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私の夫は鼻先零ミリ  作者: 鴉野 兄貴
野に咲く花のように

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おはよう。あなた

 コレは私の記憶メモリーに残る映像だ。


「お腹すいた」


 実家が外交官僚の一族だからといって金銭感覚が身につくわけではない。

彼と私が出会ったのは1987年。

銀座の土地が坪一億、初任給三十万の時代でも学生はあまり恩恵を得ることはできない。

当時の私のアルバイト料は時給500円あるかないか。

まぁ景気がよかったから色々もらえたけど、それだって仕送りの日が恋しい日もあった。


 ぐう。

大きな音が鳴り、隣にいた長身の学生が盛大に噴出した。

「吉○家が近くに出来たんだけど、食いに行かない? おごるからさ」

長身と言うにはちょっと背が高すぎる嫌いもあるが、可也のハンサム。

私からみて見上げるほどの背丈がある彼は屈託のない笑みを浮かべて呟いた。


 彼はハルカナルと名乗った。

下の名前はヒミツ。らしい。「奥さんになる人や親友以外は名乗らないという家の掟があってね」「なにそれ。今時家の掟だなんて超おかしい」

当時は次々と古い決まりやらは壊していく気風があった。

もっともその気風の原因とも言える芸人さんが週刊誌に殴りこみかけていてビックリしたけど。壊しすぎである。


 携帯も普及していない時代だったから逢うのは大変だったけど、あっという間に仲良くなって、その。あれだ。

お金もないのに勢いで学生の身で結婚なんかしてしまった。

当時はあんまりいい目で見られなかったが、まぁ仕方ない。

「いやぁ。牛丼って美味いな」子供みたいに私のアルバイト代で牛丼を口に運ぶ彼を眺めながら、実家から勘当された私はどうやって大学を卒業する資金を捻出するか、彼の尻を叩きながら家庭を築くかを考えていた。

私が小遣い帳をつけるようになったのはその日以降である。


 『真実の眼鏡』の記憶メモリーは続く。

先に高卒で結婚した友人曰く『はじめのアレはハチに刺されたようなもの』

だまされた。クマバチだ。なにがとか聞くな。あと、乱暴すぎる。少し人を大事に扱え。

抗議すると彼はしゅんと小さくなっていた。子供か。

大学を休み休み、その間にバイトしたり、その。アレだ。

なんとか卒業した私たちは子宝に恵まれ、小さなアパートで生活を始めた。

勿論だが、男親と言う奴は出産のときには何の役にも立たない事を痛感した。

彼の親戚がいなければもっと大変だっただろう。皆で出産費用をカンパしてくれたし。


 なんせこの夫、音楽で食っていくとか言いだすどうしようもない男である。

音楽は音楽でやっていいから、さっさと引越しのバイトに行けとたたき出し、

『人手が余っているから交通費兼手間賃三千円だけ貰って帰ってきた』とかウソをつけば寝室に鍵をかけて追い出し。

家にお金を入れないならばと彼の親戚の大地さんの家にお世話になり。


 憤慨する私に大地さんのお母様曰く。

『大空は昔からあんな感じ。男ってのは小説みたいに最初から理想的な旦那じゃないわよ夢子さん。

最初は若い娘の身体を食い散らかそうと狙う狼さん。

餌付けして家に帰ってくる犬。

飼いならしてやっと番犬になる程度よ」

ニコニコ笑いながら告げる彼女のそばで、大地さんのお父様が泣いていた。


 この記憶メモリー長いなぁ。

彼の指先や息遣いを感じながら目が覚めるのは昔もあった。

今もあるにはあるが、意味が異なる。未来に至ってはちょっと判らない。

眼鏡にキスしたまま寝るな。変な人だと思われるだろ。早く起きろ。寝坊しても知らんぞ。

とはいえ、この世界では眼鏡もまた高価な宝物であり、

夫が両手で眼鏡を掴んでレンズに口付けするように抱きかかえていてもそれほど違和感はないらしいのだけど。

朝日はとっくの昔に昇り、焚き火は弱弱しく私のレンズを揺らす。

朝の早い村娘は目を覚ますと、夫の用意していた釣竿を手に取り、少し離れた川で釣りを始めだした。

普通の人相手なら動けなくても状況はわかるのよねぇ。

どうして魔王の位置も正体も掴めないのかは謎。


 朝露で濡れてはいるが、火を消さない程度に乾いた落ち葉をスカートと呼ぶにはばかられる木繊維のズタ袋をかなり良くした程度の着物をまくしあげて運ぶ娘。

年相応の健康的でまだ太目の脚が覗くが夫は目覚めない。

挑発的に夫の周辺一メートル以内を周回し、ポーズしてみせる少女だが夫は無視。

別に悪気があるわけではない。大空はちょっとやそっとでは目が覚めない。それだけだ。


「えっと。ゆうしゃ様? 」

そういえば、夫は相変わらず自分の名前を名乗らなかったな。

「お名前はなんとおっしゃるのですか」

「ヒミツ」寝言でも秘密なのか。というか、この会話、私もやったぞ。


 しばらくするとマヤちゃんは魚を手に戻ってきた。

「おきてください。ご飯とって来ました」「夢子~愛してるぞ~」ばか。

『ユメコ』が自分ではないことだけはマヤちゃんにもわかったらしく、

取ってきた魚をそのまま手に取り、詰まらなさそうに川に戻してしまった。

「つまんない」気持ちはわからなくもない。

ぶーたれながら川に石を投げるマヤちゃん。


「お父さん。お母さん。お兄ちゃん」これ以上は見るのは可愛そうね。

おはよう。あなた。さっさとおきなさいっ! 仕事! 仕事!

「働きたくないでござるッ 」あなたは何時の時代の人だ。さっさとおきなさい。


 夢あふれる大空の元、

私たちは魔王の首を求めて歩く。


 私は旧姓。白川夢子。

勇者の瞳を守り、力を与える『真実の眼鏡』とは私のことである。

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