリィのほかに、ハスキーボイスが来てくれたこと。
ハスキーボイスは、魔物。
いつもしゃがれた声でしゃべる。
ボクは目が見えないから、彼女が怖くないし、怖がらないボクに、彼女は好感を持ってくれてるみたい。
彼女は、ボクのお母さんが生きてたころからちょくちょくここには来てたみたい。だから、ボクのお母さんのことを知ってる。お父さんには内緒だけど、親友だったらしい。でも、お母さんのことについては、詳しくは話してくれない。お父さんもあまり話してくれないから、きっと聞いちゃいけないことなんだろうな。
「セロン、今日は何だか機嫌が良さそうだな」
父に声を掛けられ、我に帰る。
「ん? うん。メイムフラウが町の花嫁コンテストで優勝したって聞いたから」
本当は、それだけじゃない。
午後、ハスキーボイスに、どうしても見てみたいものがあるって話したら、何とかしてやるって約束してくれたんだ。彼女が使う魔法の一つに、体の一部分を取りかえる魔法があるんだって。それで、キズのついてないきれいな目玉の一部分――角膜っていってたかな――と、ボクの傷ついた部分を取りかえてやるって言ってくれたんだ。
「お前のお父さんの右足も、死んだ彼の親友の右足なんだよ」
絶対に秘密にしとくようにと付け加えて、教えてくれた。「だから、両足でほんの少し肌の色が違うけど、これはお前には分からないか」とも。
「ちょうど液詰めにした両目の在庫がある。十三・四年前のものだが鮮度は落ちてない。“相性もいい”はずだから、移植手術の魔法で取り替えてやるよ」
ちょっとよく分からなかったけど、ハスキーボイスはそう言ってくれたんだ。
★ ☆ ★ ☆ ★
「さ、目をあけてみな」
ハスキーボイスに言われてまぶたをあけると、闇一色じゃない、話にしか聞いたことがないような世界が広がった。
「これが、目に見える世界だ」
前に立っている、背の高い人物が言った。これが、ハスキーボイス。背中にはボクにはないものがついている。彼女が来る時には、いつも鳥の羽ばたく音が聞こえていたけど、それがピクリと動くと同じ音がする。
自分の体も、見てみる。
「これが、ボクの手。いつも座っている椅子……」
きょろきょろとあたりを見まわして確認する。
「……今見えているのは光のおかげ。お前は光を手に入れたんだよ」
目の前の魔物が言った。なんだか、声の響きに複雑そうなところがある。ちょっと、魔物の顔をのぞいてみた。
「おっと……。その目、大切にしろ。お前の母親“エリス”は、お前の父親“アイズ”と結婚するために、わざわざ私に眼球を預けたのだからな」
そう言って、ハスキーボイスは自分の目を手で隠した。
「え?」
「いいか。目をあけるのは、彼女の前だけにしろ。他人に気付かれるんじゃないぞ。もちろん、お父さんにも、だ。そして絶対に人の瞳を見るんじゃないぞ」
そこまで言ったとき、扉をノックする音が響いた。誰かがやって来たみたいだ。
「セロン、いる? 入るね」
メイムフラウの声がする。目が見えるようになったら一番に君が見たいと呼んでおいたんだ。約束の時間より、かなり早い。
「ちっ」
ハスキーボイスは舌打ちすると、いきなり小さな鳥になって窓から出ていった。
同時に、玄関扉が開く。
「あっ」
ボクとメイムフラウの声が重なった。
「セロン、目が見えるのね」
「うん。これが、メイムフラウなんだね」
ぼくは必死に、メイムフラウを見た。
ふわふわの手触りだけ知っていた髪の毛は、キラキラで背中まである。
服も、ふわふわでひらひらしてて、何だか見ていると楽しくなる。
「うれしい。セロンの目、見えるようになったんだ」
メイムフラウは、だっと駆け寄って来て、ボクの前にひざまずき……。
「ね。もっとよく私を見て」
両手でボクの顔を包み込んで、顔を寄せてのぞきこんできた。
「これが、セロンの目……」
ああ。これが、メイムフラウの目……。
「!」
その瞬間、メイムフラウが固まった。
肌の色も髪の色も服の色も、みんな一つの色に変わった。
「え? メイムフラウ、どうしたの。どうして、動かなくなったの?」
ばさばさばさ、と羽ばたきの音が聞こえたかと思うと、先ほどの小鳥が舞い戻ってきた。
「あー、だから言わんこっちゃない」
小鳥に化けたハスキーボイスが言った。
「彼女は石になって死んだ。お前は、メデューサの子なんだよ」
★ ☆ ★ ☆ ★
……それからどうしたかって?
どうこもうもない。
死んだよ、セロンは。
ナイフを掴んだかと思うと、そのまま自分の首をかき切っちまった。
「光は手に入れたけど、心の光を失ったから」
セロンの最後の言葉さ。
それを知ったアイズも死んだ。
千尋の谷に身を投げたよ。
……結局、私は何だったのだ?
過去に魔法を使った相手は、愛しい人と親友。
その二人ともに裏切られた。
そしてまた、好意を持った愛しい人の息子の命も奪った。
親友が殺され、息子が死に、そして愛しい人も失った。
全部、魔法のせいなのか?
だったら、二度と魔法は使わない。もう、魔法はいらない。
残ったのは、アイズを永遠に失った悲しみだけ。
私は、大きな悲しみを紛らすため、歌を口ずさむ。
そうすることで少し、心が安らぐ。
でも、まだまだ足りない。
私、“ハーピー”は歌い続ける。
……ダメだ。まだまだ足りない。まだまだ歌う。
そして思う。
もう二度と、人間になんか心を許さない、と。
おしまい
ふらっと、瀬川です。
他サイトの縛り条件付き競作企画に出展した旧作品です。深夜真世名義でした。
ファンタジーなのに「手術」とか「移植手術」という単語を使っているのは当然、縛りの関係です。
確か、
「主人公は目が見えない(中途失明でも生まれたときからでも可)」
「手術により目が見えるようになる」
の二つと、あと一つの縛りがあったはずです。
2004年の作品ですね。