路地裏の聖女
「お医者さんになりたい」彼女はことあるごとにそう祈っていたがその願いはかなうことはないだろう。無いはずだ。
病に倒れた老婆を思い、些細な怪我が悪化して死んでいく子供を思う少女。私は彼女の瞳が揺れるのを感じていた。
彼女の瞳は見えない夢を映す。人はそれを妄想とかいって切り捨てるけど。
医者ねぇ。医者。医者。うーん。
この世界のお医者さんって殆どインチキ薬のプラセボ効果と経験則が主で、
重症の患者さんの大抵は魔法で治しちゃうんだよなぁ。
そしてそうすると抜本的原因が判っていないから病が再発したりする。うん。
うーん。うーん。
助けてあげる義理なんて無いんだけどいっか。
彼女の楽しい妄想を見ていると心なき眼鏡の身でも思うことが増える。
たぶんここに夫がいたら助けようとしている筈だ。うん。理由なんて既に忘れつつあるけど。
私はレンズに『注目』のマークを映し出し、彼女の足元の草を指した。
「え? 」とまどう彼女の頭に知識を挿入。
「この草の名前は……で。解熱作用がある」
「こちらは傷に効く」「こちらは打撲に有効」
「なんで? 何で判るの? どうして? 」戸惑う少女。もし私に顔があれば微笑んでいたかもしれない。
『真実の眼鏡』の知識を侮ってはいけないわ。
時として装着者の身の破滅すら招くほどの知識を貴女にあげるから。
人間の気持ちと言うもの、私に少しみせてちょうだいな。
そうして、ここに一人の名医が誕生した。黒幕は私だけど。
これって若い子的には『てぺろぺろぺろ』って言うのかしらねぇ。
彼女は必死で集めてきた薬草を手にお医者さんの真似事を開始した。
あっという間に彼女の評判が上がっていったのは言うまでもない。
『消毒』したお湯で綺麗にした布を当てて彼女はつぶやいた。この世界にはない知識のはずだけど。私の所為です。はい。
「お金。……お金は不要ですが、できればこれと同じ草を持ってきていただけませんか」
上出来ね。でも採りつくされると来年は生えないわよ。
「ただ、とりつくしてしまうと、来年生えなくなりますので、半分だけでお願いします」「そ、そんな程度でいいのかっ?! 取ってくるよッ マナちゃんっ! 」
「暖めていれば目の痛みは取れます。出来たら長毛羊の毛をいくつか分けていただけないでしょうか、お隣のマキナお婆ちゃんが足につける杖の代わりに目に当てる布を織ってくださると約束してくださいまして」「おおっ?! 」
深夜まで長蛇の列を成す人々をさばき、
やっと最後の患者がでていくと、日はとっぷり暮れてあと数時間で夜明けの時間。
こぽこぽと異臭を放つ薬品に苦笑いし、マナと呼ばれた少女はぼやく。
「どうしてこうなったのかしら? 」はい。私の所為です!
彼女は臼で薬草と鉱物をすりつぶすと口に含み「にがいっ?! 」ふふ。
「でも、皆が私を頼りにしてくれるんだから、頑張らないと」
ゴリゴリと臼を動かす少女の汗が私の身体を湿らせる。
「お母さんたちも元気になったし、お父さんの為にも稼がないと」普通はお父さんが稼ぐものよ。マナちゃん。
彼女のお父さんはノンダクレだ。
彼女がいきなり医者の真似事をしなければ酒代に娘を売り飛ばしていたはずだ。
と、いうかうちの放蕩ダンナは何処にいった。いい加減に私を見つけろ。
私の名前は遥夢子。旧姓白川夢子。
現在、人の領域を超えた知識を与える魔法の品『真実の眼鏡』である。




