私と彼の話。
うちの高校には有名な三兄弟がいる。
三年・滝川秋斗 ちょっと不良っぽい、けど顔だけはいい人。
「おい、面貸せよ。ヤ○ルト飲んで語ろうぜ」
二年・滝川春斗 優等生装って真っ黒な、以下略。
「俺が悪い事するわけないと思わない?」
一年・滝川冬斗 可愛い顔してたらし込む、略。
「ねぇねぇ先輩、僕と遊んで欲しいなぁ」
この三人はこのど田舎の学校中の人気を集め、毎日きゃあきゃあ言われている。で、幸か不幸か、私の家はお隣りだった。いや不幸だわ。
ばんっ!
「おい、綾人いねぇか?」
「……綾兄ならまだ学校ですけど」
「じゃあ綾花でいーや。俺ら腹減ったからメシ作って」
「はいっ?」
問答無用で秋斗兄は私を拉致りやがった。顔近い……っ!俵担ぎだしっ!
でも何回も言おう。
こいつらはムダにイケメンなんだ。すべてのおつりがくるぐらい美人なんだ。
この三人見てるとなんかどうでもよくなってくるのは仕方がないに決まってる……。
「「「おかわり!」」」
あたり前のように三人のお茶碗が私に差し出された。無言の催促に慌ててご飯を入れる。
ひー……全員お茶碗でがんがんやってるよぉ……怖いよぉ。
ぴんぽーん。
「綾花、いる?」
「綾兄ーっ!」
がばっと玄関に現れた兄に激突する。兄は顔はまあまあだ。よくはないけど悪くはない。
「よしよしよし」
「いよ救世主!綾兄ぐらいが一番ちょうどいいよっ」
「あー確かにこいつら見てると世界ぶっ壊したくなるよなー」
「ねー」
「じゃあ帰るか。今日の夕飯は御前の好きな肉じゃが作った」
「お兄様最高!」
「なあなあ綾人、俺も←」
「しっし。うちにはそんな大食いの食費ありません」
無表情で兄は秋兄を追い払う。
綾兄最高!
まあというわけで、この三人に関わるのは面倒い以外の何物でもないんだよね。
呼び出しとか、呼び出しとか、悪質な嫌がらせとか……いまだにほんとにあるとは驚きじゃないっ?
「おはよう、綾花」
がちゃん。
にっこりと目の前で微笑まれた優等生の笑顔を見て思わずドアを閉めた。ああでももう遅刻ぎりぎりなんだよなぁ。
「な、なんでいるの?」
仕方なく少しだけ開けたドアの隙間から向こうをのぞく。
「いやたまには一緒に行こうかと思って」
「丁重にお断りします」
……私をコロス気ですか?何か恨みでも?そんなに血祭りの中に私を入れたいと?
「は、断る?昨日の夕飯、秋兄に合わせて辛くしただろ。俺は辛いの嫌いなのに」
「……あ」
鍋分けるの忘れてた。好き嫌いが全然違うとか面倒な!
「ばらすよ?」
「な、何を……」
「俺らが幼な」
「あーーーーーっ、なんかすごく滝川君と行きたくなってきたわ。よし行こう」
幼なじみなんてばれたら致命的過ぎる。まだ学校に一緒に行くだけのがましだ。
けどぐいぐいと手首を引っぱって御望み通り行こうとするのになぜか相手はびくともしない。
「何やってんだよ、歩いてたら遅刻するだろ」
イヤな予感がして振り向くとばんばんと春斗は自転車の後ろを叩いた。
…………そこに乗れ、とっ?
