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私の夫は鼻先零ミリ  作者: 鴉野 兄貴
聖女と魔女と勇者と眼鏡

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30/48

鬱展開ブレイカー 夫

「呼ばれて飛び出て勇者見参! 」


 夫の声に意識が戻る。

私の身体は再び小さなオレンジ色の色眼鏡に戻る。

あれ? ナニ。今の。


 夫は大地を踏みしめる。

彼の靴が石畳を砕き骨が震え腰にかかる重圧を感じる。

「おいこら。手前ら。子供をいたぶるのは辞めろ」

あれ? アレ? これ何? さっきの映像だよね。ここ何処?!


 夫は女性をあっさり蹴り一発で開放し、

「大丈夫かい」と営業スマイルで救いだす。

どよめく人々を尻目に彼女を助け起こし、呆然とする彼女の頬の泥まみれの傷口をハンカチで拭ってやっている。


「おいこら。夢子から話は全て聞いたぞ」

ユメコって誰? 女性が呟くが夫の耳には入っていない。

「その子は無実だ。悪魔でもなんでもない。放せ」

まだ幼さを残す娘は両手と足を大きな釘で貼り付けにされて火あぶりを待つ身だった。

あれ? この子燃やされていなかったっけ?

意識がなくなる痛さなのに彼女は毅然とした態度を崩さず、聖女として人々に微笑みさえ浮かべている始末。なんか許せない。なにこの人たち。


「さもなければ、この後ずっと君たちは過ちを繰り返す羽目になるぞ。子々孫々に渡って」

まさか。とは思うが。


 夫よ。夫よ。あなた。あなた。

「なんだ。今忙しいんだけど。夢子」

まさか、アンタ歴史に干渉出来るとか言わないだろうな。

「何を今更」『伝説の勇者』は予想以上に、斜め上に無敵だった。


 夫の周りに殺到する騎士だの異端審問官だのは夫に触れただけで遥か彼方に吹っ飛んでいく。

夫は無造作に少女の手足に刺さった釘を引っこ抜き、彼女に癒しの力を注ぐ。

「大丈夫。敵じゃない。頑張ったね」少女は戸惑っている。そりゃそうだ。私が彼女の立場だったら頭がおかしくなっている。


 夫の邪気のない瞳が私越しに彼女を見守っている。

「うん……」少女の表情は戸惑いから揺れ、やがて表情が消えていく。

「もう、頑張らなくていい。聖女なんてやめてしまっていいんだ」

夫が彼女の細い身体を抱きしめ、火の消えた薪の下から救いだす。

夫が信じられないほど軽くて華奢な少女をその腕に納めて歩いている。

その先には先ほどまで泣いていた女性。


「『げっかこう』? 」「ツバサ」


 少女は夫の腕に腰掛け、親友に微笑む。

「聖女、辞めて良いそうです」「ばか。辞めて良いにきまってるじゃん」

こんな目にあって、バカでしょう。女性は続ける。

「ですよねぇ。ばかですよね」夫は少女をゆっくりと降ろし、軽く背を叩いた。


 少女はゆっくりと歩く。歳の離れた親友の元に。

「でも、聖女を辞めちゃったら、私何もないのですけど」「ばか。うちの看板娘はあんただ」

「貴女の手をもう一度握れるなんて思わなかった」女性がうれし涙を浮かべる。

「私も、貴女と共に歩めるんですね。もう一度」少女は笑う。


 人々はどよめき、奇跡だの神が舞い降りただの勝手なことを言っているが。

「あんたら。その連中をとっつかまえろ。神の意志を騙るクソ野郎だ」


 夫の言葉に目を覚ましたように視線を壇上の男に向ける。

戸惑い、逃げようとする男を民衆は引きずり降ろし、袋叩きに。


「不思議です。釘を撃ち込まれて痛かったのに泣かなかった私が」

ぽろぽろと涙を流す少女は女性に抱き付きながらつぶやく。


「嬉しいのに、暖かいのが瞳から止まらなくて」

ありがとう。ありがとう。そんな声を聞きながら私たちの意識はその空間から消えていく。

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