とまどい
自分の置かれている状況がよくわからなかった。
目の前にいるのは間違いなくあの神田で、さっき話した神田で、さっきもう帰ると行って帰って行った神田なわけで。
その神田が私を見て立ち上がって微笑んでいる。
ー私のことを待っていたんだろうか、いや、それは自惚れだから落ち着かなきゃ
「神田さん、どうしたんですか」
と感情を悟られないよう言った。
「お疲れ様、三枝さんのこと待ってた」
心なしか神田の顔は赤い。
香織はよくわからなかった。神田がこれから何を言おうとしているのか、香織自身何を期待しているのか。
「…」
意を決したように神田が呟いた。
「俺さ、たぶん三枝さんのこと好きなんだ」
「えっ?」
香織は神田の口から出た言葉を理解できなかった。口の動きがスローモーションで脳内再生される。
好・き???
‘’オレ タブンサエグササンノコトスキ‘’
何も言わない香織に向かって神田が言った。
「だから、俺と付き合って欲しいんだ。あ、返事は今度でいいから考えといてくれ!」
ぽかんとしている香織の頭をふさっと撫で、神田は歩き出してしまった。
30秒ぐらい固まってから香織も駅に向かい歩き出す。
頭の中が混乱していた。神田は好きと言った。付き合ってほしいとも。
遅い時間でも田園都市線は混雑している。頭の中が整理できないまま電車に乗り込むとクラクラした。
嬉しい?喜んでる?
わからなかった。自分の気持ちが。ただ、自分は神田をそういう目で見たことはなかったし、ましてや神田が自分をそういう目で見ていたとは。
しかし同時に面倒くさいと感じた。職場恋愛。女子社員からの嫉妬。社内での逢瀬。
香織にとって一番嫌いなものはそういう類の面倒くさい人間関係を招くものだった。
執着されたくない。執着したくない。
考え事をしていたら用賀駅で間違って降りていた。
仕方ないので二子玉川駅まであるくことにした。