「この俺が乗せてってやろうって言ってるんだけど?」
「いやいやいやぁーーっ!無理無理無理無理無理っ!そんなに私のこと恨んでんのっ?走れば間に合うでしょーっ」
「はぁ?じゃあ妥協してやる。御前がこげ」
…………………。
うぐ。
ふぅ。
……………はひ。
「なあー、これじゃ遅刻決定だぜー」
後ろからにやにやとちゃかす声がする。
「う、うるさ……い。私はこれでも必死にこいで……んの」
「ふーん。わかったからさっさとがんばって」
ふざけんな、鬼畜め。
人を乗せて走ることがこんなに大変なことだったなんて……絶対少女マンガとか嘘だわ……。土手が微妙に坂なのが恨めしい……。
一方で涼しい顔して春斗は後ろで悠々しゃくしゃくとiPodを聞きながら鼻歌を歌っている。
……なんでこんなヤツに学校全員、騙されてんのよ?見るからに真っ黒じゃない。
大体、コイツとは幼稚園の頃から悲惨な目に合わされた記憶しかない。何気に面倒見のよかった秋兄とかすべての女の子に親切な冬斗とかは優しかったけど、とにかくコイツだけは昔からイヤなヤツだった。
「なぁ」
「…………………」
「おい」
「…………………」
後ろの声を無視してただひたすら学校までの道をこぐことに専念する。あー、いい天気。
この状況なんて夢に違いない。
そう、後ろに乗ってるのはちょっとおちゃめなしゃべるぬいぐるみ…………
「ひぎゃあっ!」
「色気なー」
人の腹部の肉をしっかりつまんで、不満そうに唇を尖らせる。
うわ、そんな顔してても目の保養になれるなんてうらやましい限りだわ。
「代わってやる、って言ってんのに無視すんなよ」
「はぁっ?いつそんなこと言ったのよ」
「言っただろ。ほら、早くどけって」
「言ってない。というか、そんな理由で乙女のお腹を触るな」
「はっ。乙女とか……言ってて悲しくね?」
「いーの、定義上は合ってるし!」
言い合ってる間にもサドルから引きずり下ろそうとする攻防は続く。しかしまあやがてそんな不安定な中、お約束通りというか、私はバランスを崩して倒れた。
「ひゃっ」
ちなみに不幸なことに、高校までの道の土手は田に囲まれている。当然ちょっと道を踏み外せばそこは田んぼだ。
ごろごろ……びしゃ。
多分、私は情けない姿で転がり落ち、頭から田んぼにつっ込んだ。ああ、お米さん、ごめんなさい。でも最近雨降ってなくて、わりと綺麗な水でよかったな……。
「つ、つめたい……」
「綾花っ」
一緒に転がり落ちたのか泥だらけになった制服を掃いもせず、めずらしくちょっと焦った顔をして私を助け出す。
「あー……ぐしゃぐしゃ……」
「……冷えるから着ろ」
「あ、ありがと」
一応、前言撤回しよう。私が本気で困ったらいつも何とかしてくれていた。ただ大体、私が困る原因はこいつだけどねっ。とにかく頭から突っ込んだため、髪やら上半身は大変、残念なことになっている。泥と水まみれだ。あ。
「…………………」
「何?」
「春斗様」
「……なに?」
「足ひねりました、歩けません。へるぷみー」
降参みたいなポーズをとってアピールするも、返ってきたのは冷たい目だった。
「帰れ」
「えええっ?ちょっと待って、このテスト前に学校休むって?授業ーっ」
「そんなに勉強好きだとは知らなかったけど。授業ぐらい兄貴に教えてもらえ。学校行ったところで、その格好で着替えもなしにどうするわけ?」
……ぐぬぬ。ほんとああ言えばこういうーっ。
相手はあきらめた私を見て小さくため息をつく。ああ、たそがれた姿がよくお似合いですね!憎たらしいぐらいっ。
「………………はひゃ!」
急にぐわんと宙に浮いた身体をばたばたさせてなんとかバランスを取る。……なんでこの兄弟は揃いも揃って人を俵担ぎするんだっ?
「動くな。重いから」
「そういうこと普通は言わないもんでしょーぉっ。少なくとも秋兄は言わなかったわよっ。非力め」
「秋兄と一緒にすんな。ほら」
ばんばんと背中を叩いて抗議すれば、荒っぽく自転車に下ろされる。びしっと指を突き付けられて偉そうに宣言された。
「黙れ、で、つかまれ」
もぐもぐもぐもぐもぐもぐ。
その結果、現在、なぜだかin滝川家。早く帰ってきて綾兄ー。悲しくも我が家はカギがかかっていたのです。カギは綾兄が持ってます。私のはないんだなー、これが。そういえば春斗も一緒に帰ってきちゃったけど。
で、シャワーから出た私を待っていたのはきらきら輝くホットケーキ!苺とクリーム、トッピングとか最高!
