宇宙人研究所解剖員
宇宙人研究所解剖員
私がこの宇宙人研究所で働くことになってから半年が過ぎた。この施設は名前の通り宇宙人を捕獲、研究する施設で、私はその宇宙人を解剖する研究員だ。しかし今だ私は宇宙人を解剖したことはない。というよりこの研究所に宇宙人が運び込まれたことはない。この世界に宇宙人がいるという事実も私は知らない。
宇宙人というのはいわゆるグレイとかエイリアンとかUFOに乗っているようなやつである。銀色で頭がでっかい奴か、頭が長くてべちょべちょの奴か、シワシワで指の長い奴のことである。噂では地球に宇宙人がいるというのはいくらでも聞く。テレビでも特集が組まれることもある。
しかしそんなものは存在しないのである。現実にいないのである。じゃあ何故私が宇宙人研究所なんて場所で解剖員をやっているのかというと、ハローワークに求人があったからである。私が履歴書を送ってしまったからである。
宇宙人研究所を設立したここの所長は大の宇宙人好きで、宇宙人が絶対に実在してあると信じて疑わない人だ。だから宇宙人なんて存在しないのにこんな研究所なんて作って、解剖室なんてものも作ってしまうのである。
私の前職は外科医だ。とある大学病院に勤めていて、オペだって数え切れないくらいこなした。しかし、医者という職業上患者の命を預かることのプレッシャー、医局、派閥争い、不倫関係ばかりの医者と看護婦達、それらに嫌気が刺した私は病院を辞め、誰も知らない地方に引越した。そしてその先で仕事を探していた矢先にここの求人を見つけたのである。
私は最初は宇宙研究所だと思った。ただの書き間違いだと。私は昔から宇宙が好きだから、今度は好きなものに携わる仕事をしようと思ったのだ。しかし面接を受けてみると、所長から宇宙人について熱弁されて、前職が医者だとわかると、即日採用された。宇宙人の解剖係として。
思えばここで引き返すべきだった。田舎にしては給料がそこそこ貰えるし、土日週休二日だから試しにちょっと働いてみようかなんて思わなければよかった。私は今は週休二日どころか週休七日状態である。
本物の宇宙人なんかがいるわけないのだから、その宇宙人の解剖員である私に仕事などないのである。私は朝九時に出勤すると、そのまま定時の午後五時まで何もすることがないのである。お茶を飲んで、自分で作ったお弁当を食べ、所長の趣味の宇宙人関連の本をちら見して、定時になったら帰るだけである。
この研究所には私と所長しかいなく、所長は毎日どこかに出かけているので、私は一人である。
田舎の山の中にある研究所に日がな一日一人である。気が狂いそうである。
ある時所長が猪を一頭持ってきた。所長は趣味で猟をやっていて、この猪は近くの山で仕留めてきたらしい。宇宙人も自慢のライフルで仕留めるそうだ。
その所長が私にこの猪を宇宙人の練習がわりに解剖してみてはどうかと言ってきた。私は宇宙人と猪は全く別物だと思ったが、久々の仕事、久々にメスをふるえると思い、猪を解剖してみた。
私は猪を解剖するのは初めてだが、所長の言う通りメスを進めると、綺麗に皮が剥げ、肉と骨を外すことができた。部位ごとに手術台に綺麗に並べられる猪。猪一頭を解体するのは大変な労力だったが、久しぶりに達成感を味わうことができた。
所長は私を「さすが医者先生」と褒めてから、猪の肉を持って研究所を出て行った。自分の経営する居酒屋に出すらしい。所長が猪を解体するために私を体よく使ったと気付いたのは、家に帰ってからだった。
帰宅して、所長に貰った猪の肉を牡丹鍋にしながら私はふと思った。実際に宇宙人がいて所長の前に現れたとして、所長は宇宙人も猪のように扱うのかなと。