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地につく  作者: 森 翠
2/4

coffee


退屈なデスクワークをしながら剥がれかけたマニキュアを指の腹で撫でる。

9時半に出勤して今は10時25分なので休憩まであと二時間はあるわけだ。





上司の神田が新人に話しかけている。


「美来ちゃん、コーピ頼める?って、今日髪の毛ツヤツヤだね」


「ほんとですか?昨日美容院行ったんですよっ嬉しいです。あ、コピーやっときますねっ」



新人の女子社員は頬を赤く染めて嬉しそうに微笑んでいる。



特になんの意図もなくたまたまその様子が視界の隅に入っただけなのだが、神田がこちらを気にするそぶりを見せた。




神田のことを見ていたわけでも、新人の女の髪の毛の艶に見とれていたわけでもない。が、どうやら勘違いされたらしい。


今にも神田がこちらにやってきそうで面倒だったのでフイっとデスクに向き直る。






上司の神田修二は私の4年上で早稲田大学卒業という共通点がある。

この神田を一言で表すならばとりあえず典型的なデキる男だ。

爽やかなルックスと人当たりのよさはもちろん、仕事もできる。

いわゆる社内結婚を狙っている女子社員の中でも1、2を争う人気だ。




一方私はごく普通の女だ。まぁ見た目に関しては人に好感を持たれるぐらいのレベルで、人並みに告白もされたし交際もしてきた。


しかし決定的に人への興味がなかった、というより若い女特有の執着とか束縛とかマメな連絡とかにとりあえず興味がなく、恋愛に対してドライだった。



そんな調子なので告白され付き合っても香織は何を考えているかわからないとか、俺のこと好きじゃないんだろとか女々しいことを言われるたびに虫酸が走りすぐ別れた。


昔から執着してくる人間が嫌いだった。それは今も変わらない。







神田がどうやら私に気があると知ったのは、3週間前の残業中のことだ。





定時に1度仕事を打ち切り、会社のビルの下のドトールでコーヒーを飲み休憩した。



会社のデスクに戻り、仕事を再開した。

さっき飲んだコーヒーは不味かったななどと文句を心の中でいいながら、仕事を進める。


キーボードを叩くのは好きだ。

文字を打ち込むと黒い文字がパソコンの画面に増えていく。

自分の中の黒い鬱積とした塊が排出されていくようで。



画面を文字で一通りいっぱいにして一息つくと、人の気配を背後に感じた。

振り向くと、そこには神田がいた。



「あ、気がつかれちゃった。さっきからいたんだけど、三枝さん集中してたから声かけちゃ悪いと思って」といたずらっ子のように微笑んだ。



この人の好かれる所以はこの無防備な笑顔なのかなと思いながら

「びっくりしました。神田さんも残業ですか?」と香織は返した。



「あはは、ごめんね。俺は今終わらしたとこ。三枝さんもう上がる?」


「お疲れ様です。私はあと少しやることがあるので」


「そっか、頑張ってね。お疲れ」と爽やかな笑顔を残して帰って行った。



神田とまともな会話をしたことがなかったので少し緊張した。

振り返ると、扉の向こうにエレベーターを待つ神田が見えた。



綺麗な肩とスラリと伸びた脚、腕時計を見る仕草に一瞬見とれていた。



そんな自分に気づきハッっとして、デスクに向き直りキーボードを叩きはじめる。別に私は社内結婚を狙っているわけでもないんだからと自分を律した。




そういえば神田は私のことは苗字で呼ぶんだ、と気づいたのは残業も終わり、荷物をまとめて帰ろうとした時だった。


香織の同期の香住や彩奈はもちろん、先輩の真澄さんのことも神田は基本的に下の名前で呼ぶのだ。



そんなことになんの意味もないと思いながらも気にしてしまう自分が恨めしかった。



そんなことを考えながらパソコンをシャットダウンして立ち上がる。


部屋の空調と電気のスイッチを切って、誰もいないオフィスを見て頑張ったな〜と浸る。香織はこの時間が意外と好きだった。


なんとなくオフィスに礼がしたくなって

「お疲れ様」と声に出してオフィスと自分に激励を送る。


オフィスを出て、エレベーターに乗る。

他の階からも残業終わりの人達が少しずつ乗ってきて、エレベーター内はお互いへのお疲れ様という空気に包まれ、皆少し微笑んでいる。


なんとなくご機嫌の香織は膝の後ろに力を入れて膝が曲がらぬようにハイヒールで歩く。


今日はコンビニでハーゲンダッツでも買ってこう。と思いマカダミアナッツ?それとも無難にバニラかななどと思考を巡らしていると、ビルを出たベンチが並んでいるところに神田が座っていた。



神田は香織に気づくとゆっくり立ち上がり微笑んだ。








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