本は面白いですか
夫は珍しく本を読んでいた。
この世界の本には紙は利用されておらず、閉じ本も珍しく、そして高価だ。
簡単に言えば先日の村人たちの家一軒の建築代程度には高い。ものの価値が私達と異なるみたい。
だから、少女が文字が読めたのは意外だった。
「少しでも高く買ってもらうためには『魔女』じゃないとダメなんです」
震える少女はそれでも興味深げに夫の持つ文庫本(他愛もない内容なのだが)に興味を示した。
「この本、薄くて軽くて……文字。不思議ですね」日本語だからなぁ。
「読んでやろうか? 」焚き火の炎を受けて夫の瞳が細く優しく揺らぐ。
「ほら。こっち」寒いのは確かだ。確かだが。
毛布はひとつしかない。それも理解できる。少女は旅装とは思えないほど薄着なのも。
「夢子。妬いてる? 」……。
私は。眼鏡。私は。眼鏡。私は。眼鏡。
泣かないし、泣けないし、文句も言えないし。ひっぱたいてやることも出来ない。
好きだと思っても、伝えても。それだけしか出来ない。
「? ゆうしゃさま? 」少女は夫の毛布に包まり、彼の腕に抱きつく。
彼の体温と動悸を愉しみながら。ここらへんは『女』だ。
悔しいくらい『女』だ。
夫はそこらへんがわからないらしい。
妻がいるのにドキドキして見せたり、理性と本能で懊悩はするくせに。
「読んでくださいませ。勇者様」耳元で囁くマヤ。
「あ。ああ」
鼓動を抑えながら夫は本を読み出す。
「胸。あたっているんだ。離れて」「当てています」マヤは恥らうと同時に厭らしい笑みを浮かべた。
夫なら一生養ってくれるだろうという打算と、悲しいまでの虚無。
「私は、そちらの経験はありませんが、どうすれば男の人が気持ちよくなるかわかっていますので、いつでも」「離れ……」
一瞬、夫の瞳に怒りが宿ったがすぐ穏やかな笑みに変わった。
「必要ないよ。ぼくには妻がいるからね」……。
さっきまでドキドキして、その気だったのに。
ばーか。ばーか。ばーか。
……ばーか。
すやすやと二人は毛布にくるまり寝息を立て始めた。
星降る大地。夢あふれる大空の元、
私たちは魔王の首を求めて歩く。
私は旧姓。白川夢子。
勇者の瞳を守り、力を与える『真実の眼鏡』とは私のことである。