前篇=4-1
カニバリズム、残酷描写少しありです。注意。
8/10 約一名の存在を忘れて書いた描写があったので一行だけ修正。
地下室は暗く、必要最低限の明かりしか存在しなかった。
そこに一人の老婆の死体があった。
村人達は手際よく老婆をバラし、調理する。
実に手際よく行われるその作業を、男はじっと見据えていた。
そうしながら何度も、これは村を守るために必要な事なのだ、と男は心の中で繰り返した。
やがて、男の前に老婆の料理が出された。
男は躊躇うことなく、老婆を食べ始めた。慣れ親しんだ味がして、男はこの村の業と、自らの役目を再認識する。
村を守るためには、男が人を食べるしかなかった。
男は役目の為に業を背負い、贖罪の為に役目を果たす、その繰り返し。
男が死ぬまで、村が無くなるまで、それは止まらない。
男はふと、生まれてきた意味を知れたら幸せだ、と言った少女の事を思い出した。
「お前は、この光景見ても同じことが言えるのかね」
独り言を呟いて、きっと言うのだろうな、と男は思った。
大きな揺れで、ランカは目を覚ました。
揺れは直ぐに収まった。ランカの体を強い倦怠感を襲ったが、なんとか彼女は起き上がる。
「お前が俺達より遅いなんて珍しいな」
近くで、マオの声がした。ランカが声をした方に顔を向けると、マオとフェルスとコトネが起きていて、朝食を取っているところだった。
マオは同い年の男子で、フェルスは年上の男性だ。ちなみに、フェルスはこの村の名前でもある。
コトネは、年の割に元気な老婆で、マオやランカより機敏に動くことができた。
四人が住むこの家は、とても狭い。部屋は一つしかなく、取ってつけたような水回りが狭い部屋を圧迫している。
元々は物置なのだから、その狭さも致し方ないのだが。
「うん。多分、疲れてるせいだと思う」
緩慢な動作でランカは起き上がる。
「あら、大丈夫? 今日は学校休む?」
心配するコトネに大丈夫と答え、ランカは着替えることにした。部屋の一角がカーテンで仕切られているので、そこを利用する。
寝間着と着替えの服には、共に学生で農民である印が入っている。
この村の服には、全て身分を示す印が入れられる。だから、服だけでその人が何者かを判断することができた。
「どうせ夜更かしでもしたんだろう。俺もよくやる」
少し楽しそうに、フェルスが声をかけてきた。音から判断するに、食べながら話しているらしい。
「食べながら喋るの、どうかと思うよ。行儀悪い」
ランカは呆れながら着替えを済ませて、三人と一緒に朝食を取る。
お腹が空いていたので、ランカの食は進んだ。それなりの量がある朝食をあっという間に食べてしまう。
しかし、全て食べ終えても空腹感がなくならなかった。
コトネに見送られて、ランカはフェルスやマオと共に学校へ向かう。
歩きながら、ふとランカはある事に気が付いた。
「フェルス、少し急いだ方がいいんじゃないかな」
フェルスは、学校の先生だ。マオやランカより早く登校しなければならない。
しかし今の調子だと、朝礼十分前に着く計算だ。
「いいじゃないか。急いだところで遅刻するんだ。意味がない」
あっさりと、フェルスはそう言ってのけた。
確かにその言葉通りではあったが、それはそれでどうなのかとランカは思った。
マオが呆れて、ため息を吐いた。
「お前、もう少し真面目にやれよ。この給料泥棒」
ランカが思ったことを少しきつい口調でマオが言う。
「失礼な。遅刻はするが、仕事はちゃんとやっているぞ」
フェルスがむっとして頬を膨らませる。
「遅刻している時点で、ちゃんとしてないよ」
ランカは思わずそう返した。
そんなやり取りをしながら三人が歩いていると、また地震が起こった。
揺れは大きく、ランカは思わずしりもちをつく。マオは顔を歪めながら、しゃがんだ。
「すごい揺れだな」
フェルスが、のんきな声でそう言った。彼は、立ったまま体制を整えている。
優雅に立つ姿を見ていると、地震なんて本当は起こってないような錯覚を受ける。
いや、フェルスだけではなかった。
三人以外の村人は、まるで地震に気づいていないかのように動いている。
決して、小さな揺れではないというのに。
揺れが収まると、再び三人は学校に向かって歩き始めた。
結局、学校に着くまでに五回も地震があり、三人は遅刻した。
ランカとマオは、そっと教室に入り席に着く。本来は授業中の時間だが、授業は行われていなかった。
教師が居ないことをいいことに、生徒達は思い思いに過ごしている。
「今日自習なの?」
ランカは、後ろの席の女生徒に聞いた。女生徒は少し驚きながら、首を横に振る。
「一限目フェルス先生だよ」
それが答えだった。フェルスはランカ達と一緒に登校したのだ。つまり、教師が遅刻したのである。
「何が仕事はちゃんとやってる、だ。全然できてないじゃないか」
隣の席に居たマオがぼやいた。そうだね、とランカは同意する。