もぐもぐもぐもぐもぐもぐ。
「……よく食うな」
「おいしいよ?」
もぐもぐもぐもぐもぐもぐ。
「作った俺に感謝しろ」
「え、春斗が作ったのっ?じゃこれ毒入り?」
こんなおいしいもの作れる人が悪い人なわけない。だから春斗なわけない。
「……わさびとか入れときゃよかったわ。ちゃんと髪拭けよ。水落ちてる」
肩から持ち上げられたタオルに視界をおおわれて反射的に目をつぶる。髪を拭われてなんだか犬になった気分……。乱暴な拭き方にしては優しく丁寧で、感じた暖かさにどきっとする。
「足は?着替えと一緒にシップ出しといたはずだけど」
「貼ったけどまだ痛いかなぁ……」
なんだか。
そう、なんだか。さっきから違和感――
「春斗が親切!どうしたの、なんか悪いものでも食べた?熱でもあんの?明日は空から槍?」
「御前、他に言うことないのか?人をなんだと思って――まあいいけど。御望み通りにしてやるよ。勉強教えてやる。間違ったら一発な」
イヤな予感がして見上げると、右手にはピコピコハンマー、左手には数学を持ち立ちはだかる春斗……最凶過ぎる。やっぱり春斗は春斗だった。
パコッ ピコッ ……
くっ、鳴り響く音がなんか悲しい。三回に一回ぐらいは頭叩かれてるし……どうせ頭の出来が違いますよーだっ。
「ただいまー、あれ、綾姉?」
「冬、早いね」
「いやいつも通りだよ。二人で勉強してたの?んー、しかし絶好シチュなのに綾姉、全然色気ないねぇ。ある意味感動」
「絶好?」
「男の緩めの服着せるとか結構、定番な夢だよね?春兄、おめでとう」
「…………冬。あんなに可愛かった冬がこんなんになっちゃって綾姉、悲しいよ」
立ち上がってため息をつきながら、春斗に声をかけようとしてぎょっとする。
えーと、春斗さん?なんだか心なしか頬が赤く……。いやいやいや、ちょっと待って、私!
春斗に限って、そんなはずは ……!
「わかってんなら見んなよ、冬。減る」
…………………………。
はい?
頬杖をついて面倒臭そうに、さらっと言われた言葉に私は固まった。わー、なんて絵になる言い方ー……きゃー……。
「はいはいはい、威嚇しなくても俺は綾姉取らないよ」
「見んな」
「そう言えばもうじき秋兄帰ってくるけど」
「綾香、移動しろ」
さっぱり状況が飲み込めないまま、引っぱられて二階の部屋に、押し込まれる。いや単に頭が、理解を拒んでるだけなんだけどね。
「は、春斗」
「なに?」
「何考えてんの?」
「御前、冬の言ってたの聞こえてただろ。好きなヤツに俺の服、着せただけ」
……………………。
詰んだ…………!春斗が私を好きとかどうでもいいけど、私のワクワク平和スクールライフが終わった!誰か助けて!残念ながらここでしらばっくれられるほど、私は天然でも馬鹿でもないよ!
「…………えー、ちなみに今後はどのような御予定で?」
「明日からは登下校一緒な。あ、拒否権なし」
「人権ぷりーず!」
「ねぇよ。昔から御前は俺のだし」
春斗は久しぶりにものすごく嬉しそうに真っ黒くにこりと微笑んだ。最近は不機嫌な顔しか見てなかったから、なんだかくらりとくる。目の前が真っ暗に感じるのは気のせいじゃない。
次の日、引きずられるように春斗に連れて行かれた学校は地獄でした、ええ、もう……。
おまけ
「そういえばどうして態度、変えたの?今までは無視しててくれたのに」
「……さあ」
「え、ちょっとなんでよ」
「……御前を好きだっつー奇特なヤツがいたんだよ」
言われた意味に気がついて耳をふさいで赤くなる。けれど逃げようとしたところを捕獲されて、抱きしめられた背後から耳元に唇が寄せられた。
「綾花が好きだ。誰にもやる気なんてない」
後ろから聞こえた声にぞくりとして腰が抜ける。なんだかんだ言って、私も春斗を嫌いじゃないのかもしれない……。