風に抱かれて
「あれ? マヤちゃんは何処だ」
一通りの挨拶を私と交わしたあと、夫は連れの存在に気がついたらしい。
しばらく一人にしておいてあげて。
あと、荷物にまだ猪の乾し肉残っているでしょ。さっさと焼きなさい。
「え? 釣竿用意しなかったか」一人にしてあげろって言わなかったか? バカ亭主。
あと、よだれよだれ。何とかしなさいよ。「いけねぇいけねぇ」本当に四十代か。貴方は。
ぽちゃ。しゅ。しゅ。しゅ。ぽちゃ。
一人川に向けて平たい石を投げるマヤちゃん。
その脇を複数の波紋とともに小さな石が飛んでいく。
「おし。対岸までいった」にこやかに浮かべる笑みは本当にイケメン。だまされるなマヤちゃん。私は騙された。
「ゆうしゃ様? 」「その呼び名は照れる」
口を変な形にゆがめて頬を掻き、ずれた私を直す夫。
「ここにいたのか」「私。ここにいます。このままどこかに行ってくださって結構です」夫の目が細まった。
「村にいても、売られていつか安酒場の慰み物にされて、使えなくなったら捨てられるか、領主様に死ぬまで仕えるかなんです」
そして、現在私たちについていくしかない彼女には、将来には不安しか感じないのだろう。
彼女の手から放たれた小石は綺麗な放物線を描き、川に落ちる。
魚が驚いて跳ね上がったのが見えた。ごめんなさい。
きらきらと水面が朝の光を受けて光る。
その光を夫は私越しに見つめている。「悪いようにはしないさ」
その言葉に身を強張らせる少女。別の意味に取ったらしい。
「ちょっといいかい」
マヤちゃんの隣に座る夫。嫌そうにするマヤちゃんだが。
「どうぞ」自分の運命を諦めたが故の素直さで隣を譲る。
「よっこらしょ」夫は勢いよく彼女の隣に座る。
夫の座ろうとしていた岩は砕けた。自重しろ。
「だ、大丈夫。ですか? 」
あわてて駆け寄るマヤちゃんは夫の手を取る。
夫の視線は私越しに彼女の揺れる瞳に吸い込まれていく。
「だ、だ、大丈夫。離れて」「は、はい」
手を離して照れ、真っ赤になる少女に瞳をそらし、夫はバツの悪そうな目をした。
投げろ。「ん? 」
投げろ。こんにゃろ。「おい」
私は軽いぞ。対岸まで余裕で飛ぶから軽く投げろ。
「こら。誤解だ」誤解も六階もあるかバカ。
水の音を聞きながら戸惑う夫と、
頬を染めて照れる娘。そして声なき悪態をつく私。
私たちの周りを大きな大きなタンポポの綿毛が通り過ぎていく。
白い輝きを放つ綿毛たちは、風に乗り、如何な土地に向かうのだろうか。
もっとも、現在の私達にとってはタンポポの種の行先よりも
何度目かの夫婦喧嘩の結幕のほうが重要であったが。
夢あふれる大空の元、
私たちは魔王の首を求めて歩く。
私は旧姓。白川夢子。
勇者の瞳を守り、力を与える『真実の眼鏡』とは私のことである。




