遅れてきた新婚旅行は異世界で
「おまえ、夢子か? そうなんだな? 」
ナニコレ。私は軽いパニックに陥った。
自らの心臓の音が聞こえない。息が出来ない。目が閉じられない。
彼の指先が私をなぞる。彼の指先の脂が私を汚していくのがわかる。
「な、なんで夢子が眼鏡に」めがね。
それは、確かに私は眼鏡をしているけど。
コンタクトにしたほうがよかったかしら。
「なにバカ言ってるんだ。夢子」むか。
状況を考えず夫婦喧嘩になりかけたのを防いだのは、
同じくこちらの事情を考えていない国王様のありがたいご高説だった。
勝手に子持ちのアラフォー二人を勇者召喚して。
『魔王を倒せば元の世界に戻れる』とか勝手なことを言う連中に驚き呆れる私たち。
死んでいいと思う。
「奇遇だな。俺もそう思ったよ」
彼の瞼が細まった。
「マジだ。どんな光景でも見えるぞ」
彼の瞳孔が驚きで開く。あのねぇ。嫁の力でナニをしているの?
「大地と沙玖夜さんの夜の営みとか見れるかな」 却 下 。
彼の鼻の下が伸びているんですけど。死んで良いんですよ?
「まて。俺が愛しているのは夢子だけだ」知らない。
「ただ、あの乳はちょっと」私はどうせ胸小さいですよ。
「それがいいんじゃないか」そもそも今胸すらないけどね。
その言葉を聞いて彼の瞳が揺らぐ。
「ごめん」……いいわよ。もう。それよりこの状況は何とかしないとね。
彼の鼓動を感じる。彼の瞳が鋭くなるのがわかる。
「追っ手が迫っているのか」結構な数よ。
私がその映像を彼に見せると彼の瞳が鋭く動き。にこりと柔和な瞳に戻る。
「ま、怪我したりされるのもアレだし、逃げるか」同意するけどね。
「ほら、俺たちロクに新婚旅行もしてないじゃないか」はぁ?
「新婚旅行は異世界だなんて、誰も経験できなくね? 」子供たちはどうするのよッ?!
特に未来ッ? あの子は大変よッ 朝日もすぐ思いつめる子だしッ?!
「まぁ大丈夫だ。朝日はカタブツだが、未来はバカじゃない。
未来は色々考えすぎて学業がアレなだけで本当は賢くて優しい子だ。
きっと朝日の助けになってくれるさ」あんな小さな子に何を期待しているのよ。
「と、言うわけで行くぜ」……もう。知らない。
嬉々としてひょいと家々の屋根を蹴り、追撃者たちを振りまく私達。
夫の脚の振動が私の身体を揺らす。
彼の指先がそっと私に添えられる。
彼の吐き出す少々臭う息が、あるはずの無い心臓をときめかせる。
「すっげー?! スーパーマン並みの身体能力だぜっ?! 」
そして、彼は私の身体に優しく指を添える。私の身体に少し彼の指の汗と脂がついて光を揺らす。
白い雲と青い空がすごい勢いで夫・大空の瞳に迫ってくる。
夫の瞳孔は子供のように見開かれ、青い青い空と眼下に広がる広い広い海に注がれる。
飛んでいる。私たちは飛んでいる。
「ひゅ~?! 見てるか夢子ッ 最高の景色じゃないかッ 」……ばか。
「このまま行くぞッ ついてこいッ 」手も足もないんだけどなぁ。
「地獄の果てまで一緒だぞッ 夢子ッ 」もういい。面倒だし。
夢あふれる大空の元、
私たちは魔王の首を求めて歩く。
私は旧姓。白川夢子。
勇者の瞳を守り、力を与える『真実の眼鏡』とは私のことである。
……ホント。こんな夫に世界の行方を任せて。この世界の連中大丈夫かしら。
人事だけどね。本当に。