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私の夫は鼻先零ミリ  作者: 鴉野 兄貴
彼の瞳の先には
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勇者召喚

 眼鏡は夢を見ない。

だから、回想というか、これは私の記憶メモリーである。

「夢子。愛しているぜ」莫迦夫。さっさと仕事に行きなさい。

と、言いつつ嫌々キスしてみせる私。実はキライじゃない。寧ろ求められないと嫌だ。


 高校生になる息子。朝日が呆れたムッツリ顔でパンをかじり、

もう一人の息子の未来が楽しそうに見ている。


 同じ兄弟だけど二人は性格がまるで違っていて育てるのが難しい。

朝日は生真面目。生真面目すぎて無個性にすら見える。

未来は活発。気をつけてほしいのは活発に見えるだけだということだ。


 未来は私の、私たちの子供ではなくて、夫の従兄弟である『誠』さんの息子さんだ。

色々あって私たちが引き取ってから、元気に育ってくれている。


 平和な朝だった。

息子は誰に似たのだか東大医学部確実。だそうだ。

下の未来は成績は悪いけど、元気で優しい良い子だ。兄を支えてくれるだろう。


 平和な朝だった。

息子たちを学校に送り出し、包丁で料理をしているときに足元に浮かんだ魔方陣に気付かなければ。



 包丁の音は軽やかに時を刻み、私は鼻歌を歌っていた。

違和感を感じたのは足元。そして視点。私はまな板が自らの目線に迫ってくるのに気がついた。

足元を見て恐怖に包まれた。台所の床が沼のように私の足を包んでいく。

戦慄すべきはその感触が決して沼や水のソレではなく、

硬くてどうしようもない床のまま私の足を呑み込んでいく点だ。


「貴方ッ 助け……」思わず包丁を取り落としてしまった。

その鋭い刃が魔方陣に突き刺さる。


 ずるずると私の身体は魔方陣に引きずりこまれていく。

「朝日ッ 未来ッ 」

子供たちの名前を叫んだのが、私の最後の記憶であった。



……。

 ……。

 次に気がついたのは。瞳。

彼の瞳が信じられないほど近くにある。

戸惑ったように視線をくるくる動かし、周囲の奇妙な人々に視線を右往左往させる彼の様子を見て私はやっと安心した。


「なんだよ。これ。夢子。ドコだ? 」ここにいるじゃない。

「声はすれども姿は見えず。本当にお前は屁のような」大地さんみたいなこと言うんじゃない。


 『大地』というのは夫と兄弟同然に育ったという彼の従兄弟だ。

三十路近くなっても無職で引きこもってゲームばかりやっていたけど、

子供の面倒を見ることだけはものすごく上手くて共働きだったときに図らずしも世話になってしまったことがある。

おかげで子供たち二人は『大地にい』『大地にい』となついてしまった。

閑話休題。そういう問題じゃない。


 夫の瞳は戸惑いの色を隠さず、周囲の珍妙な姿の人々を眺める。

『勇者の召喚に成功したぞ』謎の言語で叫ぶ人々。

私の実家、白川家は代々外交官を勤めている家系で、

どういうわけか未知の言語がわかってしまうものが少なからずいる。私もそのうちの一人だ。

その瞬間まで出鱈目だと思っていたが家伝によると異世界の人間ならざる存在の血も引いているらしい。


 しかし夫は「あれ? これは映画か? 」とかボケたことを言っていた。

貴方が映画に出るわけないじゃない。しっかりしなさいよ。

『我が王国を救うために勇者が降臨した』湧き上がる人々に呆れる夫。

夫と私は視線を交し合う。ちょっと近すぎるわよ。離れてよ。


「ナニ言っているんだ。夢子。何処だ」ここにいるでしょう。

しかし夫は私の存在が見えないかのように視線を右往左往。

「何処だよ。夢子」声が震えているわよ。もう。


「てめぇら。ウチの可愛い女房を何処にやったっ?! 」ここって言っているでしょうッ この莫迦夫ッ!


『勇者殿は魔王への怒りを叫んでおられる』『おおおおおおッ 』

落ち着いてよ。大空。今は状況を把握しましょう。

勇者って何よ。説明して。「判るワケないだろう」ですよねぇ~。


 白け切った夫と対照的に盛り上がっている人々に夫が頭をポリポリ掻く。

こういう仕草は大地さんに似てほしくないんだけど。

やめてよ。フケが私にかかるじゃない。「はぁ? 」


 ここで私に彼の指先が触れた。

ちょっと? 昼間からそんな気分じゃ。

「まさか。まさか」


 彼の指先が私の身体をなでる。

彼の姿が私の身体に映るのが何故かわかった。

あれ? うちの夫は美形で若作りなのは知っているけど。

こんなに若々しい……いや、幼い姿だったかしら?

どうみても高校生くらいなんだけど。

「おまえ。夢子か? 」ついにボケたか。

私はため息をつこうとして気付いた。

自分が息すらしていない事実に。

「おまえ、夢子か? そうなんだな? 」

ナニコレ。私は軽いパニックに陥った。

自らの心臓の音が聞こえない。息が出来ない。目が閉じられない。

彼の指先が私をなぞる。彼の指先の脂が私を汚していくのがわかる。

「な、なんで夢子が眼鏡に」めがね。

それは、確かに私は眼鏡をしているけど。

コンタクトにしたほうがよかったかしら。

「なにバカ言ってるんだ。夢子」むか。


 状況を考えず夫婦喧嘩になりかけたのを防いだのは、

同じくこちらの事情を考えていない国王様のありがたいご高説だった。

勝手に子持ちのアラフォー二人を勇者召喚して。

『魔王を倒せば元の世界に戻れる』とか勝手なことを言う連中に驚き呆れる私たち。


 死んでいいと思う。

「奇遇だな。俺もそう思ったよ」彼の瞼が細まった。


 悪夢あふれる大空の元、

私たちは魔王の首を求めて歩く。


 私は旧姓。白川夢子。

勇者の瞳を守り、力を与える『真実の眼鏡』とは私のことである。

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