そして顔をマオへと向けて、ランカは彼の顔色が優れないことに気が付いた。
次の瞬間、彼は椅子から転げ落ちてしまった。
「マオ!」
慌てて名前を呼ぶ。
大丈夫だ、とマオは答えた。しかし、脂汗が頬を伝い、血の気が失せている。
「医者を――」
同級生に助けを求めようとして、ランカは息を飲んだ。
先程まで教室に居た生徒全員が、死体となってそこに居たのだから。
生きているのは、ランカとマオだけだ。
おまけに日の光が差していた教室内は、真っ暗になっている。
窓の外を見ると、空に分厚い雲が覆いかぶさっていた。
視線を落とし、校庭を見る。そこにも死体が散乱していた。
朝青々と茂っていた樹木は枯れ果てて、地面はひび割れている。
「どうして」
ランカの声が強張っていた。マオは顔に緊張の色が現れる。
ランカは起こった事態を飲み込むことができず、茫然としていた。
そんな彼女の肩を誰かが叩く。
「ひっ」
思わず悲鳴が上がる。振り返ると、後ろの席の女生徒が居た。
窓からは日の光が差し込んでいて、死体は消えて、教室は先程の賑わいを見せている。
校庭では樹木が青々と茂っていて、体育の授業が行われていた。空からは太陽の強い光が降り注いでいる。
全てが、元通りになっていた。
「マオ君、医者に見せた方がいいでしょ。手伝うよ」
「あ、ありがとう」
ランカは礼の後に名前を言おうとしたが、女生徒の名前を思い出せなかった。
いや、思い出せないのではない。名前を知らないのだ。
女生徒だけではなく、マオとフェルス以外全員の。
夜。酷い空腹と渇きで、ランカは目が覚めた。
緩慢な動作で蝋燭を点けると、辺りが明るくなった。
ランカの隣でマオが寝ていた。家の中には二人しかいない。
怪訝に思い、ランカは少し外に出てみる。
そして、この村の真の姿を見た。
空は分厚い雲に覆われ、月の光を遮っている。光源は、ランカの蝋燭だけ。
家の周りの植物は全て枯れていて、度重なる地震で地面はひび割れていた。
下駄を履いて少し歩いてみると、近くの川では魚の死体が浮いている。
土や水が何らかの要因で汚染されている、ランカはそう判断した。
もう少し歩くと、倒壊した建物と散乱する死体が目についた。
ランカは、かつてのフェルスの村を知っている。朝に見た姿、それがかつてのフェルスの村だ。
ランカは、自分の服に付いている印を見た。そこにあるのは、学生や農民である印ではなかった。
「ああ、そうだ」
そこにあった印は、生贄を示す物だった。今となっては果たす当てもない、ランカの役目を印は示していた。
魔法が解けていく。ランカは、全てを思い出した。
話は、十年前まで遡る。
その頃ランカは、マオとフェルス、コトネと共に暮らしていた。
神社の裏手にある物置。そこが、四人の家だった。
フェルス以外の住人は家から出ることは許されていない。フェルス以外の三人の世界は家の中だけで完結していた。
ランカとマオは外への興味がなかったから、別段それで不自由はしなかった。ただ、コトネの方は外への興味を示した。
時折隙を伺っては、外へ出ようとする。もっとも全て未遂に終わった。
見張り兼世話係であるフェルスに捕まってしまうからだ。
「最期のお願いぐらい聞いてくれたっていいじゃない」
何度目かの脱走未遂の後、コトネはフェルスにそんな文句を言った。
フェルスは病気や怪我を治す力があったが、コトネの老衰を止めることはできない。
コトネの寿命は、もうじき尽きようとしていた。
「外なんか行ったって、何もいいことないだろう」
外に出たことがないくせに、マオが知ったような口をきいた。
コトネは無言で、マオを軽く睨む。
「外は危険で怖い所なんだよ。行く必要なんてない」
ランカが、何度も聞いたフェルスの言葉を繰り返した。
フェルスはそんな三人を見つめ、やがて静かに言った。
「後悔するよ」
コトネは起き上がり、フェルスを見る。
そして、おどけた風に首を傾げた。
「何を?」
「魔法使いであることを、さ。世の中知らない方がいい事だってあるんだ」
フェルスは哀れむように、コトネにそう語りかける。
そして尋ねた。それでもいいのか、と。
コトネは迷わず頷く。フェルスは淡々と続ける。
「物好きな奴だ。覚悟があるなら、冥土の土産に連れて行ってやる」
「あるわ」
コトネの即答。それを聞いて、フェルスはコトネを連れて村へと出た。
そして、コトネは二度と戻ってこなかった。
一人戻ってきたフェルスを見て、ランカは訪ねた。
コトネはどうしたのか、と。
フェルスは緩慢な動作でランカを見て、台本を読むように答えた。
「死んだよ。私が食べた」
そこに一切の感情はなかった。
まるで人形のようだと、ランカは思った。
「丁度いい機会だし、話をしようか。君達がどうして監禁されているのか、どうして私がコトネを食事するに至ったのか」
人形の雰囲気のままで、フェルスは語り始める。
この村の歴史と業を。